都内にある人気の個性派書店。
正面を入るとまず目に留まるのはある1冊の写真集。
ごく普通の子供の1年を撮影したものだ。
これが若者を中心に人気を呼び写真集としては異例の11万部を売り上げた。
その人気の写真集を世に送り出したのは…ワンルームマンションを拠点にした小さな出版社。
社員は僅か4人。
6年前1冊の本を自分たちの手で売るところから始まった。
(鈴木)「センチメンタル」30とはい。
「初めて」40。
読者へ本を直接届ける感覚を大事にしたいと今でも出荷作業は社員全員で行う。
梱包祭りには社長も参加。
出版不況の中写真集や詩集を中心に毎年売り上げを伸ばしてきた。
こんだけキュウキュウになっちゃったんですけど。
成長を続けるこの出版社の営業職鈴木彩花さんが今日の主人公。
入社以来たった一人で本の営業を取り仕切ってきた。
今年会社は勝負に出た。
創立以来初めて6冊連続刊行の出版ラッシュ。
たった1人の営業鈴木さんにも気合いが入る。
倍にですか?ところが…。
出版ラッシュを前にこれまでの営業方法が通用しない。
鈴木さんにとって勝負の夏。
自分の殻を破る事はできるのか?鈴木さんの勤める出版社のモットーは「面白い」をとことん追求する事。
この日の議題はこの変わった形の本。
横向きと縦向きの写真がどちらも同じように楽しめる写真集。
何軒もの印刷所に断られた末にようやく出版する事が決まった1冊だ。
(村井)この写真集の呼び込んだ形…
(村井)希望があふれていますね。
編集者3人に営業1人。
上下関係や職種の垣根はなるべく減らし会社というよりより良い本を作るための共同体を目指している。
入社4年目の鈴木さんにとってこの夏は大きな転機。
会社始まって以来の出版ラッシュ。
ジャンルの違う本が偶然にも6冊立て続けに出版される。
今までだと…そういう感じでした。
写真集や詩集だけでなくツイッターで人気になったコミックの書籍化など初挑戦の本もある。
(ため息)この日佳境を迎えていたのは60年前の刑事の張り込み現場を捉えた写真集。
1,000枚の写真から150枚に絞り込む。
作家の意図をくみ印刷ギリギリまで選び直す。
若者がファッションアイテムとして手を伸ばせる気軽さと本としての奥深さを両立させたい。
1冊1冊が勝負だ。
結構1年2年物によっては3年ぐらいかけた本が一気にこの秋にそろうというところもあって。
「たくさん出したからちょっと意識が散漫になったね」とかそういうふうには絶対したくないなと。
今回はかなり…毎回そうなんですけど小さい会社だから。
本は発売までにどれだけ注文が取れるかが勝負。
書店を1軒1軒足で回るのが鈴木さんの営業スタイルだ。
入社以来この地道な方法で売り上げを伸ばしてきた。
駅前の書店ではサラリーマンが立ち寄る立地に注目して男性に受けそうな写真集を売り込んだ。
服装もその当時の雰囲気があるのでそういった部分でもファッションっぽいような要素もある作品かなとは。
う〜んどうしましょう。
シビアに言うと5冊からって感じなんだけどどうですかね?10冊。
10冊。
(2人の笑い声)ちょっと難航気味。
そこで実際の売り場に移ってお客さんの目を引く売り方を提案。
宣伝用のパネルを鈴木さんが用意する事を約束。
かっこよく売れるとアピールした。
いけますか。
じゃあ「う〜ん」と言いながらじゃあ10冊で。
ありがとうございます。
はい。
押し切られました。
ハハッ!すみません。
店員さんとの駆け引きも営業の腕の見せどころだ。
一番その…教えてもらいながらでも「いける」と思った時だけ押します。
次に足を運んだのは若者向けの書店。
コミックが売れると踏んで営業開始。
倍とかできますか?倍にですか?ここでは作者の好きな本を並べるフェアを提案し他の本も売れるとアピール。
あっそれでも…。
1軒1軒書店員と一緒になって本を売ろうという丁寧な営業。
この熱意には訳がある。
とにかく本が好きで今の会社にアルバイトから入った鈴木さん。
しかしそのころ会社には専任の営業職がゼロ。
良い本を作るだけではなく良い売り手が必要だと感じた。
なかなか…お疲れさまで〜す。
帰りました〜。
新刊の営業を始めて3週間。
順調かと思いきや注文数を集計してみると…。
今までは新刊は1回に1冊ずつ。
しかし今回は複数の本を同時に売り込まねばならないため思ったほど数字が伸びていなかった。
創立以来初の出版ラッシュ。
社長も結果が気がかりだ。
第一に…1軒1軒のお店で時間をかけすぎていた事が原因だった。
