人は、自分が犠牲にしてきた人間、利用価値がないと切り捨ててきた多くの人間を決して忘れることはないし、心の隅に残っているものである。それは心に刻みつけるということにも等しい。
そして自分が捨てた多くの人々も、冷たい目の光と冷たい嘲笑を浮かべて、私の醜い心を、卑しい心を覗き込みながら見ているものである。
そしてそれらの人たちがいつ自分の有力な敵となって自分の目の前に現れるかもわからないということを思う時に、静かな夜でも安らかに眠れる時がなくなるものである。
悪ということは道徳的にどうこうという前に、そのような内面の苦しさを舐めまわすことになるので、すべきでないということになるのである。
多くの人達から恨みを買うことほど恐ろしいことはないからである。
どんなことをしても払いさることができない記憶として、思いとして私の心の隅に居座り続けるからである。