(産声)姉妹でしたね。
今日も一つの命が無事に生まれた。
安堵と喜びがあふれる。
だが出産への道のりはいつも平坦とは限らない。
なぜか成長が進まなかったりへその緒が絡まったり。
多くの妊婦が不安を抱え出産と闘っている。
一際リスクが高いと診断された妊婦たちに30年寄り添ってきた医師がいる。
トレードマークはひげと笑顔。
出産を控える妊婦たちに希望の火をともしていく。
小さな命の最後のとりで…おなかの中の赤ちゃんを治療する最先端の胎児治療。
川鰭は難しい状況から数々の赤ちゃんを救ってきた。
熱いハートがここにある。
(主題歌)20代で志した道。
小さな命が失われる現場に向き合い続けてきた。
新たな治療の可能性をひたすら模索してきた。
この春難しい症状の妊婦がやって来た。
赤ちゃんを包む羊水が足りず特別な治療に踏み切った。
う〜ん。
小さな命を救うために。
希望をつなぐ信念の現場に密着!岐阜の清流長良川。
その程近くに産科医川鰭市郎が働く病院はある。
朝9時前。
川鰭が愛用のスクーターでやって来た。
おはようございます。
お願いします。
車が運転できない川鰭はどこへでもこれで行く。
川鰭がリーダーを務める産科は医師看護師助産師など総勢40人。
40人の入院患者に対応するほか緊急の搬送にも24時間体制で備えている。
ここにやって来る患者の9割は他の病院では治療が難しいと言われた妊婦たち。
手術をしなければ赤ちゃんが助からないケースも少なくない。
この日一人の妊婦が診察にやって来た。
鷲見さんは甲状腺ホルモンが過剰につくられるバセドウ病を患っている。
おなかの赤ちゃんの成長が遅れており病気との関連が疑われていた。
川鰭が超音波診断装置を使って赤ちゃんの様子を見始めた。
川鰭の武器は胎児の状態を見抜く診断の技術の高さだ。
30年の経験から胎児のどこを見るべきかそれをどう読み解くか熟知している。
更に通常使うエコーの他にMRIなどの最新機器を取り入れた診断技術で世界にその名が知られる。
成長は遅いが確実に進んでおりバセドウ病との関連はないと断言した。
更に原因を探っていく。
(鷲見)え〜。
胎児に血液を届けるへその緒がねじれている。
これが成長を遅らせる重要な原因だと突き止めた。
今すぐ入院が必要な状態ではない。
今後の推移を慎重に見守れば大丈夫だと伝えた。
鷲見さんは結婚10年目。
ようやく授かった初めての赤ちゃんだ。
(鷲見)笑ってますね。
(川鰭)笑ってる。
(鷲見)はい。
よかった。
(川鰭)口開いてるし。
難しい症例に立ち向かう川鰭が最も大事にしている事がある。
多くの妊婦は抱えきれない不安と闘っている。
その不安の中でどれが本当の問題かを見極め希望を見いだすのが医師の役目だと考える。
(鷲見)はいすみません。
(鷲見)ありがとうございます。
その後鷲見さんの診察は週に1度のペースで続いた。
へその緒がねじれている鷲見さんの場合僅かな異変が危険につながる。
赤ちゃんへの血流が滞っていないか慎重な観察が必要だ。
(川鰭)う〜ん…。
この日川鰭の表情が曇った。
血流と心拍の僅かな変化を川鰭は見逃さなかった。
赤ちゃんが危険な状態になりつつある。
川鰭はすぐに入院を指示した。
その夜の事だった。
赤ちゃんの血流と心拍が低下すぐに帝王切開が行われた。
鷲見さんの赤ちゃんは無事に生まれた。
体重1,525gの男の子。
集中治療室で調べた結果健康状態には何も問題がないと分かった。
日々難しい症例に立ち向かう川鰭さんには一つのこだわりがある。
昼ご飯は必ず医師みんなで食べる事。
川鰭さんが目指しているのは自分たちが1つのチームであるという意識を共有する事だ。
食べ終わるとやおらミーティングが始まる。
全員が全ての患者の状態を頭にたたき込む。
名付けて「全員主治医制」。
365日24時間備えねばならない産科医の仕事。
チームの誰もが患者の急変に対応できるようにする事で長期戦を闘っている。
そしてチームの力を結集して臨む現場がある。
極めて難しい症例に挑む最先端治療「胎児治療」だ。
この日の赤ちゃんは双子。
だが胎盤が1つしかなく血液が一人だけに集中してしまう…このままでは2人とも助からない危険がある。
双子をつなぐ血管をレーザーで焼き切る手術が始まった。
数ミリの血管を扱う繊細な手術。
無数の血管の中から切るべき箇所を特定する人やレーザーを照射する人など役割分担が欠かせない。
川鰭さんはチームの司令塔として指示を出す。
チームの力こそがこうした難しい手術を乗り越える原動力になっているという。
双子を救う手術は無事成功した。
