深い緑の中滑るように流れるのは日光霧降の滝。
小野の滝は豪快に流れ落ちています。
まさに千変万化の水の流れ水の形。
ご覧いただいている滝には共通点があります。
今から200年ほど前浮世絵に描かれたのです。
たとえばこの滝はこんな絵に。
いかがでしょう?描いたのは葛飾北斎。
自らを画狂人と呼んだ浮世絵の巨人です。
今日の作品はそんな北斎が描いた滝の集大成。
堂々たる滝があり幽玄なる滝があります。
どうです涼しげでしょ?ただしそこは北斎。
一筋縄ではいかないのです。
実際の滝と絵師の目が捉えた滝。
その落差高く激しく。
今日の作品はアメリカボストン美術館の至宝です。
ただいま日本に里帰り中。
その会場の一角にマイナスイオンの世界。
今日の作品。
天保4年発行の大判錦絵です。
大地を切り裂いて落ちる豪快な姿。
霊験あらたかな禊の場で身を清める男たち。
深い青の奔流が大きく湾曲しています。
題名のとおり諸国の滝を描いた全8枚の揃いもの。
水音が聞こえてきそうですね。
滝はプルシアンブルー。
いわゆるベロ藍の濃淡と紙の地色を生かした白で表現されています。
主線である輪郭も藍色。
その周りの風景は控えめな緑と黄色。
北斎は色数を少なくすることで滝の存在感を強調したかったのでしょう。
本当にいろんなバリエーションの滝というものをですね美意識に沿った構図によって描いている。
なかでも最も特異で最高傑作といわれるのが…。
北斎ならではの奇抜なアイディアがこの絵に満ちていると思います。
丸くえぐられたように見える滝口は落下する前の流れでしょうか?異界に通じるトンネルのような怪しげな雰囲気。
溢れ出た水は落下するにしたがって広く濃くなってゆきます。
やがて周りと一体化しどこまでが滝なのか?どこまでが岩なのか?判然としなくなります。
まるで奈落の底に落ちてゆくように。
そんな滝の異様さを気にも留めずお茶の準備をする男たち。
のどかな滝見の風情です。
ではこのような滝が本当にあるのでしょうか?ということで本日は滝探しの若い2人のお話を。
ねえまだ?もうちょいここを上るとすぐ…のはず。
《私は美大生です。
でこの前を歩く彼は古地図マニア。
古地図の醍醐味ってのは地図と今の実際の景色との違いにあってそれがたまらないらしい。
それにしたって探して歩くときくらい現代の地図使ってよね。
それでどうせ古地図見ながら旅行するなら北斎の滝を見たいって言ったの。
とにかく滝の形が変わってる。
本当にこんな滝があるならこの目で見たいと思ってたんだ。
で最初にやってきたのが…》着いたよこれが阿弥陀ヶ滝。
《あれ?》どうよ落差60メートル。
なんで阿弥陀ヶ滝っていうかというとここで修行してたお坊さんの前に阿弥陀如来が現れたからなんだと。
《たしかに見事な滝だけどなんていうか普通。
なんで?絵と似てない》『諸国瀧廻り』は各地の名瀑を描いたものとされています。
しかしどうもそれだけではなさそうです。
北斎には別の意図があったのではないか?自らの技量や発想をその絵筆に託して。
落ちてうねって流れて。
それが北斎の描いた魔法の滝。
更にこの8枚の中で1つだけ現存しない滝があるのです。
わかりますか?さあ参りましょう北斎と諸国瀧廻りの旅に。
葛飾北斎にとって水は生涯のテーマでした。
荒々しい海を。
はしる波濤を。
逆巻く渦を。
まるでとりつかれたかのように描いたのです。
なぜそれほどまでに水にこだわったのか?今日の作品『諸国瀧廻り』は北斎が『富嶽三十六景』を完成させた直後74歳頃のときに描いた作品です。
関東から近畿地方に存在するさまざまな滝の姿が全8枚。
私たちは題名から日本各地の名瀑を紹介したシリーズだろうと想像します。
しかし奇妙なのはさほど有名ではない滝が半数を占めているのです。
なぜなのか?たとえばこの一枚。
源義経が兄頼朝に追われ吉野に逃れる途中馬を洗ったと伝えられる滝です。
奈良県吉野郡にある高滝ですが当時はそれほど有名な滝ではありませんでした。
北斎はこの滝の姿にアレンジを加えました。
流れる水は大きく2度湾曲させられています。
更に馬を洗う人物たちはあえて小さく描かれ滝を実際よりも大きく見せているのです。
そこに滝を描いた北斎の狙いがあります。
さて岐阜県にある阿弥陀ヶ滝に着いたあのお二人は?ねえ本当にここ?間違いないって。
