最後まで絶対諦めるなよ。
(一同)オ〜!勝つぞ!
(一同)オ〜!
(拍手)FIFAワールドカップの1か月後に幕を開けた知られざる戦い。
知的障害がある選手たちによるサッカーの世界選手権です。
8月のブラジル大会。
日本代表は過去最高の世界4位に輝きました。
その攻撃の要…Jリーガーを目指した少年時代。
しかし知的障害によりチームプレーができなくなり一度はサッカーを諦めました。
今度はそのサッカーで障害を乗り越えたい。
谷口選手の決意です。
先生から言われた事何も分かんなかったんですけどリベンジっちゅうのもありますね。
(小澤)OK!言ってみて。
赤しゃべれよ〜!日本代表を阻むのは障害の壁。
コミュニケーションがとれない。
どこを狙うんだよ!ほらタニ!チームプレーができない。
障害と向き合い世界と戦う。
もうひとつのワールドカップに挑んだ半年間の記録です。
今から数学を始めます。
礼。
(一同)お願いします。
3月谷口拓也選手は知的障害がある生徒が学ぶ特別支援学校の卒業を間近に控えていました。
諦めんで諦めんで。
今あなたはちゃんとこれを計算したやろ?知的障害とは知能の発達が遅れ日常生活に支援が必要な状態をいいます。
谷口選手も小学校の足し算から勉強をやり直しています。
大丈夫よ。
心配しない心配しない。
1問でいいよもう。
せっかく
(1)って書いたんやけん。
3問ぐらいさせて。
いらんちゃ。
やらんよ。
「やらんよ」じゃない。
3人兄弟の末っ子として生まれた谷口選手。
兄の影響で幼稚園の時サッカーを始めました。
小学校時代攻撃力のあるプレーでチームを県大会優勝に導きます。
将来の夢はJリーガーでした。
しかし中学校にあがった頃異変が起きます。
監督やコーチの高度な指示が理解できずコミュニケーションが難しくなったのです。
谷口選手は知的障害と診断されました。
スタメンからも外され大好きだったサッカーをやめました。
特別支援学校に進学後谷口選手は目標を失い荒れた生活を送っていました。
その姿を心配した母親の秀代さんが薦めたのが知的障害者のサッカーチームでした。
学校の先生からやっぱり「サッカーをしたらどうですか?」というのを薦められて私が無理やりに入らせました。
高等部1年生の夏谷口選手は大分市にある知的障害者サッカーチーム「サカたの」に入りました。
人と関わる事が苦手な知的障害者にチームプレーを経験させ社会で生きる能力を養いたいと活動しています。
谷口!高い身体能力を持っていた谷口選手はこのチームで再び自信を取り戻します。
ディフェンスの間をすり抜けるパス。
パスを出してすぐにゴール前に走り込みシュート。
その活躍が注目されおととし九州選抜のメンバーに。
そして去年12月日本代表選手に抜てきされたのです。
1994年に始まったもうひとつのワールドカップ。
4年に一度本大会と同じ年に同じ国で開かれルールもワールドカップと変わりません。
世界20か国900人が選手として登録。
ヨーロッパではプロリーグで活躍する選手も生まれています。
3月。
茨城県で代表合宿がスタートしました。
頂きます。
(一同)頂きます。
全国から集められた16歳から27歳まで障害のある18人の選手たち。
8月の大会まで毎月集まり共同生活を送りながらトレーニングに励みます。
これまで1次リーグを突破した事がない日本代表。
課題はコミュニケーションです。
(小澤)はいいくよ〜。
はいラストいくよ〜。
知的障害がある選手たちは会話が苦手です。
ピッチの上でも声が出ません。
あ〜声がないか。
OKの声出ない?OK!言ってみて。
赤しゃべれよ〜!OK。
OK!声を出すか出さないかはプレーに大きく影響します。
例えばセンタリング。
ゴール前に上がるクロスボールを手前のニア奥のファーどちらかで受けシュートを打つ連係プレーです。
この時ボールを受ける選手は自分がニアに行くかファーに行くかをはっきりと伝えなければタイミングが合いません。
日本代表小澤通晴監督。
世界の強豪と戦うにはチームプレーの向上が欠かせないと考えています。
外国の選手と1対1のプレーの中では1人で突破して得点まで奪っていくというのはなかなか難しいんですね。
そういうところを今回はテーマにしてやっていきたいと思っています。
声を出す事によって責任が生まれてくるから。
声を出す以上やっぱりやらなきゃいけなくなるから。
それが間違っていたとしてもいいからしっかりやれるようにして下さい。
(ホイッスル)健常者の高校チームとの練習試合。
谷口選手は攻撃の中心フォワードを任されました。
