ミニマリストになりたい院生の奮闘記

ミニマリストになる日を夢見て、(今は意識が高いだけだけど)奮闘する日々を描くブログ。

ミニマリストは心が決めるらしいが、心で決めてはいけないと思う件について。

ミニマリストとはなんだろうか。

何をもって、ミニマリストと定義されるのだろうか。

はじめに 

・そもそも、twitterなどのプロフィール欄にて「ミニマリスト」を自称する人は多いようだ。

・それを鑑みると、一時期流行した、「社会起業家」を自称する、主に若手のサラリーマンが増えていたのを思い出す。

・そもそもサラリーマンなら起業家じゃねーだろ?「大学研究家」「料理研究家」などのように、名乗った者勝ちなのか?*1

 

本記事では、「何をもってミニマリストと定義されるの?」という問いについて考察を行いたい。

 

他のブログにおける定義など

ここでは、「ミニマリスト」「シンプルライフ」などの言葉への言及を抜粋する*2

ミニマリスト
自分で運べる持ち物だけ所有。
シンプルライフ(シンプリスト)
自分で持ち運べない量の持ち物がある。一般家庭や断捨離実行中の人よりも荷物は少ない。

リアルミニマリストとシンプルライフの違いは全ての持ち物を持ち運べるかどうか - はぴらき合理化幻想

 

語源に忠実な定義がなされていると感じる。「ミニマリスト」はminimal(最小)を想起させるような定義をしていて、「シンプルライフ」はsimpleという語が「荷物の少なさ」を表しているかのような定義であると感じられる*3

 

なお、上記のブログにおいては、「ミニマリスト」「シンプルライフ」の違いとして、「物の少なさ」というパラメーターが設けられている。

物の少なさで比較すると次の通り。

ミニマリスト < シンプルライフ < 断捨離実行中 < 一般家庭 < 汚部屋 < ゴミ屋敷

 

 

次。

『シンプルライフ』『ミニマリスト』とか、言葉の区分けなんてどうでもいい

結論:言葉なんてどうでもいい

今までは「増やせば増やすほど豊かになる」と考えられている世の中でした。もっと稼いで、良い車に乗って、良い家に住んで、流行のモノを買い揃えたら幸せになれる、と信じられてきました。まだまだそういう考え方の人はまだまだ多いのかもしれませんが、「増やしても幸せになるとは限らない」と考える方が少しずつ増えてきています。

言葉の意味やイメージの違いを書いてきましたが、シンプルでもミニマルでもミニマムでもなんでもよくて、『減らす美学』と『本当の幸せ』を共有している人の集まりだと思っています。特に区分けなんかしないで、大きなチームとして考えられたら素敵ですね。 

私はシンプルライフを送るミニマリストです。みなさま仲良くやりましょう。

『シンプルライフ』『ミニマリスト』とか、言葉の区分けなんてどうでもいい - ミニマリストチャンネル 

*4

上記引用によれば、「シンプルライフ」「ミニマリスト」という言葉上の違いは問題にすべきではなく、両者は共存可能な近しい概念*5であり、言葉上の定義的な問題はそこまで重要ではない、という立場を取るとある*6。「ミニマリスト」「シンプルライフ」の体現を希求し、実践により道を開拓、提示しようとする上ブログ著者は、他ならぬ実践者であると言える。

 

最後に、我が師(id:horitsukiko)の実践を述べる。

師は、執筆中のブログ「クリナーズハイ!20代の半隠居ライフ」において、様々な「ミニマリスト」としての取り組みを提示している。その一例を挙げる:食生活、コーデ、服装、人間関係、持ち物、努力しない、等々。上記2ブログのように、具体的な言葉上の定義が行われている記事は、管見の限りにおいて存在しない*7。あらゆることに関して「ミニマリスト」を行動にて提示しており、ブログはその実践例の宝庫であると言える。

こちらにおいても、上述「ミニマリストチャンネル 」におけるアプローチと共通した信念*8が感じられる。詳細はブログを参照されたい。

 

考察:院生を一例に

以上を踏まえた上で、何をもって「ミニマリスト」「シンプルライフ」を見なすことができるか、考えてみよう。

一例として、本ブログ著者(以下、院生)はミニマリストと見なすことができるか、上記ブログの定義に基づき考察していく。

 

上述のブログ引用記事(id:hapilaki)においては、「自称ミニマリスト」「リアルミニマリスト」という区分がなされている:

自称ミニマリスト
比較対象が過去の自分。自分の人生の中では最も持ち物が少なくなっている人。持ち物を減らして過去最少になっているのでミニマリストと思いがち。持ち物の量は他人との相対評価という考えがない。井の中の蛙
リアルミニマリスト
比較対象が他人。評価する人も他人。他人から物が少なすぎると思われる人。自称ミニマリストからも物が少なすぎると思われる。

リアルミニマリストとシンプルライフの違いは全ての持ち物を持ち運べるかどうか - はぴらき合理化幻想

 

 「ミニマリスト」であるか、評価基準は他者であるということだ。この基準に従えば、「本ブログの著者がミニマリストであるか否か」については、「(上記三者からみて)院生は、ミニマリストであると言えるか?」と比較、検討を行う必要があり、特に師匠から見れば院生は師弟関係にあり、現在は「ミニマリストになることが目標」である以上、「(現時点では)ミニマリストではない」と結論づけられる。

 

議論:何をもって「ミニマリスト」とみなすか?

ここでは、表題の件について、さらに考察を進める。結論として、「ミニマリスト」の定義は人それぞれであり、「ミニマリストは心が決める」というスタンスが観察される、という点を指摘する。

 

これまで、三者に共通する「行動によってミニマリスト/シンプルライフを希求し、体現していく」という指針を見てきたが、実際の定義は、各人によって異なるものであるといえる。

まあみんな表面上のキラキラオーラをみると華やかそうだから共通なのかな?相違点を探すより共通点を見つける方が、たくさん出てきそうなので、「立場は殆どみんな似ている」というのが正しそうなんだけど、異性に対峙したときのチャラさ、態度、相手側*9が取ってしまう反応などにはスタンスの違いが見られると思われるので、多かれ少なかれ差異が存在し、100%同じではないと言えるだろう。定義が三者同一であれば、誰もがパ○○ンにし、モテコーデを希求せねばならない。さらに、「残念性」「実用性/合理性重視」「ゴージャス度」などのパラメーターを立ててみても、スタンスの違いが浮き彫りとなることだろう*10

 

また、上記3者の著者が特に厳格な姿勢を貫き通しているという事実は、グーグル検索などを行ってみると、実際には緩やかな定義を掲げたブログが散見される、という観察結果からも相対的に位置づけられる*11

 

上記3ブログ以外の調査結果も鑑みて、以下のことを指摘する*12

・上記三者の「ミニマリスト」「シンプルライフ」には共通する信念が見られるが、厳密に見ていくと細部には違いがみられる。

・様々なブログなどを検索していくと、一時無駄に流行った「社会起業家(笑)」と同一の傾向が「ミニマリスト」自称者にも散見される*13。つまりミニマリストと名乗った者勝ち」という風潮である*14

 ・ミニマリスト」「シンプルライフ」の定義は心が決める(人それぞれの定義がある模様)ようだ。

 

おわりに

上記の調査結果を脇に置いて、本ブログ著者の見解*15を述べると、学問的位置づけとして「ミニマリスト」「シンプルライフ」を考察していくにおいても、上記引用ブログ(id:hapilaki)のように、その立ち位置および用語上の定義を明確にする、あるいは、他の2者のブログのように、実践を通して道を提示していく、という一貫した厳格なスタンスをもつ方が好ましいと考える。

「社会企業家」と名乗っておきながら社畜として会社の奴隷として働くだけでは、一体どこが社会起業家と呼べるのだろうか。これは自称に過ぎず、実質的には何もしていない、つまり「社会起業家」などと名乗る資格はないのである。このような輩が増えるから、「社会起業家」を名乗る若者が一時揶揄され信用に値しない輩とされたように、「ミニマリスト」「シンプルライフ」と名乗ることが悪徳とされ、上記3者のように、真の意味での「ミニマリスト」「シンプルライフ」の求道者に対しても、クリーンなイメージとは対極の印象が抱かれかねないという事態が生じるのだ。

 

以上を踏まえ、結語とする。

ミニマリスト」「シンプルライフ」を安易に自称するのはやめよ。

自称するのであれば、値すると認定するに相応しい、客観的な指標(パラメーター)を立てよ。

 

以上。

 

 

 

 

…破門しないでください師匠。まじで。すみませんでした*16
ミニマリストについて考察する機会を下さりありがとうございました

 

余談:一介のミニマリストたるため、院生、本格的に弟子入り。

なぜ本ブログのタイトルは「ミニマリストになりたい院生の奮闘記」、HNは「ミニマリストになりたい院生」となったのか。答えがここにある。

 読者の方から誰かをプロデュースしたら面白いのでないか、というナイスアイディアを頂きました。

偶然「ミニマリストになりたい院生id:nothima)」さんが適材だったので、飲み会の企画のサポートとは別にプロデュースすることにしました! 

