平安時代中期。
後に文学史に名を刻む一人の女性が宮中にやって来ました。
清少納言です。
そこで見聞きした事感じた事を彼女は筆の向くままに書き留めました。
こうして誕生した日本初の随筆「枕草子」。
時代を超えて読み継がれてきた名著です。
すごい感性ですよね。
もう読んでるとほれぼれしちゃうところがいっぱいあるんですよ。
清少納言が鮮やかに切り取る一瞬の情景。
{100分de名著」「枕草子」。
第1回はその描写力に迫ります。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ「枕草子」ですがいかがですか?いかが…いかがかどうか言われるといわゆる「春はあけぼの」ですよね。
それそれ!テストでこう春夏秋冬で「次の文章と結べ」みたいのあった気がしますよ。
でもね実はこの「枕草子」って300段もあるんですってお話が。
ほうほう…ながっ!しかも私たちが知らない所の方が面白いという。
ちょっと楽しみですね。
ねえ。
さあ今回の指南役をお招きいたしましょう。
埼玉大学名誉教授でいらっしゃいますそして平安文学の研究者山口仲美先生です。
先生どうぞ。
こんにちは。
よろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくお願いいたします。
山口仲美さんは平安時代の文学を中心に日本の古典を研究しています。
今回は「枕草子」を現代の女性と共有できる視点から読み解きます。
先生この「枕草子」といえば誰でも知ってるような有名な作品ですよね。
はい。
でも最初の「春はあけぼの」しか読んでらっしゃらない方が多いんじゃないでしょうか?そう。
そこさえ覚えたら試験はOKみたいな空気だったんですよ。
でもねすごく面白いんですよ。
それにね日本文化を理解する時に欠かせない作品だと思っています。
さあそれでは初めにですねその「枕草子」の基本情報見ておきましょう。
こちらでございます。
ここまでは随筆というのはなかったんですか?随筆ってほら自分の考えた事とか思った事経験した事を書く文学ジャンルですよね自由に。
和歌とか物語だったらあるんですけれども随筆はないんですよね。
さあそして今冒頭でも言いましたが300段もあるんですって。
申し訳ありません。
4個で終わりだと思ってました。
これね300あるんですけど内容を見ますと大体3種類ぐらいに分かれるんですね。
例えば「うれしきもの」なんてやってこういううれしいものを集めていく。
大体大きく内容別に見ると3種類のものが込められているのが「枕草子」です。
よくブログで何かここら辺にまとめてる「食べ物」とか「何とか」みたいな感じの。
そして3つ目の「写本は4系統ある」というのはこれはどういう事でしょうか。
昔ですから筆で本を作っていた時代ですよね。
印刷なんかないですから。
そうすると書き写しているうちに誤ったりちょっと文才がある人だと「こここうした方がいいんじゃない?」とか思って変えるじゃないですか。
伊集院さんなんか変えちゃいそうよ。
変えちゃいますよ。
ちょっと作っちゃうと思いますもん。
「ここ面白いんじゃないか」ってなかった事入れたりして。
そうすると「枕草子」の本がたくさん出来ちゃうわけです。
写本が。
これを系統別に整理していくと4系統に分かれますよというので「写本は4系統ある」と。
私たちがこれから読んでいこうとするのは「枕草子」のオリジナルに最も近いと言われている「三巻本」系統の本文で読んでいきます。
本文の方を見ていきたいと思います。
おなじみといいますかそこしか知らなかったと。
そうそうおなじみなんだけどそこしか知らない。
…というところから。
まずは「春はあけぼの」から。
(清少納言)春かぁ…春といえばう〜ん春。
・
(鶏の鳴き声)あらもうそんな時間?あけぼの…なんと美しい。
そうよ春はあけぼのだわ!「春は夜明け!だんだん白んでゆく山ぎわの空がほんのり明るくなって紫がかった雲が細くたなびいているのがすごくステキ」。
次は夏ね。
夏は…夜よ。
「夏は夜!月のある時分は言うまでもないわね。
月のない闇夜でもやっぱり蛍がたくさん乱れ飛んでいるのは幻想的。
またほんの一つ二つの蛍がかすかに光って飛んで行くのもすごく趣がある。
雨などの降るのも風情があるわ。
秋は夕暮れ!夕日がさして山の端すれすれになっている時にカラスがねぐらへ帰ろうとして三つ四つ二つ三つなどと飛んで急いで帰る姿までも哀れを誘う。
