今、アルツハイマー病の新薬の開発が急ピッチで進められています。
開発の決め手として期待されるのが…iPS細胞の技術です。
iPS細胞を使った新薬の開発はさまざまな病気で進められています。
根本的な治療法がないとされてきた難病軟骨無形成症。
患者や家族が待ち望む新薬。
その開発に向けた大きな成果がきょう、発表されました。
iPS細胞を使って病気の状態を再現。
薬の効き目を試すというこれまでにない手法を用いたのです。
iPS細胞によって創薬の仕組みはどう変わるのか。
研究の最前線に迫ります。
こんばんは。
クローズアップ現代です。
先週、iPS細胞から作られた、目の網膜の組織を、重い目の病気の患者に移植する、世界で初めての手術が行われました。
iPS細胞は、こうした再生医療のイメージが、とても強いのですが、薬の開発の分野でも、iPS細胞が、多くの患者を救う可能性を秘めていることを示す成果が伝えられました。
難病の患者から作ったiPS細胞を使って、治療薬の候補となる物質が特定されたと、京都大学の研究グループが発表しました。
これまでの薬の開発とは全く違うアプローチで、候補物質の探索が行われ、2年以内に臨床試験を始めるという計画が明らかになりました。
iPS細胞は、体の細胞に特定の遺伝子を入れることで作られます。
神経や血液、網膜、心筋など、さまざまな細胞を作り出すことができることから、再生医療の分野で注目されています。
同時に薬の開発では、患者から作られたiPS細胞から、病気を再現することができます。
今回、病気を体の外で再現し、効く物質を探すという、新しい方法で、薬の候補となる物質が特定されたのです。
iPS細胞がひらく新しい薬の開発方法。
しかし、製薬会社の中には、iPS細胞を、新薬開発の柱と位置づけるには、まだ早いという見方もあります。
こうした中で発表された、今回の具体的な成果。
治療薬を待ち望む患者の方々のもとに届くようになれば、iPS細胞を使った治療薬の開発に弾みがつくのではないかと注目されています。
和歌山市に住む小学2年生の浦田さくらさんです。
全身の骨を形づくる軟骨が出来ず手足があまり成長しない難病軟骨無形成症を患っています。
母親のひろみさんはさくらさんが生活しやすいよう工夫を凝らしています。
この病気は合併症を伴うことが多くさくらさんも中耳炎や睡眠時無呼吸症候群を患っています。
この病気の患者にはこれまで手足を伸ばすための外科手術が行われてきました。
骨をいったん切断し再生力を利用して少しずつ伸ばすというこの治療。
患者には大きな負担がかかります。
ひろみさんは、痛みのない新たな治療薬の開発を待ち望んでいます。
京都大学iPS細胞研究所です。
ことし初め、iPS細胞を使った治療薬の開発に向けた本格的な議論が始まっていました。
妻木範行教授です。
iPS細胞の生みの親山中伸弥教授のもとで研究してきました。
妻木さんはまず病気の状態を細胞レベルで再現することから始めました。
患者の皮膚から作ったiPS細胞をもとに軟骨を作ります。
患者の皮膚からiPS細胞を作ると病気を起こす遺伝子はそのまま引き継がれます。
そのiPS細胞を変化させると病気の状態を体の外で再現できるのです。
ひとつき半、培養して出来た軟骨の組織です。
正常な軟骨ならば試薬をかけると赤く染まりますがこの組織は染まりません。
病気の状態が再現できていました。
病気を再現する細胞が手に入ったことで治療薬の開発が効率的にできるようになります。
これまで薬を開発する際はマウスなどの実験動物で効果を確認してきました。
しかし、マウスで効果があってもヒトでは効かないということがしばしばありました。
そこで、ヒトから作ったiPS細胞を使い効果が確認されればマウスの実験を省略できると期待されます。
病気を再現した細胞をたくさん作ることができるため薬の候補を見つけやすくなると考えられています。
原因物質が特定されていなくてもさまざまな物質を入れて、効果を確かめることができるのです。
妻木さんが繰り返し実験をしたところ意外な物質で効果がありました。
血液中のコレステロールの値を下げる薬、スタチンです。
生活習慣病が引き金となる心臓病などの治療薬として広く使われていますが骨粗しょう症の患者の骨の量を増やす効果があると聞いて試してみました。
病気を再現した軟骨の細胞にスタチンを入れておよそ2か月間培養。
試薬をかけると赤く染まり、正常な軟骨の組織に育っていることが確認されました。
動物でも効くのか念のため確認したところここでも効果が出ました。
この子ですね。
この子とこの子が病気のマウスで。
病気のマウスにスタチンを2週間投与。
麻酔をかけて骨の長さを測ります。
9.266ミリです。
スタチンを投与した右側のマウスは左側の病気のマウスと比べ体全体が成長しています。
足も正常なマウスと変わらない程度にまで伸びていました。
きょうはよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
人への応用を目指す国内初の取り組みになりそうなんですけどもこの薬の開発に向けた今回の発表のインパクトというのはどのように受け止めたらいいんでしょうか。
私は妻木教授から今回の成果といいますかデータを最初に見せてもらったときは自分自身がiPS細胞を作ったのと同じくらいの衝撃というか。
これまで製薬業界といいますか薬の開発にばく大なお金が費やさればく大な年月が費やされてきた中で出来てきたなんといいますか既成観念、概念といいますかマインドセットですね。
