137億年の物語【ブロードウェイを歩いたサムライたちの物語】 2014.09.13

今回は19世紀江戸時代末期。
主人公は万延元年遣米使節団なんです。
彼らは何しにアメリカに行ったのかしら?え〜!本物持ってらっしゃるんですか?いったいなぜそんな貴重なものを?この世でいったい何が起こったのか?旅行先に日本を選んでくれる外国人が増えてきて嬉しいわね。
いやいや。
世界的に見たらまだまだなんですよ。
国連の専門機関である世界観光機関による2013年世界で最も観光客が訪れたランキングによりますと…。
そして日本は27位なんです。
あらそんなに低いの?まぁ今年はもうちょっと順位が上がると思うんですけどね。
更にこんなものもあります。
という質問に対して…。
1位はビューティフル。
日本は美しい国だと思われてるんですね。
名詞だと一番多いのが桜。
サクラ!と寿司。
スシ!マンガ。
マンガ!アニメ。
アニメ!あとサムライゲイシャっていうのもあります。
え〜サムライやゲイシャっていう回答がいまだに多かったってわけ?
(ベルの音)池上先輩から手紙ですよ!はいはいはいはい!おっ!寺脇博士お元気ですか?まずはこの写真をじっくりご覧ください。
やけに古い写真ね。
日本じゃないみたいだけど。
あっ!これ何かのパレードかしら?いったい誰だと思う?いつどこで撮った写真かわかるかな?あっあれ?もう一枚写真が入ってましたよ。
あら!サムライじゃない!ということはこのパレードはこのサムライたちなの?それじゃ1つだけ答えを言いましょう。
ここはニューヨークです。
ではいったい何しにニューヨークに行ったのかわかるかな?どうしてサムライがニューヨークにいるんでしょう?なるほど…池上先輩はあの一行のことを言ってるんだな。
こちらへどうぞ。
あの一行?よっ!はっ!「どこで」は今の話に出ましたね。
こちらニューヨーク!じゃあいつの話なの?はいいつかというと…。
1860年ということは江戸時代ですね。
いやいやそれはおかしいでしょ。
だって江戸時代は鎖国してたんだから。
さあ謎に満ちたその写真それはいったい誰なのかな?もうほらそんなもったいぶってないで早く教えてよ!いきますよ!そうなんです。
実はサムライが初めてニューヨークのブロードウェイを訪れたときに撮られたものがこの写真なんです。
それがこの万延元年遣米使節団なんです。
日本が開国してから初めて海外を訪れた人たちのことです。
公式使節ってことは国の代表だったのね。
フフッ!ちょんまげのサムライたちがブロードウェイを練り歩く。
なんかおもしろそう。
それにしても彼らは何しにアメリカに行ったのかしら?知りたいでしょ。
でもちょっと待ってくださいね。
さあ今日は初めてブロードウェイを練り歩いたサムライたちを紐解こう!相内君早速アメリカへ行ってきた万延元年!ニューヨークにやってきました。
ここタイムズスクエアは世界の交差点ともいわれまさに世界の中心のような場所です。
150年前この通りをサムライたちがパレードしたなんて皆さん信じられますか?こちらが実際の写真。
見物客は一説には50万人を超えたともいわれています。
沿道では店を閉めイスを並べて観覧席を作り1ドルの見物料をとったという話も。
あっありました。
ここはかつて使節団が泊まった当時メトロポリタンホテルはニューヨークの中でもいちばんの高級ホテルだったということなんですが現在はファストファッションなどの商業施設が入っていますね。
こちらが当時の写真。
一行が到着した入り口には大きな日の丸の旗。
壁にもたくさんの日の丸が飾られ歓迎ぶりがわかります。
夜ごとパーティーが催されニューヨークはしかし使節団は単にブロードウェイを歩きに来たわけではありません。
彼らはいったい何をしにアメリカにやってきたのでしょう?その答えを探しに向かったのは…。
さあアメリカの首都ワシントンにやってきました。
結構古くからの建物が整然と並んでるんですが一つひとつの建物が巨大ですね。
ワシントンで使節団が向かったのはここここで当時の大統領ブキャナンとあるものを取り交わすことが目的だったのです。
そのあるものとは1853年ペリー来航によって日本は開国しました。
江戸幕府は日米修好通商条約の文書交換のために万延元年遣米使節団をアメリカに派遣したのです。
使節団の一行は…。
小さな体にちょんまげ頭腰には刀を差し羽織に袴。
アメリカ人にはおとぎ話の世界から飛び出してきたように見えたそうです。
遣米使節団がワシントンに上陸してまず最初に訪れたというのがこちらのホテルです。
