(甲斐峯秋)夏河郷士を知ってるかね?
(杉下右京)小説家の夏河郷士の事でしょうか?さすがだねぇ。
さほど有名ではないんだが。
一風変わった作家なので記憶にあります。
確か20年ほど前に自殺したはずですが。
ここだ。
彼女は矢嶋小百合さん。
現在千歳出版に勤めているんだったね?
(矢嶋小百合)はい。
初めまして矢嶋小百合と申します。
こちらこの前話した特命係の杉下くん。
杉下です。
あっまあまあ…。
実は彼女の父親は夏河郷士が生前住んでいた屋敷の管理人をしていたそうな…。
父は20年前私が5歳の時に突然失踪してしまってそれ以来消息は不明なんです。
20年前というと夏河郷士さんが自殺した頃という事でしょうか?はい。
先日母が亡くなり遺品の中からこんな物が見つかったんですけど…。
拝見します。
(小百合)多分夏河郷士さんの創作ノートだと思うんですけどひょっとしたら…。
ええなんでしょう?私の父が夏河さんを殺した証拠かもしれないんです。
おやおや。
僕はそんな事はないと思うんだがね。
彼女がそう言う以上少し調べてもらえないかなと思ってね。
もし仮にお父様が夏河郷士さんの死に関わっていたとしてどうしてそれを調べようと思われたのでしょう?
(小百合)これが父です。
物心ついた時には母と2人きりでずっと会いたいって思ってました。
万が一父が殺人を犯していたとしても私はやっぱり…。
わかりました。
ではこちらはお預りして少し調べてみます。
ところでひとつ不躾な事をよろしいでしょうか?矢嶋さんは甲斐次長とはどのような…。
(小百合)ああそれは…。
ひと言で言うと母と私にとって甲斐さんは恩人なんです。
恩人?父が突然失踪して生活に困った母に就職先を世話してくださったりそのあとも私の学費を援助してくださったり…。
それはもう感謝してもしきれないぐらいに。
そうでしたか。
(角田六郎)そりゃ隠し子だな。
見ず知らずの親子に援助なんかする奇特な人間はそうそういないからな。
やっぱ次長の隠し子じゃねえのか?課長。
あら…。
俺ちょっと下世話だったか?
(甲斐享)もっと言って頂いて結構です。
そもそも特命係をなんだと思ってるんだろう。
いきなり杉下さんの事呼びつけて訳のわからないノートとか押しつけて。
ですが殺人の可能性があるのならば調べないわけにはいきませんねぇ。
えっ?マジで調べるんですか?もちろんです。
でもどうやって?そろそろ米沢さんの手が空く時間ですねぇ。
(米沢守)うん…。
インクの成分や紙の劣化程度から見て確かに書かれてから20年は経過してるようですね。
筆跡鑑定も行いたいところですが…。
出版社に問い合わせてみたのですが夏河郷士さんはワープロを使って執筆をしていたために直筆の原稿はどこにも残っていないそうです。
じゃあ鑑定したくても出来ないじゃないですか。
あっそうでした。
えっ?ああこれ。
このノートにこのようなメモが挟まっていました。
あっ失礼…。
彼女の父親矢嶋房夫さんは慈朝庵と呼ばれる夏河郷士さんの屋敷の管理人兼雑用係をしていました。
おそらくこのメモは夏河さんが注文した買い物のリストでしょうねぇ。
確実な事は言えませんがノートの文字とこのリストの文字同じ人物が書いた可能性が高いですね。
ほら平仮名の「の」や「を」などの癖が一緒ですよ。
じゃあ夏河郷士さんが書いたもので間違いなさそうですね。
そうなると気になるのは何が書かれているかですな。
矢嶋小百合さんの言うとおりこのノートの中には殺人をほのめかす表記がいくつか見られました。
でも創作ノートって言ってましたよね?小説のネタなら何が書いてあっても不思議はありませんよね。
いやところがそうではないんですよ。
ちょっと失礼。
(米沢)夏河郷士は自然主義文学の影響を強く受け自ら体験した事以外は書かないというかなり偏狭な作風で知られています。
自殺未遂をした登場人物を描くために自ら自殺を試み救急搬送された事があったと記憶しています。
それってまるごと変人じゃないですか。
