どうも今日のお話ありがとうございました。
(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)
(三遊亭小遊三)私でお終いでございますのでどうぞ気をしっかり持っておつきあいをお願いしとう存じますが。
まぁ物騒な世の中でございまして家に居てもお金を騙し取られるというね。
オレオレ詐欺から始まって振り込め詐欺だのリフォーム詐欺だの手を変え品を変え今母さん助けて詐欺ってんですか?ね〜。
端のうちは「あんなのもんに引っ掛かるほうが間抜けだろう」とたかくくってましたがあれやってるのはプロですからね。
プロがチーム作ってマニュアル作って稽古に稽古に稽古を重ねてもうその稽古量たるや噺家なんか足元にも及ばないってんですよ。
(笑い)噺家があのぐらい稽古をすりゃもうちょっとなんとかなるんじゃねえかというくらいに練り込んで仕掛けてきますんで家でボ〜ッとしてると引っ掛かっちゃうんですねあれ。
実は私の所へもかかってきましてね。
私に姉がおりましてこれが干支で一回り上の昭和10年生まれ。
まぁ今年79でございますかね。
長いこと死んだおふくろと2人で暮らしておりまして…。
死んだおふくろったって死体と一緒に住んでた訳じゃないんですよ。
(笑い)死んだおふくろが生きてる間2人暮らしで…。
(笑い)死んだんで1人暮らしになったと。
でまぁ初期の頃ですからねどうも電話帳かなんかもとにしたのかなという気配があるんですね。
というのは親父が早くに死んでおりますんで電話の名義がおふくろの名義になってんです。
したがって電話帳を見ますとおふくろの名前が出てるんですね。
で家のおふくろの名前がソフィア・ローレンっていうんですけれど。
(笑い)でどうも女名前なんでそれ見てかけてきたんじゃないかと。
でじかに姉に聞きましたよ。
「どういう電話よ?」ったらまぁ家でボ〜ッとしてますよ。
でリ〜ンと電話が鳴る。
当然姉が取りますね。
ともう受話器取った途端に絶叫だそうです「お婆ちゃんねお婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃん」ってんでね。
でこれびっくりしますよこれはね。
ところが家の姉今年79になりますがまだ結婚した経験がないもんですから電話でもって自分のことを「お婆ちゃん」って呼ぶ奴は世の中に一人もいない訳ですよ。
私だって姉ですから「姉ちゃん」ですよね。
私の子供は「おばちゃん」ってかけますから。
でふだんから「お婆ちゃん」という言葉に異様に拒否反応を示す女でございます。
(笑い)近所の子供に「お婆ちゃん」なんて言われて「何この子生意気そうな顔して」なんてんでね。
でもう受話器取っていきなり「お婆ちゃんお婆ちゃんお婆ちゃん」ってんで絶叫されたんでむかっ腹立てちゃったんですなあれ。
で思わず出た科白が「ちょっと待ちなさい。
あなた何よ。
他人ん家にいきなり電話してお婆ちゃんて失礼ね。
大体あんた私の名前ちゃんと言えるの?」ってこれ「別に用意してた訳じゃない思わず出た科白なんだ」と売り言葉に買い言葉ってなもんでね。
そうしましたら案の定向こうでもっておふくろの名前を言ったってんですよ。
「ソフィアお婆ちゃんでしょ?」ってんでね。
(笑い)それでもって家の姉がピ〜ンときて「ほ〜ら変だと思ったよ。
妙な電話しないでちょうだいよ」。
これは素人ならそこで「あ〜」とか「う〜」とかつまらない言い訳をするんですがやっぱりプロですよ。
言い訳なんざこれっぱかりもしなかった。
「あっいけねえしくじった」と思ったらクルッと態度を変えて「チェッこのくそ婆」ってんでガチャ〜ンと切ったって。
(笑い)偉いもんですよね〜。
