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朝日「吉田調書報道」真っ先に疑った作家が改めて報道を検証

NEWS ポストセブン 10月4日(土)16時6分配信

 5月20日、朝日新聞の「吉田調書」報道が世に放たれるや、真っ先に疑問を呈したのがノンフィクション作家・門田隆将氏であった。朝日の記事では、福島第一原発の作業員が命令に背いて現場から逃げ出したと「スクープ」したのだった。結局9月11日に朝日新聞社はこの件について謝罪、記事を撤回した。この報道の問題点を門田氏が改めて検証する。

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「朝日の報道を見て、なんだこれ? と思いました。腹が立ちましたよ。書いているのが朝日だから、と思うしかありませんでした」

 これは、2011年3月15日朝、所員の9割が福島第二原発(2F)に退避した中、福島第一原発(1F)の免震重要棟の緊急時対策室に残った“フクシマ・フィフティ”の一人(50)の言葉だ。

 衝撃音と共に2号機のサプチャン(圧力抑制室)の圧力がゼロになり、放射性物質大量放出の危機に陥った時、吉田昌郎所長は、「各班は、最少人数を残して退避!」と叫び、あらかじめ決めてあった手順に沿って約650人の所員が2Fへと退避した。その時に緊対室に残ったのが、計69人。これが外紙に“フクシマ・フィフティ“と称され、その勇気が讃えられた人たちである。しかし、彼ら事故と闘った人々を傷つけ、貶めたのが朝日新聞だった。

 同紙が、政府事故調による「吉田調書(聴取結果書)」を入手したとして、この時、2Fに退避した人々を「所長命令に違反して撤退した」と大キャンペーンを始めたのは、今年5月20日のことだ。

 1面トップで〈所長命令に違反 原発撤退〉〈福島第一 所員の9割〉と報じ、2面にも〈葬られた命令違反〉という特大の活字が躍った。

 冒頭のフクシマ・フィフティの一人は、こう明かす。
 
「あの時、実際の退避があった時からどのくらい前だったかわかりませんが、内々に2Fに退避させる人間を“選別しろ”という指示がありました。私は、自分の班では3人だけが残って、あとは2Fに行ってくれ、と部下に指示しました。しかし、“自分も残ります”と言って、譲らないやつがいました」

 だが、「2Fへの退避」は、あくまで上からの指示である。

「どうしても残る、と言い張ってきかない連中のことを思い出すと、今でも涙が出そうになります。でも、それを振り切って、”もし俺に何かあったら、お前が来て、ここでやんなきゃいけないんだぞ”と言って、やっと退避させました。その部下たちが、朝日によって、所長命令に違反して2Fに“逃げた人間”とされてしまいました。彼らに申し訳ないという思いと、記事に対しては言いようのない怒りを覚えました」

 命をかけて作業にあたることそれは、簡単なことではない。彼ら1Fの現場では、多くの無名の作業員たちが自らの命をかけて事故に立ち向かっていた。

 私は、震災翌年に吉田昌郎所長と90名に及ぶ現場の所員たちの実名証言をもとに『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』を上梓している。

 家族をはじめ“守らなければならない人”がいるそれぞれの所員が、汚染された原子炉建屋に突入するなど、凄まじい闘いを展開したことを私は取材を通じて知った。

 今回、朝日新聞は、その彼らが「命令違反で逃げ出した」と、外国から嘲笑されるような存在に貶めてしまった。しかも、それは全く「根拠に欠ける」ものだったのである。

 もし、本当に命令違反があったというなら、吉田所長によって「1F構内にいろ」という命令が出て、それが部下たちに伝えられたことが必須の構成要件となる。そして、その命令を無視して部下たちが「2Fに撤退」して、初めて成り立つのである。しかし、当の朝日の記事が伝える吉田証言にはそんなものはない。

 また2Fへの退避に対して、「その方がよかった」と吉田所長が発言している部分は紙面には掲載されず、有料でしか見られない朝日デジタルにしか書いていないという実に狡猾な構成となっていた。

 また驚くべきは、記事に現場の証言が全く登場しないことだ。これほどの大きな記事にもかかわらず、現場取材という最も大切なことがおろそかにされていたのだ。

 さらには、記事の中で「ミリシーベルト」と「マイクロシーベルト」という1000倍の差がある単位を書き分けていた。すなわち、線量を少なく表現したい部分では「ミリ」を使い、逆に多く表現したい部分では「マイクロ」を使って読者の印象操作をおこなっていたのだ。

 その末に記事は、〈吉田調書が残した教訓は、過酷事故のもとでは原子炉を制御する電力会社の社員が現場からいなくなる事態が十分に起こりうるということだ(略)その問いに答えを出さないまま、原発を再稼働して良いはずはない〉と締め括られていた。

 なんのことはない。吉田調書は、「反原発」「再稼働反対」という朝日の主張のために“利用された”のである。

※SAPIO2014年11月号

最終更新:10月4日(土)17時41分

NEWS ポストセブン

 

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