食い違うそれぞれの「真実」
日亜化学工業社長と中村氏
「青色LED訴訟」の深層
「604億円」もの「相当の対価」を「勝ち取った」中村修二氏。自身が言う通り,子供たちに夢を与える技術者版「スター」の誕生だ。ところが,沈黙を破った日亜化学工業社長の口からは意外な言葉が漏れてくる。「なぜ中村氏があんなうそを言うのか理解できない」。高裁へ向けて,両者の主張を掲載する。
中村修二氏語る
個人を報えば企業も利する
今回の判決で,相当の対価(以下,対価)のうち請求していた200億円が満額で受け入れられました*1。対価の総額は604億円以上。確かに高額ですが,それはたまたま市場規模が大きいというだけ。重要なのは,特許の使用者である会社に対する発明者,つまり従業員の配分率です。
判決では「少なくとも50%は下回らない」という配分率が示されました。日亜化学工業も設備投資や研究開発費,私の留学費用などを負担しているので,これだけの配分率なら満足です。「チームワーク」は乱さない
ただ,大変心配していることがあります。「巨額の対価の支払いは企業経営を破壊する」といった論調が産業界などに見られることです。
確かに,前例のない「巨額の対価」です。しかし,「企業の活動はチームワークであり,発明者だけでなく,経営者や営業部門,マーケティング部門,間接部門の担当者など,数多くの人間の努力で成り立つもの。今回の判決のように,発明者ばかりが暴利をむさぼるのはけしからん」という意見は,完全な誤解です。
なぜなら,発明の対価の対象は,あくまでも「超過利益」だから。つまり,従業員の「チームワーク」で稼ぎ出した通常の営業利益から奪い取るのではなく,対価は,その特許に対するライセンス料をベースに算定されるものだからです。
私の場合,GaNの成膜装置である「ツーフローMOCVD(有機金属を使う化学的気相成長法)」に関する特許第2628404号(404特許)の発明は独力で行いました。つまり,発明者は私個人なのです。発明した高輝度青色LEDに対する基本特許は私が抑えており,通常実施権(自社で製造・販売する権利)を独占的に手に入れた日亜化学工業は,現在,青色LED市場で大きなシェアを占めることができています。その権利を利用することで,特許が切れる2010年10月までに日亜化学工業が獲得する増分利益を,裁判所は1208億円と計算しています。これは,日亜化学工業が権利を独占せずに競合他社にライセンスしたと仮定した場合の利益から割り出したものです。
要は,特許を使用する権利を売ることで稼いだライセンス料に,その発明者の配分率(50%)を掛けたものが,発明者が受け取る対価となるわけです。ライセンス料は経営者や,発明者を除いた社員たちの努力といった「みんなのチームワーク」で稼ぐわけではなく,発明者が知恵を絞って個人で生み出した特許そのものが稼ぐもの。だから,発明者による対価の請求がチームワークによる利益を損なうものだという論調は間違っています。
イチローのようなスター選手もチームの中で活躍しながら高額の年俸を手にしています。しかし,イチローに対して「野球はチームワークなのだから1人だけ突出した年俸はおかしい」などと言う人はいません。
結局は会社ももうかる
日亜化学工業は,終身雇用の下で安定収入を得ながら,巨額の報酬を手に入れるという「2重取り」は許せないなどと言っているようです。これも争点がズレています。対価は特許のライセンス料,つまり,他社との間の特許の売買で決まるものであって,終身雇用うんぬんとは全く関係がありません。
私が何よりも言いたいのは,そうした発明者の努力で,実は企業が潤っていることを見落とさないでほしいということです。日亜化学工業はかつて,ほぼ蛍光体だけを製造・販売する企業でした。そこに青色LEDによる新しい事業を提案したのは私です。つまり,私が発明した特許によって,日亜化学工業は50%の配分率を手にできました。
蛍光体メーカーだったころの売上高は180億円程度で,営業利益は6億円程度でした。それが,2002年度は売上高が1800億円に達し,465億円の営業利益を計上したと聞いています。うち,半導体事業の売り上げは900億円以上。もちろん,そのすべてが青色LEDの発明のおかげとは言いませんが,日亜化学工業に相当貢献していると自負しています。私の発明で恩恵を被っているのは,日亜化学工業の方でしょう。
権利を奪えば「明日」はない
高額の対価の支払いが企業の利益を圧縮し,企業の経営を難しくするという指摘があるのも知っています。しかし,それは成果を上げた発明者を,企業がこれまできちんと処遇してこなかったツケが回ってきただけ。ある意味,自業自得ともいえます。
短期的にはその指摘通りのことがあるかもしれません。しかし,中・長期的に見れば,優れた発明をした従業員の貢献を認め,きちんと対価を支払うことが,技術者のモチベーションを高めて,より高い利益を生むような発明につながっていくと思います。そうすれば,企業もこれまでより多くの利益を得て発展していくことでしょう。発明者を正当に評価することが,結局は会社により一層の利益をもたらすことになる,まさにそうした好循環が生まれるのです。プラス思考でとらえるべきであって,マイナスの発想から日本の将来を支えるような画期的な技術や発明が誕生するわけがありません。
残念なのは,現在,こうした技術者や研究者のインセンティブやモチベーションの源泉である「特許法第35条」を改正しようとする動きが特許庁などで見られることです。第35条は発明者個人に対価を保証するものですが,改正によってこの権利が実質的に失われることを危ぐしています。第35条の対価請求の権利は残しておかなければなりません。(聞き手=近岡 裕)
写真:栗原克己日経ものづくり2004年4月号 特集より。なお,同号の在庫がもうございません。記事全体をお読みになるには,お手数ですが日経BP社 記事検索サービスでPDFファイルのご購入をお願い申し上げます。