家の姉の顔も見た事もないのによく家の姉がくそ婆ってのが分かったもんだな。
(笑い)なるほど言われてみりゃ正真正銘のくそ婆ですからね。
そんなに言う事はないんですが。
まぁ家に居てもそんな電話がかかってくるようなご時世で。
そこへいくともうこの東京落語会の客席は世界中で一番平和な空間ですよ。
お客様だってやる事は2つに1つですからね。
寝るか笑うかどっちかですから。
(笑い)まぁ寝てる方のほうが多いようでございますけれどもできれば起きてて笑って頂きたいんでございますが。
まぁ世の中にはいろんな奴がいるもんでございまして「十人寄れば気は十色杉は直松はゆがみて面白し人の心は奇なり奇々なり」ってうまい事が言ってございますが。
気の長い方短い方そそっかしいなんてのがある。
これはもう落語へ出てくるような人間になるともう桁外れの粗忽者でございまして。
「エ〜トネ〜向こうから来る人よく見る顔なんだよ。
あれ誰だっけな〜。
エ〜トネ〜知ってんだよ。
間違いなく知ってんだよ。
おう名前が思い出せねえ。
何つったかな?こっち見て笑ってやがるな。
やっぱり知ってんだよアハハハ。
そこ曲がっちゃえ。
ウワ〜ッまっすぐ来ちゃったウワッハッハッ。
俺が今そこを曲がっちゃえばよかったんだよ。
駄目だねこりゃハハハハ。
どうも。
こんちは」。
「おう」。
「どうしました?」。
「何が?」。
「お見それしちゃったんですがあなたどちら様でしたっけ?」。
「お前の親父だ」なんてんで。
(笑い)「定吉定や」。
「へ〜い」。
「お前ねちょいと郵便局へ行ってね…」。
「へ〜い」。
「おいおいおい定。
おっちょこちょいだねあいつは郵便局っつっただけで表へ飛び出しちゃったよ。
まぁ朝から晩まであっちチョコチョコこっちチョコチョコまあ〜あれでよく怪我しねえもんだ本当に。
フフフ息せき切って帰ってきやがったフフフ。
どうした?」。
「ドホホホ〜ッ行ってきやした」。
(笑い)「どこへ?」。
「郵便局です」。
「フ〜ン。
何しに?」。
「いや別に変わった様子はありませんでしたが」。
(笑い)「お前はそそっかしいね。
郵便局へ行ってね切手を買ってきてもらおうと思ってたんだよ」。
「何だ早くそう言って下さいよ。
今行ったついでがあったのに」。
何だか訳が分からない。
(笑い)「しゃあねえなおい朝っぱらからみっともねえじゃねえかええ?夫婦喧嘩なんぞしやがって」。
「ええ?」。
「夫婦喧嘩なんぞするなってんだよ」。
「誰が?」。
「誰が?この野郎お前だよ」。
「俺が?夫婦喧嘩?してないよ」。
「してたよ〜」。
「やってないよ」。
「やってたじゃねえか」。
「できないよ俺は独り者なんだから」。
(笑い)「あっそうかお前独り者だったな〜。
えっ?おかしいな今大きな声で怒鳴ってたろう。
『この嬶出てけ〜』って」。
「アハハハハお前はそそっかしいね。
違う違う違う。
今朝さぁ早く起きちゃったもんだからね家の前をきれいに掃除をしてさで切腹してたんだよ」。
(笑い)「切腹したのか?お前」。
「あっいやいや一服してたんだハア〜」。
(笑い)「そうしたらあの野郎がヌッと入ってきやがったんだよ」。
「誰が?」。
「ええ?」。
「誰が?」。
「誰ってぇ程の者じゃねえんだい。
『だ』みてえなもんだよハハハ。
よくその辺歩いてんじゃねえかよほら耳がこうなってほらチョチョッとヒゲが生えてでこうやってほれいるよその辺にほらいるだろ?」。
「猫か?」。
「猫〜ホオ〜ッ似てるウフフ。
もっと大きいやつ」。
「あっ象か?」。
(笑い)「象がこの路地入ってくる訳ゃねえだろ。
そうじゃないよ。
分かりそうなものじゃねえか。
ほれいつもいるよそのこうなってこう…こうこうやってワンワンって吠えるやつだよ」。