それを変えないとですね。
その中で今回の妻木さんの成果というのはマインドセットを変えることができる大きな具体例といいますか成功例になる可能性がありますので。
それが僕は本当にうれしかった。
今まで製薬メーカーの従来の薬の作り方開発の作り方マインドセットっておっしゃったんですけれどもそれが壁になっていてなかなか思ったような投資や取り組みがされていなかったということですか。
これまでは分子を見つけてその分子に作用する薬を見つけるというマインドセットだったのが今回は分子じゃないと。
病態、症状を再現する。
そしてその症状を抑える薬がないかという探索をおこなう。
全然違う前は分子が元だったのが今回はiPS細胞を使って症状を再現すると。
その症状の背景にある細かい分子機序は分からないことが多いんですがそういうことはとりあえず置いておいて。
ともかく症状が抑えられたら患者さんにも効く可能性が極めて高いんですから。
そういうかなりのマインドセットですね。
もう一つ、今回の妻木さんはマウスからでは動物からではなくて人間の患者さんの細胞から入ったというのがこれも大きなマインドセットです。
彼は人間の細胞で効くということを見つけてから一応、ネズミでも効くということを証明しました。
しかし本当を言うともうネズミのデータはなしでもいいんじゃないかなと。
ただ、治療薬の開発にはまだ高いハードルがあります。
スタチンは大人に投与することを前提としているため子どもの安全性に関するデータがほとんどなく重い副作用が起きるおそれがあります。
妻木さんたちは子どもに投与する場合の量や方法を慎重に調べたうえで2年以内に臨床試験を始めることにしています。
今、世に出回っているスタチンというのは、あくまでも大人のコレステロールを下げるという目的で最適化された薬ですからこれを軟骨無形成症の子どもさんたちが内服で服用してしまうといろんな副作用が起こってさらに効果はほとんど期待できないと思いますので臨床研究で投与法を含めて最適化していく必要がまずあります。
再現された病態が、本当に忠実に患者さんの病態と同じものかどうかっていうのはどうやって分かるんですか。
どこまで同じなんでしょうか。
これは非常に大切ですが非常に難しい問題で軟骨の場合は比較的説得力があるといいますか軟骨細胞という極めて均一な細胞の病気です。
比較的、体外で再現させやすいというふうに考えています。
しかし一方、やはりより複雑な神経系の脳の中の出来事であるとかそういったものになってくると本当にiPS細胞で体外で再現したものと実際の患者さんで中で起こっているものがどれぐらいリンクするかというとこれは今後、データを積み重ねていく必要があります。
どういう病気に使えるのか先天性の遺伝子異常があるものだけなのかあるいはどれぐらいの幅広い病気に適応が可能だと思いますか?
患者さん由来のiPS細胞を使って症状を再現できるという病気というのが条件になります。
ですから、単一の遺伝子疾患といいますか1つもしくは非常に少ない数の遺伝子異常で起こる病気はいわゆる難病希少疾患といわれるものは多くが対象になると思いますしそれから、より一般的なアルツハイマー病であるとかそううつ病、そういった病気でもiPS細胞を使うと症状の一部が再現できるということが分かってきていますのでやはりiPS細胞を使った創薬の対象になると考えています。
iPS細胞によって、病気の仕組みの解明が進められている、アルツハイマー病です。
アルツハイマー病の病態を解明したこと…。
脳の神経細胞の研究に取り組む、井上治久教授。
患者の皮膚から、iPS細胞を作り、アルツハイマー病になった神経細胞を再現することに成功しました。
明るい黄色に見えるのは、たんぱく質、アミロイドベータ。
これがたまることで、脳の神経細胞が死滅すると考えられてきました。
ところが、複数の患者のiPS細胞から神経細胞を作り、詳しく分析したところ、人によって状態が異なることが分かってきました。
アミロイドベータのたまり方に、少なくとも3つのタイプがあったのです。
この結果は、アルツハイマー病の新薬開発を目指す企業にも、大きな影響を及ぼしています。
この企業が、新薬の候補として開発を進める、Tー817MA。
動物の神経細胞を使った実験です。
アミロイドベータを加えると、通常、神経細胞は死滅してしまいますが、Tー817MAを投与すると、死なずに活動を続けることが確認されました。
iPS細胞の技術は、創薬に関わるさまざまなプロセスに変化をもたらすと期待されています。
薬として承認されるには、通常、健康な人に投与し、安全性を確かめます。
iPS細胞を使えば、リスクを伴うヒトへの投与は、将来的に不要になる可能性があると考えられています。
さらにこの企業では、iPS細胞を使って、効果が期待できる患者を絞り込むことができるとしています。
患者に投与して効果を確かめる、臨床試験。
一部の患者に効果が出ても、あまり効果のない人が多ければ、治療薬としては認められません。
そこでこの企業では、患者のiPS細胞を作成し、病気の状態を再現。
効果があった人に、どんな特徴があるのかを特定します。
そして、その特徴を持つ人を対象とした治療薬として、承認を受けようとしています。
計画では、7年後の販売を目指しています。
井上教授が、アルツハイマーは、3つのタイプがあるという研究結果を発表されています。
このアルツハイマー病の薬の開発に、かなりこれ、大きな影響を与えると思われますか?
