色とりどりの花で埋め尽くされたまるで楽園のような庭。
ここで晩年を過ごした1人の画家がいました。
画家にとってこの庭はもう1つのキャンバス。
絵の具ではなく自ら育てた草花で華やかに彩りました。
画家の名は印象派を代表する巨匠です。
その名を一躍知らしめたのが30代で描いた風景画。
この絵は印象派の誕生を告げる一枚となりました。
その後風景画のように人物を描いてみたいと40代で描いたこの作品で新しい肖像画の時代を切り開きます。
50代は移ろう光の効果を夢中で追い続けました。
そんな画家が生涯大切にしていた作品があります。
描いたのはまだ無名だった20代。
今日紹介するのはその作品です。
2つに分かれていますがもともと1つの作品なのです。
なぜこのような形になったのか?画家が晩年残した言葉にその答えがありました。
そう切断されたものなのです。
しかしこの20代の作品の中にこそのちの印象派を予感させる数々のエッセンスがぎっしりと詰まっているのです。
果たしてそれは?その作品はオルセー美術館におさめられています。
今日の一枚…。
本来縦4m幅6mもあった巨大な作品です。
切断された部分はもう残されていません。
描かれているのは森で優雅にランチを楽しむ紳士と淑女たち。
当時パリに暮らす人々の間で流行していたのがこうした郊外の森でのピクニックでした。
真っ白なクロスの上にワインとごちそうが並びます。
この日のメインはパイ皮包みのパテ。
デザートはみずみずしい果物。
画面に華やかさを添えているのが女性たちのドレスです。
たっぷりとひだをとりウエストを高い位置でギュッと絞ったデザインは当時のパリの最新モード。
流行の服を身にまとったモデルたちはなんと実物大で描かれているのです。
そのモデルの1人が画家仲間のフレデリック・バジール。
精神的にも経済的にもモネを援助し続けた親友です。
そしてもう1人モネの恋人カミーユ。
無名時代のモネを献身的に支えのちに妻となった女性です。
モネがこの作品を描いたのは24歳から25歳にかけて。
貧しい生活から抜け出そうと若き画家はこの作品に情熱のすべてを注ぎ込んでいたのです。
今戻ったわクロード。
ああカミーユ。
彼がフレデリック・バジールだ。
まあはじめましてバジール。
絵のモデルを引き受けてくださってありがとう。
ねえクロード見て。
ドレスってこんな感じでよかったかしら?ああいいね。
流行のデザインじゃないか。
でも借りるのが大変だったろう?キミには苦労をかけてばかりですまない。
気にしないで。
今度のサロンに出す作品のためですもの。
クロード次はどんな作品を描くんだ?うん森でピクニックを楽しむ人々を実物大で描くつもりなんだ。
え?実物大?じゃああのキャンバス地も?そのためさ。
これをすべて使ってみんなが驚くような巨大な絵を描き上げようと思う。
クロード確かにキミの情熱もわかる。
でもムチャしすぎじゃないか?いやあの偉大な2人の画家を超えるにはこれしかないんだ。
2人の画家?誰のこと?フランスではサロンとよばれる芸術品評会が毎年開催され当時画家として世に出るためにはサロンでの入選が必須でした。
モネは24歳のときに初の入選を果たします。
しかも2つの作品が同時に選ばれるという快挙。
出品したのは幼少時代を過ごした海辺の風景画でした。
その喜びに背中を押され翌年のサロンへの出品を決意します。
ところが若き画家はそれまでとは画風を一新させるのです。
それが『草上の昼食』でした。
前回のような風景画ではなくあえて人物を。
しかも桁外れに大きな画面に描くという途方もない挑戦だったのです。
本来の大きさは幅6m。
間違いなくモネの代表作になるはずでした。
しかしその半分を失ってしまったのです。
実はこんな無残な形に切ったのはモネ自身です。
この作品に情熱のすべてを傾けていたモネがいったいなぜ?さて『草上の昼食』と聞いてとっさに思い浮かぶのはこの絵ではありませんか?描かれたのはこちらが先です。
作者の名はこのマネの『草上の昼食』が波乱を呼んでいました。
ピクニックの場面に唐突に描かれた裸体の女性。
これがパリ中の大スキャンダルとなっていたのです。
当然この騒動をモネも知っていたはず。