「なんだ豚か」。
「豚…」。
(笑い)「豚じゃないよワンワンって吠えるんだから犬だよ。
あっ犬犬犬犬犬。
大きな赤犬がよヌ〜ッと入ってきやがって俺がきれいに掃除をした所へ馬糞してきやがったんだよ」。
(笑い)「キエ〜ッ犬のくせに馬糞してったのか?」。
「そうなんだ。
あんまり癪に障ったから赤犬だろ?『この赤出てけ〜』って怒鳴ったのをお前『この嬶出てけ〜』って聞き間違えちゃったんだ」。
「あっそうか。
なんだ驚いちゃったおい。
ええ?でどうしたい?その犬はよ」。
「何だか知らねえけどとっくにどっか行っちゃったい」。
「チェッ惜しい事をしたな〜。
俺がいたらお前その犬から熊胆取ってやるとこだ」。
(笑い)「どうしてお前はそそっかしいかなそう。
ハハハ犬から熊胆が取れる訳ゃねえじゃねえか。
鹿と間違えるな」なんてね。
(笑い)どこまでいっても落ちがつかなかったりなんかして。
「ちょいとお前さん。
もうボ〜ッとして。
今日は家は引っ越しですよ引っ越し。
もう少しは働いてちょうだいよ」。
「この野郎俺はボ〜ッとしてるんじゃねえんだい。
段取りを考えてんだ。
な〜?こういう仕事ってぇなぁ段取りがしっかりしてねえってぇとはかどらねえんだよ」。
「何言ってんの。
それほど荷物がある訳じゃないじゃないの。
片っ端から片づけたほうが余程早いよ」。
「うるせえなポンポンポンポン。
分かったよやりゃいいんじゃねえか分かった。
その…ちょいとこっち取んな」。
「何を取るの?」。
「何を取る…何を取るのってその口でもって『はい』って渡せねえかな」。
「品物の名前言わなきゃ分からないじゃないか。
いろいろ散らかってんだから」。
「あっそうか。
まだ言ってなかったか?あっそうかハハハ。
あ〜風呂敷あの唐草の大きいやつちょいとこっち取りな」。
「どうするの?これを」。
「いやいやどうするとかこうするとか…。
ちょっとこっち取りなよ」。
「だからどうするの?これを」。
「いや。
どうするってのは俺が決めるんだよ」。
(笑い)「お前はその風呂敷俺に渡したらもう死んじゃったっていいんだから」。
(笑い)「だから無駄口たたかねえでこっちよこせってんだよ」。
「だから何に使うのよ?」。
「この野郎食い下がってきやがったな。
岩風みてえな野郎だなコンチクショー。
ええ?」。
(笑い)「この長持ちこれ包んで背負ってくの」。
「およしなさいよそんな事するの。
大八車をさお米屋さんで借りてあるんだからそういう大きい物はそっち積んだほうが余程楽なんだから」。
「何言ってんだ俺は決めたんだよええ?いいからこっち…。
アッってんだ全くもう。
一言言うと十言返ってくるんだから。
このお喋り女本当に。
アッウ〜ンアッ。
ボ〜ッとしてねえでそっち回って引っ張れよほら。
ピンピ〜ンとほらピンピ〜ンピンピンピ〜ンと。
よ〜し。
ね?この風呂敷の真ん中へその長持ちを置くんだ。
な?そっち持ってそっち持って。
よし。
いいか?ウンッヨッ重いから気を付けろ。
ヨッホッイ〜ヨッヨッヨッヨッ先を先を下ろせ。
先を下ろしゃいいよいいよ。
手挟むなよ危ないから手挟むな。
痛っ痛っ痛っと俺が挟んだんじゃねえか」。
「お前さんがそそっかしいからだよ」。
「よ〜しアハハハハ。
それからそれを。
そうそうそうそう。
な?それからこう。
ウンッ。
まだ何か載っかるな〜。
おう。
そのあの火鉢載っけろ」。
「そんな物載っけたらお前さん長持ちだけだって重いんだから火鉢なんか載っけたら持ち上がりませんよ」。
「大丈夫だよ俺の体だい。
載っけろいいから。
何だ。
おっ針箱それもちょいとついでに載っけとけ」。
「あっ針箱は結構。
これ私の大事な物だから。
これ私が自分で持ってくからいいわよ」。