(米沢)ここに「日常の体験や感じたことを創作ノートに書きためそれを元に小説を書いた後でノートをすべて焼却していた」とありますからもし本物ならお宝かもしれませんな。
じゃあ自分が殺される小説を書く前に本当に殺されたから創作ノートだけが残った。
いずれにしても調べてみる価値はありそうですね。
やはり気になりますか?えっ?そりゃあ本当に殺人ならもちろん気になります。
いえ矢嶋小百合さんと甲斐次長の関係です。
あの人がどこで何をしようと俺には関係ありません。
ここ慈朝庵って言うんですか。
ええ明治時代に建てられた華族のお屋敷です。
夏河郷士の先祖が買い取りそれを相続した彼が亡くなるまでサロン慈朝庵と呼ばれていたようですね。
サロン慈朝庵?ええ夏河郷士には懐古趣味があったようで夜な夜なパーティーを開き文化人や財界人を集め交流を深めるための社交の場として使っていたためにそのような呼び名がついたのでしょう。
で夏河郷士が亡くなったあとは…。
サロンの一員でもあり夏河氏と親交のあった江花須磨子さんという女性が買い取り現在は彼女が代表を務める財団が管理をしているようです。
連絡を入れておいたのですがねぇ。
(江花須磨子)あの…。
警察の方でしょうか?はい。
警視庁特命係の杉下と申します。
同じく甲斐です。
江花須磨子さんでいらっしゃいますか?はい。
江花と申します。
外出しておりましたので遅くなりまして。
何か調べていらっしゃるんですか?ええ20年前の夏河郷士さんの一件を少々…。
夏河先生の…?今さらなぜです?実は夏河郷士さんの創作ノートが見つかったんです。
それが夏河先生の…。
この中にちょっと気になる記述がありまして。
ご主人は江花産業の社主だった江花幸彦氏。
20年前に病気で亡くなっています。
ご主人の死後須磨子さんは江花基金という慈善団体を創設し数十億円という遺産のほとんどを女性や子供たちのために寄付しています。
社会奉仕に尽力されている日本有数の篤志家ですねぇ。
へえ〜…。
しかし表舞台に立つ事はほとんどなくそのために最後の淑女と呼ばれています。
最後の淑女?まあ…嫌ですわ淑女だなんて。
これは失礼。
どうぞ。
恐縮です。
どうも。
ところで夏河先生が自殺ではなかったってそのノートに書いてあるんですか?いえそこまでははっきりとは…。
ただ僕たちなりにノートの内容を読み解こうとしたのですがなかなか難しいものがありまして…。
そうですか。
そこで生前の夏河氏と親交のあったあなたに当時のお話など色々伺えればと思いまして。
わたくしなどお役に立てるような事は…。
何しろもう20年も前の事ですから。
あの…この屋敷の管理人だった矢嶋って人の事を覚えていませんか?矢嶋?ええ。
さあ…。
あまりよく覚えておりません。
実はこのノートその矢嶋さんの娘さんが見つけたんです。
えっ?彼女は父親の矢嶋房夫さんが夏河氏を殺害したと思っているようです。
その彼女のためにも真実を突き止めたいと思っているのですが…。
わかりました。
お力になれるかどうかわかりませんが…。
ありがとうございます。
こちらが寝室です。
あっここですね。
遺体が発見されたのは20年前の11月8日…。
約束のひと月が経っても連絡がない事に痺れを切らしてやって来た編集者が室内に入ったところ…。
(編集者)うわっ臭っ!ああ〜先生何やってるんですか…。
夏河郷士さんが首をつって死んでいるのを発見しました。
缶詰になっていたからとはいえひと月も発見されないものですかね?その夏河さんの死と相前後して管理人の矢嶋房夫さんが失踪したと聞いていますが…。
ええ。
おそらくそのせいで訪ねる人もいなくて誰にも気づかれなかったんだと思います。
そのために他殺の根拠となるものも見つからず死因や正確な死亡日時も特定出来なかったのでしょうね。
ですが警察では自殺と判断されたのでは?ですがもし当時の捜査員がこのノートを発見していたとしたら状況は変わったのではありませんかね?ああ…カイトくん。
はい。
君…あっここ読んでもらえますか?ああはい。
