星雲堂@秋葉PX

秋葉の怪しい古書店

ねじ巻き少女と今ここにある未来

ねじ巻き少女 ハヤカワ文庫SF

パオロ・バチガルピの2009年の作品「The Windup Girl」の邦訳です。いくつか書評も読んでみたのですが、少なくとも、この本を『環境SF』みたいに読むのは損だと思います。いろいろな読み方があると思いますが、一つはアジア風味のサイバーパンクとしての記念碑的作品であるという読み方があるでしょう。工場や市街の描写は読者を引きつける魅力がありますし、ファランと呼ばれる西洋人達の悪漢ぶりは、植民地時代の冒険者達を思い起こさせます。こうした描写には作家の高い知識と教養が伺われます。なにより、アメリカ人がこれを書き、アメリカで高く評価されたSFであるということ、それが現代なのだとつくづく思わされます。
もうひとつの読み方は、より現代的な電気羊を夢見るアンドロイドとして、あるいは、より完成された戦闘マシーン ソロとしての、ねじ巻き=新人類たちという読み方でしょう。もちろん、美しくて従順で日本風に躾けられた「ねじ巻き少女」は人造人間好きのSFファンを満足させるに違いありません。以前にワトスンの「オルガスマシン」をご紹介しましたが、正直いって、ねじ巻きのエミコの方がずっと優雅で知的です。
ネタバレになりますから、これ以上のおしゃべりは慎みますが、一つの世界を作り出すというSF作家としての力量は、文句なしに最高級と保証しておきましょう。暗く死に満ちた描写にも関わらず、この作品は未来への希望を我々に呼び起こします。それは、我々の望まない未来かもしれませんが、しかしそれでも希望はあるのです。

大いなる惑星

[本のおすすめ]当店は星雲堂という屋号からもおわかりの通り、SF小説全般に力を入れております。SF小説というと、近年では名作とされる作品が一部に偏ってしまい、多くの作品が時代の陰に埋もれ、なかなか初心者の方に手に取っていただく機会がない、というのが現状でしょう。

さて、そうした傾向にある中で今回紹介したい本がジャック・ヴァンス著、浅倉久志訳『大いなる惑星』(52年,発表。67年,ハヤカワ・SF・シリーズ。のち80年,ハヤカワ文庫。写真はハヤカワ文庫のもの)です。

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ヴァンスと浅倉のコンビといえば「竜を駆る種族」を思い起こす方も多いでしょう。異世界の生態系を奔放なイマジネーションで描き出すことを得意としたヴァンスですが、こちらの作品はどこか牧歌的な香りを残す惑星冒険ものとなっております。

大惑星(BIG PLANET)。作品の舞台でもあり、真の主役とすらいえる(浅倉評)この惑星は、表面積が地球の十倍。広大な土地に多様な生態系を有し、過去には幾度も植民化計画が行われてきましたがその都度失敗し、今では文明度の異なる種族の点在する治外法権の地となっていました。主人公ら一行は惑星調査のために赴くも突然の事故により未開地に不時着。惑星から脱出する唯一の方法は、文明圏までの6万キロの道のりを自力で踏破することのみです。こうして一行の、原始時代と中世封建社会とファンタジー小説をごっちゃにしてペンキをぶちまけたような冒険の旅が始まりました。作者の思いつくままに舞台は装いを変えていき、遭難者一行と読者は息つく間もありません。

筆者が私的に愛して止まない場面は、各地に点在する市街の一つをトロッコのような乗り物で移動中に、その土地固有の競技を眺めるくだりです。色鮮やかな競技者、大量のボールの置かれたフィールド、熱狂する観客。それらを詳細に描きながらもトロッコはあっという間にその横を通り過ぎていき、今目の前で行われていた競技のルールを推測する間もなく次の舞台へと導かれていく・・・。まったく、本編を象徴するようなシーンです。

巨大世界を旅する物語といえば、回転する天体規模の輪の中を旅するラリィ・ニーヴン著「リングワールド」が有名ですが、リングワールドの名作たる所以は、その構造を物理的に説明することに大きな意義があったからでしょう。一方でヴァンスの興味はあくまで世界そのものであり、産みだしたモノを眺めて楽しむ点にありました。

名作とは決して古びずに、時代の垣根を越えて残り続けるものです。しかし時にはこのような、どこか懐かしい純粋な娯楽作品に接して当時の息吹を感じることも、素晴らしい読書体験に違いありません。

傭兵の二千年史

[本のおすすめ]中世ヨーロッパといえば、皆様はどのようなイメージを抱かれるでしょうか。グリム童話のようなメルヘンの世界や、ルーベンスやレンブラントといった画家たちの作品が思い浮かぶ方もいれば、TVゲームやロード・オブ・ザ・リングといったファンタジー映画の題材としてお馴染みの世界だという方も多いでしょう。

しかし、実際のヨーロッパの中世・近世という時代はロマンなどとは程遠く、相次ぐ戦争や飢饉、過酷な労働とによって、民衆が疲弊していた世界だったのです。そうした時代に、より苦難な道を選び、常備軍の代替物として王侯貴族を支え、歴史を変える原動力となっていった「傭兵」という存在にスポットを当てた歴史解説書が、本日ご紹介する菊池良生著『傭兵の二千年史』(02年,講談社現代新書)です。

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西洋史、特にオーストリア史を専門とする大学教授である著者の解説は古代ギリシャの社会制度にまでさかのぼります。そもそも傭兵とはどのような必要に応じて生まれたのか、傭兵の在り方は時代の流れに合わせてどのように変節していったのか、国家を影で動かしていたとすらいえる黄金期を経て、やがて近世に移り、もはや傭兵というものを必要としなくなり、徴兵による常備軍が主体となった、近世ナポレオン以降の戦争とはいかなるものだったのか。時には王や将軍の立場から、時には名も無き一傭兵の視点から、さらには国家そのものを俯瞰しながら、軽快に書き綴っていきます。