まして雁などが列を組んで飛んでいく姿がごく小さく空のかなたに見えるのはもう息も詰まるほど感動的。
日がすっかり沈んでしまって風の音や虫の音などが聞こえるのもこれまた言いあらわしようもないほどステキ。
冬は早朝!雪が降ったのは言うまでもない。
霜が真っ白に降りたのもいいわね。
また雪や霜がなくてもひどく寒い朝炭火などを大急ぎでおこしてそれをあちらこちらに持ち運んだりするのも実に冬の朝らしい。
でも昼になってだんだん寒さが薄らいでゆくと丸火鉢の炭火もついほったらかしで白い灰がかぶったままになっていてよくないわ」。
何かあまりにこの部分は定番になりすぎてて逆にすごさが分かんなくなっちゃってるというか。
そうですね。
だって何かさ「味わえ」とか言われてないんですよ。
「覚えろ」って言われて。
そう横にマル1とかこう線が引いてある感じ。
春っていうと大体お二人は何を思い浮かべます?春は桜。
桜。
桜餅たけのこ御飯ねあとは柏餅ぐらいまで…まあまあまあ。
ですよね。
そうやって春って言われると私たちは普通に物とかあるいは入学式とかいう行事を思い浮かべるんですよ。
そして事実平安時代は和歌なんかも春っていうと桜柳とかそれから若菜摘みなんていう物とか行事でそれを歌の材料にして歌を詠んでいるんですね。
ところが清少納言は違うんですよ。
ここがすごく斬新なんですよ。
ちょっとその「春」をしっかりと見ていこうと思います。
「春はあけぼの」。
「春はあけぼの」というのは「春といったらなんたって夜明けよ!」というこういう文章なんですね。
ですから例えば「芋は金時」といったら「芋といったら何といっても金時よ!」っていう。
強い体言止めなんですね。
そうなんです。
何か僕らが思うには普通は「春といったら一番いい時間帯は明け方ぐらいじゃないですか?」みたいなゆったりとした文章じゃないんですね。
「春といったらなんたって夜明けよ!」。
もうそれしかないよっていう。
そうそう。
それから「あけぼの」というのは夜明け前の太陽が昇る直前ですね。
もうちょっと前ですと暁というわけですね。
ここのところの風景を思い浮かべると空がだんだん白んでいくわけですね。
そうするとそのうち山の端の後ろからぽ〜っと明かりがさしてくる。
太陽が出てくるわけですね。
その上にしばらくたつと紫めいて紫っぽい雲がたなびいてる。
すごい刻々と移り行く自然をうまく映し出してるんですよ。
映像がふっと思い浮かびますね。
そうなんですよ。
は〜なるほどなるほど。
ちょっとそこおさらい的に私の訳なんですけれども。
ご覧頂きましょう。
はいお願いいたします。
片仮名で「すごくステキ」入っちゃいます?あのねここの所「たなびきたる」と連体形で終わってるでしょ?という事はこのあとに「をかし」なんていう言葉が省略されてるという事なんですよ。
何か国語の勉強で何となく聞いた気がする「をかし」。
「をかし」って今の「おかしい」という意味もありますけれども平安時代ですともっと意味が広くって「趣がある」とか「優美である」なんていう意味でここはそういう「をかし」ですね。
なるほどそれが「ステキ」とかもっと新しくすると「いいね!」みたいな。
そうそう。
だからここに「ステキ」って書いてあるんです。
さあ1,000年も前にこんなにステキな感性でこの随筆を書いていた清少納言。
どんな人だったか気になりますよね。
そこ見てまいりましょう。
「清少納言」は宮中で使われた名前で本名は分かっていません。
出仕した時の年齢は30歳くらい。
10年連れ添った夫と離婚したあとでした。
注目すべきは父親です。
清原元輔といえば和歌の世界にその名をとどろかせたスーパースター。
勅撰和歌集に100首を超える歌が選ばれるほどの偉大な才能です。
娘の清少納言もまた和歌や漢文の深い教養を身につけていました。
天皇は宮中の清涼殿に住んでいました。
そしておきさきは登花殿という部屋を使っていました。
そこでおきさきが主催するサロンが重要な役割を果たしていたのです。
サロンとは天皇や他の貴族を歓待するための社交の場です。
清少納言もその文才を生かしてサロンの一員として活躍できると見込まれたのです。
サロンの中心は定子。
17歳の美しいおきさきでした。
和歌や漢文に通じ見事な手腕でサロンを運営するスーパーウーマン。
清少納言はそんな定子に魅了されてしまいます。
「枕草子」には2人の関係を表す興味深いエピソードが記されています。