非常に大きいです。
iPS細胞を使うと、その10人全員からiPS細胞を作って、症状を再現しておくことができるんですね。
そうすると、この10人のうち、誰にこの薬が効く、誰に副作用が出る、そういった予想があらかじめできるんじゃないかと。
こういった個々の患者さんごとに薬を変えるっていうのは、よくテーラーメード医療とかですね、テーラーメード創薬。
これもまた、マインドセットの変更が必要で、多くの人は、そういったテーラーメード医療っていうのは、理想であって、実際にはコストの面とか、まだまだ夢の話だというふうに、そんなマインドセットがあると思うんですが、テーラーメード、一人一人とまではいかないかもしれませんが、グループ分けをした、イージーオーダーだったらできると。
もうiPSで十分できると、そんなふうに期待しています。
効く人、効かない人が、ばらばらに出てきた場合、その薬が承認されない、結果があまりよくなくて、結果として、誰にも使えない薬になってしまうケースが多いと。
そういう、途中で頓挫してしまうケースがかなりあったというふうに思うんですけれども。
過去に、これからもですが、今のやり方だったら、途中で開発が止まってしまう薬剤が、最後までちゃんと承認されるまでいけるような薬も出てくるんじゃないか、そんなふうに期待しています。
もう一つ、iPS細胞を使って、その創薬を進めていくうえで、鍵となるのが、毒性の評価ということになるわけですけども。
本当は毒性がないのに、毒性ありと評価される例。
逆に、本当は毒性があるのに、ないと見過ごされてしまう例、そういうものを減らせるんじゃないかと。
臨床研究っていうのはせいぜい1000人、そうすると、1000人では出なかったことが、1万人飲むと、1人、2人、非常に重篤な不整脈が出てしまう。
でも、その薬は、従来の規制の考えだと、もうだめなんですね。
iPS細胞を作って、心臓の細胞を作って、その後、同じ薬を見たら、原因が解明できる可能性、十分あると思うんですね。
そしたら、副作用出る人をあらかじめ除外して、こういう人には投与したらだめですよ、大部分の人には非常にいい薬ですが、この、ある一群の方には絶対だめです。
そういったことも僕は十分ありえると思っています。
iPS細胞を使った創薬の可能性、そのメリットを数々述べられてはきたんですけれども、製薬業界が、本当にこの可能性に、積極的に賭けてみようというふうに、姿勢を大きく変えてもらうための鍵はなんだと思われますか。
iPS細胞、やっぱり特殊な細胞です。
ほかの細胞の培養経験がある方でも、iPS細胞っていうのは、いきなり細胞を渡されても、ほぼ確実に失敗します。
その、まず普及に非常に時間がかかります。
だから、非常に地味な、ある意味地味な使い方で、決してiPS1個あると、まあ駅伝でいうと、よく山で、1人で10人抜きぐらいする選手いますが、ああいう活躍を、僕はiPS細胞、創薬に関しては期待していません。
各ステップで、じわじわ効いて、全部合わせると、今まで勝率が1割だったのが2割に上がると。
そういう、トータルでの効果を期待しています。
大切なのは、着実に前に進むことになると思いますから、その前に進む原動力として、このiPS細胞研究所はなっていきたいと思いますし、短期間で諦めたり、短期間で成果が出ないから、こう、だめだというふうに決めつけないで、これからも頑張っていきたいと思います。
ご覧いただきましたように、治療薬の候補物質を探すにも、安全性を確認するにも、大きな役割が期待されています、iPS細胞。
さらにiPS細胞を使って、きめ細かく治療薬が効く人や、副作用が出ない人を選別することができるようになることで、より多くの薬が承認される可能性もあります。
薬の開発におけるiPS細胞の使い方は地味と語っていました山中さん。
新しい技術が、活用されないジレンマと戦い続けてきたと話していました。
今回の成果に触発されて、iPS細胞の可能性を多くの人に理解してもらい、製薬業界や研究機関の研究者などと連携しながら、iPS細胞を使う環境を整えていきたいと話していたのが印象的でした。
今週のクローズアップ現代は、これでお別れです。
2014/09/19(金) 00:10〜00:36
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「iPS細胞が変える薬の常識〜最前線からの報告〜」[字][再]
iPS細胞を使用した“創薬”が大きな進展を見せ、新たな薬を作る流れを変える可能性がでてきている。創薬の未来はどうなるのか。iPS創薬の最前線を追う。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】京都大学iPS細胞研究所教授…山中伸弥,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】京都大学iPS細胞研究所教授…山中伸弥,【キャスター】国谷裕子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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