数を大幅に伸ばせる提案ができない鈴木さんを見かねて社長はある案を切り出した。
えっとそうだね…う〜ん…。
本部営業とは各チェーン店を束ねている書店の本部に営業をかけて一括して注文を取るというもの。
効率よく本を売る事ができる営業方法だ。
これまで1つ1つのお店との関係を大切に売り上げを伸ばしてきた鈴木さん。
効率重視の営業にはすぐには同意できなかった。
本部からまとめての発注管理だとそういった事が書店員さんにとって自分にとってこれは売るべき本だとか売りたい本だっていうのをなかなか思ってもらえないんじゃないかと。
私から書店員さんに直接お話しをしたいという気持ちがあったのですぐにうなずけなかったです。
たくさん売りたい。
でも丁寧に売りたい。
悩ましいね…。
(虫の鳴き声)鈴木さんは会社から1時間ほどかかるアパートで1人暮らしをしている。
自宅に帰ると早速書店員のブログや本の紹介をチェック。
これも営業に役立ってるんだって。
「そういえばこの間こういう事をブログに書いてありましたよね」とか。
何か1回クッションがあった方が…編集者3人がこだわりを持って本を作る現場を見てきたからこそ鈴木さんも自分にしかできない方法で営業の成果を上げたいと考えてきた。
言われた事に対して素直に従う事もちろんするんですけど全部言われた事だけをやっていたらナナロク社の鈴木さんにはなれない。
自分のいる意義っていうのをきちんと私にしかできない仕事としてやりたいっていうのがあるので。
あの子の営業はこういうスタンスでこういうふうにやってくれているって思ってもらえる仕事がしたいと思っているので。
ここで鈴木さんの一週間を見てみよう。
書店を回る外勤が3日に出荷や注文をまとめる内勤が2日。
内勤の日の楽しみはランチタイム。
(チャイム)みんなそろって食べるのは手作りのランチ。
カップ麺ばかり食べていたみんなの食生活を心配して先輩が作ってくれるようになった。
…話になって作り始めたんですけど。
野菜中心のヘルシーな料理。
材料費200円は先輩に払う。
頂きま〜す。
(一同)頂きま〜す。
う〜ん!おいしそうだね〜!お互いの仕事の状況や表情がよく見えるこの距離感が仕事にもプラスに働いている。
ここでは15畳の部屋を目いっぱい活用。
搬入された本の山。
中央のテーブルではアルバイトが本の仕分け。
そして社員4人はというと…段ボールの隙間で新刊の打ち合わせ。
すぐに話し合えるこの距離。
まさしく本を作るための共同体だね。
会社だから家族じゃないからやっぱりいいんですよね。
緊張感がちゃんとあるから。
あんまり「家族的」とか言ってる会社を僕は信用していなくて。
やっぱりそれぞれみんなバックグラウンドがあってその一部を見せながら働いているからそこで尊重し合えるっていうのはギリギリの線があるかなとは思いますけどね。
こうやって食卓囲みながら言うの変ですけど。
ハハハ…!こちらが鈴木さんの収入と支出。
収入は手取り18万円。
交際費が3万円と結構多い。
時には書店員さんたちと飲みに行く事もあるそうだ。
社長に本部営業を提案されてから1週間。
鈴木さんはまだ提案を受け入れられずにいた。
この日も若者向けの写真集を多く取り扱うお店でなじみの書店員さんと話し込んでいた。
いつもどおり時間をかけてじっくり聞き取り。
いつまでもこのペースでやってて大丈夫?あの〜「これ売れる」っていう気持ちに担当さんをさせられていないなっていうのが正直な実感で。
個別のお店にこだわり続ける事が鈴木さんの営業の足かせになっていた。
(村井)「こういうふうにしたい」っていうこだわりの部分が強く出過ぎているだろうなと。
だからそこはそれをよしとしてやらせていったところのいいところと悪いところが当然両方出ているなと。
この進み方だとやっぱりまだまだ遅いのでいかにこの壁をどこかでヒョイって乗り越えないと本当に難しいなというところは感じています。
この日社長は再び本部営業の話を切り出した。
はい。
自分のスタイルを貫くのもそろそろ限界かな。
(一同)お久しぶりで〜す!この日は同業他社の営業との飲み会。
本の市場を活性化しようと最近では一緒に組んでフェアをやる事も多い。
会社では営業を1人で背負っている鈴木さんにとっては頼りになる先輩たちだ。
本部営業の方針についてみんなの意見を聞いてみた。
そうなんですけど何か多分私が頑固なのか…。
何か多分単純にシステム的なものって思い込んでるだけで。
本部だって人間なわけで。
その人が気に入ってくれたり面白がってくれなかったらやっぱり本は流通しなかったりするし。