《なんだか絵と違う。
そりゃ滝なんだから大まかな形は同じだけど細かなところが全然違う。
あの滝口どう見たってあんなに丸くえぐれてないしその奥には落ちる前の流れが見えてるけどここからあんなふうに見えるわけない。
それにあのお茶の準備をしてる人たちどこにいるの?あんなふうに人が座れる場所なんてどこにもないじゃない。
北斎って本当は何を描きたかったの?》垂直に落下するだけのそういう場面もありますしいろんな角度から流れ落ちるそういう滝もございますしチョロチョロチョロと岩の壁をですねしたたり落ちるようなそういう滝もあったりします。
これが非常におもしろいところかと思います。
北斎が描きたかったものは水そのものです。
いかようにも姿かたちを変えるとらえがたきこの物質が落下という動きを見せたときどう変化するのか?そのおもしろさを追求したのです。
北斎にとって大事なのは水にさまざまな変化をもたらす滝の形状であり有名かどうか名瀑かどうかは二の次だったのでしょう。
『諸国瀧廻り』の8枚はそれぞれ実に多彩な表情を見せています。
「きりふりの滝」は木の根が大地を覆い隠すように広がり「養老の滝」は鋭くまっすぐに。
刃のように落下しています。
飛び散るしぶき躍動する水。
やがて流れゆく静かな水。
その変化の刹那をとことん描ききったのです。
《でもこのとき北斎って70歳超えてるよね?すごい健脚じゃない?本当に全部の滝見たのかな?》実際にまったく見なかったって否定…。
そんなふうに否定するつもりはないんですけれども。
この時代ってのはですね諸国名所図会というかですね地方ごとの名所図会というのがねできてるはずですのでそういったものの図版でありますとかですねあとはいろんな人たちの伝聞みたいなものですね。
そういったものを聞き取りながら…。
実際に目にする必要はなかったのでしょう。
名所絵をもとにしながら想像力を働かせ絶妙な構図と多彩な描写で挑んだのです。
《結局私たちは北斎の滝を全部見に行くことにした》《親孝行の話の養老の滝》《木曽八景のひとつ小野の滝。
今は滝の上に線路があったりして昔と違うけどそこがまた古地図マニアの心をくすぐるよな》《この滝は氷山みたいに描かれている。
いくつもいくつも形を変えて執拗に描いた北斎にとって滝ってなんだったんだろう?》その答えのひとつが絵師として独り立ちした39歳頃に描いた『亀図』に用いた印です。
これこそが北斎の神髄。
本当に描こうとしたもの。
造化というのは我々を取り巻く大自然そのもののことを指すわけですね。
森羅万象のいろんなことをそれを描き写すことによって自分は絵師としてのキャリアを上げていくんだという。
そういったものを表した判子ではないかというふうにいわれております。
そして最も描きがいがあったものそれが水だったのです。
形のないものを描くおもしろさ。
想像力を駆使して描く楽しさ。
『諸国瀧廻り』こそその喜びが最大限に発揮された傑作なのです。
更に北斎はこの「阿弥陀ヶ瀧」に特別な仕掛けを施しました。
ヒントは滝に比べちっぽけに描かれた男たち。
彼らの目線を追ってゆくとそこに驚くべき発想が。
それはいったい?東海道坂下宿。
現在の三重県関町にある清滝。
岩を伝ってゆっくりと流れ落ちるこの滝を北斎が描くと…。
まるで滴り落ちる青い血液。
不気味です。
水という素材に挑みその変化を余すことなく描いた北斎。
その筆は更に自由な発想へとたどり着くのです。
『諸国瀧廻り』の中でも最も特異な印象を与える「阿弥陀ヶ瀧」。
その理由は一枚の絵の中に2つの視点が同時に存在していることにあります。
このだまし絵のような構図の意図は?『諸国瀧廻り』には自然の雄大さを強調するために人物はあえて小さく描かれています。
実は彼らにはもう一つ見る者の視線を誘うという役目があったのです。
山水画を鑑賞するときのひとつの作法として絵の中に入り込んで絵を見る。
そういうことがよくいわれるわけなんですけども。
ただこれはなかなか実際難しいことですね。
それを絵の中で滝を見上げさせたりあるいは見下ろしたりと。
そういう画中人物を配することによって…。
つまり2つの視点があるのは絵の中のそれぞれの登場人物が見ている景色を表すためだというのです。
そして…。
