クローズアップ現代「錦織圭 世界の頂点への戦い」 2014.09.11

テニスの四大大会に、初めて日本人が出場したのは1916年。
結果は2回戦敗退。
それから98年。
ケイ・ニシコリ!
ついに世界の頂点が見えてきました。
体格の違い。
圧倒的なパワー。
男子テニスで世界と日本との間には大きな差がありました。
歴史を変えたのは今週、日本人初の全米オープン準優勝を果たした錦織圭選手。
早くから非凡な才能を認められ13歳で単身渡米。
世界中から集まるトップレベルの選手と、しのぎを削りました。
試行錯誤の末に編み出したのは体格の差を補う新たな戦法。
その威力に世界が目を見張りました。
歴史を変えた24歳。
世界の頂点を目指す戦いに迫ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
今夜は近田が担当します。
多くのプロスポーツの中でも男子のテニスといいますのは世界のトップと日本人の選手の間に大きな差があるといわれてきた競技です。
それが今週、錦織圭選手が日本人として初めて四大大会の一つ、全米オープンのシングルスで準優勝。
日本テニス界の歴史を塗り替えたのです。
テニスのツアー大会というのは世界各地で行われます。
その最高峰が、グランドスラムと呼ばれる四大大会です。
錦織選手が出てくる前日本の男子は95年に松岡修造さんがウィンブルドン・ベスト8まで行きましたが、それを除きますとなかなか勝ち進めないという時代が長く続いたんですね。
その大きな理由が体格とパワーの違いです。
80年代まではサーブ&ボレー。
サーブで相手を崩し前に出ていくプレーが主流でした。
それがトレーニング方法の確立やラケットの進化などによってサーブに対するレシーブ力が向上。
最近はベースライン、後ろに下がって打ち合うストローク戦が主流です。
いずれにおいても体格に差のある日本の選手というのは世界のトップに遠く及ばなかったんです。
錦織選手も身長は1メートル78センチ。
世界のトッププロとしては小柄なほうです。
ここ10年の男子シングルスを引っ張ってきましたいわゆるビッグ4と呼ばれるトップ選手と比べますとご覧のとおり大きな身長差があります。
ただ、ことしに入って錦織選手は急成長します。
3月にフェデラー。
そして今回、ジョコビッチとビッグ4のうちの2人に勝利を収めているんですね。
躍進の背景には体力に勝る相手に打ち勝つため10年かけてたどりついた錦織選手ならではの新しいテニスの姿がありました。
決勝戦から一夜明けてインタビューに応じた錦織選手。
今大会のベストプレーは何か聞きました。
一番はやっぱりストロークのよさがすごい際立って特に、中にステップインしてベースラインの中に入って、入る攻めるショットが一番よかったかなと思います。
世界ランキング1位ジョコビッチ選手との準決勝。
ジョコビッチ選手はベースラインから2メートル50センチほど離れて打っています。
これに対し錦織選手の立ち位置はほぼベースラインの上。
深いボールが来ても下がりません。
速いテンポで相手が構える間もなく打ち返す戦術です。
相手の反応が遅れ甘いボールが返ってきたところでさらに前に出ます。
ジョコビッチ選手は全く反応できませんでした。
前に出てボールを返せば相手にあまり振り回されません。
今大会、1ポイントを取るために走った距離はジョコビッチ選手よりも2メートルほど短くなっています。
その分、体力も温存できるのです。
元プロテニスプレーヤーの松岡修造さんです。
深いボールもベースライン上で打ち続けるこのプレー。
素早いフットワークと相手のボールを予測する高い能力を持つ錦織選手だからこそできるテニスだと言います。
体格に劣る日本人にとって男子テニスは世界のトップとの距離が最も遠い競技の一つでした。
皇太子殿下と美智子さんがご一緒にテニスを楽しむのはきたる8月の…。
戦後、何回かのテニスブームを経て競技人口は増加。
しかしそこから、世界の舞台で活躍するトッププレーヤーは生まれませんでした。
世界ランキングは最高でも松岡修造さんの46位。