ホワイトハウスにほど近い重厚感があって格式の高い高級なホテルといった印象ですね。
広報のバーバラさんに案内してもらいました。
1850年の開業から現在に至るまでの歴史が写真や新聞記事などで紹介されています。
サムライがいますよ。
かなり近くに寄って見ていますね。
ミシンもこの時代珍しかったということですね。
使節団の代表に用意されたのは3階のスイート。
新品の絨毯や豪華な調度品で溢れていました。
でも使節団の日本人はイスでは落ち着かないと座布団を敷いて座っていたそうです。
というわけで万延元年遣米使節団の目的は…。
日本初の使節団のアメリカ訪問はどんな旅だったの?はい1860年新見正興率いる日本の使節団一行77名はアメリカ政府の用意した軍艦ポーハタン号に乗って日本の船咸臨丸とともにアメリカへ向けて出発します。
咸臨丸には勝海舟福沢諭吉ジョン万次郎といったそうそうたるメンバーが乗り込みました。
すごいメンバーよね。
2隻の船は太平洋を渡りサンフランシスコに到着します。
ここで咸臨丸は日本に引き返します。
勝海舟も福沢諭吉もアメリカをまわったんじゃないの?そうなんですよ。
勘違いしてる人が多いんですが違うんですね。
咸臨丸は護衛船でした。
だから乗組員も使節団員じゃなかったんですね。
意外だわ。
使節団の子孫に話を聞くことができました。
ちょっとこううつむき加減で。
相当緊張してる顔です。
あっそうかもしれません。
ワシントンの海軍造船所で撮影された1枚。
一行はここで見た金属加工の技術の高さに驚きました。
帰国後使節団の勧めで現在の横須賀造船所が造られたのです。
貴重な資料を見せてもらいました。
『遣米使日記』とありますね。
絵とか入れながら。
言葉で表せられないものを絵で描いてるとこが非常におもしろいです。
これは初めて見た鉄道の線路と列車の車輪です。
一行はサンフランシスコからパナマを経由しワシントンへ。
そのあとボルチモアとフィラデルフィアを経由し最終目的地のニューヨークに到着します。
そして大観衆のなかサムライたちはブロードウェイをねり歩いたのね。
いやでもそれにしてもどうしてアメリカはこの日本の使節団をそこまで大歓迎したのかしら?今だったら総理大臣が行ったってそんな大騒ぎにならないわよね?いい質問ですね。
相内君!はい!日本とアメリカの関係はペリー来航から始まりました。
鎖国をしていた日本が初めて外国と近代外交をしたのがアメリカということになります。
そうよねそれまでは出島で貿易してただけだから。
対するアメリカも…。
実は日米修好通商条約はアメリカにとっても初めての外国との通商条約だったんです。
日本にとってもアメリカにとってもこれが近代外交の始まりだったわけね。
そうなんですアメリカはイギリスから独立しておよそ80年。
その間ヨーロッパのフランスそしてスペイン。
お隣のメキシコと戦争をしていました。
ですから仲よくなれそうな国は日本だったんですね。
だから日本から来たサムライはどこへ行っても大人気でした。
新聞記者がずっと密着取材をして記事を書き宿泊しているホテルには連日面会を求める人々が殺到したそうです。
なかでも一番人気だったのが見習い通訳として使節団に参加していた17歳って…まだあどけないわね。
立石斧次郎は明るい性格でアメリカ人にも親しまれトミーの愛称であっという間に人気者になりました。
使節団一行による日米交流はニューヨークでクライマックスを迎えサムライは大人気となりました。
なかでも抜群の人気を誇ったのが最年少の人懐っこくユーモアのある人柄でアメリカ人からはトミーの愛称で親しまれました。
当時の人気ぶりを知るためにトミーの子孫に話を聞きました。
これはトミーを描いた当時のイラストです。
これがおもしろいのはほとんどがご婦人とか少女ですか。
囲まれてるんですよ。
ホント大変な人気だったんですね。
馬車の上にトミーが乗ってあげくの果てに使節団がアメリカを離れたあともトミーの人気は衰えません。
ついに彼を題材にした『トミー・ポルカ』という曲まで誕生。
大ヒットしました。
これがね大ヒットした『トミー・ポルカ』なんですよ。
いいわよねこれ。
なんか若々しくて聞いててすごく明るい気持になれる。
ね?軽快な…。
だけどこの使節団って初めてアメリカ文化に触れたわけでしょ。
驚くことがたくさんあったでしょうね。
文化の違いもいろいろあるでしょうしね。
はいそのあたりはですねいろいろなカルチャーショックがあったようなんです。
