2014年10月1日00時30分
水俣病を中心とした公害問題をテーマに40年以上にわたって撮影を続けた写真家の塩田武史(しおた・たけし、本名塩田武〈しおた・たけし〉)さんが9月30日、心筋梗塞(こうそく)で死去した。69歳だった。通夜は10月1日午後7時、葬儀は2日正午から熊本市中央区水前寺1の6の7の玉泉院水前寺会館で。喪主は妻弘美さん。
高松市生まれ。法政大の学生だった1967年、母親の胎内で有機水銀の影響を受けた胎児性水俣病の存在を知ったことから水俣病に関心を持ち、初めて熊本県水俣市に患者を訪ね、その姿に衝撃を受けた。記録のため本格的に写真を始め、大学卒業後の70年に水俣市に移住した。
患者家族の日常を撮影する一方、原因企業チッソに補償を求めて初めて起こされた水俣病第1次訴訟(69~73年)などの患者運動を記録。72年、ストックホルムで国連人間環境会議が開かれたのに合わせて、水俣病の被害の実態を世界に伝えるため現地へ向かった患者家族らに同行取材した。
撮影対象は各地の公害問題に及んだ。カナダ北部の先住民居留地で起きた工場排水による有機水銀中毒被害や、宮崎県高千穂町の旧土呂久鉱山周辺で発生したヒ素中毒、カネミ油症など、国内外の公害の現場を取材した。
85年から熊本市在住。患者認定や補償を求めて続く訴訟など、いまだ解決をみない水俣病の現状を最近まで追い続けた。著書・写真集に「僕が写した愛しい水俣」「水俣な人 水俣病を支援した人びとの軌跡」などがある。
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