「私はあの男の罪を告発するつもりだ」「そしてあの男は私の決意にすでに気づいている」「だとすれば私を殺しに来るに違いない」「その思いが心に宿ってから私の肌は常にあの男の殺意を敏感に感じとっている」「日常の何気ない瞬間」「譬えば食事の時」「あるいは書きものの合間に外の空気を吸おうと広間へ降りて行こうとした瞬間」「あの男なら毒を盛ることも私の体を突き落とすことも容易いはずだ」これらの描写が仮に事実に基づいたものであれば他殺の状況証拠と考えられます。
つまり夏河郷士は「あの男」に殺される事を予感していてそのとおりに殺害された。
問題は「あの男」の正体です。
矢嶋さんのお嬢さんは父親の矢嶋房夫ではないかと…。
ノートにはそのように書かれているんですか?いえ「あの男」は矢嶋さんだとはっきり示す記述はありません。
ああでも…例えばここなんか…。
「突然玄関の開く音がした」
(ドアの開く音)「あの男がこの家に入ってくる」「ただそれだけで空気は張り詰め同時に濁るように思えてならない」編集者も締め出したこの屋敷に自由に出入り出来たのは管理人の矢嶋房夫ぐらいだったと考えるのが自然ですよね?それとも矢嶋房夫さん以外で例えばサロンのメンバーの中に思い当たる人物はいらっしゃいませんか?さあ…わたくしが覚えている限り夏河先生を恨むような方はいらっしゃいませんでした。
夏河先生はこの奥の書斎を執筆に使われていらっしゃいました。
江花さんは当時もよくここにいらしてたんですか?ええ夫の江花が夏河先生と親しくさせて頂いておりましたのでパーティーなどで何度か…。
じゃあご夫婦ともにサロン慈朝庵のメンバーだったんですね。
サロン慈朝庵…。
確かに当時はそんなふうに気取っておりましたけど。
こちらです。
ここで夏河郷士はこの創作ノートを書いていた…。
あっこれ夏河さんですよね?テニスやってたんだ。
(須磨子)ええ。
近くにテニスコートがあってサロンの方々をお誘いしてよく…。
あっその事について…。
失礼。
はい。
ノートにこのような記述がありました。
「思い出す。
10月の始めあの男とペアを組んだ」「私のささいなミスであの男が怪我をした」
(男性)ああっ!
(男性)ああっ…ううっ…。
その時に夏河郷士と組んだのは?ゲストの人数が合わなくて…。
あっそう管理人さんにも加わって頂いて確か夏河先生とご一緒に…。
その時に矢嶋さんが怪我をしたかどうか覚えていらっしゃいませんか?さあ…そんな事もあったような気は…。
だとするとこのノートに書かれた「あの男」というのはやっぱり矢嶋房夫という事になりますよね?まだ結論を出すのは早いと思いますよ。
ところでこのノートには「あの男」に関してこのような記述もありました。
「私は迷う。
自らの知った事実を公表すべきか」「明らかにすれば傷つく者がいる」「だからといって罪は罪であり許されるべきではない」「あの男の罪は例えるなら杜鵑の罪だ」ホトトギス…?ええこのノートの中に何度か登場します。
あっここも。
ほらここも。
ええ。
どの箇所も「あの男」を例えるために使われているのですがどちらかといえば揶揄し蔑む口調です。
おそらく夏河氏は誰も知らない「あの男」の罪を知りそれを公表すべきかどうか葛藤していたのでしょうねぇ。
だとすると「あの男」は自分が犯したなんらかの罪を夏河郷士に告発されそうになって殺害した…。
でも「杜鵑の罪」…。
意味不明すぎますよね。
小説家の夏河郷士が用いたのですからねぇ。
文学的な比喩でしょうか。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥。
はい?あっ…ホトトギスと言えばこんな句があったのを思い出したものですから。
なるほど。
カイトくん。
はい。
ちょっと調べてほしい事があります。
ええっ?
(携帯電話)
(芹沢慶二)おっカイト…。
はいはい?芹沢。
実は犯歴照会してもらいたい男がいるんですけど…。
ええーっ?ダメダメダメ!特命係に手を貸したりしたら後で伊丹先輩に何言われるかわかんないんだから。
嫌ならいいんです。
ただこれ杉下さんのアンテナに引っ掛かってる案件なんで何か出てくると思うんですよ。
気になりません?
