先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 異文化との交渉力「高田屋嘉兵衛」 2014.09.30

交渉事が苦手という人多いですよね。
今日はそんな方必見です。
江戸時代とてつもなくスケールの大きい男がいました。
海を舞台に大活躍をした商人です。
淡路島の貧しい農家の生まれながら北前船で成功し一代で巨万の富を築きました。
北前船とは当時蝦夷地と呼ばれていた北海道と大坂との間を行き来して商品を運ぶ帆船の事。
嘉兵衛の活動は国後や択捉にまで及んでいました。
その資産なんと1兆円にも上ったといいます。
先週はビジネスチャンスをつかむ極意を紹介しました。
今日は趣向を変えて嘉兵衛のもう一つの力「交渉力」に注目します。
というのも嘉兵衛はある時ロシアの軍艦に捕らえられカムチャツカに連行されてしまいます。
零下30℃を下回る極寒の地。
相手は言葉も通じません。
この絶体絶命の危機を嘉兵衛は外交官顔負けの交渉力で乗り越え見事日本に生還します。
更には民間人ながら日本とロシアの間に横たわる外交問題を一人で解決してしまうのです。
今でもロシアの外交官の間では嘉兵衛はよく知られた存在だといいます。
間違いないです。
嘉兵衛はどのような交渉術で難局を乗り切ったのでしょうか。
嘉兵衛の知恵に迫るのは経済界でその名をとどろかせる…宮内さんはリース業での成功をきっかけに金融不動産自然エネルギー球団経営と多角的に事業を展開。
同時にそのノウハウを世界36か国に広げ現地で合弁会社を立ち上げるなどしてきました。
習慣も手法も異なる外国企業との間で多くの交渉をまとめてきた宮内さん。
外国人との交渉は日本人の多くが悩むところ。
高田屋嘉兵衛と宮内さんからたっぷりと知恵を味わいます。
先生ねこちら宮内さんあのイチローがいたチームのオーナーですからね。
私二郎っていうんですけど入れてもらえませんかね?いいですよ。
(笑い声)先週から高田屋嘉兵衛ご紹介してるんですけれども実は高田屋嘉兵衛っていう人実に交渉がうまい人だったんですね。
交渉上手ですし国際的な交渉をやるんで「元祖国際人」って言ってもいいんじゃないでしょうかね。
増田さんどこ行ってたんですか?ちょっとイチローから電話があったから。
元気にしてましたわ。
でも店長ここの店の前外国人の観光客めっちゃ歩いてますやんか。
じゃあ呼んできてくれればよかったのに。
いやでもロシア人やからロシア語分からへんもん。
でも外大卒じゃなかったでしたっけ?外大やけどロシア語は習ってないから。
だからね日本人は交渉下手というふうに宮内さん言われちゃったりするんですよね。
宮内さんに頼めばよかったですよ。
ちょっと呼んできてもらえません?…って誰に頼んでるんですか!大それた事言っちゃいけません。
すみません。
異文化外国人との交渉となるとなかなか難しい。
言葉も違う。
そういう中で交渉していく大変さというのはどんなところにあるんでしょうか?コンピューターの世界じゃありませんからね人間同士の結び付きができるかどうかという事ですからやはり日本人同士の場合に比べて海外の場合では時間をかけるという事が一つ重要だと思うんですね。
やはり日本人同士に比べると3倍ぐらいの労力をかける。
それで初めてコミュニケートできるというそれぐらいの事を前提にしておけばいいと思います。
ロシアに拿捕されてしまった高田屋嘉兵衛なんですけど当時鎖国ですよね。
時代背景というのはどういうもの?鎖国体制が揺らいできてたのがこの時代なんですね。
高田屋嘉兵衛が生まれたのは明和6年で1769年なんですね。
これはナポレオンが生まれたのと同じ年なんですが欧米の強国がですね植民地を獲得しようとしたり通商を拡大しようとしたりそういう時期なんですね。
つまり日本が世界史的な大きなうねりの中に巻き込まれていたというような時代なんですね。