「いいじゃねえか俺が親切に持ってってやろうってんだよ。
ええ?針箱載っけろ。
あっ餓鬼の時分からあるんだあの瓢箪。
忘れてたろう?ええ?黒光りがしてよいい色になったな〜。
ええ?よしよしよし瓢箪瓢箪瓢箪火鉢の中へ突っ込んどけ。
よしきた。
いいか?後ろへ回れ。
よし。
いいか?一の二の三で持ち上げるからな。
いくぞ。
ほらっ一の二の三ヨッコラッギュッときてオットオ〜ッ。
おう?あらっ?おやっ?あっ駄目か〜?アア〜ッいやこらぁ驚いたなこらぁ。
フンッ。
よしじゃあ瓢箪取れ」。
「そんな物取ったって同じだよ」。
(笑い)「そういうもんじゃねえんだ。
こういうものはな何か一つ無くなったなと思うだけで気のもんなんだから。
瓢箪取ったか?よしきたホイッ。
いいか?いくぞ。
ほ〜ら一の二の三っコラショッときつう…どうだ。
ウオ〜ッオ〜ッあら〜っ?」。
(笑い)「ヤッ駄目か?アハ〜ッ。
いや〜ハア〜ッ。
やっぱり針箱はお前が持ってけ。
な?」。
(笑い)「そのほうが安心だろうよ。
針箱取って針箱を。
よし。
いいか?いくぞ。
気を揃えろよ。
いくぞ。
いいか?ほ〜ら一の二の三っヨッコラショッヨッコッ…。
いや〜アッチャッ駄目か。
アッウワ〜ッ火鉢取れコンチクショー。
お前後ろで押さえてんじゃねえのか?おい。
ええ?気を揃えろよ。
いいか?いくぞ。
今度は長持ちだけだけだから大丈夫だろう。
ええ?いくぞ。
ほら一の二の三っコラショッときてグッときてガッとそ〜ら。
アハ〜ッハア〜ッアッチャアッハ〜ッチクショー長持ち取れ」。
「じゃあ風呂敷だけじゃないか」。
(笑い)「おかしいな腰に載っかりゃなんとかなるんだよ。
気を揃えなくっちゃいけねえってんだい。
一の二の三だぞいくぞいいか?ほ〜ら一の二の三っと。
ほ〜ら見ろアハハほ〜ら持ち上がったよし。
じゃあ俺は一足先ぃ行ってるからなお前はあとから来い」ってんでこの大将長持ち背負うってぇとポイッと長屋を出たっきり夕方まで行方不明になっちゃった。
(笑い)しょうがないおかみさん一人でもって大八車引いてあらかた片づいた時分に。
「こんちは。
少々伺います」。
「は〜い。
どなた?あっあらっ嫌だお前さんじゃないか」。
「あっな〜んだお前か。
いやどうもお懐かしい」。
「何がお懐かしいだ。
どこをほっつき歩いてたんだよ?」。
「驚いちゃったよおい。
この路地はなんだろ?豆腐屋の路地だろ?」。
「そうだよ。
だから入り口にお豆腐屋さんがあるだろ?」。
「そうなんだよ。
この長持ち背負ってよ俺は先の長屋出たんだで目印は確か左に豆腐屋があったなと思ったからよ『左に豆腐屋左に豆腐屋左に豆腐屋左に豆腐屋』ってんで歩いたんだ。
ところが行けども行けども左に豆腐屋が無えんだよ。
あげくの果てには右にありやがってよ。
でも『まぁ同じ豆腐屋だい。
ここで間に合わせちゃえ』」。
「引っ越しが他所の家で間に合う訳はないじゃないか」。
「『こんちは』ってんで入ってったんだ。
『へいいらっしゃい。
何差し上げましょう?』ってからね『いや別に差し上げてもらいたくはねえ』と。
『俺はここへ越してきた』っつったら『冗談言っちゃいけませんよあなた。
家はここで商売してるんですから。
引っ越しでしたらこの先へ荷を下ろしてる所がありますからそこじゃありませんか?』ってぇから行ってみたらやっぱり違うんだよ。
さぁ分からなくなっちゃったよ。
あっちフラフラこっちフラフラよ。
こうなったら先の長屋へ帰るよか手が無えと思ったからようようの思いで先の長屋へ帰ってよウ〜ン一服してたらお前大家が出てきてよエヘヘ。
で『お前今時分こんな所で何してんだ?』ってぇから『実は引っ越してく先が分からなくなっちゃった』っつったら『聞くところによるってぇとお前が自分で探してきた長屋だってぇじゃねえか。
