趣味Do楽 はじめての四国遍路旅 第7回「空海生誕の地」 2014.09.16

食べ応えもアップ。
さっぱりと頂ける一品ですよ。

(テーマ音楽)四国霊場八十八か所。
弘法大師空海が霊場を開いて今年で1,200年を迎えると言われています。
遍路の礎を築いた空海。
後の弘法大師です。
「空海の足跡を歩いてみたい」。
今多くの人々が四国の地を訪れています。
1,400kmに及ぶ巡拝の道を巡ります。
(信田)うわ〜気持ちいいですね〜!
(益子)瀬戸内海いいね〜!こんにちは益子直美です。
こんにちは信田美帆です。
いよいよ最後4つ目の県香川県に来ました!香川県といえば空海の生まれ育った場所です。
今回は空海ゆかりの地を歩きながらお遍路をしたいと思います。
では早速行ってみましょう。
ちょっと待ってちょっと待って。
ここは海岸寺といって実は空海の母玉依御前の里と呼ばれているの。
そうなんですか!?そう。
何ですか?私ね今回「お遍路さん呼ばれたな」と思ってるの。
ちょっとちっちゃくて見えない?これです。
玉依御前の着物のはぎれ。
これをお財布に入れているとお金に困らないと言われてお友達がくれたんです。
うらやましい〜。
困ってるけどね。
アハハハハ!私ね空海とのつながりを今ふか〜く感じております。
分かりました。
行きましょう。
ええ〜!しまわせて。
ハハハ…。
「はじめての四国遍路旅」。
第7回は「空海生誕の地」を巡ります。
海岸寺をスタートし今日の目的地第75番札所善通寺までおよそ15kmを一日かけて歩きます。
まず2人が向かったのは第71番札所の弥谷寺。
あっ出たよ看板。
71番。
でももうちょっと上みたいですね。
すごい山の中だね。
いやほんとですね。
突然また変わってきましたね。
突然なんか山の中ですよね。
え〜!ええ〜!?上るんだね。
着いたと思ったらまだ着いてなかったね。
全然じゃないですか。
ひえ〜。
山門から本堂までおよそ540段の石段が続きます。
これさ岩の…。
このお寺のある弥谷山は古くから全国の僧侶が修行に訪れる霊山だったと言われています。
あ〜。
やっと来ましたね。
山門から本堂まで石段を上る事15分。
よし。
じゃあお参りしましょう。
(2人)こんにちは。
(建林)ようお参りなさいました。
どうも。
大師堂でご住職から弘法大師にまつわる話を伺いました。
弘法大師は何度も弥谷寺を訪れました。
国の重要文化財…弘法大師が唐から持ち帰り弥谷寺に納めた法具。
今年初めて一般公開されています。
こちらの方が見やすいですのでこちらの方へ来て頂いて。
失礼します。
わ〜!
(建林)お大師様がご幼年期に…7歳から12歳ごろこちらで学問の基礎をされたという所でございます。
えっお大師様が子供の頃ここでいろいろ勉強とかを?お坊さんから学問の…読み書きの手ほどきを受けたんだと思いますけれどもね。
特にこの中に石像…ご三体お祭りされてございまして向かって右端の方が42歳厄よけの石像のお大師さんです。
真ん中に合掌しておられるのがお母さんの玉依御前様。
そして左の阿弥陀様の形でお祭りされてございますけどもこちらが佐伯善通卿…お父さんのご尊像。
讃岐の豪族佐伯家の長男として生まれた空海。
幼い頃弥谷寺で修行僧と共に学問に励んだと言われています。
本当にね最初の修行の地だと思いますね。
じゃあお大師様の原点の場所になるわけですね。
ですからこの岩屋はほんとに1,300年ぐらいたっております。
風雪に耐えた岩屋だと…。
弥谷寺で子供時代の空海にふれる事ができました。
美帆ちゃんちょっと休憩しよう。
ここお茶屋さんがあるから。
ほんとだほんとだ。
でもあそこに「俳句茶屋」って書いてある。
ほんとだ。
(店員)どうもお疲れさまです。
(益子信田)こんにちは。
参拝後に立ち寄った山門脇のお茶屋さん。
俳句を書いた短冊が店いっぱいに飾られていました。
50年前からお遍路さんに俳句を詠んでもらい今では1万以上の句があります。
えっお接待!?うわっ!どうぞ食べて下さい。
歩き遍路さんにはうちは大体ね大変だからお接待するんですよ。
わ〜いただきます。
ん〜!
(店員)ゆっくり食べて下さい。
この酢が…体にしみる。
ね〜!
(店員)そうですか。
ありがとうございます。
おいしい。
ね〜。
味が…。
2人が見つけたのは外国語で書かれた俳句。
読めない。
意味が分からないけどさ…。
最近は外国人の歩きお遍路さんが急増。