日本は鎖国してますから巻き込まれたくないんですけど好むと好まざるとにかかわらず巻き込まれざるをえないんですね。
こういう何というかゴチャゴチャした時期にですね特にロシアとの関係が非常に悪くなってるんですね。
レザノフというのが長崎に来たんですね。
通商をしてほしいというふうに言うんですが幕府はずっとその返事を半年ぐらい待たせたうえで「通商は駄目だ」って言うんですね。
期待を持たせたのに断った。
あっさり断ってしまうと。
もう戦争になっても不思議はないようなそういう状況なんですね。
江戸の方ではロシアが樺太とか攻撃するもんですからねロシアがこれから攻めてくるんじゃないかって大騒ぎになったりもしてるんです。
まさに激動の時代。
そういったあおりを受けた高田屋嘉兵衛がどんな目に遭ってしまうのかというところから見ていきたいと思います。
嘉兵衛がいつものように国後島沖を航行していた時の事です。
突然大型の外国船に行く手を阻まれます。
それはロシアの軍艦ディアナ号でした。
嘉兵衛の船に乗り込んできたロシア人たちは人質になるよう要求します。
実はその1年前。
ディアナ号の艦長ゴローニンが給水のため国後島に立ち寄ったところ…ゴローニンの部下であるリコルド副艦長はこれに怒り対抗手段として日本人の船を襲って人質にとろうと待ち構えていたのです。
折しもそこに通りかかったのが嘉兵衛の船でした。
嘉兵衛と5人の部下はディアナ号に乗せられカムチャツカに連行される事になったのです。
あら!捕虜ですか。
何されるか分からへんし大変でしょ。
立場捕虜ですもんね。
今であればね国と国との交渉になるんじゃないかと思うんですが当時はもちろん国交はない。
捕虜交換って事もあまりできてないわけですからね。
そういう意味ではどうなるか分からないのを自分の力でこれを解決してやるんだという気持ちで乗り込んでるわけですからね。
命の保証も?命の保証もないでしょうね。
嘉兵衛はこの時奮っててもう捕まるというのが分かったら腹が減っては戦はできぬというのでちょうど食べてた御飯のお代わりをしたっていうんですね。
その時にちょっと待てと。
自分はここの船長だからという事で正装をしてそれで堂々と乗り込むもんですからロシアの方もこれは大した人物偉い人物なんだろうというので赤いはしごを下ろすとかですね相手に対する敬意を表した迎え方をするというそういう事があったんですね。
非常に肝の据わったというか。
そうですね大したもんですよね。
ロシアも身分社会なのでそういう立派な行動をする人間に対してはそれなりの態度をとらなきゃいけないと思うんですね。
宮内さんどうでしょう?ピンチの時のリーダーの態度というのはこれは問われるところがありますよね。
そうですね。
やはりひるんじゃ駄目でそして一人だけピンチになるんではなく後ろには部下がいるわけですね。
それに対してトップがうろたえたらグループが駄目になっちゃいますから。
ピンチとか事業でいうとしんどい時ですねこれはやはり泰然たる態度をとって何事もなかったようにできれば笑顔で対応すると。
これはもう絶対やらないといけませんですね。
そういう意味じゃ高田屋嘉兵衛はお手本ですね。
宮内さんがこれはピンチしんどいなと思った時は具体的にはどんな時?いやもう企業というのはピンチというか毎日しんどいです。
それは小さなものがたくさんあったりものすごく大きなものがあったりいろいろですけれどもピンチというかな。
解決しないといけない難問というのはいつも横たわっておりますね。
そしてこれがうまくいかなくてこれがうまくいかなくて会社おかしくなるみたいなネガティブな…どういうのかな回路に入るとですねほんとに駄目になってしまう。
それはリーダーがしっかりしてにっこり笑って大丈夫だと元気でいこうと俺についてこいと。
こうでないと物事は動かないと思いますね。
堂々としていたとはいえ明日自分がどうなるかも分からない立場なわけですね。