それなのになぜあえて同じ題材を選んだのか?フランス北部の港町モネはここで5歳から18歳まで暮らしていました。
この頃モネがよく描いていたのが街の人たちの似顔絵。
画材屋の店先に並べてもらってはちょっとした小遣い稼ぎにしていました。
その腕前に関心をもったのが同じル・アーヴルに住む画家の外光派と呼ばれ当時としては珍しい戸外で絵を制作する画家でした。
モネはブーダンに誘われ初めて戸外で絵を制作します。
ブーダンが追い求めていたのはアトリエでは決して再生できないもの。
刻々と変化していく自然です。
本格的に絵を学ぶ決意を固めモネは19歳でパリの画塾に進みます。
そこで出会ったのが腹心の友となるバジールでした。
2人は揃って戸外での制作に励みます。
生活が苦しいモネのためにバジールが画材を提供することもありました。
ねぇバジールクロードの絵は順調に進んでる?ああ画家たちが大勢見に来てるけどみんな絶賛しているよ。
よかった。
マネのようなスキャンダルにはなってほしくないの。
それってマネの『草上の昼食』のことかい?カミーユ。
あれはすばらしい作品だよ。
世間じゃ批判されてるけどあの裸の女性だって実はルネサンス期の傑作がモチーフなんだ。
マネは過去と現代を一つに融合させて新たな絵画の可能性を追求していたんだよ。
すごいと思わないか?偉大なるマネは僕たちの英雄さ!マネを尊敬しているからクロードも同じテーマを選んだのね。
ああ!ただ目指している次元はまったく違うみたいだけど。
え?そうだ!キミが借りてきたあのステキなドレスもクロードにとってはものすごく重要な意味があったんだ。
えっ?あのドレスが?それって…どういうこと?モネがこの女性たちを描くときに参考にしていたものがあります。
当時の流行のファッションを紹介する版画。
今でいうファッション雑誌のようなものです。
モネが流行にこだわったのには理由がありました。
この女性たちを後ろ姿で描いたのも当時流行っていたボリュームのあるひだのデザインを見せるため。
最新のファッションを描くことでモネはキャンバスに時代の空気を表現していたのです。
そしてもう一つこだわったのが光を描くということ。
刻々と変化する目の前の光をどうすればキャンバスの上で再現できるのか。
10代から戸外での制作を続けてきたモネはこの『草上の昼食』でひたすら模索していたのです。
モネは今という時代を戸外の光の中でとらえようとしていたのです。
緑の葉を通過した太陽の光はチューブから絞った絵の具をそのまま太いハケで叩きつけるような筆致で描かれています。
更に光の行方を追っていくと今度は木陰でくつろぐ紳士の肩に。
光はより一層大胆な白のハイライトで。
画家は刻々と変化していく光をとらえ即興的に筆を走らせています。
それは移ろう光を描くという印象派の特徴そのもの。
この絵の中にはすでに印象派誕生の兆しがあらわれていたのです。
(バジール)大変だカミーユ!お〜いいるかい?どうしたの?バジール。
クロードの様子がなんだかおかしいんだ。
なんですって?実はさっきまで『草上の昼食』をクールベが見にきていたんだけどそのあとクロードが急にふさぎこんでしまってひと言も口をきかないんだ。
このままじゃクロードが心配だよカミーユ。
わかったすぐ行くわ。
モネより21歳年上のギュスターヴ・クールベは現実社会をありのままに描いた写実主義の画家です。
モネとカミーユの結婚の立会人を務めたほど2人の画家はとても親密な間柄でした。
そんなクールベはモネが体当たりでのぞんだこの『草上の昼食』にも深く関わっていたのです。
ではなぜモネは突然気力を失ってしまったのか。
更に切り取られてしまった部分にはいったい何が描かれていたのか。
このあと明らかに。
クロード・モネの『草上の昼食』は本来の姿からほぼ半分が失われてしまった作品です。
切断された右端を見るとこれは?人の腕のように見えますが…。
切り取られた部分にはいったい何が描かれていたのでしょうか。
その手がかりとなるのがモネが描いた油彩画の習作です。
大きさは本画のおよそ10分の1。
2枚を重ね合わせてみると…。
モネが描いた作品の全貌が見えてきます。