手前で探してきて分からなくなる奴が世の中にいるか?』ってぇから『ここに一人居らぁ』ってんで大家の野郎ブツブツ言いながらそこまでついてきてくれたんだよ全くアハハ〜ッ大笑い」。
「お前が大笑いだよばかばかしい」。
(笑い)「なにしろ一日中よ〜荷背負って歩いちゃったからお前肩が痛くてしょうがねえや」。
「だからその背負った物を下ろしてから喋ったらどうなの?」。
(笑い)「早く教えろそういう事を。
ア〜ショッと。
ア〜ッ喉がカラカラだ。
すまねえちょいとお茶一杯いれてくれ」。
「お茶はいれるけれどもさ先に居た人がばかに丁寧な方で折れ釘一本残さずにみんな抜いてっちゃったのよ。
でほらそこに箒が横になってるだろ?箒なんてぇ物はあんまり横にしとく物じゃないからさ釘1本打って。
ね?そうしたらお茶いれるから。
箒掛けるんだから掛けやすいように長い釘打ってよ」。
「お前誰に口きいてんだ。
俺は餓鬼の時分からたたき上げた大工だぞ。
その大工に向かって長い釘を打てってこの野郎指図しやがったな。
『箒掛けるから釘打て』ったらどのくらいの釘打っていいかこっちはト〜ンと分かろうってもんだい。
生意気な事言うないチクショーメ。
ええ?よし打ってやるから道具箱こっち持ってこい」。
「そこに出てるよ」。
「あ〜そうか。
余計な事言うんじゃねえってんだ長い釘を打てとかそういう事をつべこべぬかすんじゃねえてんだい。
かっ…。
痛痛痛お〜痛え。
あっこっちか?」。
(笑い)「お前さん壁へ打ち込んだね。
どんな釘打ったの?」。
「どんな釘ってお前が長え釘打てってぇからよ8寸の瓦っ釘ってこんなやつ」。
「ばかだねお前長屋の壁なんてのは薄いんですよ。
隣へ先が出てますよ。
もう道具へでも傷をつけたらどうするの。
けんつく喰らわないうちに先行って謝っておいで。
あ〜チョイチョイちょいとお待ちなさいよ。
お前さんそそっかしいんだからいい?落ち着くのよ。
落ち着くの何でもいいから落ち着くの。
お前さんも落ち着きゃ一人前だから」。
「何言ってやんだ落ち着きゃ一人前だってやがる。
落ち着かなきゃ半人前か?世の中に半人前なんて人間がいてたまるかってんだい。
ふざけちゃいけねえってんだ。
この野郎気を付けろいコンチクショーメ。
ええ?こんちは」。
(笑い)「大層ご立腹のご様子でございますが手前どもが何か粗相でも致しましたでしょうか?」。
「出てねえかい?」。
(笑い)「ハア〜?」。
「先が出てねえかよ?」。
「先が出てないか。
こらぁまた藪から棒ですな」。
「藪から棒じゃねえんだ壁から釘なんだよ」。
「何?何のお話でございます?」。
「えっ?アア〜ッアハハハよう私ぁねこの長屋へ越してきたんだ」。
「あっ左様でございますかへえへえ。
でご挨拶に?」。
「挨拶なんざどうだっていいんだそんなものは」。
(笑い)「嬶が釘掛けるから箒を打てとぬかしやがってね」。
「ハアハア〜ええ?おかみさんが『釘を掛けるから箒を打て』と仰ったんですか。
ハハハハハ面白いおかみさんですな。
『釘掛けるから箒を打て』」。
「釘掛けるから箒を打て?そんな間抜けな事言う訳はねえじゃねえか。
箒掛けるから釘打てってそう言ったんだい。
何だいお前さんそそっかしいね」。
「いや。
あんたですよ」。
(笑い)「え〜長い釘打てなんてぬかしやがってそれからね私ゃ柱へ打つつもりが壁へド〜ンてんでぶち込んじゃってねで先が出てねえかなと思って来たんだ」。
「あっ左様でございますか。
長い釘と申しますと5寸釘ですか?」。
「フン長い釘だってぇと5寸釘?長い釘ってぇと5寸釘と思うところが畜生のあさましさよ」。
「なな何ですよあなた」。