そういった中で異国の人たちとどういう交渉をして乗り越えていくのか嘉兵衛の交渉術見ていきたいと思います。
捕虜として嘉兵衛たちが連行されたカムチャツカ。
冬は零下30℃を下回る厳しい土地でした。
しかも日本語を話せる人は一人もいません。
嘉兵衛は何とか意思の疎通を図ろうと世話係としてつけられた少年オリカから少しずつロシア語の単語を教えてもらいました。
そして捕虜という身分にもかかわらず周囲の人々と積極的にコミュニケーションを取り親しくなっていきます。
ある時副艦長のリコルドが任務のためしばらくカムチャツカを離れる事になりました。
その間に嘉兵衛の監視役になったのはリコルドの部下ルダコフ中尉。
彼は当初日本人の嘉兵衛に反感を持ちその感情を隠していませんでした。
その関係を一変させたのが嘉兵衛の言葉でした。
ルダコフが「自分は戦争で手柄を立てた事がないので出世が遅い」とこぼすのを聞いた嘉兵衛。
彼の身の上相談に乗りこうアドバイスします。
感激したルダコフはすっかり嘉兵衛に心酔します。
そして嘉兵衛が地元カムチャツカの人々を新年会に招く計画を伝えるとルダコフは協力を申し出ロシア語で招待状を書いてくれたのでした。
新年会には大勢のロシア人たちが詰めかけました。
嘉兵衛は持参していた日本酒を惜しげもなく振る舞いふるさと淡路島の浄瑠璃も披露。
会場は大いに盛り上がったといいます。
それまで彼らは日本人を「ケチな民族」「キリスト教を弾圧する野蛮人」と考えていました。
しかしこのイベントでそのイメージは一新。
太っ腹で教養もあると人々の心を一気につかんだのです。
更に嘉兵衛はカムチャツカ駐在のアメリカ人外交官ピョートル・ドベリと知り合います。
2人はドベリに仕えていた中国人を通じて通商や国の仕組みなど複雑な話題についても語り合ったといいます。
ドベリによると嘉兵衛は千島列島の事を…両国の自由な交流を鎖国政策が妨げていると残念がったと言います。
これに感心したドベリはこう書き残しています。
ドベリは嘉兵衛のある頼み事を引き受けています。
サンクトペテルブルクに行く事を聞きつけた嘉兵衛が日本刀をロシア皇帝に献上してほしいと頼んだのでした。
ドベリは約束どおりその刀を皇帝に献上し嘉兵衛の名を伝えました。
当時の皇帝アレクサンドル1世はその刀を受け取り宮殿の宝物館に納めました。
捕虜の身でありながらカムチャツカの民衆からロシア皇帝更には第三国の外交官までをも魅了した高田屋嘉兵衛。
周りの人々の心をつかむ事で困難な問題を解決する一歩を踏み出したのでした。
一人一人味方を増やしていった嘉兵衛ですけれども全く分からない相手の懐に飛び込む当時の日本人の感覚から言ってどれぐらい飛び抜けた発想だったんですかね?もう考えられないぐらいですね。
当時の日本人からいうとかなり先をいってるという事ですよね。
鎖国ですから外国人とはつきあわないわけです基本的に。
だから誰も外国と交渉しようなんて思わないんですがしかし嘉兵衛は北前船で蝦夷地に行ってますよね。
蝦夷地にいるアイヌ人たちというのはこれは外国人なんですね実は。
だからその先にあるロシアアイヌもいますし更にその先にロシアがいるって事になるとこれは全部続いていくんですね。
同じ人間だと。
やはり同じ人間としてロシアの人間も同じ人だからきちんと交渉すれば分かってくれるはずだというそういう信念があったんじゃないでしょうかね。
刀を送るというこれはどういう意味合いを持っていた?刀というのは自分の武器ですのでしかも非常に誇りある武器ですのでそれを献上するというのは相手に対して服属するという意味なんですがそれが転じて相手に対する最大限の敬意を表するというそういう意味に変わってるんですね。
この広大なロシア帝国を治めてる皇帝に対する敬意を表現したと。
それを受け取った皇帝の方はこういう日本人がいるんだという事を知ってそれに対する対応を考えようというそういう契機になったんですね。
