日本の話芸 落語「年枝の怪談」 2014.09.14

(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(林家正雀)ご来場で御礼を申し上げます。
どうぞご辛抱の程を願いますが。
「年枝の怪談」というお噺でございましてこれはうちの師匠の彦六がこしらえた噺なんでございますが。
明治になりまして横浜が大層繁盛したという。
横浜が開港したのはこれは安政6年と言われておりますからまぁ明治になるってぇと大層繁盛したんでございます。
寄席が何軒かできました。
もちろん噺の寄席あとは色物席でございますが中で丸竹という寄席がありましてこれは大層お客さんが来る寄席だったそうでございますが。
ここに出演をする事になりましたのが春風亭柳枝という当時大看板でございます。
で一門を引き連れましてその丸竹でもって興行が始まったという。
しかし噺家は昔から1軒というのはどうもさみしいようでございまして掛け持ちをしたがるというそういう気持ちがあるんですね。
そこでまぁ丸竹だけじゃどうも収まらないというので少し離れました神奈川にもやっぱり寄席があった。
でこれへも出る事になりましてで神奈川の寄席は中入り前を務める。
でその神奈川のほうの寄席のトリはといいますと柳枝の弟子で年枝という若手の噺家でございますがで真打になりまして大層人気があるというこの年枝という人が神奈川の寄席のトリでございます。
したがって横浜の中入り前を年枝が務めておいてやっぱり車でもって神奈川の寄席のトリに入ろうという訳でですから師匠と弟子がまぁ交代で神奈川と横浜の寄席を掛け持ちをしたんでございます。
で1か月経ちましてなにしろ大入り満員というんでねこれはまぁお客様大勢さんおいでになるというのはいいもんでございます。
で千秋楽になるってぇと席亭が喜んでこの柳枝を料理屋へ招いたんでございまして…。
「師匠。
どうも今年はありがとうございました。
いやおかげさまで大入りが続きましてねでまぁお願いというのは来年また今時分来て頂きたいんでございますよ。
どうかお願いを致します」。
「そうですか分かりました。
私もね横浜はまぁ久しぶりに伺いましたけどもいいお客様ですね。
来年きっと来ますからね今時分に。
じゃあ手を締めましょう。
よ〜う」。
シャンと手を締めてお開きになったんでございます。
これから柳枝が宿に帰って参りました。
もちろん泊まりで来てる訳ですからね。
でこれから一杯飲もうという訳で手酌でチビチビ飲んでおりますと…。
「お師匠さん。
今年枝さんがおいでになりました」。
「年枝が?こんな遅くに?あっそう?どうしたんだろう?まぁまぁいいやじゃあこっちに通しておくれ。
年枝。
どうしたんだよ?お前なんだろ?明日の朝お前が迎えに来てで一緒に東京に帰るって事になっていたんじゃないか。
わざわざ千秋楽の挨拶に来たのかい?」。
「師匠。
とんでもない事をしてしまいました。
今日寄席が跳ねまして宿に帰ったんでございますがあんまり肩が凝ってどうにも我慢できません。
そこであの〜按摩さんを頼んだんでございます。
で療治をしてもらっておりましたらその按摩さんが私のことを知ってたんです。
『お前さんは年枝さんだね?噺家さんだね?お前さん若手の真打で大層人気があるというんで私ゃこの間寄席へ聞きに行ったんだ。
で聞いてみたら大してうまくはない』ってこんな事言うんです」。
(笑い)「その按摩さんが?あっそうかい」。
「それで『お前さんは人気に溺れてる。
お前さん魂の籠もった噺をした事はないだろう』ってこんな事を言いますからねこっちも癪に障りましてね少し脅かしてやろうと思って『そんな事はいいけども按摩さん私は柔を心得てるんだ柔術を心得てるんだ免許皆伝だ』ってそう言ったんです」。
「ふん」。
