あゝ義弟よ、君を泣く。 2
私に義弟が出来てから二年が経った。あっという間である。今は秋、私は森を散策しつつこれまでのことを回想した。
始めの一年は、義弟は私のことを「お姉様」とも「お姉ちゃん」とも「姉さん」とも呼ぶことなく、呼び捨てにしていやがった。
しかし、私がしつこく「お姉様。分かるかい? お姉様。じゃねえと返事せぬぞ」と言った結果、それはもう「めんどくせー」という感じを隠すことなく舌打ちしたあと、「……姉さん」とドスのきいた声で言うようになったのである。愚弟め。もっと素直にならぬか。
現在十二歳の義弟――ユリエルは、名前は優美な響きをしているにも関わらず、ますます凶悪……間違えた、逞しく育っている。
村の少女らは皆、彼の麗しい容姿に熱い吐息をこぼし、少年らはそんな少女達の姿を見てユリエルに嫉妬する――なんてことはなく。村の少女達はユリエルを見ると顔を青褪めさせ、根性の座っている乙女はあまりの美しさに嫉妬し、少年達は羨望の眼差しを送って崇拝しているのである。
というのも、ユリエルは我が家にやって来てわずか一年で村の少年達を、良い子悪い子関係なく締め上げ……ごほごほ、えー、まとめ上げた。そして夜な夜な隣町に繰り出し、危ない奴らと拳と拳で遊んでいるらしい。奴の舎弟である少年Aと少年Bが教えてくれた。この少年AとB、なぜか毎回私に報告してくるのだ。私、何も頼んでいないのだが。
「姐さん、また報告に来るからな!」
「ユーナさん、また来ますね」
少年AとBは最後にそう言うと、いつも満足げに帰っていく。いや、別に来なくていいよ。というか、いつ懐かれたのであろうか。
ユリエルは普段「僕」と言うのだが、初めて会った時から私の勘は言っていた。絶対、心の中では「俺」だと。それに聞いちゃったもんね、村で名高い悪ガキどもに絡まれた時、ユリエルは確かに言ったのだ。奴らを鬱陶しそうに見たあと、「……俺に話しかけるな」って。
あれは空恐ろしい声だった。うん。
どうやらユリエルは私たち家族や大人の前では、礼儀正しく大人しい子供を演じているようだ。いや、私には若干素がでているが。それでも大分、凶暴さを潜めて振る舞っている。なんて末恐ろしい子。お姉ちゃん、ちょっと君が怖い。
そう遠くない未来で、君は勇者という人類の英雄になるはずなのだが、そんなに斜に構えて世の中を見る青年に育っていいのだろうか。普通はこう、真っ直ぐで正義感の強い人物に育つのではなかろうか。
私は夜毎、天にまします偉大な神様に尋ねつつ、彼の未来に光があるように祈っている。私ってお姉ちゃんの鑑だな!
自画自賛しながら赤や黄に染まる色鮮やかな森を仰ぎ、木々の狭間から見える空を見つめた。夏空とは違う、少し冷たさが滲む淡い水色の空。果てしなく広がる天空を、うろこ雲がふよふよと漂っている。
まったく義弟よ、君の捻くれぶりを思うと、よくぞここまで成長したなあと感動ではない涙がこぼれそうになるぞ。
「姉さん」
後ろからかけられた声に、私は振り向いた。そこには籠を片手に抱えたユリエルが立っていた。
「何ぼうっとしているんだ。集めていたのか?」
「もちろん。ほら」
私は自分の籠をユリエルに見せた。中にはたくさんの木の実やキノコが入っている。
「ふうん。でも、僕より少ないな」
何だと? おまえの方が多いというのか。
ユリエルは自分の籠の中をちらりと見ると、楽しげに私を見た。
「負けた方が、なんでも言うこと聞くって言ったよな?」
「待て。ちゃんと食べれるもの、かつ、母様の基準を満たしたもので勝負だと言ったはず。忘れたとは言わせない」
母様に頼まれて二人で森に来た時、話の流れでなぜか勝負することになったのである。勝った方は負けた方に何でも命令できるという特典付き。
ユリエルは余裕の表情で「覚えているけど」と言うと肩すくめた。
「後で『やっぱり止めた』っていうのは無しだからな」
「当然だ。かかってきやがれ。私に敵うものか」
ユリエルよりこの森を熟知している私が負けるはずがない。
意気揚々と帰宅し、母様に審査してもらった結果。
「ほらな。僕の勝ちだ」
何にしようかな。
くすくすと笑う義弟に何を言われるのかと戦々恐々としつつ、私は「次は負けぬ……!」と心に決めた。
結局、彼に何か命令されることはなかった。ユリエル曰く、いつかのために取って置くらしい。あの底の見えない笑顔が実に怖かった。
しかしこの一年後、とある出来事で彼は私に頭が上がらなくなるのだが、それはまたいつか話そう。
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