一歩一歩周りに理解者を得ていった嘉兵衛ですけれども宮内さん周りにですねそういう味方につけていくと交渉にとってはどういう有効な効果があると思いますか?それは大いにあると思うんですがね相手のトップだけでなくその周りも含めてですねあの人の話なら聞こう信用できるとそこまでくればもう大したもんだと思いますね。
宮内さんが外国の人と接する時に一番大事にしてる事というのはどんな事ですか?私いつもビジネス社会で思うんですが日本人は初対面の時にビジネスの仲間同士ですと名刺を交換すると。
こちらが会長だと相手は部長だと。
もうこれで大体対話のね関係が決まるわけですね。
外国の場合は名刺見たって全然関係なくですねどちらも…それで時間がかかる。
日本人は自分を売り込むなんていうのははしたないという感じが。
遠慮してね。
そうでなくて一生懸命売り込んで分かってくれと。
向こうも分かってくれと言ってるわけですね。
それをお互いどこまで理解するかという事だと思いますから嘉兵衛は非常にそういう意味じゃ自分を分かってもらえる力があったんだと思いますね。
これからますます国際感覚というのは求められていくと思うんですが身につけるためにはどういった事を心掛けるべきでしょうか?それからそれをできるだけ分かりたいと思う事。
それが一番大事だと思うんですね。
よく分かって分かって別に同化する必要ないんですよね。
違いが分かるという事さえ前提にしてその上で結局は相手も「みな人ぞ」です。
みんな人間なんだから分かり合えるんだとそういう思いがないとですね自分の世界が小さくなってしまうと思いますね。
さあ最悪の逆境をですね一歩一歩周りに味方をつけていって変えていった嘉兵衛。
今度は捕虜から対等なパートナーとして交渉に当たっていくんですね。
どんな知恵がそこにはあるんでしょうか。
ご覧下さい。
カムチャツカに連行された時嘉兵衛は責任者であるリコルド副艦長にある提案を持ちかけました。
それは…勤務中でも休憩中でも離れず同じ部屋で寝起きする事まで要求したのです。
嘉兵衛の人柄に信頼を置くようになっていたリコルドはそれを承諾します。
嘉兵衛とリコルドは共に行動するうち2人だけが通じる言葉さえ作っていたと言われるほど次第に互いの気持ちを理解するようになります。
やがて嘉兵衛はある事に気付きます。
リコルドたちと日本の幕府との間に大きな誤解がある事が分かってきたのです。
それは…話は6年前に遡ります。
通商を求めてやって来たあるロシア人が択捉や樺太の日本人集落を襲い焼き打ちするという事件が起こりました。
そしてその報復としてたまたま国後に来たロシア人ゴローニンを捕らえたのでした。
一方リコルドたちは幕府の怒っている理由を知りませんでした。
何の関係もないゴローニンをいきなり襲うなど野蛮な行為だと憤っていたのです。
嘉兵衛はリコルドに幕府がゴローニンを捕らえた理由を説明します。
そして事態を打開するため幕府に6年前の焼き打ち事件とゴローニンは無関係であるという釈明書を書くよう勧めたのです。
更に嘉兵衛は交渉をスムーズに進めるためリコルドにある事を助言します。
単にディアナ号の副艦長というだけではなくカムチャツカ知事の肩書を持つ方が良い。
リコルドは嘉兵衛の助言を全て受け入れ知事の肩書を得ます。
準備を整えた嘉兵衛とリコルドはいよいよ幕府との交渉のため箱館に向かいました。
幕府の役人と面会した嘉兵衛はここでも無駄な軋轢を生まないよう布石を打ちます。
今度は…例えば接見に臨むリコルドの部下たちが持っている小銃について。
小銃は武士にとっての刀と同じで身につけているからといっていきなり敵対や攻撃の意思はないと説明します。
また室内でも革靴を履く習慣について。
革靴は足袋のようなものだと説明し役人を納得させました。
交渉では嘉兵衛の粘り強い説得やリコルドの釈明書が大いに功を奏しました。
そして…交渉が妥結しゴローニン艦長が釈放されます。
嘉兵衛も晴れて捕虜の身から解放される事になりました。