その引退後は10年以上にわたって誰も世界100位以内に入れませんでした。
日本の男子テニスが低迷を続けていたこのころ錦織選手はテニスを始めました。
小学生の大会で全国制覇。
将来を期待された錦織選手は13歳のとき単身アメリカに渡ります。
向かったのはスポーツ選手を養成する専門機関IМGアカデミー。
各国から選び抜かれたスポーツエリートを最先端の理論に基づいて世界に通用する選手に育成しています。
生徒どうしを競わせ成績が悪ければ退学を迫られるサバイバル。
錦織選手は世界の厚い壁にぶつかります。
当時、錦織選手と共にテニス留学していた富田玄輝さんです。
錦織選手が苦しんだのは圧倒的な体格の差だったといいます。
天才少年と呼ばれた日本とは全く違うしれつな競争。
しかし錦織選手は世界に追いつくための試練だと考え、自分より強い相手に挑み続けました。
留学から2年後には同世代で最強といわれていた選手を破るほどの力をつけます。
17歳でプロデビューを果たした錦織選手。
よくとしにはツアー大会で初優勝を飾りました。
その後も結果を残し世界ランキングを一気に駆け上がっていきました。
しかし、おととし以降足踏みが続きます。
世界のトップ10という厚い壁を越えられなかったのです。
時には4時間を超えることもある試合。
トップ選手のパワーに太刀打ちできず、相次ぐけがにも悩まされていました。
停滞を打開するきっかけは去年12月マイケル・チャンコーチとの出会いでした。
身長1メートル75センチ。
体格のハンデをスピードとフットワークで補ったトッププレーヤー。
17歳のとき、史上最年少でグランドスラムの一つ全仏オープンを制しています。
錦織選手は同じアジア系のチャンコーチにその経験に基づいた指導をしてもらいたいとコーチを依頼したのです。
チャンコーチがまず取り組んだのは錦織選手の体力の強化でした。
今まで、大会期間中にはあまり行わなかったトレーニングをあえて課すことで長時間プレーできる強い体を作ろうとしたのです。
さらに、体重を乗せた力強いボールを打てるよう基礎を繰り返し行う反復練習にも取り組みました。
当時、錦織選手はブログにこう記しています。
「10個以上直されたところがあります」「サーブだとトスの位置ワイドサーブの打ち方足をもっと使うとか」「泣きそうですが頑張ります」
そして、迎えた全米オープン。
チャンコーチの教えが実を結びました。
不安視されていたスタミナ。
2試合続けて、4時間を超える試合を勝ち抜きます。
ケイ・ニシコリ!
反復練習の成果でショットに力強さも増していました。
際立っていたのがバックハンド。
角度のあるクロス。
コースぎりぎりを狙うダウンザライン。
錦織選手がバックハンドで決めたショットは11本。
ジョコビッチ選手を圧倒しました。
日本のテニスが世界に認められた瞬間。
後に続く世代が錦織選手の姿を見つめました。
きょう、スタジオには、錦織選手をよく知るお2人、松岡修造さんと杉山愛さんにお越しいただきました。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
今のVTR中もずっと錦織選手の思い出話をされて、それをそのままお伝えしたいくらいだったんですけれども、まず松岡さん、松岡さんは、錦織さんが11歳のときに、松岡さんが指導する合宿に参加されて、それからのおつきあい、今回の結果、どのように受け止めていらっしゃいますか?改めて。
普通に考えたらね、アジアでも誰も達成してない、100年もずっと、準決勝においてもできなかった、とんでもないことなんです。
ただ、僕は11歳から錦織選手を見ていて、やはり世界一になれる選手だと、その才能を僕は持っているのを知っているので、今回の準優勝っていうのは、彼も言ってました、僕も見てて悔しかった、勝てるし。
だからこそ、今後、こういう結果っていうのはどんどん出てくる。
いい意味での僕はスタートとして、取ってるんですね。
スタートとして。
杉山さんは、グランドスラム、ダブルスで優勝経験があります。
錦織選手をご覧になって、どんなところにそのすごさっていうのを感じましたか?