「そうしたら按摩さんも『私も免許皆伝だ。
じゃあどっちが強いかここで勝負をしようじゃないか』って事になりましてね。
ですが宿の二階でもってドッタンバッタンやる訳にいきませんから『じゃあこうしよう首の絞めっこをしよう』って事になりました。
でお互い首を絞めて先に気を失ったら負けだ』って事になってねで私が先に按摩さんの首を絞めたんです。
それが急に逝っちゃいました。
息をしなくなりました。
コトンといってそこにね倒れてしまいました。
息をしないんですからね私は驚いて押し入れ開けましたら蚊帳があったんで蚊帳に按摩さんをくるんで押し入れへ入れて逃げてきたんですが私は人を殺してしまいました」。
「何だって?その按摩さんをお前さんが絞め殺した?だけどもね考えてごらんね〜いいかい?殺そうと思って殺した訳じゃないんだよ。
それは間違いだ。
ね?間違いだからしかたがないじゃないか。
ですぐにこれから警察に行きな。
自首をしな。
そうしてね私が東京に帰ったらいい弁護人を知っているんだよ。
でその弁護人を頼んであげるから。
これは大して罪は重くないと思うんだよ。
でこの事を表へ出さないから心配する事はない。
すぐ警察へ自首をしなさい」。
「師匠。
私はあの〜警察に行くのが怖い訳じゃないんです。
決してそうじゃないんです。
ただ按摩さんが言った事が心にかかってどうにもしょうがないんです。
『お前さんは人気に溺れて魂の籠もった噺をしてないだろう』って言われてみるとそうなんです。
ですから私は按摩さんの言うとおりにこれから寄席に上がりまして魂の籠もった噺をしてみたいと思います。
一遍でもそれができたらそれから警察に行きますからしばらく見逃して下さいお願いします」。
「見逃せってぇのかい?いやお前がねただ警察に行くのが怖いってんなら私ゃ引っ張ってくよ。
ただ芸の事言われたら困るじゃないか。
その魂の籠もった噺をやりたいってんだね?それじゃ旅に出るか?なるべく遠くに行ってなそうしてまぁいい噺ができたと思ったら警察に行くんだ。
分かったね?じゃあねここにもらったご祝儀がある。
これ持ってきな」。
「それは要りません。
それを頂いて師匠の名前が出て…」。
「そんな事は構やぁしないんだいいから持ってきな。
でねあとの事は心配しないように」。
「どうも相すみませんでございます。
師匠。
どうかお体…」。
「私の事はいいから。
じゃあなるべく遠くに行きな」。
「じゃあごめん下さいまし」ってんで宿を出たんでございますがまぁ当時の事ですから歩いたりまた汽車に乗ったりという訳でこの横浜を出ましてから年枝がやって参りましたのが沼津でございました。
沼津には入道館という立派な寄席がありましてこれへ出たんでございます。
当人はもう一生懸命になって高座を務めてそれから半月そのまんま寄席へ出ておりました。
とあとをちっとも追って参りませんから「これから名古屋に行こう」って名古屋にやって参りました。
と大須観音がありましてあの周りはズ〜ッとこう寄席が建ち並んでおりましてその一軒の寿亭というこれへ年枝が出る事になりました。
当人はもう一生懸命夢中になって高座を務めておりましてとたまたま客席におりましたのが金沢の席亭でございます一九席という。
この席亭さんの目に留まったんでございます。
「年枝さん。
お前さんの噺を聞かせてもらいました」。
「あっ左様でございますか」。
「私はね金沢の席亭ですよ。
一九席のね。
お前さんの噺はいいね。
お前さんの噺をね家のお客さんに是非聞いてもらいたいんだ。
私と一緒に金沢まで行っちゃもらえないだろうかね?」。
「金沢でございますか?左様でございますか。
ありがとう存じます。
伺います」って年枝は喜んだ。
なにしろ遠くに行きたい遠くに行きたいと思っておりましたので金沢というんでこれはもう「渡りに舟」でございまして席亭と一緒に金沢にやって参りました。