木漏れ日あふれる雄大な森の中で優雅に繰り広げられる12人の紳士淑女のピクニック。
よく見ると手前に横たわる男性のポーズマネの『草上の昼食』の男性とそっくりに見えませんか?男性の足もとには一匹の犬が。
ペットを飼うことは当時の流行の一つでした。
マネに敬意を払いながらも徹底して今を描写する。
モネが新たな芸術に挑んでいたことがよくわかります。
しかしこの2枚には大きな違いがありました。
習作の段階では画面の中央に座っているのは若い男性でしたが本画になるとひげをたくわえた中年男性に描きかえられています。
この男性誰かに似ていませんか?そうクールベです。
尊敬する偉大な画家をモネはなんと『草上の昼食』に描き込んでいたのです。
クールベといえば幅6mを超える『オルナンの埋葬』をはじめ巨大な画面に等身大の群衆を描くことを得意とした画家です。
歴史や宗教をテーマにした絵画が主流だった時代に名もなき市井の人々をまるで英雄のように描いたクールベの作品はパリの画壇で物議を醸しました。
この革新的な作品に触発されたのが若手画家たち。
当時24歳のモネもその一人でした。
実は市井の人々を等身大で描いた『草上の昼食』はクールベへのオマージュでもあったのです。
尊敬する偉大な先輩画家たちの背中を追い全力を注いだ作品。
しかし…。
よく見ると描きかけです。
『草上の昼食』は未完成だったのです。
結局モネはサロンへの出品を断念します。
その後この作品は未払いの家賃の代わりに大家に没収され長い間日の目を見ることはありませんでした。
しかしモネは手ごたえを感じていました。
刻々と変化する光をとらえることができたと。
光を逃すまいと精神を集中させ一気に筆を走らせています。
偉大なる2人の画家から受け継いだ芸術の神髄。
それを自らの筆で昇華させ手にしたのがこの大胆な光の表現でした。
印象派の世界へと続く新たな扉。
それが『草上の昼食』だったのです。
この絵の重要さをいちばんわかっていたのは病の床にあった妻のカミーユでした。
お願いよクロード。
わかった。
『草上の昼食』は必ず取り戻すよカミーユ。
戦死したバジールのためにも。
きっとよ。
約束するよ。
愛妻との約束をモネが果たしたのはその死から5年後のことでした。
しかしようやく取り戻した『草上の昼食』は地下の倉庫に放置されていたため湿気でカビだらけだったのです。
切るしかありませんでした。
この大切な作品を残すためには。
モネが残した最も不完全な作品は画家にとっても芸術の歴史にとっても重要な作品となりました。
クロード・モネ作『草上の昼食』。
印象派の夜明けを告げる未完の記念碑。
今年最大級の話題をさらった映画…。
数々の記録を塗りかえいまだブームは冷めやりません。
2014/09/20(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち クロード・モネ『草上の昼食』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の一枚は、無名時代の幻の大作、クロード・モネ作『草上の昼食』。
詳細情報
番組内容
今日の一枚は、オルセー美術館所蔵の油彩画、クロード・モネ作『草上の昼食』。2枚に分かれていますが本来は1枚の巨大な絵。切断したのはモネ本人です。しかも『草上の昼食』と言えばマネの作品が有名。スキャンダルを巻き起こした衝撃的な作品でした。あえて同じ題材で挑んだのはなぜ?そして絵の中にはモネが尊敬する偉大なある画家の姿が…!後の印象派を予感させる数々のエッセンスが詰まった、謎多き一枚の真実に迫ります。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「オーシャン・ブルー 〜ORCA〜」
高嶋ちさ子
ホームページ
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ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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