プロフェッショナル 仕事の流儀「金属研磨職人 小林一夫」 2014.09.19

今から13年前世界に衝撃を与えた音楽プレーヤー。
便利さのみならずその美しいデザインも話題になった。
極薄のステンレスをゆがませる事なく磨き上げる。
その技は「磨き屋」と呼ばれる職人の手作業によるものだ。
成し遂げたのは小さな工場を営む昔かたぎの磨き屋。
その圧倒的な技術で「磨きの神様」の異名をとる。
銀行のATMや内視鏡などの精密部品を手がけ日本のものづくりを陰で支える。
頭の中はいつも磨きの事でいっぱいだ。

(主題歌)研磨の常識を変えた男。
その腕を頼って困難な依頼が日々舞い込む。
磨きに夢を懸けた若き日。
屈辱的な言葉を浴びせられた。
期待を寄せる3年目の弟子。
任せた仕事で大きなミスが見つかった。
磨き屋たちの熱き闘いに密着。

(鳥の鳴き声)研磨職人小林一夫が営む工場はどこまでも広がる田んぼのただ中にある。
朝7時15分。
小林が自宅の隣にある仕事場へと向かう。
毎朝自分でコーヒーをいれて飲むのが日課だ。
程なくして職人たちが出勤してくる。
職人は小林を入れて6人。
作業開始までつかの間の雑談を楽しむ。
(笑い声)8時。
小林が換気扇のスイッチを入れるのが始業の合図だ。
ずらりと並ぶ研磨機。
一斉にモーターが回り始める。
研磨は古くから食器などを美しく仕上げる技術として用いられてきた。
だが小林のもとにはその圧倒的な技術を見込んで精密部品の研磨の依頼も数多く舞い込む。
小林が作業に取りかかった。
電子部品メーカーがその生産ラインで使うローラーだ。
精密部品の仕上がりを左右するため1,000分の1ミリ単位の精度が必要だという。
小林が用いるのは「レース」と呼ばれる研磨機だ。
作業は両手の感覚が頼りとなる。
左手で角度や回転数右手で研磨機に押し当てる強さを調整する。
指先の感覚を研ぎ澄まし1,000分の1ミリの精度を突き詰めていく。
小林の真骨頂は最小限の研磨で圧倒的な滑らかさを実現する事にある。
金属はミクロの視点で見ると加工した時に出来た傷や凹凸が無数についている。
確実に取ろうとすれば深く削る事になりその結果表面がくぼんだり反ってしまう事もある。
だが小林は表面の状態を的確につかむ事で必要最小限の研磨で均一に磨く事ができる。
くぼみや反りを防ぎ美しく磨き上げるその繊細な技術は右に出る者がないと言われる。
磨いたローラーは鏡のような光沢を放っていた。
小林の工場では謎の数字が乱れ飛ぶ。
実はこの数字磨いた表面の光沢の度合いを表している。
普通の食器などは400。
それが600800と増えるにつれ光沢を増す。
最高レベルの1,000ともなるともはや鏡そのもの。
どんな金属であっても求められるレベルまで上げられる職人は日本でもごく僅かだ。
圧倒的な小林の技術。
それを支えるものがある。
この日難しい依頼に取りかかった。
プラスチックの成型に用いるスクリュー。
加工された時のひき目が残りこのままでは使えない。
スクリュー本体を傷つける事なく0.1ミリほどのひき目だけを削り落とさなければならない。
このひき目を取り除くために小林が「バフ」と呼ばれる道具を取り出した。
布を重ねて縫い合わせたりしたもの。
これを回転させて金属に当て研磨する。
小林は素材や大きさが違うバフを100種類以上も用いる。
鉄などの鉱石をまぶしたバフ。
植物の繊維で作ったバフ。
研磨する金属の種類や形状に合わせて選び出す。
金属の硬さはその日の気温や湿度によって微妙に変わるためそれも計算に入れて選ぶという。
小林は仕事中いつもブツブツと愚痴を言っている。
だがその表情はどこか楽しそうだ。
この日選んだのは合成樹脂で作られた幅3ミリのバフ。
硬く切れ味が鋭いためひき目を1回で取り除く事ができる。
だがスクリュー本体を傷つけるおそれもある。
僅か0.1ミリほどのひき目にバフを正確に当てていく。
10本あるスクリューを僅か40分で仕上げてみせた。
小林さんの工場は44年も前に建てられた。
よく見るとあちこち穴だらけ。
自他ともに認めるオンボロ工場だ。
だがこのオンボロ工場で小林さんは日本の最先端のものづくりを支えている。
これは有名デザイナーが手がけた珍しいステンレス製のワイングラス。
7か所ある溶接部分を全く分からないように磨き上げた。
ここでしかできないと依頼された精密部品も多い。
長さ僅か数ミリの部品。
小林さんはこれを磨くために特殊な器具を作った。
文化財の修復も手がける。
江戸時代に作られた銅鏡のさびを落としてほしいとの依頼。
柔らかい素材を使ったバフで本体を傷つける事なく見事に落としきった。
ひっきりなしに仕事が舞い込む小林さん。
望めばこのオンボロ工場を出て事業を広げる事もできた。
だが職人として小林さんには決してゆるがせにしない一つのこだわりがある。
小林さんはブツブツと愚痴を言いながらも収入の少ない小口の仕事を大切にしている。
日々さまざまな仕事に幅広く対応する事で工場の技術力を更に上げられると小林さんは考える。
それは厳しい時代の中でも生き残るすべを身に付ける事を意味する。
逆に同じものを大量生産する仕事はたとえもうけが大きくても小林さんは引き受けない。
ただの下請けでは終わらない。
自分の仕事は自分で選ぶ。
このオンボロ工場はそんな小林さんの気概の表れだ。
(子供たち)おはようございます。
小林さんの工場には地元の子供たちが度々見学にやって来る。
この日は中学生の社会見学。
革新的な音楽プレーヤーの研磨で有名になった小林さんは地元の憧れの的だ。
だがかつて小林さんは自分の仕事に自信を持つ事ができなかった。
周囲からばかにされ苦い思いを味わう毎日を送っていた。
小林さんは昭和18年専業農家の長男として生まれた。
5人きょうだいの大家族。
暮らしは楽ではなかった。
小林さんの住む地域燕三条は金属加工が盛ん。