一九席という立派な寄席でございましてこれへ出る事になりました。
ってぇとお客の受けが大層いいという訳で。
まぁ昔から「芸人は上手も下手もなかりけり行く先々の水に合わねば」という歌がありますけどもまぁこの金沢の水に合ったんでしょう。
大層の評判が評判を呼んで人気が上がったんでございます。
で三月ばかり経ちまして夏になって…。
「年枝さん。
お前さんのね評判がいいんで私ゃね来てもらってよかったと思ってますよ」。
「ありがとう存じます」。
「ついちゃね夏場になってねでお前さんにお願いというのはね今東京で圓朝師匠って方が大層怪談噺で当たってるってね評判がいいって事を聞いたんだよ。
そこでね金沢でも怪談噺やってもらいたいと思ってねお前さん怪談噺やっちゃもらえないかね?」。
「あっ左様ですか怪談噺でございますか。
いや私は圓朝師匠から教えて頂いた訳ではございませんが圓朝師匠の高座は度々脇で伺っておりまして怪談噺も2つ3つ知ってるんでございます。
ではそれをやらさせて頂きましょう」。
「やってくれる?本当に。
じゃあお願いしますよ」ってんで話がまとまって表に看板が出たんでございます。
「来る何日から春風亭年枝怪談噺を申し上げます」という。
さぁこれでお客様喜んだという訳で。
なかなか金沢で怪談噺というのは聞けないと思っておりました。
そこに看板が出たんですからまぁ客が喜んだという訳でございまして。
さぁ明日がいよいよ初日って事になりました。
当人はもう夢中でもって稽古をしようっていう訳で一心でお稽古をしてで夜っぴて稽古をした。
寝ませんで稽古したって偉いもんでございますがね。
で当時昼席はございません。
夜席だけですから昼間も十分にお稽古ができたんでございますが。
ってぇと夜になるともう噂が噂を呼んでお客様いっぱいの入りでございます。
と年枝の出になりまして。
「え〜今晩はご来場下すってありがとう存じます。
私は怪談噺を申し上げます。
三遊亭圓朝師作『真景累ヶ淵』でございます。
根津の七軒町に富本豊志賀という女師匠がおりまして年は39でございますが器量のいいところから30ちょっとにしか見えないという。
で独り者でございますから男のお弟子が大勢集まって参ります。
娘さんのお弟子も大勢やって参りましてこの家は繁盛してるんでございますが。
ここに煙草の商いでやって来る新吉という年の若い男。
この新吉が商売でございますから煙草の商いをしながら豊志賀の身の回りを世話をするようになってといつしかこの豊志賀と新吉が妙な間柄になったんでございます。
それがために男のお弟子はみんなやめてしまいましてで娘さんのお弟子もみんな下がってしまう。
とこれで誰も来なければよかったんですがただ一人お稽古にやって来る娘があります。
谷中七面前に羽生屋という荒物屋がありましてこの一人娘でお久という年が17。
でお稽古にやって参ります。
と台所で新吉が働いておりますから…。
『兄さん。
何をなすってるの?』。
『あっこれはお久さんご苦労さま。
今ね師匠にお茶をいれて上げたいと思って』。
『お茶ですか?じゃあね私がお茶をいれますわ』。
『いいんですよこれ私の仕事』。
『いいじゃありませんか。
その急須をこっちに貸してちょうだい』。
『これ私がやるんですよ』。
『いいじゃありませんか』。
2人が急須を引っ張りっこをして指が触って手が触れるってぇとそこは若い者同士ですからニコニコっと笑う事があります。
これを豊志賀が見ておりまして『2人は惚れ合っているんだな』と勝手に勘違いをして。
さぁそれからてぇものお久に対してお稽古が荒くなりました。
『違うんだよそうじゃないんだよ。
違うてんだよ。
分からない子だね』。
傍にあった三味線の撥でもってお久の膝頭をピシッとぶつ。
お久が痛いと思っても『ありがたい師匠だ。