(芹沢)「何かって何よ?」何かわかったら芹沢先輩に真っ先に教えます。
名前は?矢嶋房夫。
生年月日昭和31年4月25日生まれ。
おっ前科あるねぇ。
「マジっすか?」「データ俺のスマホに送ってもらえますか?」いいけどさ。
さっきの約束絶対だかんな〜。
もし大きなヤマだったりしたら必ず俺に。
伊丹先輩は抜きで必ず俺に教えてよ。
(伊丹憲一)何を教えるんだ?何をってだから…。
ああーっ!!
(鳥の鳴き声)ひょっとして今のは…。
ホトトギスではないと思います。
ああ…それは残念!ところで先ほど詠まれたのは宝井其角の句でしたよねぇ。
ええ。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥。
美しい声で鳴くホトトギスも醜いトカゲや虫を食べている。
転じて人間は見かけによらず穏やかな顔をしていてもその裏にどんな醜い側面が隠されているかわからない。
…という意味だったでしょうか。
杉下さんはなんでもよくご存じですのねぇ。
恐縮です。
杉下さん!ありました。
やはりそうでしたか。
なんですの?矢嶋房夫さんの過去の犯罪記録です。
これによれば矢嶋さんは22歳の時に飲み屋でのケンカに巻き込まれ客の1人を殴り死亡させています。
傷害致死。
判決は懲役4年でしたが模範囚として短い刑期で出所しています。
出所後に結婚してこの慈朝庵の管理人の職に就いています。
ノートに書かれている「あの男」が矢嶋房夫さんを指すのだとすれば隠されていた罪を暴露しようとした夏河氏を殺害する動機にはなりますねぇ。
待ってください。
仮にノートの内容が事実だとしても矢嶋さんが夏河先生を殺害したとは言い切れないはずです。
事実警察では自殺だと…。
それを今から確かめてみようと思います。
何を始めるおつもりですか?もし仮に何者かが夏河郷士さんを殺害したあと自殺に偽装したのだとすれば問題はどうやって遺体を引き上げたかです。
カイトくんお願いします。
はい。
ああっ…。
上がりません。
どうもありがとう。
実はこの部屋に最初に入った時に違和感を感じましてねぇ。
あれあの絵なんですがね…。
この絵。
ここに掛けるには大きすぎてバランスを欠いています。
このサイズの大きさの絵ならば…そうあそこ。
この壁に掛ける方がしっくりきます。
しかもかすかですが壁紙に焼けていない跡とフックの跡が残っています。
いきなり絵がどうしたというんでしょうか?20年前何者かがここに掛けてあった絵をあちら側に移す必要があったのでしょうねぇ。
しかも必要だったのは絵ではありません。
カイトくん。
はい。
お願いします。
はい。
あっ…。
上がりましたね。
自殺ならばこんな手間をかける必要はありません。
これで夏河郷士さんの首つりが偽装だった可能性が出てきたわけですよ。
そんな…まさか本当に矢嶋さんが…。
あっ…ひょっとして夏河さんは矢嶋さんの過去を知ってそれを小説に書こうとしたんじゃありませんかねぇ?ここからは僕の想像です。
夏河郷士という作家は自らが見聞きした事を小説に書く事で鳴らした人物です。
その彼が自らの屋敷の管理人の隠された秘密を知り…。
その苦悩や心情を小説の題材にしようとした。
(矢嶋房夫)ついカッとなってしまいまして…。
しかし矢嶋さんがそれを拒絶したため…。
(夏河郷士)おい!お前何様だと思ってんだおい。
傷害致死で服役した過去を隠し管理人の職を得た矢嶋さんの事を叱責しあるいはサロンのメンバーや家族に彼の罪を明かすと脅した。
それに耐えきれなくなった矢嶋房夫は夏河郷士を…。
もし仮に矢嶋さんが夏河先生を殺したのだとしてももう罪には…。
仮に殺人だとしても20年前に起きた場合当時の公訴時効は15年。
2008年に時効が成立しています。
でしたらこれ以上何を調べる事があるというんですか?矢嶋さんが過去に罪を犯した事や20年前夏河先生を手にかけたかもしれない事も小百合さんには関係ないはずでしょ。
矢嶋さんのお嬢さんの名前をよく覚えておいででしたね。
ああ…それは…。
やはりあなたは矢嶋房夫さんばかりではなく娘の小百合さんとも知己があったんですね。
これでようやく合点がいきました。
何がでしょう?あなたが僕たちに協力してくださる理由です。
最初にお目にかかった時僕たちは生前の夏河郷士さんについて教えてほしいとお願いしました。
しかし…。
わたくしなどお役に立てるような事は…。
何しろもう20年も前の事ですから。
そう言って断ろうとしたあなたが…。
実はこのノートその矢嶋さんの娘さんが見つけたんです。
えっ?矢嶋小百合さんが関わっていると知るや…。
わかりました。
お力になれるかどうかわかりませんが…。
僕たちに付き合う事を選んだ。
小百合さんとはどういう…?あの頃の彼女はまるで天使のようでした。
(小百合)小百合が捨ててくる。
(矢嶋広江)ああありがとう。
(広江)あっ小百合そっちじゃない!