当時は多くの人が洋食器を作り生計を立てていた。
家族を支えるため小林さんは24歳で一念発起。
自分も金属加工を始める事にした。
だが経験は全くない。
選んだのは最も簡単だと言われていた磨き屋だった。
時代は高度経済成長期。
仕事が次々と舞い込み売り上げは順調に伸びていった。
だが生活も安定し全てが順調に思えていたある日小林さんは大きな屈辱を味わう事になる。
自分の仕事がこんな陰口をたたかれていた。
金属加工の町で花形とされていたのはプレスや旋盤を手がける職人たち。
磨きは誰にでもできる簡単な仕事だと低く見られていた。
一体どうしたら見返せるのか。
小林さんはよその磨き屋が断るような複雑な形の食器も引き受けるなど努力を重ねた。
それでも磨き屋への偏見を払拭する事はできなかった。
更に追い打ちをかける出来事が起きた。
90年代バブル崩壊後の不景気が工場の経営を直撃。
当時小林さんの工場はほぼ全ての仕事を一つの取引先から請け負っていた。
その取引先から「海外に発注を移すため全ての仕事を打ち切る」と告げられたのだ。
9人の従業員を抱えて小林さんは途方に暮れた。
その時の小林さんの姿を今も覚えている。
このまま続けてもいずれ全ての仕事を外国に奪われてしまう。
考えに考えた末小林さんは大きな賭けに打って出た。
当時工場の主力だった5台の自動研磨機。
そのうち4台を同業者に譲り渡した。
機械があればどうしてもそれに頼ってしまう。
そんな自分を変えるしか生き残っていく道はない。
小林さんは決めた。
背水の陣でより緻密に作業できる手磨きで勝負する。
55歳の再出発だった。
知り合いに声をかけ今までやってこなかった工業部品の研磨をやらせてほしいと頼んで回った。
人が嫌がるもうけが少ない面倒な依頼でも率先して引き受けた。
新たな部品を手がける度にそれにぴったり合うバフを考え自分で作ったりもした。
苦労を重ねて3年。
小林さんの運命を変える大仕事が舞い込む。
新開発の音楽プレーヤー。
そのボディーを磨いてほしいという依頼。
求められる美しさはかつて聞いた事がないほどの厳しい基準だった。
小林さんは培ってきた技術の粋を尽くして難題に挑んだ。
そしてついに依頼主をうならせるほどの美しさを実現した。
この仕事をきっかけに小林さんの名は大きく知れ渡る事になる。
最もうれしかったのはずっと偏見の目で見られてきた同じ磨き屋たちからのこんな言葉だった。
今年71歳となった小林さん。
その心にもう迷いはない。
磨き屋としての誇りを胸に今日も研磨機に向かっている。
小林が今力を入れている事がある。
未来を担う若い磨き屋の育成だ。
小林には息子がいるが磨き屋の道は選ばなかった。
同業者の多くも後継者不足に苦しんでいる。
それでも高い技術を持つ小林には3人の若者たちが弟子入りしていた。
日本が誇る磨きの技を後世に残すために小林は持てる全てを彼らに伝えたいと考えていた。
今小林が気にかけているのが弟子入りして最も日が浅い3年目の柴山だ。
柴山は内気な性格だ。
自分から会話に加わる事はほとんどない。
しかし仕事に真面目に取り組む姿勢を小林は高く買っていた。
柴山が得意としているのが頻繁に発注が来るスプーンなどの研磨。
曲面が多く複雑な形状でも誰よりも丁寧に磨き上げる。
だが柴山は兄弟子たちと比べて自分にはまだ足りない部分がある事を自覚していた。
5月。
この日小林は医療機器の部品を磨くよう柴山に指示した。
柴山にとっては初めてとなる仕事だ。
小林が柴山のミスを指摘した。
慎重を期すあまり2回に分けてバフを当てたため真ん中に磨き残しがある。
小林が一気に磨くやり方を柴山にやって見せた。
その6日後。
小林が柴山に新たな仕事を指示した。
置き時計の枠となる銅製の輪。
仕上げまで行うのはこれが初めてとなる。
しかも1日で100個と数が多い。
時間に追われる仕事。
磨きの質を落とさずにやりきれるか。
依頼主に納品する日が来た。
ふだんは問題なく納品してきた部品。
だがこの日は違った。
問題は縁の部分にあった。
僅かにバフが当たっていない箇所がありそれが曇りとなって出ていたのだ。
100個全てを見直すよう柴山に指示した。
納期に間に合わないのではないかというプレッシャーが柴山から正確さを失わせていた。
曇りを見つけ出しては一つ一つ磨き直していく。
突然先輩が声をかけてきた。
縁にある曇りを取る事だけに集中していた柴山。
側面にむらが出来ていないか改めて確認した方がいいという。
先輩からの助け船だった。
3時間で急いで直したものを小林が再びチェックする。
失敗したという動揺が更なる悪循環を招いていた。
結局小林が100個の部品全てを見直す事になった。
翌日。
柴山は小林の期待に応えられない自分に歯がゆさを感じていた。
20代。
やりたい事が見つからずアルバイトなどをして過ごした。
そんなころ小林が手がけた食器の美しさに目を奪われ工場まで押しかけて弟子入りを直訴した。
30を前にしてようやく見つけたやりがいを持てる仕事。
だが本当に自分が一人前の職人になれるのか…。
この日飛び込みの仕事が入った。
小林がまっすぐ向かったのは柴山のところだった。
食品の加工に使う部品。
柴山にとっては経験のない新しい仕事だ。
個数はたった1個。
だが客は仕上がるまで待っているという。
前回柴山は時間に追われるプレッシャーに負けた。
今回は重圧に打ち勝てるか。
柴山は磨く段取りを念入りに確認する。
何度も何度も磨き具合を確かめる。
だが慎重になるあまり作業がなかなか進まない。
柴山を小林は見守り続ける。
一つの思いがあった。
小林が仕上げをチェックする。
角に僅かな磨き残しがあった。
バリっていうか盛り上がり。
突然柴山が走り始めた。
新しいバフを取り付ける。
指示されていない他の角ももう一度磨き始めた。
小林がようやく合格点を出した。
次の作業に移ろうとする柴山に小林が声をかけた。