ドイツ・オーストリアを専門とする著者ゆえ、海洋諸国家の植民地政策や、日本の戦国時代についての言及を最小限に抑えている点は少々物足りないのですが、独自の歴史観によって西洋史に一本の縦糸を通すような論説は圧巻です。

傭兵の実態と役割について調べられる資料としても、ヨーロッパ史の入門書としてもお薦めの一冊です。

 

※追記 おかげさまで売れました。

シミュラークルとシミュレーション

[本のおすすめ]社会学でいう現代やポストモダンの文脈で語る際に繰り返し引用されるボードリヤールの著書。シミュラークルはオリジナルなきコピーの意味。なるほど身の回りを俯瞰してみるとシミュラークルで溢れている。その射程は広く、『政治的・社会的事件,映画,テレビ,SF,クローン生物等』などに及び、味わい深い文章で論じられている。なお映画マトリックスを制作する際、監督がキャスト全員にこの本を読ませたらしい。もちろんその映画はこの本にヒントを得たものである。学術書であり難し目の本ではあるが、すでにシミュラークルに慣れ親しんでいる人にとっては言わんとしていることを理解できると思う。

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時刻表2万キロ

[本のおすすめ]模範的鉄道マニアであるところの宮脇俊三氏の著作。2万キロとは国鉄の総延長。時刻表を精確に読みこなす氏が国鉄完乗を果たすまでの記録的紀行文である。当時の生活風景や今は亡きローカル線の乗車記録が多数残されており、氏の教養の深さも伴って読み応え抜群である。マニア的なテーマにもかかわらず非常に読みやすい文章が特徴である。鉄道好きならばぜひ読んでおきたい一冊。DSC_0237

プア充

[本のおすすめ]本日の紹介は島田裕巳著「プア充」です。プア充、という言葉でピンとくる方も多いでしょうが、「リア充」という言葉と「ワーキング・プア」という言葉をあわせた著者の造語なんです。貧しい=苦しいという先入観を捨てて、限られた収入で生活していく知恵と心構えを、若いサラリーマンを主人公とした物語形式で、わかりやすく教えてくれます。負け組、底辺、ブラック企業などとネガティヴな言葉ばかりが取り沙汰される現代社会ですが、そんな時代にも精神的なゆとりというものを身につけたいものですね。

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白からの出発

[本のおすすめ]「人生は、一冊の書物に似ている。愚かな人間は、それをペラペラとめくっていくが…賢い人間は、念入りにそれを読む。なぜなら、かれは、ただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから…」
―ジャン・パウル・リヒター
という引用から始まるこの本は、全くの白紙です。
白紙です。
大事なことなので二度言いました。
ここに記されるのはあなたの過去・現在、そして未来。何が書き込まれるのかはあなた次第…。

当店では通常なら本の最後に値段を書き込むのですが、この挑戦的な本に余計なものを書き込むなんてもったいない!
というわけで「白からの出発」、値段も白紙のまま、お客様の値付けをお待ちしております。

時間帝国の崩壊

[本のおすすめ]80年代に日本という局所的な地域だけでカルト的な人気を博したSF作家、バリントン・J・ベイリーのこれは、初邦訳にして最も入手困難な長編です。

ベイリーといえば驚嘆すべきアイディアを惜しげもなく放つワイド・スクリーン・バロックの旗手として知られる作家ですが、その彼にかかればタイムパラドックスというジャンルもまったく異なる様相を呈するようです。ただ単に過去に戻り歴史を改変する、というだけに飽き足らず、ベイリーは、歴史の流れの中に等間隔で存在する時間節を自由に行き来することで複数の時間を支配し、しかも各時間節は同じ速度で未来へ向かっているという、時間帝国(Chronopolis)なる不思議な世界を作り出します。しかしその時間帝国の力も及ばないはるか未来には、やはり別のタイムトラベル国家があり、両者の距離(時間)が近づくにつれ、次第に干渉の度合いも強まり、やがて戦端が開かれる・・・。同じ作者の同様の時間テーマ「時間衝突」を思い出されるファンの方も多いでしょう。本書は「時間衝突」の翌年に執筆されたもので、ベイリー一流の時間哲学をより深く、より不可解な形に纏め上げ、(そしてさらにもう一言付け足すならば、)破壊しつくした、まさに怪作家の怪作といえるでしょう。
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テリトリー・マシン

[本のおすすめ]発行年は2003年、パソコンは一家に一台、ガラケーは一人一台持つようになった時代でしょうか。前回とマシンつながりですが、今回は社会学の本です。

表紙を見て2000年代の若者携帯メディア論の本かと思ったらテリトリー=居場所をキーワードに身体、都市、アニメーション、ジェンダー論、果ては老人とインターネットなどから横断的に現代風俗を実証を交え読み解いています。ポストモダンを生きる人々の帰属欲求のためのサバイバル術とみることもできるでしょう。今日(2014年)のネットワーク社会の様相と比較して読むのも面白いと思います。最近話題のLINEやマイルドヤンキーなどに興味を持った方は温故知新ということで是非。

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メディア掲載

ラジ館プレスさんに当店の紹介記事を書いていただきました。

【開店情報】ニュー秋葉原センター内に古書店「星雲堂 秋葉PX」が4月1日オープン 医療用器具や謎の求人情報も発見 | 秋葉原巡回型情報サイト - ラジ館プレス

http://www.radiokaikan.jp/press/?p=94338

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