ぶってまでお稽古をつけて下すって休んじゃ悪い』。
のべつやって参りまして。
豊志賀は『私がぶってもまだやって来るんだ。
どんな痛い目をしても新吉に会いたいんだな』と思うから胸の中はもうモヤモヤモヤモヤどうにもしょうがない。
我慢できなくなりましてのぼせの加減なんでしょうか左の目の下にポツリとおできができました。
これを爪で引っ掻いた。
でとがめたんでしょうかだんだんこれが紫色に腫れ上がって参りまして髪の毛がこう抜け落ちるようになった。
これを鏡で見て『これが私の顔かしら』と思うからもう食べる物は一切喉を通らない。
だんだんだんだん痩せて参りまして寝たり起きたりという。
新吉は傍で看病しておりまして…。
『お師匠さん。
薬ができたよさぁのんでおくれおのみよ』。
『いいよ。
のんだって治りゃしないよ。
私ゃこんな顔になっちまってね早く死にたいと思ってますよ』。
『ばかな事を言っちゃいけないよ。
良くなっておくれね?後生だから』。
『いや私が死ねばお前うれしいんだろ?』。
『何でそんな事を言うの?』。
『私が死ねばねお久と夫婦になれるからうれしいんだろ?そうだろう?』。
『変な事を言うね。
私とお久さんと何があったてぇの?』。
『私ゃ知ってるんだよ。
この間お互いに好きだって言ってたじゃないか。
あれを聞いて私ゃ病が重くなったんだよ。
お互い好きだってそう言った』。
『ええ?好きだ?そんな事師匠言う訳はないじゃないか。
あれは違うんだよ。
台所でね役者の話になったんだ。
で『半四郎って役者は私は好きだ』『私も好きです』って役者の噂だよ。
変な事言っちゃいけないよ。
はい。
あっお久さん?来て下すった?どうぞどうぞ。
今師匠がね目を覚ましてるとこ。
さぁさぁさぁどうぞこちらへ。
お師匠さん。
来て下すったお久さんが。
変な事言っちゃいけないよ。
さぁさぁお久さんどうぞこちらへ』。
『お師匠さん。
お加減は如何でございます?』。
『誰?あ〜お久かい?おかげさまでねおいおい悪くなるよ』。
『あっお口に合うかどうか分かりませんが今日は煎豆腐をこしらえて持って参りました。
どうぞ召し上がって下さい』。
『煎豆腐?私に持ってきたんじゃないんだろうお久。
新吉に持ってきたんだろう。
薄情者。
私ゃ早く死んであげるよ』。
『あの〜私が居りますと師匠の体に障りますからじゃあこれでごめん下さい』。
『あっお久さんどうも。
お気を付けて。
師匠。
何であんな事を言うんだよ。
わざわざ見舞いに来て下さったお久さんに。
あれじゃあの子がかわいそう。
あれじゃお久さんかわいそう』。
『お前はね二言目にはお久がかわいそうお久がかわいそうって私はかわいそうじゃないんだね』。
『またそんな事を言う。
ね?後生だから寝ておくれ』。
やっと寝かしつけて。
で新吉は看病疲れで布団に入ってトロトロっとしたかと思うと病人は寝飽きるんでしょう。
布団から這い出して新吉の上に馬乗りになって…。
『新さん。
起きとくれよ。
私ゃこんな顔だこんな顔だ』。
新吉はたまったもんじゃありませんでね『あ〜怖い怖い』と思っているとついに逆上しました豊志賀台所に這い出して出刃包丁で喉を突いて自害を致しました。
傍に手紙があって開いてみると『新吉は不実な者。
新吉が持つ女房は7人までもとり殺す』という恐ろしい書き置きでした。
これを棺に収めて野辺の送りを済ませてちょうど35日新吉がお墓参りに行くともう先に拝んでいる人がありますから。
『お久さん。
お参りに来て下さったんですか?』。
『兄さんもおいでになったんですか?』。
『今日ね師匠の三十五日』。
『そうですね。
私あの〜世間の噂があんまりうるさいものですから江戸にはいられなくなりました』。
『あっ世間の噂って私とあなたがいい仲になってそれで師匠があんな事になったってあの噂でしょう?もう世間はいろんな事を言いますからね。