茶屋にも立ち寄り俳句を詠んでいくそうです。
これはアフリカセネガルから来たベネさんの句です。
訳すと……でしょうか?じゃあ是非一句書いていって下さい。
どうぞ。
2人も一句。
ととのいました。
ジャン。
「歩くたび満たされてゆく心技腹」。
おっどういう意味ですか?アハハ…あのねこうやってお遍路で歩いていくたびに…。
歩くたびにいろいろお接待されて心が満たされていってそして山を登る厳しさの時に登っていく歩き方とかの技をまた満たされて覚えてやっぱり一番大事なのは腹。
おなかが満たされてね体はちょっとボロボロになっていくんだけどおなかは満たされてゆく。
「心技腹」です。
うまいな。
意外にうまいな。
もうこんな事しか思い浮かばなくて。
いや私変に納得しました。
ほんと?ジャジャン。
すごい。
読んで下さい。
「空の麓強き笑顔で遍路道」。
「強き笑顔」っていうのは道々で出会ったお接待してくれる方たち。
その人たちの笑顔をもらって遍路道を次に向かって笑顔で進めるという事を伝えたくて「空の麓強き笑顔で遍路道」。
伝わってんのかな?アハハ…。
遍路の足跡を俳句に残す。
いかがですか?弥谷寺からおよそ5km1時間。
次に2人が向かったのは…。
ここでも子供時代の空海と出会う事ができます。
こんにちは。
こんにちは〜。
お願いいたします。
(岡田)よくお参りで。
参拝を終え納経所へ。
参拝の証しおしるしを頂きました。
はいおめでとうございます。
ありがとうございま〜す。
もしかしてご住職ですか?はいそうです。
女性の方初めて。
ご住職なんですね。
ほんとに今日は暑いところよくお参り下さいました。
ありがとうございました。
あのこちらのお寺は弘法大師様と何かいろいろゆかりがあるお寺なんですか?はい。
そういうお話がある所なんです。
あっ!あれじゃない?ほら。
あっあれか!うわっ崖だね〜!結構な崖ですね。
いや〜頑張って行こう。
はい。
空海が飛び降りたという捨身ヶ嶽はこの山の中腹。
いや〜すごい角度だね。
絶対御利益ある。
そろそろ着くんですかね?いやまだだよ。
あそこだもん。
あ〜ほんとだ。
もう絶対ね上まで行ったら御利益あるよ。
捨身ヶ嶽を参拝する時は事前にお寺に声をかけてから登って下さい。
登る事およそ50分。
出釈迦寺奥の院に到着。
あっ益子さん。
そこ。
入り口。
なんか…何だろうね。
ちょっと行ってみますか?うん。
出た?うわっこれ?これですか?うそ〜!ええ〜!?これだわ…。
すごい上向くしかない。
これだね。
これ登っていくんだ。
よし。
ちょっと気を付けてね。
ゆっくり行こう。
結構ちっちゃい砂利があるので…おっと。
いやこりゃまた修行だね。
はい。
ここからは鎖を頼りに登ります。
決して無理はしない事。
どっちがこれ…こっちでいいか。
よし…よしよし。
あともう一歩。
いけそうですか?よいしょ。
わ〜着いた〜!うわ〜!すごい。
すごい〜。
いや〜「とったど〜」っていう感じだね。
お大師様はここから飛び降りたの?「仏の教えで多くの人を救いたい。
それがかなうなら釈如来よ姿を現したまえ」。
そう祈りながら7歳の空海はこの崖から飛び降りたといいます。
すごい決意だったんだね。
そうですね。
ありがたいね〜!ありがたいですねほんとに。
私たちも来れてよかったね。
いやほんとに。
捨身ヶ嶽から南におよそ12km。
空海が修復した満濃池。
次に訪れた札所はこのため池とゆかりのあるお寺でした。
空海は大雨の度に決壊していた満濃池の修復を朝廷から命じられます。
その時訪れたのがこの甲山寺。
寺のご本尊薬師如来を特別に見せて頂きました。
空海は工事の無事を祈願しながらこの薬師如来を彫ったのです。
工事を手伝おうと空海のもとには数万の農民が集まったと言われています。
空海は唐で学んだ土木技術を駆使してアーチ形の堤防や増水した水を逃がす水路を建設。
地元の人たちと共に僅か3か月で修復を果たしたと伝えられています。
空海が持ち帰ったとされる技術は現代の土木工事でも生かされています。
数万人の農民が弘法大師様のために集まったというのがすごいですよね。
その人望もすごいけど1,200年も水をたたえるため池を造るというその知識それもすごいよね。
甲山寺のご本尊は秋のお彼岸の中日に一日だけ一般公開されています。
突然ですがここで…もともと雨の少ない讃岐では昔灌漑に悩まされていました。
そこで至る所に造られたのがため池。