何だろう。
まずこちら。
日本では高級な絨毯の上を土足で歩いていて驚いたりだとか。
こちら随分狭い部屋に通されたなと思ったらエレベーターだった。
そしてこちら。
夜中に用を足す尿瓶を枕だと思って使っちゃったりとか。
なるほどね。
ねえ食べ物はどうだったのかしら?だって口に合わなかったんじゃない?そのへんも取材はしてきたのかな?はいもちろんです。
日本から来た使節団はどんな食事をしていたのでしょうか。
こちらのレストランで当時からの食事を研究しているということなので早速見に行ってみましょう。
1837年に開店したデルモニコ。
まずはマフィンの上にのせられたポーチドエッグがおいしそう。
パンがサクサクで…。
卵もとても濃厚でハムとの相性も抜群です。
次はアメリカらしい当時も焼き方はレアやミディアムだったそうです。
食べ応えありますね。
当時の使節団の評価というのはさんざんなものだったそうなんですよ。
どんな感じで?油臭くて1品も口に合うものがない。
1品も。
毎日肉ばかりで苦痛。
ご飯にバターが絡めてあって不快。
随分ひどい感想ね。
まあでも当時の日本人には口に合うものはなかったということなのかもしれませんね。
ニューヨークを取材中お宝を発見しました。
ウェルカム。
サンキューフォーカミング。
10年前から古い日本の写真を集めていて現在4,500枚以上も貴重なコレクションがあるといいます。
その一部を見せてもらいました。
これ教科書で見る写真ですよね。
実物が目の前にあるなんてちょっと信じられません。
更に貴重な写真が…。
おぉ〜!護衛艦だった咸臨丸やその乗組員は現在でも有名ですが使節団の人々はその後どうなったのでしょう?一行は帰国後私は思っているんですけれども。
う〜ん…さすが池上先輩。
今週も鋭い話題だったな。
あれ?もう1枚写真が入っているぞ。
あぁ〜!アメリカ製のビールを酌み交わすトミーと兄か。
江戸末期にビールを笑顔で飲むサムライとはなんとも不思議な写真だな。
立石斧次郎ことトミーは帰国後幕府の通訳として活躍した。
だが明治維新が起こる。
トミーは戊辰戦争で幕府軍として戦い大怪我を負ってしまう。
しかしその後明治政府が派遣した岩倉使節団に参加。
世界各地を回ったという。
アメリカナイズされた初めての日本人トミーか。
ちょっと待てよ…。
おいトミー!アンタちょっと…。
未成年じゃない!未成年ビール飲んじゃまずいっしょこれ。
あぁ…いっか昔だからいっか。
「おとな旅あるき旅」今回は山海の幸と名湯に恵まれた能登
2014/09/13(土) 18:00〜18:30
テレビ大阪1
137億年の物語【ブロードウェイを歩いたサムライたちの物語】[字]

今回の主人公は「日本のサムライ」。宇宙が始まってから現在までの歴史を描きます。池上彰の監修で、寺脇博士と相棒の相内助手がドラマ仕立て解説。

詳細情報
番組内容
1860年、時はまだ江戸時代。この時期にアメリカ・ニューヨークに渡り、ブロードウェイを訪れた日本のサムライたちがいたのをご存知でしょうか?彼らは個人で勝手に行ったのではなく、公式使節として、いわば国の代表として訪問したのです。彼らの目的は何だったんでしょうか?また初めてアメリカ文化に触れたサムライたちの、今ではちょっと笑ってしまうエピソードの数々も紹介します。
この番組は…
話題のベストセラー本「137億年の物語」を映像化。「137億年前に宇宙が始まってから今日までの全歴史」という壮大なテーマを紐解く。
寺脇康文が扮するちょっと変わり者の寺脇博士が模型やイラストなどを駆使して、わかりやすく歴史を解説。世界史が大好きな大家の宮崎美子、世界中の歴史現場を取材する助手の相内優香。ドラマ仕立ての不思議な歴史報道番組。
出演者
【博士役】
寺脇康文
【研究室の大家役】
宮崎美子
【寺脇博士の相棒・助手役】
相内優香(テレビ東京アナウンサー)
【著者】
クリストファー・ロイド
監修
池上彰
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/137/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ニュース/報道 – 解説
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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