今回は本当、すべての面ですばらしかったなと思うんですけれども、心技体といいますけれども、まず本当にテニスが、世界のテニス、超トップのテニス、錦織選手にとってのテニスで、ジョコビッチ選手を破ったりしてますから、テニスでも上回ってましたし、あと4時間を超える中でも、連続ですよね、体力面でも、しっかりと2週間7試合勝ってもおかしくない体力があるというふうに確認できましたし、あと言うことばが変わってきましたね。
ことば変わってきた?
ことばというのは、やはり誰にでも勝てるというか、負ける選手はいないということで、これなかったんですよね、今まで。
本当にメンタル的にも変わってきたなというふうに思うと、すべてが充実した全米オープンだったなというふうに思いますよね。
杉山さんは、13歳のころに錦織選手を初めて見て、そこからの変化というのを、やっぱり見て取れますか?
いや、もう、そのころに比べたら、本質は変わらない部分ももちろんあるんですけれども、ただもう、選手としては本当にもう信じられない成長ですね。
この1年だけでも、大きなジャンプアップをしたと思います。
松岡さん、今回、新たなスタイル、テニスということなんですけれども、ちょっと改めてこのスタジオで、詳しく解説をしていただきたいんですが。
そうですね。
もうこれは世界が驚いた錦織選手のテニスっていうのが今後、新しいテニスになっていくと思うんですが、今までのテニスっていうのは、どちらかというと、ベースラインより後ろに下がって、ストロークをしっかり打って、守り型が多かったです。
だからこそ、打つときにこのように右足を横に出す、オープンステップ、この中で、ボールを打っていたんですね。
錦織選手の場合、今回、多かったです。
自分でもインタビューで言ってました。
ベースラインより内側の中に入って、オープンではなく、しっかり踏み込んで、最も体の中で、一番パワーを伝える中で打っていきます。
しかもボールの上がりっぱなで打つから、相手のパワーも使えるので、今までの選手は、感じたことのないそういう返球で、プレーをされる。
だからもう相手は何もできなくなってしまう、そういう状況になりましたね。
これがどうしてできるようになったと思いますか?
これは間違いなく、マイケル・チャンコーチの反復練習がありました。
僕は11歳から錦織選手見てて、一番嫌いなのが反復なんですよ。
嫌いなんですか?
天才だからです。
単純ですからね。
感覚でやっぱりプレーしていきたい。
でもマイケルは、とにかく同じ練習を何度も何度も打ってったと。
錦織選手も言ってました、嫌だったと。
なんでこういう練習をしなきゃいけないのかと。
でも、プレーをしてたら、どんどん選手が勝手にミスしてくれる。
今までエースにならなかったのが、エースになってくっていう、それはね、ボールにパワーが出てきたっていうことを感じたから、よけいこれからやるようになるでしょうね。
コーチについたのは去年の年末ですよね。
この短い期間で、それだけ変わるものなんでしょうか?
変わりましたよ、本当に。
なので、ある意味、組み立てというものは、あまり変わってないところもあるんですね、プレースタイルという意味では。
でも今までは、追い込めなかったショットが今回はそれでもう追い込めてるので、前に前にというテニスが可能になってますよね。
今回、本当に偉業を成し遂げたわけですけれども、松岡さんはランキング46位まで行きました。
ただ、そのトップ10、世界のトップには及ばなかったわけですよね。
世界を回って感じた、日本人が感じる壁っていうのはどんなところに?
僕は正直言って、背とか、体格とかテニスっていう意味では、十分通用すると思ってるんです。
ただ、テニスっていうのは、インターナショナルなスポーツで、年間10か月、海外に行かなきゃいけない。
しかも1人で戦うので、英語も含めて、自分で表現して、自分の考えをしっかり伝えないかぎりは、テニス以前の問題で、世界では戦っていけない。
だからこそ、僕が一番ツアーに出て、苦労したことを11歳の錦織選手を含めて、年齢の小さい頃から伝えていけば、確実に世界には近づくっていうのが、僕の中で強く思ってたので、合宿を、現役を退いてから始めていったということですね。
今もその合宿中なわけですけれども、そのジュニアの選手たちは、今回の錦織選手の活躍、どのように受け止めてますか?
