福島原発事故が発生した当時、時の総理大臣だった菅直人氏が何をしていたか、皆さんご存知でしょうか。

私は、つい3ヶ月前まですっかり意識の低い政治的無関心層だった人間ですから、言うまでもなく何も知らなかったのですが(ちゃらら~ん)、普段からニュースや新聞を見ていた方々でも、実は、「ろくなことはしなかった」「現場を混乱させた」などの悪印象しかもっていない人も多いのではないでしょうか。

「あのとき、誰が総理だっけ?」、「あんな大災害が起こって、いったいどうしてたんだろう?」などとぼんやり思っていた私は、先日、このビデオを見つけて、びっくりしました。



このビデオは、菅さんが『東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと』という、この本を出されたときのインタビュー映像のようです。


このビデオを見ると、当時、菅さんは、なんと誠意ある政治家であればこうするべきだったであろうという対応をそのままなさっていたようです。(←これ書いて、政治家が誠意ある行動を取ったという事実に、「なんと」という枕詞をつけなければならない今の日本って? と、自分で自分の文に笑ってしまいました。)

時間がなくて見れない方のために、ビデオの内容をいくつか抜粋しておきますね。

この爆発が核による爆発であれば、その瞬間から最悪のシナリオが具体的に始まってしまう、それを非常に心配しました。
「私は事故発生から数日間夜ひとりになると、頭の中で避難のシミュレーションを繰り返していた。1つは、数週間以内に5千万人を避難させるためのオペレーションだ。」

私の頭の中にあったのは、チェルノブイリの事故です。東北地方だけでなく首都圏も含めて避難をしなきゃいけなくなるんじゃないだろうかと思って、そのことをずっと考えてました。
管政権は、震災から2ヵ月後、脱原発へと舵を切った。
私は「脱原発」を実現することが、この事故に総理として遭遇した私の使命だと考えています。
そして、当時、こんな真剣な発言もなさっていたそうです。



管元総理にとっては、放射能に被爆して死んでもいいのは、福島の子どもや住人、下請け、孫受けの何もわかっていない素人作業員ではなく、東電の幹部総理大事ご自身だったようです。安倍総理とまったく反対です。

安倍政権が、地元の放射能による汚染も、今なお太平洋に垂れ流し状態のままの汚染水も、行き場のない大量の除染廃棄物も、地元のみならず関東地方でまで放射線量が上がっているという事実も、諸外国が東北の農作物の輸入を禁止している(から諸外国に拒否されたものが行き場をなくして日本全国に散らばっていっている)現状も何もかもひた隠しに隠して、まったく誠実に対応せず、被災者はほったらかしで事実上見殺し状態なことを考えると、神様のようです。

こんなにも誠意ある対応をしていたのに、それを東電に阻まれ、情報を求めても協力もしてもらえず、動いてもらえず、挙句の果ては総理の座から引きずり下ろされたうえ、国民には悪い印象しか残さなかった。

原子力ムラの陰謀、恐るべしです。

こんな酷い目にあっても、管氏は、「脱原発が、この事故に総理として遭遇した私の使命」とおっしゃって、今なお、「原発ゼロと平和な未来」の実現を目指して活動しておられるようです。

私は、実は以前は、単純に政治家は酷い人ばかりだと思っていましたが、現政府があまりに酷くなって否が応にも政治に目を向けるようになったら、福田元総理、鳩山元総理、管元総理、小沢一郎氏、山本太郎議員と、少しずつ誠実な政治家を見つけて始めて、心洗われる思いです。

こういう方達を見つけて、よい政治家もいるのであれば、そして今なおまがりなりにも民主主義国家の形態をとっているのであれば、国民は、誰になら政治を任せられるのかをきちんと正しく見極めて、正しい人を選んでいかなければならない、そう思うようになってきました。


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