「8寸の瓦っ釘ってこんなやつでね」。
「8寸の瓦っ釘そらぁまた大層な物音がしたと思うんですがいや私ゃここへズ〜ッと座ってたんですが念のために伺いますがあなたはこの長屋はどちらへ越してきたんでございます?」。
「おう私はねこの筋向こうへト〜ンと越してきた」。
(笑い)「ハア〜ハハハハハ筋向こうへ。
なら家は大丈夫でしょう」。
「長え釘だからね〜」。
「いやいくら長い釘でもまさか路地の向こうで打った釘が家の壁突き破って先が出るなんて事はないでしょう」。
「いや。
お前さん素人だからそんなのんきな事を言って」。
「いや。
これは素人も玄人もないと思うんですが。
ちょいとあなた落ち着いて下さいよ。
あなたの越してきたのは筋向こうでしょう?ね?あそこでどう長い釘を打ったからって路地を通り越して家の壁を突き破って先が出るなんてぇ事はないでしょ?」。
「えっ?」。
「ハハハハハさよなら。
こりゃいけねえや。
こりゃ嬶の言うとおりだな。
落ち着かなきゃ半人前も無えや。
アア〜手前の家が分からなくなっちゃったよ。
エ〜ト」。
「あっ行ってきたの?」。
「お〜ここだハハハ嬶の声だ。
ね?俺はこう入ってってこっち向いてこう打ったんだからここか?あっそりゃそうだね?こう入ってってこっち向いてこう打った釘があそこへ出る訳ゃねえやな〜ハハハ。
あ〜なるほどこりゃ落ち着かなくっちゃいけねえ。
よし今度はひとつ落ち着いてやってやろう。
ウフンウ〜ン」。
「へいごめん下さいまし」。
「へいへい。
いらっしゃいまし。
おいおい。
どなたかお見えになった」。
「ちょっと落ち着かせてもらいますんで」。
(笑い)「お前こちら存じ上げてるかい?いや。
私も知らないよ。
座布団出しな座布団を。
上がってきちゃったんだからしかたがないでしょう。
エヘッまぁどうぞお当て下さいませ」。
「おうこらぁどうも相すみません。
ええ。
なにしろ落ち着かない事にゃからっ意気地が無えもんでちょっと落ち着かせてもらいますよ」。
「あの〜どちら様でございましょう?」。
「どちら様?別にどちら様って程の者じゃねえんですがねまぁ落ち着く事が第一です」。
(笑い)「落ち着かなくっちゃ駄目だ。
ア〜ア落ち着いて。
あ〜こりゃどうも」。
(笑い)「まぁ掃除は行き届いているようですな」。
(笑い)「あの〜どういうご用件で?」。
「どういうご用件?いや別にそれほどのもんじゃねえんですがねさっきからあなたの後ろでもって頭出したり引っ込めたりしてる面白い顔した女の人はあなたのおかみさんですか?」。
「面白い顔だけ余計だと思うんですがな私ゃ」。
(笑い)「これは手前どもの家内でございますが家内に何か用があるんですか?」。
「いや。
別に用は無えんですがねお宅じゃなんでございますか?仲人があって一緒になったんですか?それとも仲人なしのくっつき合いで?」。
「くっつき合い?いや。
家はちゃんと仲人があって一緒になりましたがな」。
「あ〜仲人があってねハハハ。
私の所はね仲人なしのくっつき合いってやつだ。
ええ。
私ゃ大工でね。
表通りに伊勢六って質屋がありましょう?」。
「いえ。
知りませんな」。
「知らねえ訳ゃねえ大きな質屋だよ。
この路地出てって右曲がってさ…。
あ〜それは先の長屋か」。
(笑い)「あ〜いやいいんだお前さん知らなくて。
ええ。
で台所の普請によ私は仕事で通ってたんだね?そこで中働きをしていたのが家の嬶ウハハハハハハ。
その時分はねポチャッとしてやがってねかわいかったんだ。
うん。
で仲間もね『おう。
あの娘お前に気があるんじゃねえか』なんてな事言いやがってね俺も『事によるとそうかな』とは思ってたんだけれどもこっちから変な口をきいてね妙な事になるのもなんだからしらばっくれてたんだうん。