ちなみにブログ名と名前を私が新しく命名したのですが、

ミニマリストになりたい】と入れることで、

同じミニマリストに興味がある人に発見されて応援して貰えるようにと考えた名前です。

 この名前だったら、はてなブロガー以外とも仲良くなりやすいと思いますよ^^ 

【9月のアクセス解析】11万PV達成!【3か月目】 - 女性誌殺しコスパ最強コーデ

人生はネタだと思う。そして、体現者を目指すのも一興*17 。

期限は2015年7月だそうな…*18

*1:※本日の結論です。

*2:某先輩研究者の、割と痛烈&重要な指摘として、「定義にうるさい奴は、一生定義して終わってればいい。定義にこだわりすぎて1日が終わるような日があれば、俺は研究者として調査、記録、記述、考察を1日でも多く進めていきたい。そんな研究者でありたい」というものがあります。まあ、議論を始めるにあたって、定義は大事っちゃあ大事ですが、定義にこだわって何も進まないのもどうかと思う。ただ出発点として、定義しいないと、同じ言葉を使っていても他の立場をとる人との区別ができなかったり、研究文脈に位置づけることができないので、一応ここでは、他の方にとっての「ミニマリスト」系の位置づけを引用することにします。ここを議論の出発点にしましょうか。

*3:本ブログ著者による勝手な印象です。詳しく気になる方は、上記ブログの筆者に直接ご確認を。

*4:タイトル、見出し部分を除く太字部分は、本ブログ著者によるもの。

*5:家族だと、親族にあたる?

*6:上の脚注において述べた、某先輩の研究態度に近しい。本ブログ著者も、その立場に共鳴するものであり、定義も大事だとは思うが定義定義五月蠅すぎる奴、つまり度を超えた定義厨は「一生定義してろ!」と思う。なお、「定義厨」とは、敬愛するはぴらきさんのことではなく、ゼミのディスカッションで「○○とは?自分は納得いかねえ!」という自分勝手な議論を1時間以上にわたって延々と繰り広げるゴミ屑のことを指しているので(本当にいるんですよ…wみんなうんざりして眠そうになってしまい、そいつ以外誰も得をしない)、間違いなきよう。はぴらきさんのブログは、シンプルライフ、ミニマリストと判定される基準が細やかに提示されていて、とても親切だと思う。誠実な学者になれる才能があると思う。よっ、未来のはぴらき教授!←

*7:ブログ記事の調査不足であったらすみません…弟子失格ですね…そうであれば、もう一度私にチャンスをください

*8:体現を通して道を提示する、という生き方。まあ、はぴらきさんもそうですね。結局、上記全員が求道者であり体現者なのである。

*9:対峙された異性側

*10:細かい議論については、誰かさんの求愛記事などを参照(ネタをネタと(ry

*11:確固たる証拠を引用、提示していないので、厳密には「示していない」と言えるかもしれない。そして、何個も引用してくるのが大変な記事を書いていて眠くなってきて疲れたため具体例は割愛する。←論証をやるなら提示しないとだめ。この点で、具体例がないので、この記事はだめ記事。実際のところは、緩やかな定義を掲げ、安易に「ミニマリスト」を自称する、いわゆる「自称ミニマリスト」の具体例を列挙することは、上記3者と比較して「不十分なミニマリスト」と名指しで指摘することに他ならないため、誹謗中傷となりかねないという懸念のためである。実際のところは、上記3実践者と、その他の「不十分なミニマリスト」なる存在を対比するためには、本ブログにて述べた様々なパラメーターに加え、それらのブログにおいて提示されている(可能性がある)パラメーターの1つ1つについて吟味していく必要があり、ともすれば、果てしない作業となりかねないので(仮に、議論を行うのであれば)今後の課題としたい。今のところやるつもりはない

*12:なお、ここでは調査結果については割愛する。

*13:ぐぐってみてください。

*14:本ブログでは、必ずしもこの立場を支持しない。だが、ここではグーグル調査の結果を淡々と述べる。

*15:もとい、本音。

*16:ここで1カウントw

*17:もとい、実践者となるにあたっての素晴らしい取り組みだと思うんだ!

*18:体現できなければ破門ということか…←えっ?