で江戸にいられなくなってどこへ行くんですか?どこへ行く?』。
『あの〜私の伯父さんがね下総の羽生村に居りますの。
そこに行って私2〜3年は過ごそうかと思って』。
『2〜3年も。
そうですかそりゃさみしくなりますね。
でお宅の誰が一緒に行くんです?』。
『誰も来てはくれません。
一人で羽生に参ります』。
『一人で?そりゃかわいそうだ。
じゃあね私がねお供をさせてもらいます。
いえ送らせてもらいます』。
ここは本当に新吉が親切から出た言葉。
『それじゃ兄さんお願いします』ってんで二人が江戸をあとにしたのでございます。
その晩は松戸の若松屋という宿へ泊まってで世間の噂どおり二人がうれしい仲になりました。
翌朝早く宿を出ればよかったんですがまぁ若い者同士いつまでもイチャイチャイチャイチャしておりまして宿を出るのがすっかり遅くなりました。
したがって目指すは下総国岡田郡羽生村の入り口浄禅寺ヶ淵にさしかかりました時には日もとっぷりと暮れております。
折から空は磨墨を流したようにかき曇り大粒の雨がポツリポツリポツリ。
『お久お久さん。
降ってきましたね困りましたね。
あそこにね灯りが見える。
あれが村ですからね村まで急いで行こうじゃありませんか。
さぁ手をお出しよ』。
で二人が手に手を取って水門前駆け抜けようとするとお久がそれへバッタリ倒れた。
『どうしたの?お久さんどうしたの?』。
『あっ兄さん膝頭を怪我をしました』」。

(太鼓)「『怪我をした?こんな平らな草原で?怪我をするというのはおかしいね。
何で怪我をしたんだろうね?この草原…。
あっ!これは草刈り鎌。
誰かがね鎌をここへ置いてったんだ。
この上へ倒れたのかい?で膝をザックリ切った?あ〜かわいそうだね。
雨はだんだんひどくなるしね。
じゃあ私がね手拭いで足を結わえてねおぶってってあげるよ。
村まで行けばお医者もあるからね。
足をこっちへお出しよさぁ早く早くお出しよ』。
『よござんすよござんす。
口では親切に言いなさるがとうから私に愛想が尽きていなさるはず』。
『何を言うんだな愛想が尽きるも何もないじゃないか。
昨晩初めてうれしい仲になって何でそんな事を言うの?』。
『だってね〜新さん私ゃお前こんな顔になったもの』。
『そなたは豊志賀。
まっ迷うたな〜?』」。

(太鼓)
(下座囃子)「『迷うた迷うた。
腰膝立たぬ私を捨てお久を連れて下総へ移りやすきはもみの浦その移り香も増すはなに私を嫌にならしゃんしたな〜』」。
そこまで語り込んで参りますとお客席はシ〜ンとしておりましたが真ん中に座ってる一人の客が「ヘヘヘ」と笑った。
笑う所じゃありません。
誰が笑ったんだろうとジ〜ッと見ると神奈川で絞めた按摩さんが「ヘヘヘ〜」笑ってるんで「アア〜ッ」。
「幕だ幕だ幕を閉めな。
師匠年枝さん。
しっかりおし」。
「お席亭。
すみません気を失ってしまいました。
いやあの〜私あの〜昨晩寝ずにお稽古をしたんでございます。
そこでのぼせてしまったんでございましょう。
どうも相すみません。
お客様…」。
「いや客のほうはいいよ私が皆半札を出すからね。
それよりもお前さんね早く宿に帰って休んでおくれ。
あとの事は心配いらないから」。
「どうも相すみませんでございます」。
急いで宿に帰りまして布団に入って「どうしてあの按摩さんが目の前に現れたんだろう?現れる訳ゃないんだよおかしな事があるも…。
そうだしくじった。
怪談噺やる前にゃ神仏にお参りをしなくちゃいけなかったんだ。
それを忘れちまったんだ。
お稽古で夢中になっていたんでお参りを怠った。
アア〜ッえらい事になった。
明日お参りをしよう」。
その晩寝られませんで。
と夜が明けるってぇともう飛び起きてちょうど宿の隣が大きなお稲荷さんでございますからこれをお参りをして。