その数およそ1万5,000と言われています。
多くのため池のおかげで讃岐は農業用水が潤い小麦の栽培が盛んになり…。
「さぬきうどん」が郷土の味になったと言われています。
そのうどん。
そもそも空海が唐から日本に持ち帰ったものだと言われています。
空海がうどんの製法を広め貧しかったふるさとの人々を救った。
そんな伝説も残っています。
以上「お遍路ミニ情報」でした。
さあいよいよ善通寺だよ。
あれですよね。
弘法大師さんが生まれた所ですよね。
生まれたお寺。
着いた!う〜わ〜!大きい!山門もすごい。
ねえ。
どっしりとした。
甲山寺からおよそ1.5km。
歩いて20分ほどの第75番札所善通寺。
空海さんのご誕生したお寺。
ああなるほど。
書いてあるもんね。
「善通寺」…。
善通寺は弘法大師空海が先祖の供養のために建てた寺。
その名は父佐伯善通にちなんで付けられました。
(益子信田)こんにちは。
こんにちは。
絵を描いてるんですね。
うわっ上手!そこの五重塔?はいそうです。
へえ〜。
難しいです。
お大師様が香川生まれで…。
ええそうです。
やっぱり香川の皆さんにとってお大師様とかってすごく重要な方なんですか?あの方はね字もうまいでしょ。
修行がすごいでしょ。
勉強もすっごくしてるでしょ。
ほんとにすっごい人だと思いますね。
なかなかああいう人は現れんでしょうね。
じゃあ皆さん尊敬している…。
尊敬してますよ。
誇りに思ってます。
2人は金堂と呼ばれる本堂に参拝。
弘法大師を祭る御影堂は鎌倉時代に佐伯家の邸宅の跡地に建てられたものです。
御影堂があるこの場所で弘法大師空海は生まれたと言われています。
もらえたね。
(2人)頂きました〜。
なんかちょっと重みがあるよねこのご朱印も。
お大師様ここで生まれ育ったんだもんね。
でもすごく広いじゃないですか。
子供の頃でしょ…やっぱすごく元気に走り回ったりいろんな事したんじゃないかなというのが感じ取れたかな。
ほんとだね。
わんぱくに育ってかつお勉強もしっかりしていて。
いや〜すごく重みのあるとってもいいお寺だよね。
旅の最後。
地元料理を頂きました。
(2人)いただきま〜す!香川といえばやっぱり「さぬきうどん」。
「釜揚げ」「ぶっかけ」などいろいろな食べ方が楽しめます。
いただきま〜す。
どうです?うんうん…。
おいしいな〜やっぱり香川の本場のさぬきうどんは。
違う。
今回香川に入ってお遍路さんしてみてどうだった?今までは修行したりとかして大人になってからのお大師様しか会った事がない…出会いがなかったじゃないですか。
今回は子供の時どういう生活をしてたのかとかというお大師様に会えたのですごく身近に感じましたね。
香川の皆さんがお大師様を尊敬している。
やっぱりお参りしてる…お遍路さんの格好ではなくて普通の格好してお参りしてる方がすごく多かったよね。
だから香川に来てグッと「お遍路さんしていてよかったな」というね…。
だからもしかしたら順打ちにはそういう道をたどっていく…。
意味があるかもしれないね。
まああともうちょっとだから頑張ろう!頑張りましょう。
いよいよ次回はラストですね。
ね〜!じゃあこれを読んでしっかり勉強しましょう。
こちらのテキストでは四国遍路の旅の情報を詳しく紹介しています。
2014/09/16(火) 21:30〜21:55
NHKEテレ1大阪
趣味Do楽 はじめての四国遍路旅 第7回「空海生誕の地」[解][字]

タレントの益子直美さんと信田美帆さんが四国八十八か所霊場を巡る遍路の旅。第7回はいよいよ香川県に入り、空海の幼い頃の伝説や唐から帰国後の功績をたどる。

詳細情報
番組内容
タレントの益子直美さんと信田美帆さんの四国遍路の旅は空海生誕の地・香川県へ入った。空海は第75番札所善通寺の御影堂がある場所で生まれたという。各地の札所には空海の幼い頃の伝説が今も語り継がれている。また空海は唐で学んだ土木技術で讃岐平野のため池・満濃池をわずか3か月で修復したという。ご当地の名物は「讃岐うどん」。実はうどんも空海が中国から持ち帰ったと言われている。
出演者
【出演】益子直美,信田美帆

ジャンル :
趣味/教育 – 旅・釣り・アウトドア
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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