やっぱ…営業目線からのアドバイス。
鈴木さん参考になったかな?弊社からこの秋に刊行する書籍に関しましてご紹介と…。
翌日書店の本部の人と会う約束を取る鈴木さんの姿があった。
今回このみんなが言うような「後から話しに行ったりしたらいいんだよ」っていうのを素直に聞いてみようって思って。
まず一番大事なのは自分がそれこだわりすぎて本が置けなかった時に全部が駄目になる。
目標も達成できないしせっかくこんなにみんなが気持ちを込めて作っている本が出回らなくなるというか…棚に並ぶ機会が減るっていうのと。
まずはやる事やりましょうっていう気持ちになりました。
でも自分のスタイルを全て諦めたわけではなかった。
夜会社に残って作り始めていたのは写真集の背景やお薦めポイントをまとめた書店員向けの冊子だ。
本部から注文を受けたお店へのフォローの方法を自分なりに考えた結果だった。
「こういうのを考えてます」っていうのとあとはこういうのを各担当さんにお渡しできるのでただ「置いて下さい」っていうのではないっていうアピールというか。
したいなって思ってます。
本の説明に添えたのは営業からのひと言。
「盛り上がりながら写真を選び、みんなで話し合い、わくわくしながら作っています。
こんなに大切に作られている本があるのに知らないなんてもったいない!」。
直接会えない書店員にも自分のメッセージを何とか伝えたいと考えたのだ。
いよいよ本部営業の日。
ナナロク社の鈴木と申します。
頂戴いたします。
全国に14店舗を構える書店の本社を訪ねた。
この秋以降の刊行予定の一覧になります。
新刊の6冊を紹介すると共に書店員さん向けの冊子についてもアピールした。
こういうので紹介されるのかなりインパクトがありますので店の注文担当者にとってみればかなりの参考にはなります。
ありがとうございます。
でこれからメールアドレスの方にチラシをデータで頂ければ各店に必ず送るようにしますので。
ありがとうございます。
その場ではすぐに注文はもらえなかったが冊子のおかげで感触は上々。
鈴木さんなりにも収穫があったみたい。
やっぱり人なので会えば「ああこの人にこれの良さを分かってほしい」みたいな気持ちになる事は変わらないなと思いましたし。
結局欲張りなので1回会うとまた会いたくなっちゃうから「また本部も行きたいな」とか思っている自分がいるんですけど。
その日の夜。
お疲れさまでした。
お疲れさまです。
本部営業の結果を社長に報告。
作った冊子社長も気に入ってくれたみたい。
あ〜いいね。
営業担当者からひと言。
う〜ん…。
厚かましいぐらいがいいね。
ハハハ…!大分厚かましいですよね!それにしても鈴木さん本当に頑固だったね〜!やっぱりどんどんただただ状況に合わせてやり方変えちゃうと何が正しいのかも分からないまま前に進んでいくから。
そういうこだわりがありながらしっかり考えて動きながら変えていけるのはいいと思いますね。
鈴木さんこれからはどんな営業になりたいの?ただ頑固って言われない営業になりたいです。
「ああ鈴木さんが言っているなら間違いないからいいよね」って思ってもらえるようになりたいので。
「鈴木さん頑固だからちょっと時間をおいてもう1回話してみようか」じゃなくて「鈴木さんがああ言うなら大丈夫」って思ってもらえるようになりたいです。
はい。
素直な気持ちかもしれない。
そうそうそこは素直にね。
2014/09/22(月) 19:25〜19:50
NHKEテレ1大阪
人生デザイン U−29「出版社営業」[字]
鈴木彩花さんは社員4人の小さな出版社の“たった一人の営業職”。会社が創業以来の出版ラッシュを迎える中、どれだけ書店で注文をとれるのか、奮闘する鈴木さんを追う。
詳細情報
番組内容
今回の主人公、鈴木彩花さんは社員4人の小さな出版社の“唯一の営業職”。出版不況といわれる中、6年前に創業したこの出版社は、詩集や写真集などを中心に売り上げを伸ばしてきた。この秋、会社としては創業以来初めて、6冊連続で本の刊行を迎える。営業の鈴木さんが動かなければ本は一冊も売れない。出版ラッシュを目前に控えた夏の間にどれだけ書店で注文をとれるのか、たった一人の営業として奮闘する鈴木さんを追う。
出演者
【語り】Mummy−D
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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