産科医にとって最もつらい仕事がある。
救えなかった命を見送る事。
この日も小さな命が一つ旅立った。
そんな時患者たちとどう向き合うか。
川鰭はその事にも長年思いを致してきた。
この日かつて川鰭の診療を受けた女性が訪ねてきた。
3年前妊娠していた赤ちゃんに深刻な症状が見つかった。
18番目の染色体が3本ある18トリソミー。
その9割が1歳までに亡くなってしまうと言われる。
絶望の淵に立たされた時吉見さんは川鰭の言葉に救われたという。
吉見さんの赤ちゃんは分娩の途中亡くなった。
その日の夕方吉見さんと川鰭はこんな会話を交わした。
それから1年後。
吉見さんは2人目の子供を川鰭の病院で生んだ。
30年命と向き合い続けてきた川鰭は一つの確信を持っている。
(川鰭)もう2歳か。
早いね。
この日川鰭さんを訪ねて一組の親子がやって来た。
おなかの中にいた時胸に水がたまってしまう重い病気だった。
川鰭さんの胎児治療で堅一くんは一命を取り留めた。
今小学3年生。
元気に育っている。
川鰭さんの患者と向き合い続ける生き方は寝食を忘れて挑んだ日々の中で生まれた。
川鰭さんは昭和30年京都に生まれた。
実家は産婦人科の診療所。
父の後を追うつもりはなかったがいざ仕事を始めるとたちまち魅力に取りつかれた。
新しい命が日々誕生する他にはない場所。
もっと多くの命を救いたくて夢中で腕を磨き続けた。
医師になって5年目岐阜大学病院に移った時この地域に根を張って産科の道を極めようと心に決めた。
どんな患者も受け入れると宣言すると地域の産婦人科から手だてに困った患者が次々送られてきた。
すさまじい日々になった。
当時おなかの中の胎児を診る機器はまだ発展途上。
診断が難しいケースが数多かった。
3年間毎日のように病院に泊まり込み必死で勉強を続けたが救えない命が次々に現れる。
それでも医師として逃げるわけにはいかなかった。
つらい現実と向き合う中でたった一つの支えがあった。
新たな治療法を切り開こうと闘う全国の仲間たち。
学会で顔を合わせる度議論は白熱した。
最新のエコーを使ってもっと正確に赤ちゃんの症状を特定できないか。
生まれてからの治療では間に合わない赤ちゃんを少しでもおなかの中で治療しておく事はできないか。
互いの情報を交換し合いながら新たな可能性を懸命に探り続けた。
それは医師になって8年目35歳の時だった。
それまでにない決断を迫られる場面に出会った。
赤ちゃんの血液型が母親と異なってしまう…赤ちゃんは重い貧血状態。
改善するためには母親のおなかに針を刺し直接赤ちゃんに輸血を行う事が必要だった。
日本ではまだたった1例しか実施されていない最先端の治療法。
やれる自信はあったが経験があるわけではない。
どれだけ準備しても僅かなリスクはどうしても残る。
病院内で議論を重ね患者や家族とも何度も話し合った。
そして全ての責任を負う覚悟で輸血に踏み切った。
輸血は成功。
赤ちゃんは命の危機を免れた。
間もなくしてある国際学会に出席した時の事。
胎児診断の世界を切り開いてきたイラン・ティモール医師が語った心構えにはっとした。
その言葉に何かが見えた。
日々直面する困難。
でもその中を勇気と冷静さを持って迷わず進め。
その言葉を胸に命の現場に立ち続けている。
4月初旬。
川鰭が特に気にしている妊婦がいた。
難しい症状があり県内の病院から転院してきた。
川上さんは妊娠8か月。
通常なら1,000gほどに成長しているはずの赤ちゃんがまだ830gにしか育っていない。
川上さんの胎盤は折れ曲がっておりそこにへその緒が挟まり圧迫されていた。
胎児に血液が届きにくく成長が遅れていると考えられる。
まだ帝王切開で取り出すには時期が早すぎリスクが大きい。
命を守る闘いが始まろうとしていた。
川上さんの症状を改善するためには最先端の胎児治療が必要だと川鰭は考えていた。
母親のおなかに針を刺し胎内に人工的な羊水を注入して折れ曲がった胎盤を押し広げる方法。
羊水注入は川鰭が独自に開発してきた手法だ。
これまで500例以上行い実績を積み上げてきた。
羊水の注入が始まった。
赤ちゃんの位置を慎重に確かめながらおなかに長さ15cmの針を刺していく。
あ〜でもだいぶゆとり出来たね。
200ccの羊水が入り赤ちゃんの周りに余裕が生まれた。
(医師)ゆとりあります〜。
ゆとりある。
(医師)お疲れさまでした。
(川上)ありがとうございます。
川上さんは病院から車で1時間ほど離れた町に住んでいる。
3か月前突然破水して流産寸前に陥り以来入退院が続いている。