日本代表チームここでも声が出ずボールがなかなかつながりません。
コミュニケーション力の向上を果たせないまま最初の合宿は終わりました。
(取材者)お疲れさまです。
どうですか?中学校時代に一度挫折したコミュニケーションの壁。
谷口選手は再び突き当たっていました。
母秀代さんに本音を打ち明けます。
頑張ってせんと。
今は楽しくねえかもしれんけど。
4月。
特別支援学校を卒業した谷口選手は鹿児島で新生活をスタートさせました。
今日からお世話になります谷口拓也です。
よろしくお願いします。
(一同)よろしくお願いします。
ネジも取っていいんですか?就職したのは介護用品のレンタルを行う会社。
1人暮らしも始めました。
代表選手たちの多くが平日は介護や運送などの仕事をしながら合宿に参加しています。
6月ワールドカップでの試合を想定した本格的な練習が始まりました。
監督が掲げたのは全員攻撃全員守備のサッカー。
ポジションにこだわらず全員でボールをつなぐチームプレーを重視した戦術です。
大学生との練習試合。
谷口選手は森山選手との2トップを任されました。
森山選手がドリブルで攻め上がります。
しかし谷口選手はパスを受けやすい位置に動く事ができません。
タニとモリ球を収めてくれ少し。
時間作れないよ全然攻撃で。
2トップのパスがつながらないとほかの選手が敵陣に上がる時間が作れず全員攻撃の形にはなりません。
お互いが離れ過ぎ!キーパーが持った時とかもモリはタニがどこにいるのかタニはモリがどこにいるのか見ながらやんなきゃ!満足にプレーができない谷口選手に声をかけるコーチがいました。
西眞一さん。
谷口選手の能力を高く評価し日本代表に推薦しました。
(ホイッスル)どう動けばいいか手本を見せるため西コーチは自らピッチに入ります。
西コーチからの矢継ぎ早の指示。
体がついていかずとうとうボールを追うのを諦めてしまいました。
出ろ…。
ボールへの執念をなくした谷口選手を厳しく指導する西コーチ。
そこにはある強い信念がありました。
西コーチは社会人リーグのヴォルカ鹿児島でフォワードとして活躍。
得点王に9度輝きました。
現役を引退した2年後の2010年鹿児島の知的障害者サッカーチームに指導者として招かれます。
最初は自分の指示がほとんど理解されずに悩んだ西コーチ。
しかし体を使って根気強く教えるうちに選手たちは驚くほど上達していきました。
11人でサッカーというのは成り立っている中でそれぞれの役割分担やらないといけない事もしくはほかの人をサポートする心だったりチームのためにゴールを目指すとかそういったところというのは社会の中で生きていく上でも絶対必要不可欠なものだと思うんですね。
人は一人じゃ生きていけないって僕思ってるので。
ブラジルへの出発を直前に控えた最後の合宿。
この時になっても谷口選手は全員攻撃全員守備を掲げるチームの方針についていけずにいました。
谷口山内木村安達…。
監督と西コーチは谷口選手をフォワードから右サイドに変更しました。
右サイドは全員攻撃全員守備の要となるポジション。
攻撃時にはゴール方向に走り守備に転じれば全速力で戻る。
献身的なプレーが求められます。
もともとパスが上手な谷口選手。
その能力を発揮させたいというのがねらいです。
しかし谷口選手はポジションが変わった事を受け止められません。
何で自分ばかり走り続けなければならないのか。
その事ばかりを考えていました。
なぜやらないの?自分から逃げてるような谷口拓也という選手は要らないんで本物の谷口拓也を見せてほしいなと思います。
8月9日日本代表選手たちはブラジルに到着しました。
初戦を2日後に控えたミーティング。
ファー寄りでファー行ってからのニアみたいな…。
練習してきた連係プレーを選手同士確認していきます。
一歩踏み出した瞬間にこっちから出ていく。
ミーティングが終わりかけた頃西コーチは谷口選手に声をかけました。
谷口選手はこの日自分が何ができないかを初めてはっきりと口にしました。
タニはいつもこの辺でチョロチョロ歩いてるから…。
そうじゃなくてボールが左に行ったらそしたら左に行った分自分も移動して…。
OKですか?分かりました。
ありがとうございます。
明日じゃあやってみて。
迎えた開幕戦。
対戦相手は開催国ブラジルです。
谷口選手は前半から積極的に攻撃を仕掛けます。
しかし前半終了間際ブラジルが巧みにパスをつなぎ先制。
谷口選手は味方にパスをつなぎなんとかゴールを奪おうとします。
後半40分の事でした。