(須磨子の声)わたくしだけではありませんわ。
あの頃サロンに出入りをしていた人たち全員にとって…。
特にわたくしはあの頃夫を突然亡くしたばかりで…。
あの子の無垢な笑顔にどれだけ癒やされた事か…。
ひょっとしてこのサロンには甲斐峯秋もいたんじゃありませんか?あなた峯秋さんの?ええ。
警察庁次長甲斐峯秋氏の息子です。
やっぱり…。
甲斐って聞いた時もしかしてと思っておりました。
だからあの人は矢嶋小百合さんに…。
杉下さん甲斐さんお願い致します。
小百合さんには矢嶋さんの過去や20年前に起きた事をどうか伝えないで頂けませんか?お願い致します。
どうするつもりです?どうするとは矢嶋小百合さんに真相を伝えるかどうかという事でしょうか?ええ。
彼女はこう言っていました。
ずっと会いたいって思ってました。
万が一父が殺人を犯していたとしても…。
事件が明らかになれば父親が見つかるかもしれない。
そういう期待と覚悟があったからこそ彼女はあのような依頼をしてきたのではありませんかねぇ。
ええ。
じゃあこっちも覚悟を決めないとダメですね。
父の事で何かわかったんでしょうか?どうやらお父様はあなたやお母様にある隠し事をされていたようです。
隠し事?ええ。
もしかして傷害致死で服役していた事じゃないでしょうか?知ってたんですか?ちなみにその事はお父様が失踪される前から?はい。
母はもちろんお世話になった夏河先生やサロンの人たちにも父は包み隠さず話していたそうです。
どういう事ですかね?申し訳ありません。
また出直します。
カイトくん。
はい。
失礼します。
矢嶋房夫にとって傷害致死で服役してた事は隠さなきゃいけない秘密じゃなかったって事ですよね。
ええ。
僕とした事がうかつでした。
手掛かりは既に十分目の前にあったんです。
(チャイム)まだこちらにいらしたのですね。
よかった。
(須磨子)何かまだご用でしょうか?財団の方に伺いました。
須磨子さんはこちらでお仕事をされる事もあると。
ええ。
今も事務の仕事を少しばかり…。
よろしければそちらのお部屋を拝見出来ませんでしょうか?はぁ〜。
こちらも素敵なお部屋ですね。
夏河先生ご存命の頃はサロンにお見えになった方々の客間に使っておりました。
では須磨子さんも当時はこの部屋を使われていたわけですね。
ええ。
それより一体何か?実はつい先ほど矢嶋小百合さんに会って確認しました。
矢嶋房夫さんが服役していた事は家族もサロンの皆さんも周知の事実でした。
まああれほどお願いしたのに…。
それに関してはお詫び致します。
ですがそれによって矢嶋さんが夏河さんを殺害したという前提が崩れてしまいました。
僕たちはこのノートに書かれている内容に従って20年前に何が起こったのかを読み解こうとしましたがその際大きな勘違いをしていたようです。
冷静に考えればどうにも納得のいかない記述がこのノートの中には何か所かありました。
例えば…。
「あるいは書きものの合間に外の空気を吸おうと広間へ降りて行こうとした瞬間」…。
「広間へ降りて行こうとした」という事は書き物は2階でしていたという事になります。
しかし書斎は1階。
妙ですねぇ。
それからもうひとつ。
あの男の殺意に触れた部分に解せない記述がありました。
カイトくん。
「あの男なら毒を盛ることも私の体を突き落とすことも容易いはずだ」写真で見る限り夏河郷士さんは背が高く体格も立派でした。
それに対して「あの男」矢嶋房夫さんが体格で夏河さんに優るとは考えにくいんです。
確かに妙ですわね。
このノートの書かれた場所が1階の書斎ではなく2階であった事。
ノートの中の「私」という人物が夏河氏だとは考えにくい事。
それら2点に気づいた時ある仮説が生まれました。
どんな仮説です?夏河郷士は「私」ではなく「あの男」だった。
まあ〜。
杉下さん刑事さんにしては随分突飛な発想をなさるんですのね。
ですが「あの男」は矢嶋房夫さんではなく夏河郷士だと仮定して読み返せば他の矛盾した記述にも納得がいくんですよ。
例えばノートの中に書かれている「突然玄関の開く音がした。
