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北米のマンガ事情第26回 「アメリカにおける日本のライトノベル ― Yen Pressの新たな挑戦」‐前編‐


 

-北米のマンガ事情 第26回
「アメリカにおける日本のライトノベル ― Yen Pressの新たな挑戦」‐前編‐

椎名 ゆかり
アメリカの大学院でポピュラー・カルチャーを学び帰国後、マンガを専門とする出版エージェント業やアニメ、マンガ関連の翻訳者他、海外マンガを紹介する様々な仕事を行ってきた。
翻訳マンガ:『ファン・ホーム』『メガトーキョー』『ブラック・ホール』『デイトリッパー』他
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 http://d.hatena.ne.jp/ceena/

Yen On FINALフランスの大手出版社Hachette (アシェット)のアメリカ現地法人Hachette Book Group USA (アシェット・グループUSA)の1部門で日本マンガを主に出版するYen Press(エン・プレス)は今年(2014年)4月、日本のライトノベル専門レーベルYen On(エン・オン)を新たに立ち上げると発表した。8月末に報道された記事(1)によると、同レーベルは2015年に本格的に始動し、1年間で最低でも24タイトル、売れ行きによってはそれ以上の数を出す予定だという。

アメリカにおける日本マンガの人気や売上が報道されるようになって久しいが、日本のライトノベルと呼ばれる小説がアメリカで出版され始めたのも、それほど最近のことではない。実際に新しくレーベルを立ち上げたYen Pressも以前から日本のライトノベルを出版している。
それでは、なぜ今なのか。アメリカで日本マンガのブームが収束を迎え、2007年頃のピーク時と比べると売上が半分ほどになった今、Yen Pressはなぜ日本のライトノベルを専門とする新たなレーベルを立ち上げるのだろうか。

Yen Pressのディレクター、Kurt Hassler(カート・ハスラー)氏は21世紀初頭のアメリカにおける日本マンガブームの仕掛け人のひとりである。(ハスラー氏の業績については、当コラムの拙記事をお読みください。(2)そのハスラー氏が、新たにレーベルを立ち上げてライトノベルを売り出す勝算はどこにあるのか。

今回のコラムでは、アメリカにおける日本のライトノベルの現状について、マンガ専門ライターとして活躍するディブ・アオキ氏によるハスラー氏へのインタビュー記事(3)を参考に考えてみたい。

ちなみに、このコラム内でライトノベルとは、ある種の特徴を持つ(アニメ絵とも呼ばれる)絵柄の表紙や挿し絵を持つ若者向けの小説で、一般にライトノベルと呼ばれることの多い作品群という緩い意味で考えていきたいと思う。

■ <アメリカにおける日本の小説>

「世界に認められた日本のSF!!」のキャッチコピーでこの7月に日本公開されたハリウッド映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の原作は、同名の日本のライトノベルである。日本の小説がハリウッドで映画化、しかもトム・クルーズという大物スターが主演をする大作映画ということもあって、その映画化の経緯には日本で注目が集まった。

日本経済新聞では今年の5月10日に「日本の小説 海外で映画化」(44面)と題した記事を掲載し、「米ハリウッドなど海外の映画界が、日本の小説やマンガに熱いまなざしを注いでいる」と記している。そして『オール・ユー・ニード・イズ・キル』をはじめ、映画化された日本の小説やマンガを取り上げ、「日本のゲームやマンガ、SF」は「世界市場を狙う映画に必要」な「分かりやすさとどこでも通用する無国籍な世界観」を持つと分析。早川書房などの日本の出版社が自社の作品を積極的に海外に売りだそうとする動きを伝えた。

同記事によると『オール・ユー・ニード・イズ・キル』は「英語版を出したことが映画化につながった」。以前この連載コラムでアメリカのコミックス市場について、その市場の大きさ自体は思いのほか小さいが、英語という世界で最も普及した言語ゆえに見本市的な役割を持つと書いたことがあった。
しかし見本市としての機能の中には、他の言語での翻訳出版のためだけでなく、映像、ゲーム等を含む世界中のエンターテインメント業界に向けて原作やアイディアを発信する意味も含まれていた。

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』は、集英社や小学館等の現地法人であるVIZ Mediaが2009年に立ち上げた日本のSFやファンタジー小説のレーベル「Haikasoru(ハイカソル)」で出版された1作である。一節によればその映画化権は300万ドルで売れ(4)、現在、同レーベルの『戦闘妖精・雪風』の映画化も進行中だ。
『オール・ユー・ニード・イズ・キル』に続き『戦闘妖精・雪風』も映画化権が売れたことやその映画化効果――例えば、映画化による原作小説の売上の上昇――を考えると、それだけでもVIZ MediaにとってHaikasoru創設は十分報われたと言えるかもしれないが、ただし、これはあくまで映画化権が売れた後の話。ライトノベルの『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の映画化には「原作小説が売れたから映画化にむすびついた」という因果関係があったわけではなく、前述の日本経済新聞社の記事にもその旨の記述は無い。

アメリカにおける日本の小説全体で見ると、近年ではこれまで人気のあった村上春樹や吉本ばなな等に加え、『掏摸』の中村文則(2014年、ノワール小説への貢献でディビッド・グーディス賞受賞)や『Self-Reference ENGINE』の円城塔(2014年、同作品でSF文学賞フィリップ・K・ディック賞受賞)等、エンターテインメント分野のジャンル小説でアメリカにおいて高い評価を受ける作家も出てきているが、一方で、日本のノンフィクションや小説が海外で出版される点数はまだ少ない。(5)
先に述べたようにライトノベルの翻訳出版も、アメリカでマンガ人気が盛り上がり始めた2000年代初頭から試みられてきてはいるものの、一部の作品を除いてほとんどの場合、芳しい売上をあげられずにいた。

[注釈]
(1)Deb Aoki “Light Novels Arrive in the U.S.—Again” Publishers Weekly, Aug 29, 2014
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/comics/article/63848-light-novels-arrive-in-the-u-s-again.html
(2)「北米のマンガ事情第8回 北米のマンガブームのきっかけ」アニメ!アニメ!ビズ、2011年9月15日
 1 http://www.animeanime.biz/archives/11002
 2 http://www.animeanime.biz/archives/11006
 3 http://www.animeanime.biz/archives/11010

(3) “Interview: Kurt Hassler and JuYoun Lee on Yen On Light Novels” Manga Comics Manga, Aug 30, 2014
http://mangacomicsmanga.com/interview-kurt-hassler-juyoun-lee-yen-light-novels/
(4)Mike Fleming Jr. “Warners Make 7-figure Spec Deal For Japanese Novel ‘All You Need Is Kill’” Deadline, April 5, 2010
http://deadline.com/2010/04/warners-makes-7-figure-spec-deal-for-japanese-novel-all-you-need-is-kill-30679/
(5)「文化庁「現代日本文学の翻訳・普及事業」が廃止される根拠になった「日本文学は海外で年平均470冊翻訳出版されている」という数字がただの集計ミスだったことについて」アジアミステリリーグ (2012年6月29日)
http://www36.atwiki.jp/asianmystery/pages/194.html?pc_mode=1

中編に続く

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