青色LEDノーベル賞受賞をお祝いして、中村修二さんの95年の記事を再掲します(その2)
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作成日時 : 2014/10/08 11:00
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●ダブルフローMOCVD
とはいえ,ただ人の真似をしないって決めただけで,トントン拍子にことが進んだわけじゃない。とくに最初の1年半は,苦労の連続だったそうだ。
LED を作るには,まず基板の上に窒化ガリウムの結晶膜を作る方法を見つけなくてはならない。
これにはMOCVD という装置を使うんだけど,うまく窒化ガリウムの結晶膜が作れる装置が,なかなか作れなかった。
MOCDV っていうのは,1000度に加熱した基板に,原料のトリメチルガリウムとアンモニアのガスを流してやるもので,そうするとガスが熱で反応して基盤上に窒化ガリウムの結晶が成長してくる。原理だけ言うとすごく簡単そうだけど,これがそう簡単にはいかないんだよね。
この基盤を加熱するのに,先行していた赤碕教授は,電磁波を照射して電子レンジ方式で加熱する方法を使っていた。もちろん,中村さんはそれを真似したくないので,基盤をヒーターで加熱しようと決めた。
ただ,ヒーターで1000度に加熱するのはすごく難しいし,アンモニアには腐蝕作用があるので,加熱できてもヒーターがすぐに切れてしまう。いろいろ試行錯誤しながら,切れないヒーターを作るだけで一年以上かかったそうだ。
そんなに大変なら,電磁加熱にすれば良いじゃないかとか,僕なんかは思っちゃうけど,中村さんはもう,どんなに大変でも人の真似だけは絶対しないという信念を貫いたんだよね。
そして,このヒーター方式を選んだことが,後の成功に繋がる大きな布石になっていった。というのも,電磁加熱方式だと,装置の多くの部分を石英の部品で作らないといけないので,装置の改造が難しいんだよね。
ところが,ヒーター加熱なら部品は金属でいいので,改造が圧倒的に簡単になる。(ちなみに,MOCDV 装置を改造するなんて無謀だといわれそうだけど,なにしろ装置の自作にも,爆発にも慣れていたので,ゼンゼン気にしなかったそうだ)
もちろん,切れないヒーターができたからといって,簡単に結晶膜ができたわけじゃない。連日,装置にガスを流しては,なにもできない,装置の改造,というサイクルを繰り返したそうだ。
そのうち,ふと,ガスの流れを,基盤の真横から流すのと,真上から押さえるように吹きつけるのの二つにする,ツーフロー方式を思いついた。それでやってみると,なんと今までとは比較にならないくらい良い膜ができる。
こうして,一年半をかけて,ようやく結晶ができるようになったってわけ。でも,ツーフロー方式だと,どうして良い膜ができるのかは,いまだに良くわかっていないらしい。まあ,できちゃったんだから良いんだと,中村さんは笑っている。
ところで,サファイアの上に,直接窒化ガリウムを成長させようとすると,さすがに良い膜はできない。そこで,間に緩衝層を挟むことが考えられるんだけど,赤碕教授はそれに窒化アルミを使っていた。その理由は,窒化アルミの原子間隔が,ちょうどサファイアと窒化ガリウムの中間くらいの大きさだったからだ。
そこで,中村さんは,すこし低温で窒化ガリウムのアモルファスの膜を作って,それを緩衝膜にする方法を試してみた。これも,真似したくないということ以外は,理屈も何も無かったそうだ。ところが,それが目茶苦茶うまくいった。しかも,簡単にできてしまって,なぜ他の人がこれをやらないのか不思議だったそうだ。
でも,後にわかったのは,そもそも,サファイアの上に窒化ガリウムを成長させること自体がものすごく難しくて,ツーフロー方式の装置のない他の人には,この方法をやりたくてもできなかったんだよね。
そうやってできた結晶膜は,これまでにないくらい良いものだった。でも実際に詳しく調べてみると,サファイア基盤の窒化ガリウムには,結晶欠陥が1平方センチあたり10の12乗個もある。これは,驚くべき数字なんだよね。
普通,赤や黄色,緑のLED では,結晶欠陥が10の3乗個しかない。と,いうより,それより多いと寿命が極端に短くなるし,10の5乗もあれば全く光らないのが常識だ。ところが,窒化ガリウムはその10億倍の結晶欠陥があっても,今までにないくらい明るく光っている。これはもう物理の常識を覆していて,未だにどうして光っているのか,よくわかっていないんだよね。
●p型の半導体ができた!