リコルドは後年こう語っています。
ゴローニンやリコルドがロシアに戻る日。
嘉兵衛は港まで見送りに来ていました。
箱館湾を出港するディアナ号。
やがて船上から乗組員たちの叫ぶ声が聞こえてきました。
「タイショウ」とは日本語の「大将」の事。
「ウラー」とはロシア語の「万歳」。
嘉兵衛とリコルドは互いに「タイショウ」と呼び合っていました。
「タイショウウラー」という言葉には嘉兵衛に対する限りない親愛の情が込められていたのです。
日本とロシアの間の誤解を見抜き両国の懸け橋となった高田屋嘉兵衛。
捕虜になっても困難から逃げる事なく相手の懐に飛び込むストレートな姿勢が戦争の可能性さえあった両国の危機を回避したのでした。
見事に相手の懐に飛び込んで日本とロシアをくっつけた高田屋嘉兵衛ですけれどもそれにちなんだ料理を考えてみたんですよ。
えっドーナツ?これはピロシキでございます。
ロシアだけに!中身がちょっと変わっていて嘉兵衛の出身地淡路島のたまねぎたいたこ。
これを入れてみました。
つまり日露友好ピロシキと。
ちょっとお熱いんで気を付けて召し上がって頂きたいと思います。
中こんな感じで。
え〜。
あったこ入ってる。
ほんとだたこだ。
いかがでしょう?食べてみて下さい。
ちょっと意外感がありますね。
合う合わんで言ったら何か僕はあまり好きではない。
宮内さんどうですか?いや厳しいですね。
そうですか。
ちょっと私も飛び込んでみたんですけれども飛び込み失敗という感じで。
これは鎖国の方がいいです。
しかし相手と一緒に行動する事によって思惑や事情というのをつかんでいった嘉兵衛ですけど宮内さんどういうふうにご覧になりましたか?特に異文化ですからね理解し合うのに時間がかかると。
そうすると一緒にいる事は一番理解する近道だと思いますね。
そして信頼関係ができればですねほんとにもう国籍とか文化の差というのは私はもうないんだと思いますね。
人と人とのつながりを深めるこれはやっぱり大事ですか?例えばある買収する話がありましてねある会社を買い取ろうという事でこれアメリカの会社だったんですが最後の最後でトップ同士で話しようという事になってあるホテルの部屋に籠もりきって朝から晩まで話し合ったんです。
2人だけで。
最後私はやっぱりこの人とはうまくいかないんじゃないかなぁというのが最後の印象だったんですね。
それでやっぱりこれはやめようという事でですね私どもが降りた経験があります。
その後のその会社の行方を見るとその判断は正しかった。
丸一日かけたたった一日ですけどもびっしり一緒に居た事が良かったというこれはまあ失敗例かも分かりませんね。
どこを見てるんですか?一番。
やはり人間ですよね。
信頼に足る人間かどうかという事ですがしかし交渉の時には信頼に足るという事であっても人間というのは変わるんですよね。
人間を見る目というのはやはり駄目だと言って決めつけるのもいけないし絶対大丈夫だというふうにして決めつけるのもいけない。
日々新たな目で見て新しい関係を常にいい関係を作っていくというお互いの努力がないと私はいい関係は続かないと思いますね。
ともすればね最近はビジネスだとかドライな感じを求められるような気もするんですけれどもそれはやっぱり違うんですかね。
私はちょっと時代に反するかも分かりませんがネットでイーメールでねいろんな重要な事をできないと。
ほんとの真剣な話は人間同士…これしかないと。
社内で若干の違和感を持たれてますが。
(笑い声)さあところで函館という土地は高田屋嘉兵衛がつくり上げた場所なんですけれどもあれだけの豪商ですからあの函館に何か宝物があるに違いないと思いまして特命店員に探らせてみました。
主人公ゆかりの地から取って置きのネタ…いや今回は宝物を探し出そうという…どうも特命店員村上真吾です。
私徹底的に調べてきます!
(村上)
私どんな所でも探検できるよう完全装備で臨みます!