ボールが谷口選手のもとへ。
そして…。
ディフェンスの足をすり抜ける絶妙なパス。
受け取ったフォワードが押し込みました。
仲間とパスをつないで奪ったゴール。
谷口選手に自信が戻ってきました。
危ねえ!マジ危ねえ!1次リーグ2戦目。
相手は前回大会3位の強豪ポーランドです。
谷口選手はこの日も全力で走り右サイドの役割を果たそうとします。
激しく攻め込まれる日本。
前半終了間際トップスピードでサイドに攻め込む相手選手に焦ってスライディング。
(ホイッスル)イエローカード。
1次リーグで合計2枚を受け出場停止。
タニ!ようやくチームのために戦えるようになったやさきの痛恨のミスでした。
試合に出られない悔しさ。
日本代表になって初めて涙を見せました。
1次リーグ突破が懸かるドイツ戦。
日本は次々とゴールを決め7対0で圧勝しました。
初の決勝トーナメント進出。
その舞台に谷口選手は立てませんでした。
この顔撮った方がいいよ。
苦しそう。
泣いてないです。
バスの中で。
ポーランド戦の方がどっちかと言うと顔腫れてたよ。
(笑い声)それはドイツ。
決勝トーナメント日本代表は初戦のサウジアラビアに敗れあとは3位決定戦の1試合を残すのみとなりました。
(ホイッスル)夕方4時練習を終え一息ついていた時の事です。
谷口選手が西コーチに声をかけました。
これまで苦手にしていた走り込みをしたいと志願したのです。
はいいくよ。
よ〜いスタート。
それは知的障害と診断される前の中学生時代に教わった練習法でした。
20秒1234スタート。
サッカーに夢中だった少年時代に戻って自分を鍛え直したい。
障害と診断されサッカーを諦めてしまった悔しさを二度と味わいたくない。
自分自身から逃げていた谷口選手の姿はもうそこにはありませんでした。
決勝トーナメント3位決定戦。
最後まで絶対諦めるなよ。
(一同)オ〜!勝つぞ!
(一同)オ〜!日本代表最後の試合です。
頼んだぞ!思い切ってやってこい。
相手は1次リーグで完敗を喫したポーランド。
谷口選手がスタメンとしてピッチに戻ってきました。
スライド!サイドにスライド!がむしゃらに走りボールを奪う谷口選手。
一人また一人パスをつないでシュート。
それ行け!それ行け!行け!行け!谷!粘り強くボールに迫ります。
横から入れ横から。
スピードもっと速く。
まず1点まず1点!選手たちが自分から声を出し始めました。
ポーランドのコーナーキック。
あわやゴールかと思われたこの時。
いち早く危機に気付き声を上げたのは谷口選手でした。
相手の4番がマークを外れてフリーになっている事を仲間に知らせようとしたのです。
(ホイッスル)その後も体を張ってゴールを守る谷口選手。
最後まで走り抜きました。
(ホイッスル)結果は0対2。
勝利はつかめませんでした。
引き揚げる選手たち。
一人谷口選手は反対方向へ向かいました。
激戦の90分間チームを引っ張り続けたキャプテン。
最後まで共に戦った仲間をたたえました。
TeamJapan!
(拍手と歓声)世界4位。
知的障害者サッカー日本代表はもうひとつのワールドカップで過去最高の成績を残しました。
障害に負けていた自分にリベンジしたい。
谷口拓也選手19歳。
サッカーという名の人生をこれからも生きていきます。
2014/09/25(木) 01:30〜02:15
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「自分へのリベンジ もうひとつのW杯 谷口拓也」[字]
8月、ブラジルで開催された“もう一つのW杯”知的障害者サッカー世界選手権で日本が初のベスト4入りの快挙を達成した。自らの障害に立ち向かう挑戦の日々に密着した。
詳細情報
番組内容
知的障がい者サッカー日本代表FWの谷口拓也選手は19歳。将来プロにも嘱望された逸材だったが、中学生の頃から高度な戦術に対応できなくなり知的障害と診断された。身体能力は健常者と変わらないのに監督の指示が理解できず他の選手とコミュニケーションがとれないハンディを抱え、一度はサッカーをあきらめたが、周囲に支えられ再び夢に挑む決意をした。チームの勝利のため自らの障害と立ち向かう日々を追った。語り:萩原聖人
出演者
【語り】萩原聖人
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
スポーツ – サッカー
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