あの男がこの家に入ってくる」それのどこが矛盾なんでしょう?ここは夏河氏の自宅です。
いくら管理人といえども突然玄関を開けたりはしないでしょう。
普通の感覚ならばチャイムを鳴らしますよ。
しかし…。
家主の夏河氏ならばチャイムなど鳴らさずいきなり入ってきたとしても不思議はありません。
ですが矢嶋さんが私だったなんてそんな根拠はどこにもないと思いますけど。
私は矢嶋房夫さんだとはひと言も言ってませんよ。
20年前にこの部屋を使っていたとあなたは先ほど言いましたねぇ。
おそらくこのノートを書いた「私」という人物もこの部屋で夏河郷士の犯した罪を告発すべきかどうか葛藤していたのでしょう。
「私はあの男の罪を告発するつもりだ」「そしてあの男は私の決意にすでに気づいている」「だとすれば」…。
(須磨子)《私を殺しに来るに違いない》いい加減にして!最後の淑女と呼ばれているあなたらしくもない。
これでもまだお認めになりませんか?当たり前です。
第一どこにそんな証拠が?では…。
このカレンダーの文字を見てください。
ノートに書かれている字とそっくりなんです。
特に「の」や「を」の平仮名の癖が一緒なんですよ。
これを見てこのノートが夏河さんが書いたものだと誤解してしまったんです。
しかし解明のヒントはこの中にありました。
「思い出す。
10月の始めあの男とペアを組んだ」「私のささいなミスであの男が怪我をした」あっ…ああ…。
自分のミスで夏河さんが怪我をしてしまった事に責任を感じたあなたは日常生活に不自由をしていた夏河氏に代わり…。
(須磨子)矢嶋さんにお買い物をお願いしますけど何か?スコッチが切れてたかなぁ…。
それとワープロの感熱紙インクかな。
はい。
つまりノートの中の「私」は江花須磨子さんあなた。
そして私を殺そうとしていた「あの男」が夏河郷士だった。
万が一そうだとしてもその「私」が何を告発しようとしていたのかおわかりなんですか?杜鵑です。
「あの男の罪は例えるなら杜鵑の罪だ」書いたあなたにはその真の意味がよくわかっていました。
ですがそれにもかかわらず…。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥。
それが矢嶋さんがかつて犯した傷害致死の罪であるかのように我々を誘導しました。
あなたが最後の淑女の仮面をかぶり続けて隠しておきたかったのはその杜鵑の罪。
違いますか?杜鵑の習性で最もよく知られているのは托卵です。
自らの卵をウグイスなどの小さな巣に残し卵や雛の面倒を見させる。
鳥ならば習性ですみますが人がこれを行えば非道であり紛れもない罪です。
あなたにはそれが耐えられなかった。
江花さん。
もう本当の事を話してもらえませんか?あの男が犯したのは決して許されない罪だったわ。
やめてください。
(須磨子の声)前科のある矢嶋さんを雇った見返りにと奥さんの広江さんに強引に関係を迫っていたの。
小百合さんの出生に関してはどうして?あの男は自分から口にしたわ。
それもまるで自慢話でもするかのように…。
矢嶋みたいな男の子孫を残すくらいなら私の優秀な遺伝子を残した方がよっぽど世界のためになる。
須磨子くんなら当然理解してくれるよね?絶対に許せない…そう思った。
その思いをこのノートに書き連ねたわけですね。
心の中に抱えておく事がどうしても耐えられなくて…。
それより杉下さんはどうして小百合ちゃんが…。
もちろん最初から疑っていたわけではありません。
ただここに来て夏河氏の写真を見た時に小百合さんにとてもよく似ているのに気づきました耳の形が。
そう…。
もう結構。
夏河郷士…。
あの男を殺したのはわたくしよ。
俺があの女に子供を産ませた事をあんたが妙な正義感で告発しようとしてる事ぐらいお見通しだ。
どうしてそんなひどい事をなさったんですか?ああ?それを言うならあんたの死んだ亭主に言えよ。
えっ?矢嶋の女房に最初に手を出したのはあんたの亭主だ。
「管理人の仕事を辞めさせられたくなければ言う事を聞け。
そう脅せば言いなりに出来る」そう教えてくれたのは天下の江花幸彦さんだったんだよ。
まさか…嘘よ!