ある冬の日の事。
雪が深く降り積もっているのに窓の格子が下ろされたままでした。
清少納言たちがくつろいでいると定子が突然「香炉峰の雪はどんなであろう?」とお尋ねになられたのです。
みんながぽかんとしている中清少納言は定子の意図を察し格子や御簾を上げて外の雪が見えるようにしました。
定子の問いかけは中国の詩人白居易の詩の一節「香炉峰の雪は簾をかかげてこれを看る」を踏まえたものだったのです。
中国の古典に精通した者同士ならではのあうんの呼吸。
こうしてその才能を高く評価された清少納言。
定子の勧めもあって宮中での出来事を「枕草子」にしたためていったのです。
お互いうれしかったでしょうね。
そうですね分かり合える。
こういうやり取りって信頼のもと行われるというか通じないと一番がっかりするやつですよね。
そうですね2人とも同じ教養があってねああこの人なら話せるという感じだったんでしょうかね。
言ってみたらちゃんと通じてると思った時のやっぱりすごいって思い合うんでしょうね。
まあ清少納言は歌人の家の出という事で最初からちょっとひいきされる要素はありますよね。
「あの子は持ってるよ」っていう。
そうなんですよ。
歌一つ詠ませたって絶対うまいはずだって思われてるわけですよね。
そうなんです。
そしてここでじっとしてるわけじゃなくてサロンを作っていた。
天皇がよくこっちにいらっしゃいますよね。
その時天皇が見えた時やっぱり楽しませるという事が大事ですよね。
それからここには身分の高い人たちがいろいろ来ますね。
そうするとそれの応対もしなくちゃいけないというので定子を中心にしたサロンが出来るわけです。
そのサロンの一人としてスカウトされたのが清少納言。
それが自分たちがサロンを形成している女房たちが優れていればいるほどそのご主人格の定子様も非常にもうよくなるわけですよ。
定子様と出会ったという事が清少納言にとっては本当にすばらしい事だったわけですね。
そうなんですね。
定子様との思い思われの関係というのは「枕草子」の中の258段の「うれしきもの」にちょっと出てくるんですね。
私の訳で恐縮なんですけれども分かりやすいかなと思って示してみます。
こちらが258段。
ああ分かりますねこの感じ!は〜あの感じだ。
「さんま御殿!!」でさんまさんが話しかけてくれた時のあの感じ。
いや俺らその感じだもん。
だって本来だったらメインであるおきさきさんの魅力だけでいいのかもしれないけどそうじゃないために俺らは周りにトークに行くわけじゃないですか。
いろんなとこから呼ばれてねあいつ面白いんじゃないかってやつがみんな来るんだけどこっちは「やっべぇ滑ったらどうしよう」と思う中でそのメインの司会者が目を合わせてくれて「お前どう思う?」って言ってくれたりする時のあのうれしさったらないから。
そういう関係なんですよ定子と清少納言って。
多分テレビをご覧になっている皆さんも会社でそれからいろんなグループの中でそういう事あると思いますよ。
すごくその中でのリーダー格の人に信頼してもらったりうまいキャッチボールができたりやり取りができたり目が合ったりというのは今も昔も変わらないそういうドキドキがあるんだなと。
そうなんですよ。
では今度は清少納言の描写力について更に見ていきたいと思います。
「枕草子」の大きな魅力が五感を駆使した鮮烈な情景描写です。
例えばこんな表現があります。
「月の明るい夜に牛車が水たまりを通ると月に照らされた水しぶきが水晶が割れたみたいにパッと散ってすごくいい」。
清少納言の筆は聴覚の世界も鮮やかに描き出しています。
「よく打って艶を出した衣の上に髪がさっと振りやられた時もその音で髪の長さが分かってしまう」。
またこんな描写もあります。
「火箸を静かに灰に立てるのも「まだあの人起きていたんだわ」と分かってとても面白い。
ほんのかすかな音も昔は聞き取る事ができました。
そして平安時代貴族の大切なたしなみの一つであった香りの描写も鮮やかです。
「5月で雨が続いている頃宮中のお部屋の小戸にかかっている簾に斉信中将様が寄りかかって座っていらっしゃった時の香りといったらほんとにほれぼれしちゃったわ。
どんな配合のお香か一発で分からないような芳香。
翌日まで彼の残り香が簾に染み込んで匂いたってくるのを若い人などキャーキャー騒いでいるのも無理ないわね」。
うわ〜面白いですね。
一つ一つ聞くとすごいですね。
