北朝鮮による拉致被害者の家族たちは、今年の秋をどんなに長く感じていることだろう。

 被害者らの再調査を進める北朝鮮は「夏の終わりから秋の初め」に最初の報告をするはずだった。なのに先の協議では「具体的な結果を報告できる段階ではない」と答えたという。

 そのうえで日本政府担当者らが平壌を訪れ、実際に調査にあたる特別委員会から話を聞いてほしいと提案してきた。

 北朝鮮側の誠意のなさには、強い腹立たしさを禁じ得ない。

 だが、総合的に状況を見れば、日本政府はあえて担当者を派遣すべきではないか。

 特別委には、国家最高指導機関の幹部も名を連ねる。彼らを直接ただし、交渉の主導権を握るべく力を尽くすときだ。

 これまでの協議では、北朝鮮側代表の宋日昊(ソンイルホ)氏が実際どれほどの交渉権限を与えられているのかという疑念が出ていた。

 そもそも日本側は、「国家的な決断をできる組織が前面に出る」とみて、独自制裁の一部を解いた。だが先の協議に特別委は姿を見せなかったという。

 日本側が何より急ぐべきは、拉致被害者を含めた日本人が北朝鮮にどれぐらいいて、どんな暮らしをしているのかという全容を把握することだ。

 その調査の実態を特別委に明らかにさせる意味は大きい。もし明確に答えない場合は、理由を厳しく追及すべきである。

 北朝鮮は先週、最高幹部らを電撃訪韓させ、南北高官会談を続けることに合意した。もともと対日協議には、韓国を焦らせる狙いがあるとされていただけに、日本にはこれまでより強い姿勢をみせるかもしれない。

 だが、これで南北関係が急進展するとは考えにくい。さらに北朝鮮が最も望む米国との対話再開は、糸口も見いだせていない。日本との関係を簡単に断てない状況に変わりはない。

 5月に再調査で合意した際、安倍首相は「固く閉ざされた拉致被害者救出の交渉の扉を開くことができた」と評価した。

 交渉は一筋縄ではいくまい。協議を長引かせ、貨客船万景峰号の入港禁止措置の解除を求めてくることも予想される。

 だが、日朝交渉の原則は常に「行動対行動」である。不誠実な態度のままでは見返りを出すことは一切あり得ない。

 拉致被害者家族からは派遣に否定的な声が出ている。北朝鮮に失望させられ続けた歴史を考えれば当然の懸念だろう。

 政府は直接交渉に果敢に取り組み、再び家族らが希望を抱けるように努めてほしい。