(笑い声)確かめたきゃサロンの他の男どもに聞きゃあいい。
みんな同じ穴のムジナなんだからな。
(笑い声)あっ…!
(ため息)気がついた時あの男は既に…。
自殺の偽装を手伝ったのが矢嶋さんだったわけですね。
ええ。
(須磨子)あ…私なんて事を…。
(泣き声)ひょっとして小百合の事が…。
(須磨子)えっ…知ってたの?知っていて知らないふりをしていました。
わたくしが警察に自首をすると言ったら矢嶋さんが…。
お願いです。
やめてください。
小百合のためにも…。
えっ?
(須磨子の声)わたくしが自首をすれば事実が小百合ちゃんに知れてしまう。
それだけは避けたくて…。
そして矢嶋さんは姿を消したのですね。
ええ…。
(矢嶋)これ以上広江や小百合と家族でいる事は出来ません。
(須磨子)でも矢嶋さんがいなくなったら…。
(矢嶋)私は何があったかここで何が起きたか絶対に生涯口にはしません。
ですから広江と小百合を私の代わりに守ってやってください。
お願いです!わかりました。
何があっても小百合ちゃんたちはわたくしが守ります。
矢嶋さんとはその後…。
一度だけお手紙が…。
「自分を知る人のいない町で静かに暮らしている」とだけ書かれていたわ。
たとえ時効でも罪は罪でしょ?確かに殺人を自供された以上聴取は必要です。
あの頃の峯秋さんと同じ。
はい?真っすぐな目ね。
その目で見据えられたから本当の事を話さなくては…。
そう思えたのかもしれない。
でも誤解しないでね。
このサロンは気取り澄ました俗物たちの集まりだったけどあなたのお父様だけは違ったわ。
何よりわたくしが唯一信頼出来る殿方でしたから。
ひょっとして矢嶋広江さん小百合さん親子に長年援助をしてきたのは須磨子さんあなたご自身で甲斐次長は名前を貸していただけだった…。
そうですね?あの人に聞いても何もおっしゃらないと思うけど。
そういう約束ですから。
あっ…最後にひとつだけよろしいでしょうか?あなたが亡くなったご主人から相続した遺産のほとんどを女性や子供たちのために使われたのはひょっとしてご主人への…。
そう復讐よ。
そしてこの腐ったサロンの男どもへの…。
最後の淑女は仮面だっておっしゃったわよね。
申し訳ありません言葉が過ぎたようで。
いいえ。
ずっと外したかったの。
ありがとう。
恐縮です。
どうも。
どうも。
あとの事はお願いします。
はいはい。
えーっと…。
江花須磨子さん。
はい。
とりあえず警視庁でお話を。
どうぞ。
復讐だけであれほどの慈善事業が出来るとは思えませんがねぇ。
ええ…。
あれ?あの車…。
もういい。
出てくれたまえ。
さあ俺たちも行きましょうか。
(鳥の鳴き声)2014/09/22(月) 16:00〜16:58
ABCテレビ1
相棒 season12[再][字]
「最後の淑女」
詳細情報
◇番組内容
水谷豊&成宮寛貴の相棒!杉下右京(水谷豊)の名推理と甲斐享(成宮寛貴)の巧みな行動で事件を解決へと導く!今シーズンはどんな予想だにしない展開が待っているのか!
◇出演者
水谷豊、成宮寛貴 ほか
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
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