「お稲荷さん。
どうか今日は無事にできますように。
按摩さんが出ませんようにどうかお願いします。
一生懸命やりますからどうぞ守って下さいまし」ってんで2日目の晩でございます。
昨日の事が心配になったお客様でもういっぱいの入りでございましてで年枝が上がりまして「昨日はどうも相すみませんでございました。
今日は一生懸命やらさせてもらいます」ってんで噺に入ったんでございますが。
2日目はじっくり語り込んで何事も起こりませんでお終いまでズ〜ッと語りが進んで跳ねたんでございます。
その時のお客様の拍手喝采というんで喜んで宿に帰って参りまして…。
「師匠。
今日は如何でした?」。
「旦那様。
無事に済みました。
ちゃんとやれたんでございます」。
「そりゃよかったね〜。
ええ。
じゃあお稲荷さんにお参りしたおかげですね?」。
「左様でございます」。
「じゃあ師匠一杯召し上がりますか?」。
「いえ。
もう私は汗グッショリかきましたんで先にお風呂を頂いてあとでもってゆっくりお酒を頂きます」。
「あっそのほうがようござんすね。
刺身は取ってありますおいしいのをね。
じゃあお風呂に入って…。
あっそうだ。
師匠ねお客様1人入ってますよお風呂に。
よろしゅうございますな?」。
「1人入ってる?構やぁしませんよ。
ここのお風呂はまた広うございますからね何人入ったって構わない。
じゃあ私お風呂頂いて参ります」ってんでうれしいもんですから鼻歌まじりでもって湯殿へやって参りましてで着物を脱いでちょうど湯殿との間仕切りの戸がありますからこれを開けて中に入って。
「どうもすみませんね先にお入りでございますね?私もあとから入らせてもらいますよ。
ごめんくださいよ」ってぇと入ってる客が振り返って「どうぞどうぞヘヘヘヘ」。
これが神奈川の按摩ですから「ウウ〜ッ」。
今度は本当にいけなくなりました。
お医者がやって参りまして…。
「この人はなんですね『神奈川の按摩神奈川の按摩』って同じ事ばかり言ってますな。
これは神経を相当病んでますね。
こういう時には人に会わないほうがいいんですけどもねどこか山の中の静かなお寺か何かでもって預ってもらったらどうです?」。
「左様ですか。
じゃあ私知ってますからじゃあそう致します」ってんで主がたまたま山寺の和尚さんを知っておりましたんでそれへ年枝預ってもらう事になりました。
とこのお寺へ来てみるってぇともうひっそりとしておりまして朝になると一山の宗徒が集まって参りまして読経が始まったんでございます。
これを聞いておりました年枝がすっかり身も心も洗われまして。
「ああ〜今まで按摩さんの姿が目の前に出たというのはあの按摩さん成仏をしてないんだね。
私はあの按摩さんに成仏をしてもらおう。
じゃあ私は仏に仕えよう」ってんでこれから坊さんになる決心を致しまして訳を話をして頭を丸めてもらいました。
これから夢中になって修行にかかったんでございます。
まぁ掃除をしたりそれからお経を覚えたりという。
まぁ噺家ですから覚える事はそんなに苦じゃありませんでお経もちゃんと覚えられるようになりました。
ちゃんと唱えられるようなったんで三月ばかり経ちまして…。
「お前さんねお願いがあるんですよ。
実はこの新潟にね家の分かれの寺がありましてねでまぁそこでね住職が今いなくなったんでねお前さんそこに行ってもらえませんかね?住職兼小使いなんですがどうでしょうか?」。
「左様でございますか新潟でございますか。
行かせて頂きます」ってんでこの年枝が新潟の山寺にやって参りました。
当人一生懸命になって仏に仕えようってんで掃除なんぞをしておりましてもちろんお経も立派にあげておりました。
とある日のこと町に買い物に下りて参りました。
と目に飛び込んで参りましたのが「東京落語春風亭柳枝」という看板でございました。