かつて小さな漁村だった函館。
嘉兵衛が開発した事でみるみる発展。
今や人口27万。
北海道有数の港町に成長しています。
こんな豊かな町ならどこかに高田屋嘉兵衛の隠し財産が眠っていてもおかしくない!まず訪ねたのは嘉兵衛の財宝の行方を知らないわけがないというこの方
こちらですね。
こちらが子孫の方がいらっしゃるというお店ですよ。
ちょっと私緊張しますがいってきます。
あの方がきっと偉い方ですかね。
もしかして嘉兵衛さんの子孫の方?そうです。
嘉兵衛から7代目にあたる村本廣幸さん。
函館の市場で鮮魚店を営んでいます。
北海道産の海の幸がたくさん!さすが嘉兵衛の子孫の方だけあって扱う種類が多いんです
この辺り嘉兵衛さんの財宝が隠されてるいわゆるお宝金銀ザクザクあるって聞いたんですけど。
でも高田屋通りというのあるからそこに行って探してごらん。
お宝ある?じゃあ私探してまいります。
貴重なアドバイスありがとうございます。
ありがとうございます。
ちょっと行ってまいります。
高田屋通り?子孫の方からの貴重な情報!その通りは函館市の南部住宅街の一角にありました。
嘉兵衛の館がこの通り沿いにあったとか
きっと大邸宅なんだろうと期待してやって来たのですが石碑があるだけ
う〜んおかしいな。
もっと何かさテーマパークっぽいのとかさお城っぽいのを想像したけどさ。
手がかりのない私。
嘉兵衛ゆかりの品々が収められている資料館を訪ねました。
航海の時に使っていた道具や日用品などおよそ500点が展示されています
お宝もこの中に並んでるんですかね。
いらっしゃいませ。
当資料館の館長です。
(村上)館長ですか。
よろしくお願いします。
すみません館長あのね日本一の大富豪の名残というのが何かないかなと思ってちょっと探してるんですけどね。
いや〜。
有るのか無いのか教えて下さい。
それはちょっとありませんね。
それはあればあったで観光の目玉になったんでしょうけどねぇ。
残念ながら。
むしろ嘉兵衛さんは函館の町の発展のために全てを投資してくれたと私たちは思ってますね。
投資?はい。
ちょっと待って下さい。
館長が見せてくれたのは嘉兵衛が書いた手紙。
ディアナ号に捕らえられカムチャツカに連行される時箱館に住む家族に宛てた手紙です
いよいよ出た?千両箱の在りかとか書いてあるわけですね。
きたきたきた。
いやいやこの中にはですね「蝦夷地の平穏のためには自分の命を捨てても惜しくない」そういう意味の事が書かれてあります。
(酒井)そういうふうに書かれてあります。
ちょっと待って。
天下のためですか?天下のためです。
自分とか一族郎党という事じゃなくて天下のためにという事ですか。
捕虜になるという絶体絶命の危機にあって「天下のために頑張ってくる」と書き残した嘉兵衛。
彼には常に「公」という視点がありました。
どうやら私勘違いしていたようです
嘉兵衛さんの7代目の子孫にあたる高田嘉七さんという方がまだご存命の頃高田家の教えとしてとにかく人を差別してはいけないと厳しく言われたと。
そのように聞いておりますね。
館長の紹介で訪ねたのは…
箱館を大火事が襲った時の嘉兵衛の行動を教えてくれました
高田屋嘉兵衛はですね現金を罹災者に配ったり自分の蔵にありました米や古着も配ったんですね。
住宅が無いもんですから彼は自分の持ち船をフル動員して青森や秋田から材木を運びましてすぐに長屋を建てて。
何から何まで?そうなんです。
嘉兵衛が掘らせた井戸が残っています
飲み水の不足。
それから火災用の防火のための井戸で大変住民に喜ばれたそうですよ。
ちょっとやってみて下さい。
まだ水出ますよ。
出るんですか。
うそ?出ますでしょ?
(村上)出る出る出る!
