社民党ウォッチング
北川明氏資料集(辻元氏内縁夫、第三出版社長)

 

1.北川明氏について

 北川明氏は、「辻元氏の内縁の夫」「元日本赤軍」「第三出版社長」という3つの肩書き? を持つ人物です。辻元氏は、この旧日本赤軍メンバーから強い影響を受けている事が週刊新潮なので報じられています。この辺りを概觀した有名なコピペを以下に挙げます(どこまで本当かは知りませんが)。

 辻元清美の内縁の夫である北川明は、 昭和50年、スウェーデンから強制送還され、 旅券法違反で逮捕された日本赤軍のヨーロッパ担当兵。西ドイツの日本人商社員誘拐・身代金奪取作戦に参加予定だったのが未遂に終わり、公安調査庁がずっと動向を調査してきた要注意危険人物。

 辻元の選挙区は大阪10区(高槻・島本)、氏の地盤の高槻市はあの赤軍の重信房子が潜伏、逮捕された場所であり、周辺に日本赤軍の関係者・支援者が多い土地である。

 重信房子支援者が勤務していた高槻市の光愛病院の創設者は、日本赤軍の前身である共産主義同盟(ブンド)赤軍派の元メンバー。 光愛病院は、日本赤軍支援グループの拠点、巣窟だった。

 辻元の選対本部には、元過激派のメンバーが現在でも多数所属。 (辻本は早大在学中に極左団体と関係していた。) 余談であるが辻元は学生時代、金に困ると新宿紀伊国屋書店で豪華本を何度となく万引きし、古書店に売りさばいていた。

 また早稲田時代、夏目漱石の著作権が切れているのを逆手にとって岩波の全集あたりを底本にして「ザ・漱石」なる粗悪本を印刷し大量に売りさばいていた。出版社としての信義にもとる卑劣な行為と言わざるを得ない。

 また辻元の内縁の夫、北川が経営する「第三書館」という出版社は、マリファナや殺人、テロに関する詳しい書籍など、著しく極左的・反体制的・反社会的な著作を多数出版。辻元の著作5点も「第三書館」から刊行。

 また、辻元が主催していた頃の「ピースボート」船上では当局の目が届かないのをいい事に参加者間(漫画家の石●啓や京大出身の某助教授ら)で公然とマリファナが吸引されていた。「ピースボート」は日本赤軍が国際的に作ろうとしている支援組織「ADEF(反戦民主戦線)」の表側の組織 。北川は日本赤軍が移動する際、ピースボートに紛れ込んでいた。

 

 北川明氏の紹介は、週刊新潮4月4日号が詳しいです。

 巨額借金踏み倒し 日本赤軍の影堕ちたヒロイン「辻元清美」の正体

これに対する、北川氏の借金主への反論です。

 「それはないと思いますよ、平河工業社さん」

 ZAKZAKでも、北川明氏について触れています。

 辞職・辻元に日本赤軍メンバーの影

 あと浅野健一という北朝鮮シンパの教授が、北川明氏と友達であると、以下のページで述べています。   http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/ASANO/ACHIEVEMENT/recentbooks.html

 

 

2.第三書館資料集

さて、週刊新潮の記事には、以下のようなくだりがあります。

 つまり、当時盛んに海外でのテロ行動を活発化させていた日本赤軍メンバーとして、北川氏の活躍が新聞紙面に躍っているのだ。さらには、第三書館の閉鎖登記を遡ると、役員欄には、ばりばりの日本赤軍活動家の名前が登場したり、ほかならぬ辻元氏本人の名前も登場してくる。辻元氏がパートナーとして不可分の関係で共に歩んできた北川氏とはそういう経歴の持ち主なのだ。

 「東京の名無しさん」が、この登記簿をとってきて下さったので、ここに載せましょう。「JR大久保駅にある東京法務局新宿出張所」でこの登記簿を取得したそうなのですが、 辻元事件以降、結構これをとっている人が多いらしく、

>余談ですが、登記簿取得の際の、担当官の「あー、またかー」という表情が 印象的でした。
>管轄内ですっかり有名な会社となったようです。 

という事です。

 それでは、この登記簿の紹介といきましょう。まずは現在のものから

 株式会社 第三書館
現住所 東京都新宿区大久保二丁目1番8号

  1. 1.書籍、新聞、雑誌等の企画、編集、印刷、出版及び販売
  2. 図書の輸出入及び著作権の仲介業務.
  3. .翻訳及びその斡旋業.
  4. 旅行の斡旋業.
  5. 上記に附帯する一切の業務.