でしばらくしたらね昼飯時に『あの〜鮭が焼けたんだけど食べない?』な〜んてね私にだけ持ってきやがったんだようん。
『こりゃ間違えねえ俺にト〜ンときてるな』と思ったんだけれどもさアハハうん鮭の一切れとはいえ女の子に物をもらってそれっきりってぇのは男の沽券に関わるからそれからね夜店でもってメリンスの腰巻きを一枚買ってやったハハハハ」。
(笑い)「喜びやがってね。
『まあ〜うれしいわよ。
私男の人に何か頂いたの初めて』な〜んてやがってねアハハそれが縁で一緒になって今年で7年目。
早えもんだね〜。
アハハ全くまあ〜男と女なんてぇなぁおかしなもんだい。
アハハアハハハハハ〜ッ。
さよなら」。
「ちょっとお待ちなさい」。
(笑い)「あなた何か家に用があって来たんでしょう?」。
「用が…。
ア〜ア〜そうそうそう。
あっいけねえこらぁチョイト落ち着き過ぎちゃったい。
ええ実はね私はこの長屋へ越してきたんだ」。
「驚かさないで下さいよ。
越してきたんだとよ。
へえへえまぁご近所が増えるというのはおめでたい事でございます。
よろしくおつきあい」。
「いいえそらぁどうでもいいんだけれども嬶がね『箒掛けるから釘打て』って私ゃそそっかしいんだよ。
8寸の瓦っ釘ってこんなやつをね柱へ打つところが壁へぶち込んじゃってねで先が出てねえかなと思ってそれで来たんですよ」。
「あ〜左様でございますか。
8寸の瓦っ釘を。
へえへえ。
いや私は煙草を買いに出ておりましたんで気が付きません。
お前?洗濯をしてて?どの辺にお打ちになりましたな?」。
「ええ雨漏りの染みがねこうス〜ッと」。
「いやそれはこっちからは分かりませんので。
一遍お宅へお帰りになってここへ打ったという所をお教えを願いますかな。
へえよろしくお頼申します」。
「お隣の大将お隣の大将」。
「変な人が越してきちゃったよ。
お隣の大将だってやがる。
へえへえ。
どこへお打ちになりましたな?」。
「ここ」。
(笑い)「どこでございます?」。
「ここ」。
「どの辺りでしょうな?」。
「指さしてんのが分からねえかな?」。
(笑い)「分かる訳ゃないでしょうあなた。
壁越しなんですから。
軽くトントンと叩いてみて下さいな」。
「あっそうか。
へいえ〜じゃあ叩きますよ。
いきますよ隣の大将。
ここですよここ。
ヨッアッアッヨッアッドッコイショのコ〜ラショのウントコショのショッと」。
「オ〜ットットットットッ仏壇がガタガタ言ってる」。
(笑い)「ちょっとお戻りを願います」。
「えい。
え〜どんな按配?」。
「どんな按配?家の仏壇をご覧なさい仏壇を」。
「仏壇?おっお〜立派な仏壇でございますな〜。
仏壇
(別段)変わった様子はありませんな?」。
(笑い)「あなた噺家の駄洒落みたいな事言ってもらっちゃ困りますな。
中の阿弥陀様をご覧なさいてんだ」。
「阿弥陀様?阿弥陀様阿弥陀様阿弥陀様。
オ〜ッ?これは変わった阿弥陀様ですな。
喉っ首から何か出てますね」。
「出てますね?」。
(笑い)「これがあなたの打った釘ですよ」。
「これが。
あらっ大変だ明日からここまで箒を掛けに来なくちゃいけねえ」。
(拍手)2014/09/13(土) 04:30〜05:00
NHK総合1・神戸
日本の話芸 落語「粗忽(こつ)の釘」[解][字][再]
落語「粗忽(こつ)の釘」▽三遊亭小遊三▽第661回東京落語会
詳細情報
番組内容
落語「粗忽(こつ)の釘」▽三遊亭小遊三▽第661回東京落語会
出演者
【出演】三遊亭小遊三,斎須祥子,田中ふゆ,瀧川鯉○,三遊亭遊松,柳家緑太
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:26123(0x660B)