それはもう目が変わりました。
なぜなら、やはり錦織選手が、トップ10である程度、もうちょっとっていうところで頑張ってたんですけど、あの錦織選手でも、やっぱりグランドスラムのトップに行けないんだっていう思い、だから目標が、自分は世界の50位とか、普通は世界一って言うんですよ、最初、ジュニアの頃は。
変わってってしまった。
でも勝ったことによって、錦織選手がトップにいったと、自分もできるって、日本人でもできるって思いを、ジュニアは感じるようになったんですね。
杉山さんは、現役で本当に世界を回っていて、そのどうやって対応していったんでしょうか?その世界の環境という中で、日本人の選手として。
そうですね。
私も本当、ことばの部分では、やはりジュニア、14歳ぐらいから海外出始めたんですけど、そのころは、ぜんぜん話せませんでした。
ただやはり日本人の選手と一緒に固まっていたら、もったいないなと思ったので、だんだんだんだんこう、海外の選手に飛び込んでいって、一緒に練習しようとか、一緒にごはんを食べようとか、そういった時間を作ってたんですね。
そういうふうにしていくと、やっぱり話せないということが本当に苦しかったので、話せるようになりたいというふうに思って、そこでやはり悔しさがばねになりまして、だんだんコミュニケーション取れるようになって、それがプロになって、すごく生きたなというのはありますね。
文化も違いますからね。
それが普通はできないじゃないですか。
これはこの愛さんの明るい性格で、どんどん人に入っていけるっていう、日本人ではなかなかいないと思うんですよね、文化を考えたとしても。
だからそこはやっぱり、絶対的条件ですね。
そうですね、でもそういうのは必要だと思うんですね。
これからスポーツではなくても、ビジネスの世界でも同じことがやはり、いえると思うんですね。
グローバルで活躍するには、やはり語学であったり、文化に慣れる、その対応力だったり、本当、錦織選手ももちろん、トップテニスですけれども、テニスもすばらしいんですけれども、やっぱり人間力という、総合力があそこまであるからこそ、今回の大活躍、大躍進があったんじゃないかなというふうに思ってます。
錦織選手は13歳で単身渡米していました。
その海外にスポーツ留学に行ける人もいれば、日本で頑張らなきゃいけない立場の選手たちもいらっしゃると思うんですね。
その国内も含めて、どうやっていったら、錦織選手に続く、追いかける選手たちが今後、育っていくか、お2人に最後、意見を伺いたいんですけれども。
日本でも十分僕は活躍できる、愛さんができてました。
やはり今は12歳、14歳でも海外遠征、半年以上行ったりしますから、しっかりしたベースがあれば、僕は十分日本でも、世界的な選手が出ると思います。
そうですね。
私も本当にビジョンをしっかりと描いていくこと。
どういったことをしたいのか。
そしてそれを成し遂げるために、今何をすべきかということをやはり段階を経て、本当にステップを、一つ一つですから、クリアしていかなくちゃいけないので、大きく描きつつ、ブレイクダウンして考えていくっていうことも大切かなと思います。
2014/09/11(木) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「錦織圭 世界の頂点への戦い」[字]

日本選手として初めて、テニスの4大大会のファイナリストとなった錦織圭選手。パワーテニス全盛の中、どのようにして世界の頂点の舞台で活躍するまでになったのか。

詳細情報
番組内容
【ゲスト】元プロテニスプレイヤー…松岡修造,杉山愛,【キャスター】近田雄一
出演者
【ゲスト】元プロテニスプレイヤー…松岡修造,杉山愛,【キャスター】近田雄一

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
スポーツ – その他の球技

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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