資本金 1000万円
昭和53年11月27日 設立

現在の役員 代表取締役 北川明 
東京都新宿区大久保二丁目1番8号 (本店所在地と同じ)

取締役 北川明
取締役 北川清
取締役 北川きぬ
監査役 山本勲

・・と役員は親族で固めているようです。

では過去はどうだったのか? それを明らかにするのが、以下の画像です。

 3つ目の画像によると、辻元氏が昭和63年7月31日から第三書館の取締役として就任していたのが分かります。最初、間違って「辻本」と誤表記してしまったので、後で「辻元」と直しています。本当にみんなよくお間違えになる(笑。

 4つ目の画像では、登記簿上は、平成1年12月31日に退任した形になってはいますが、その旨登記申請があったのは、ずっと後の平成10年11月24日に なってからです。しかも辻元氏だけでなく、北川氏その他の役員が一斉に退任しています。一体、何があったのでしょう?

 参考までにフライデー4/12号の記事を挙げておきましょう。

 さらに本誌は、辻元氏にあらたに"無届け兼職"の疑惑があることをつかんだ。国会議員に報酬を得る兼業かある場合、資産公開法にもとづき、届け出をすることが定められている。ところか、辻元氏は届け出を行わずに、民間企業の役員を務めていたと疑われてもしかたない、不可解な行為があった。

 辻元氏は87年に早稲田大学を卒業、96年に初当選。実はこの間の88年、東京・新宿区の出版社「第三書館」の取締役に就任した。辻元氏自身、この第三書館から何冊も著書を出している。

 同社の登記簿によれば、辻元氏は翌89年に役員を退任している。ところが、この退任の登記が行われたのは、9年も経ってからの98年。つまり、98年になって「9年前に役員を退任していた」という登記を行ったわけだ。

 「商法上、株式会社の役員は2年ことに登記しなくてはならない。役員の退任か9年前であったとしても、実際の登記かされるまでは、役員としての権利・義務は継続することになる」(東京法務局)とすれば、辻元氏は96年からの2年間、議員と企業の役員を兼職していたことになるが、その届け出は行われていない。

 しかも、辻元氏は89-96年、新宿区内の高級マンションに住んでいた。部屋の所有者は、第三書館。この物件は98年5月に競売にかけられており、辻元氏が役員退任の登記を行ったのは同社が経営難に陥ったあとの同年11月だ。

 第三書館の北川明社長(58)は辻元氏ときわめて親しい関係にあり、ブレーン的な存在だといわれるが、一方で多額の金銭トラブルが報じられている。

 辻元氏の事務所にこの問題を質したが、締め切りまでに明確な回答はなかった。辻元氏は議員辞職しても、離党はしないという。疑惑は深まるばかりだ。

 

 

3.北川明氏新聞記事・関連リンク

辻元氏の内縁の夫・北川明をはじめ、日本赤軍の資料が満載です。尚、新聞記事に出てくる「翻訳作戦」とは、「日本赤軍が計画した、ヨーロッパで身代金目的に日本の商社の現地駐在員の誘拐をする計画」の事です。でも途中でメンバーが次々と逮捕され、未遂に終わっています。

日本赤軍「北川」「島田」強制送還

読売(昭和50年9月3日) (245k)

強制送還の北川、島田逮捕

毎日(昭和50年9月4日) (270k)

「北川」「島田」羽田で逮捕

読売(昭和50年9月4日) (343k)

締め出された日本赤軍

朝日(昭和50年9月4日 夕刊) (214k)

日本赤軍 誘拐計画 全容わかる

朝日(昭和50年9月11日) (260k)

メンバーの写真

西川純 佐々木規夫 松田久 戸平和夫
坂東国男 大道寺あや子 浴田由紀子
大道寺将司 和光晴生
(どれも10k前後)

 特に資料性のある、メンバー顔写真と組織図は、それだけをとりあげてアップ。

 


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