ところで,青色LED が難しかった最大の理由は,青色LED 用の材料では,どういうわけかp型の半導体ができなかったからだ。
半導体というのは,微量の不純物を混ぜることで,p型とn型を作ることができる。
たとえば,原子から電子の腕が3本出ている3族の元素に,4族の元素を少し混ぜて作る。そうするとその半導体の中では,部分的に電子が一つ余っている部分ができる。これがn型の半導体で,電圧をかけると余った電子が動くわけだ。また,3族の元素に,2族の元素を混ぜると,部分的に電子が足りない部分ができる。そこに電圧をかけると,足りない部分をうめようと他の電子が動くので,ちょうど水中で泡が上昇するように見えるのと同じように,正の粒子が(正孔またはホールという)動くようにみえる。これがp型の半導体だ。
LED の原理は,このp型とn型の半導体をくっつけて電圧をかけると,電子と正孔がその境目に集まってきて,対消滅して光が出るってものだ。ところが,青色LED 候補の材料は,どれもp型を作ろうと不純物を混ぜると,絶縁体になっちゃうんだよね。
実は,これについても89年に,赤碕さんが電子線を当てるとp型ができることを発見していた。そして,これは電子線を当てることで,不純物の原子を跳ね飛ばして,正しい位置に動かすことができるからだという理論を,たてていたんだよね。
LED を作るには,p型の半導体が絶対に必要だ。そこで中村さんは,とりあえず電子線の照射を試してみたそうだ。でも,p型の半導体ができる時とできない時がある。いろいろ試しているうちに,実はこれは電子線の作用ではなくて,電子線を当てた時に,窒化ガリウムが加熱されることが原因らしいことに気がついた。そこで,熱処理してみると,それだけで確かにp型ができる。
中村さんは,結局p型ができなかったのは,余るはずの腕に水素がくっついて,不活性化していたせいだということをつきとめた。
この理論は,メチャクチャ単純で今では世界で受け入れられるようになっているんだけど,でも,これは1960年以来,世界中の理論家が取り組んでもわからない,難問中の難問だったんだよね。
しかも,電子線照射では工業的に量産するのは難しいけど,熱処理ならこれが簡単にできる。これまた,人と違うことをしたことが大成功に繋がったわけだ。
これで青色LED を作る道具立ては一通り揃ったんだけど,実際にこれで作ってみると,光の多くが紫外線になって,目に見える明るさは0.1 カンデラ程度にしかならなかった。
そこで,より明るく光るダブルヘテロ構造のLED にしようとしたんだけど,それにはインジウム窒化ガリウムの結晶膜を作らなくてはならない。これまた,窒化ガリウム以上に,理論的に良い膜はできないといわれていたものだったんだよね。ところが,これもダブルフローでやったら,以外に簡単にできてしまったという。
中村さんの研究の,実質的なスタートは89年の4月で,91年になって窒化ガリウムの良い膜ができるようになった。そして,92年にp型やインジウム窒化ガリウム膜ができ,93年にダブルヘテロ構造のLED を作って,その年の末に発表したってわけだ。つまり,後半になると続々成果が出てくるんだけど,最初の一年半はもう,形になる結果は全くなかったんだよね。これって凄すぎる。
中村さんは,自分の成功の秘密は絶対に人の真似をしなかったからだという。真似をしたくなかったから,文献とかもできる限り読まなかったともいっている。
でも,何の経験もない人が,むやみに人と違うことをやっても,こういう成功にはつながらないだろう。なぜなら,中村さんには,どの部分をオーソドックスなやり方で進め,どういう部分は絶対に真似しちゃいけないということを見分ける,センスがあるからだ。これはやっぱり,それ以前の蓄積がものをいっていると思う。
ただ,何よりも凄いのは,理論的に駄目といわれていて,そのうえ一向に成果が出なくても,とにかく実験をやってやってやりぬいていく,その精神力だ。
本当のクリエイティビティというのは,こういう自分の正しさを信じ続けることができる,強靭な精神にこそ秘密があるんじゃないかと思う。そこには,幸運の女神も,ニッコリ微笑みかけるんだよなあ。
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