絵画的描写力がものすごくいいんですね。
牛車が歩む時も水の中に行くと月明かりでパーッと水しぶきが飛ぶ。
それが水晶が割れたようだと。
すごいでしょ目の前に展開するような動画見てるような印象でしょ?こういうところに「枕草子」の魅力があるんですね。
多分ねハイビジョンなんだよね。
他の人たちがほんとにのっぺりとしたただの記録映像だとするとものすごいハイテク。
でも撮りきらないものをこの短い文章の中に入れるテクニック。
すごい感性ですよね。
もうね読んでるとねほれぼれしちゃうところがいっぱいあるんですよ。
見るよりも何か想像する方がまた美しい映像に思えたりしますね。
最後のなんて楽しくなかった?あの香りの。
これはまだテレビのテクノロジーでは写せないやつだからね。
香りだから。
そう。
でも女房たちが「わ〜いい匂い」って。
あの時代は香りの文化がありますから。
今の香水に該当するのがお香ですよね。
お香を貴族たちは自分の好みに調合して自分独自の香りなんかを作ったりするわけです。
「ああ伊集院さんがここをお通りになったのね」って。
「くっせえな」ってね。
でもさ何か思うのは香りにしても音にしても当時の事を考えるとすごくみんな敏感だったと思うんですよ。
音もうるせえ音がすごいしてたわけじゃないだろうから。
だから火箸を灰に刺す音まで聞こえちゃうじゃないですか。
ほんとに小さい音よ。
サクッという感じですけどそれを聞いて清少納言は「まだあの人起きてるのね」とか。
それから髪の毛をパッとこういうふうにやった時に音しますよね。
それで「あの人の髪の毛このくらいの長さね」って想像しちゃう。
すごい聴覚ですよ。
これはもう一回きちんと自分も考え直そう。
豊かになるような気がする。
わあうれしい。
いやほんとです。
あのね古典落語の中に出てくるんですよ。
「衣擦れの音が12回した」という。
まあ要するに十二単を全部脱いで素っ裸になったっていう表現なんだけど「素っ裸になる」より全然いいじゃないですか。
衣擦れの音って当時の人何て書いてると思う?何て言ってるんですか?「そよそよ」って言ってるの。
「そよそよ」って写すんですよ。
何かいいでしょ。
バサバサじゃない。
脱ぎ方が違う。
そよそよなの。
それを聞くだけで当時の方がどれだけロマンチックに脱がれてるかも分かりますね。
バサバサじゃない。
何か想像してない?してます。
NHKでは映像にできない事を想像しちゃいましたけども。
でもそういう事ですよね。
豊かってそういう事で何かそのままもろに写せばそれまでの事なんだけどそうじゃなくてすごい鋭い感受性を通して奥行きがあったり。
当時は火箸を刺す音が聞こえるぐらい夜って音が無かったんだとか。
でも次回でやるんですけどね男と女の関係になるとこの音がね面白く作用するんですよ。
また引っ張られましたね。
次回は男と女の関係が。
ちょっと習ってなかったですね。
国語の先生たちはそういう所隠してやがったな。
隠してたな。
だって高校生に言いにくいじゃないですか。
皆様楽しみでございます大人の「枕草子」。
次回もどうぞお楽しみに。
山口先生どうもありがとうございました。
(テーマ音楽)2014/10/01(水) 23:00〜23:25
NHKEテレ1大阪
100分de名著 枕草子[新]<全4回> 第1回「鮮烈な情景描写」[解][字]
「春はあけぼの」に代表される五感をフル活用した描写力。その秘密は「時間で切り取る」等常識を打ち破った清少納言の技にあった。第1回は枕草子の鮮烈な情景描写に迫る。
詳細情報
番組内容
視覚、聴覚、嗅覚をフルに使って世の中を切り取った清少納言。最も有名なのが「春はあけぼの」で始まる文章である。春の早朝、横雲がたなびく中、空が次第に白くなっていく様子を描いたものだが、こうした散文による風景描写を日本文学に持ち込んだのは清少納言が初めて。「源氏物語」にもその影響が見られる。第1回では、清少納言が切り取った一瞬の情景を楽しむと共に、「枕草子」が生まれた背景に迫る。
出演者
【講師】山口仲美,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】山田真歩,【語り】三田ゆう子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
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