(主題歌)すごいありがたいですね。
磨き屋の誇りを伝えるために闘いの日々はこれからも続く。
自分のもうけじゃなく相手も喜んでくれる自分のやってる事に誇りを持って打ち込める仕事。
毎日のなりわいとして看板をあげてやっているからにはかくあるべきでないかなと自分では思います。

こんばんはKiroroの玉城千春です
金城綾乃です
2014/09/19(金) 00:40〜01:30
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「金属研磨職人 小林一夫」[解][字][再]

音楽プレーヤーに精密機器、ものづくりを陰で支える研磨の技で“神様”と呼ばれる小林一夫。新潟の古い工場での最先端のミクロの闘い。誇り高き職人の熱き思いを伝える。

詳細情報
番組内容
世界に衝撃を与えた音楽プレーヤー「ipod」。その鏡のようなボディを生み出すなど“神様”と呼ばれる研磨職人・小林一夫71歳。新潟にある仕事場は築44年の「オンボロ工場」。だが長年の経験と鍛え上げた手先の感覚で、千分の一ミリの精度が求められる精密部品の研磨を次々請け負い、日本のものづくりを陰で支える。かつて周りから見下げられた不遇の時代を乗り越え、次世代へと技と誇りを伝えるため闘い続ける日々に密着!
出演者
【出演】研磨職人…小林一夫,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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日本語(解説)
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