真水が不足しがちな箱館のために嘉兵衛は私財を投じて関西から職人を呼び9つの井戸を作らせたそうです
箱館は大火災のあと飢きんにも見舞われました。
この時も嘉兵衛は路頭に迷った人々に彼ならではの方法で救いの手を差し伸べます。
浜辺の石を撤去するという仕事をあえて作り出し従事した人々に報酬を与えたのです
ただでお金を配る事は可能だったんですけど高田屋の考え方の中に……というのが高田屋家の方針だったんですよね。
自らの利益だけを求めるのではなく人々を助け箱館の町を守り育てていった高田屋嘉兵衛。
ばく大な財宝は残っていませんでしたがもっと大切な宝物は函館の魅力あふれる町そのものでした
もうすばらしい人物じゃないですか。
嘉兵衛に関してはやっぱり淡路島出身で僕の第2の故郷でもありますんで函館にやったのと同じぐらい淡路島にもしといてもらえたらなという…。
いやでも人間ができてはるな思いましたね。
強いて言うたら欠点はどこなんですかね?強いて言えばですね最初の頃はよかったんですが晩年の家庭環境というのはちょっと悪くなるとかいうのはありますけどね。
えっ奥さんとちょっと…。
離婚するとかですね。
別れたんですか。
新しい奥さんをもらったりとかというのはありますが。
ちょっと女性関係が…という。
激しい。
でも当時はそれが当たり前といえば当たり前。
船乗りですから行くさきざきで。
あら!港々にみたいな?宮内さん…。
何で宮内さんに振るんですか?やり手ですねやっぱりね。
時代が違います。
そこはまねはしません。
その知恵は頂きません。
このジローニン…ジローニンちゃう。
ゴローニン。
ジローニンは店長でしたね。
ゴローニンと2人の関係はこれから何かあったんですか?この先。
ゴローニンはリコルドの上司なんですね。
船長だったもんですから。
だから彼が日本に捕まってる時何とか彼を救出したいと。
それでうまくいってそのあとずっとリコルドは嘉兵衛の事は覚えてるわけですよね。
日本に来た時に嘉兵衛に会いたいというふうに言ったところ嘉兵衛はもう亡くなってて嘉兵衛の家も実は幕府によって没落させられてた。
え〜!やっぱり何かそのあとにあったんですか。
そのあと現在ですねリコルドの子孫とゴローニンの子孫とそれから高田屋嘉兵衛の子孫は今交流してる。
え〜いやもうドラマですやんか。
そんなもう幕府に代わるような働きまでしてるのに幕府に…。
嘉兵衛の代が替わった時にロシアと内でつながってるんじゃないかとかそういう嫌疑を受けてですね。
大きくなり過ぎたんですかね。
それで潰されるという事あるんですね。
今日はですね「異文化との交渉力」でしたが宮内さん異文化との交渉術というのの極意を教えて頂けますでしょうか。
やはりビジネスの世界であろうと外交の世界であろうと人間同士の触れ合いですから…やはり少し譲るというような事でとどめておかないと後うまくいかないと思いますね。
距離感ね。
相手との距離感難しいですね。
何が何でもぶっ倒すまで相手に当たろうと思っちゃいい交渉はできないと思いますね。
どこが妥協点かという事だと思います。
逆かと思ってました。
ビジネスの世界ほど徹底的にする…。
いいえやっぱり人間社会のためにビジネスがあるわけですからねその人間社会を潰すような事があったんじゃ全然駄目だと思いますね。
人間社会のためにビジネスが…。
それ以外ビジネスの存在理由は私はないと思います。
ありがとうございます。
2週にわたってねこうやって皆さんと深く分かり合えたというのはとってもうれしいですね。
増田さんどうですか?一緒に海外へ行って見聞でも広めませんか。
ぴったりくっついて。
いやもうここだけでいいじゃないですか。
たまにここ来ますから。
是非来て下さいね。
またよろしくお願いします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
2014/09/30(火) 05:30〜06:15
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 異文化との交渉力「高田屋嘉兵衛」[解][字][再]

江戸時代の豪商・高田屋嘉兵衛。幕府とロシアのいざこざに巻き込まれ、捕虜としてカムチャツカに連行される。どのように生還したのか?言葉も通じない相手との交渉述とは?

詳細情報
番組内容
江戸時代、蝦夷との交易で大成功し、1兆円もの資産を築いた豪商・高田屋嘉兵衛。彼は単なる金持ちではなかった。幕府とロシアとの間の争いに巻き込まれ、捕虜としてカムチャツカに連行された嘉兵衛。言葉も通じない相手に対し、外交交渉を決意。みごと日本に生還を果たし、両国の問題を解決に導く。一民間人の彼がいったいどのように?ゲストは金融業から球団経営までてがけてきた宮内義彦さん。交渉ごとが苦手という方、必見!
出演者
【出演】オリックス株式会社元会長…宮内義彦,東京大学史料編纂所教授…山本博文,増田英彦,【司会】井上二郎

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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