ベッドの上で一人での長い闘いが続いていた。
(取材者)お守りがすごい。
不妊に悩んだ末ようやく授かった赤ちゃん。
川上さんは気丈に振る舞っていた。
だが羊水の注入から5日後思わしくない事態が起きていた。
十分に注入したはずの羊水が再び減っていた。
原因は不明。
しかしすぐに羊水を入れなければ赤ちゃんが危険な状態になる可能性が高い。
赤ちゃんにとって望ましいのは体が成熟する妊娠37週までは母親のおなかで育つ事。
だがそれまでまだ5週間。
羊水注入には破水が起きる危険や感染のリスクなどデメリットもある。
母親のおなかで育てる事にどこまでこだわるべきか。
川鰭の判断が問われる。
その後も川上さんの羊水が減ってしまう症状は治まらなかった。
この日は再び危険なレベルまで減った。
再び羊水を注入するしかないが赤ちゃんの周りに隙間がほとんど見つからない。
唯一空いていたのは首の後ろの部分。
そこに針を刺せるかどうか。
(医師)じゃあいきますよ〜。
はいごめんね〜。
赤ちゃんの動きを慎重に見極めながら針を刺した。
1cmほどの隙間に狙いどおり入った。
(医師)間でゆっくり呼吸しててね。
(医師)大丈夫?痛くない?
(川上)大丈夫です。
再び赤ちゃんの周りに羊水が満たされた。
5月中旬川上さんへの羊水注入は7回目に達していた。
1つの懸念が持ち上がっていた。
川上さんの羊水が減るスピードは日を追って速まっている。
破水や感染のリスクがある中で羊水注入をどこまで続けるべきか。
川上さんの治療方針について議論が行われた。
赤ちゃんの成長を考えれば1日でも長く母親のおなかで育てたい。
だが治療のリスクや患者の負担を考えた時どうするのがベストなのか。
川鰭が決断を下した。
川鰭は翌週帝王切開に踏み切る事を決めた。
その日の夕方川上さん夫妻への説明を行った。
理想とする37週には足りないが赤ちゃんは自分で呼吸できる段階まで成長していると見られる。
早産にはなるが出産後集中治療室で十分に成長を支えていけると伝えた。
産科医の道を志して30年。
一つの治療が赤ちゃんの成長を左右し人生を変えかねない事は身をもって知っている。
その責任を誰かが背負い治療の決断を下していかねばならない。
川鰭が分娩室に入った。
帝王切開に臨む。
元気な産声が上がってほしい。
手術開始から4分後。
(産声)産声が響いた。
肺が十分に機能している証し。
(産声)
(医師)は〜いおめでとうございま〜す。
1,587gの男の子が無事生まれた。
(主題歌)赤ちゃんはすぐに新生児集中治療室に運ばれた。
安定的に呼吸ができるようになるまで成長を支える。
手術翌日。
ホッとした表情の川上さんの姿があった。
名前は健生くんに決まった。
「ずっと健やかに生きてほしい」そう願って名付けた。
ぶれない事。
やらなければいけない事は万難を排してやる。
やらなくてもいい事はどんな事があってもやらない。
だから目の前で起こった出来事に対して最善の策をいかに素早く自分たちが見つけ出すか。
それができる事がプロフェッショナルじゃないですかね。
2014/10/03(金) 01:30〜02:20
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「産科医・川鰭市郎」[解][字][再]
お腹のなかの赤ちゃんを危機から救うスペシャリスト、産科医・川鰭市郎(59)。胎内の赤ちゃんを治療する腕で、全国にその名がとどろく。小さな命を救う現場に密着する。
詳細情報
番組内容
お腹の中の赤ちゃんを危機から救うスペシャリスト、川鰭市郎。双子の1人に酸素や血流が集中してしまう“双胎間輸血症候群”や、胎児の胸に水がたまってしまう“胎児胸水”…。そんな難しい症例から赤ちゃんを救ってきた。診断の正確さと、内視鏡などを用いての“胎児治療”。この道一筋30年の川鰭は、「産まれて来ない方がよかった命など、一つもない」と語る。小さな命の重さをかみしめ、闘い続ける現場に密着する。
出演者
【出演】長良医療センター産科医長…川鰭市郎,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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日本語
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日本語(解説)
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