張本より野村前監督の方が岩隈に不満をもらしていた。
100球前後をメドに交代を申し出る岩隈に対し、不満をもらしていたのは何も張本だけではない。
楽天の前監督、野村克也も同じだった。野村の「口撃」は想像の通り、執拗だった。その空気は嫌というほど岩隈に伝わっていたに違いない。
いっそのこと多少無理してでも従ってしまった方が精神的にはよっぽど楽になるのではないかと思ったものだが、岩隈はそんなことで動じるようなタイプではなかった。
「完投にこだわっても肩を消耗するだけ。大事な試合は行きますけど、そうでないときは1年間、ローテーションを守る方が大事。無理をしてシーズン途中で離脱するのは嫌ですからね。結局、自分の体は自分で守るしかない。だから、そのあたりの判断は自分でしたいと思う」
表情ひとつ変えずに淡々とそう語る岩隈を見て、私はそれこそ「あっぱれ」と思ったものだ。
監督やファンの反感をかっても己を貫く、WBCの立役者。
主張の色合いから言ったら「完投してこそエース」といった論調の方が世間の支持は受けやすい。クールに映る岩隈の方が分は悪い。ともすれば、ファンの反感をかいかねない。だが、岩隈はそんなことは少しも気にとめていなかった。
そんな岩隈だからこそ、昨年のWBCにおいて決勝戦の先発というもっともしびれる役を任されても、あれだけの投球ができたのだと思う。あのとき、緊張して自分の投球ができなくなる岩隈など、まったく想像できなかった。
もうひとつ言うならば、たとえ選手が自ら降板を申し出たとしても、不満の矛先を選手に向けるのは筋違いではあるまいか。選手起用の最終決定権はあくまで監督にあるわけで、監督が認めた以上、その責任は監督にある。もちろん「選手が言うことを聞かない」というケースもあるのだろうが、それも突き詰めれば選手をコントロールできない監督の器量の方にこそ問題はある。
種々の理由で、岩隈への「喝」は少々、気の毒な気がした。
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