もう1人のこの右側の男性なんですけども彼の右手の指をですね下に向けて指してるんですね。
すなわち下を見ている。
まあそういう視点を暗示していると思うんですね。
下に何があるかっていうと滝壺があってそこは2人の画中人物しか見ることができない。
するとここで疑問が生じます。
藤先生は驚くべき見解を語ります。
北斎はこの2人しか見えない滝壺をですね実はこの絵の中に描いたと思われます。
でそれがどこかというとこの真ん中の上のほうに丸く抜かれている部分なんですけれども滝の上のほうにあるので上流を表してるんだとも言われてるんですけどももう少し一歩深く考えていくとこの2人にしか見えない風景を我々鑑賞者にも見えるように北斎が逆に上にもってきたんだ。
まあそういうようにも考えられるんじゃないかと思います。
2つの異なる視点を同時に成立させる構成力。
実際の風景にとらわれない自由な発想。
奇抜なアイディアを奔放な構図に仕上げた北斎のマジック。
「阿弥陀ヶ瀧」こそ「瀧廻り」の集大成であり最高傑作なのです。
《私たちの瀧廻りもいよいよ最後。
なんと東京だ。
しかも港区だっていうんだからびっくり》え?ここ?滝なんてないでしょ?ここだよ昔ここに大きな人工の池があったんだ。
ほらこれひょうたん池って呼ばれてたって。
『諸国瀧廻り』に描かれたものでたった一つ現存しない滝があります。
現在の東京赤坂界隈にあった葵ヶ岡の滝です。
江戸城の外堀を兼用しており明治の半ばまで存在していました。
現在の溜池という名はその名残りです。
《じゃあこれって人工の滝ってこと?たしかに今までみたいに自然の力ってのは感じないけど鏡のように静かな池点描で描かれた優しげな滝。
ゆっくりと川が流れている。
こんな滝ともいえないような小さな滝を選んだのはきっと水の流れの変化を描くことができるからなんだろうな》あれ?
(水音)
(水音)《水の音?》
(水音)《なんか涼しくなってきた。
これが北斎の滝なんだ》さんずいに龍。
瀧という字は水を遡る龍を表した文字です。
天の高みを目指して瀧を昇ったのは果たして北斎自身であったのか。
轟々たる滝です。
生き物のような滝です。
滝とは何か水とは何か?北斎の筆が初めてその姿を我々に見せてくれたのです。
葛飾北斎作『諸国瀧廻り』。
千変万化の水の流れ水の形。
世界遺産登録以降ますます人気が高まる富士登山。
2014/09/13(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 葛飾北斎『諸国瀧廻り』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の一枚は、大判錦絵8枚揃の浮世絵、葛飾北斎作『諸国瀧廻り』。
詳細情報
番組内容
今日の一枚は、200年ほど前に描かれた大判錦絵8枚揃の浮世絵、葛飾北斎作『諸国瀧廻り』。特異な最高傑作と謳われる、奇抜なアイデアが満ちた「木曽路ノ奥・阿弥陀ヶ瀧」を始め、それぞれ多彩な表情を見せています。各地の名瀑を描いたとされていますが、そこにはある別の意図が…。北斎が本当に描きたかったものとは一体?北斎マジックの謎を解き明かす、諸国瀧廻りの旅へ誘います。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
オーシャン・ブルー 〜ORCA〜
高嶋ちさ子
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
お知らせ
北斎の名品約140点が勢ぞろい!
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「ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」
◆会期
9月13日(土)〜11月9日(日)
◆会場
東京・上野の森美術館
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お見逃しなく!
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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