「師匠がおいでになってるんだ。
ああ〜会いたい会いたいと思ってた師匠がおいでになってる。
じゃあすぐに寄席に行こう」と思ったんですがまぁ物堅い田舎の事『寄席に昼間っから坊さんが出入りをしてる』って噂が立っちゃいけないと思うから夜跳ねるのを待っておりましてでもう頃を見計らって…。
(戸を叩く音のまね)「こんばんはこんばんは」。
「はい。
誰だい?こんな遅くに誰だい?」。
「年枝でございます年枝が挨拶に参りました。
年枝の挨拶」。
「年始の挨拶?」。
(笑い)「今暮れなんだけどもね。
お前さん誰なんだい?」。
「年枝といって元噺家年枝でございます」。
「元噺家年枝さん?お前さん年枝さん?年枝さんだね?」。
「師匠にどうしてもお目にかかりたいんです。
師匠はいらっしゃいますか?」。
「あ〜師匠ね本当は宿へ泊まるんだがね師匠楽屋泊まりがいいってんでね楽屋においでになる。
まぁまぁまぁちょいと…。
お前さん年枝さん?ちょいとお待ちよ。
師匠。
年枝さんが来ました」。
「年枝が?あの年枝が?本当に?あっそう。
こっち通しておくれ。
お前年枝かい?」。
「師匠。
お目にかかりとうございました」。
「年枝。
私も会いたかった。
お前すっかり姿が変わったねどうした?」。
「坊さんになりました」。
「どうして?あっあっあっちょいとね二人でもって話があるんだよ。
みんなすまない客席のほう行って一杯飲んでておくれあとでもって呼ぶからね。
何で頭丸めたんだよ?」。
「師匠。
私はあの〜高座へ立っておりましたら神奈川の按摩さんが目の前にこう出てくるんです。
あの按摩さんまだ成仏をしてないなと思ってそれで私は頭を丸めて仏に仕えようと思いました」。
「按摩さんが目の前に出る?年枝。
あの按摩さんね生きてるんだよ」。
「へっ?」。
「死んじゃいないんだよ。
いやお前のやった事だ。
私も心配でしかたがないからね翌朝人をやってね宿に様子を見せにやったんだよ。
そうしたら朝になってあの按摩さんがな押し入れから出てきたってんだよ。
『昨晩酒を飲み過ぎて私ゃこの戸棚に寝ちまったんだ。
いや〜きまりが悪い』ってんで頭を掻きながら帰っていったってんだよ。
生きてるんだよ」。
「左様でございますか。
生きていた?」。
「そう。
お前に知らせたいと思ったって行方が分からないじゃないか。
それで会いたい会いたいと思っていたんだよ〜」。
「左様でございますか」。
「もうお前ね何も仏に仕える事はないよ。
あの按摩さん生きてるんだからよ。
お前もう一遍噺家になりな。
東京に一緒に帰ろう」。
「左様でございますか?また弟子にして頂け…」。
「当たり前じゃないか。
お前は私の弟子なんだよ」。
「ありがとう存じます。
もう一遍高座に上がりたいと思っておりました」。
「よかったな〜。
お〜お〜みんなこっち来なこっち。
年枝がもう一遍噺家に戻るんだよ。
一緒に東京に帰るんだ話がまとまった。
あ〜みんな一杯飲んでなじゃあこんな結構な事はないからみんなで手を締めよう」。
「あっ師匠絞めるのはこりごりだ」。
(拍手)2014/09/14(日) 14:00〜14:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「年枝の怪談」[解][字]

落語「年枝の怪談」▽林家正雀▽第662回東京落語会

詳細情報
番組内容
落語「年枝の怪談」▽林家正雀▽第662回東京落語会
出演者
【出演】林家正雀,斎須祥子,丹羽こと,三遊亭遊松,瀧川鯉○,柳家緑太
おしらせ
※一部地域で別番組

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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