総長からのメッセージ 学生と教員が一緒になって「おもろいこと」を発想する。 それも全力で真剣に。それをずっと実現し続けられる 京都大学にしたい! 京都大学というのは千年の都と呼ばれる京都にあって、長い伝統の中でずっとユニークなことをやってきた大学です。この斬新でユニークな発想=「おもろいこと」を考えることから生まれます。 京都大学はそのために分野を超えて学生も教員も対話をします。それも真剣に、全力で。それがきっと未来の真のイノベーションにつながるとともに、この社会を豊かにしてくれるはずです。京都大学はそのために労を惜しまない大学であり、それがずっと実現し続けるような大学にしたいと思っています。 そして、これからおもしろいことをどんどん仕掛けていきたいと思います。ぜひ京都大学の外からもいろいろな意味で参加をしていただきたければ幸いです。「京都大学」のこれからにぜひ注目してください。 新総長 山極壽一
プロフィール
部局 理学研究科 氏名 山極壽一 生年月日 (西暦)1952年2月21日生 学位 京都大学理学博士(1987年1月23日) 担当講座等 生物科学専攻人類学講座 専門分野 人類学・霊長類学 1975年3月 京都大学理学部卒業 1977年3月 京都大学大学院理学研究科修士課程修了 1980年3月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定 1980年5月 京都大学大学院理学研究科博士後期課程退学 1980年6月1日 日本学術振興会奨励研究員 1982年4月1日 京都大学研修員 1983年1月16日 財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー 1988年7月1日 京都大学霊長類研究所助手 1998年1月1日 京都大学大学院理学研究科助教授 2002年7月16日 京都大学大学院理学研究科教授(現在に至る) 2009年4月1日 京都大学教育研究評議会評議員(2011年3月31日まで) 2011年4月1日 京都大学大学院理学研究科長・理学部長(2013年3月31日まで) 2012年4月1日 京都大学経営協議会委員(2013年3月31日まで)
12の質問からわかる総長の本音とは!?
高校紛争世代でほとんど受験勉強をする機会もなくて、どこを目指すかは確定していませんでした。ただ、物理学と数学が得意で好きでしたので、湯川先生に憧れ、物理の世界を勉強しようと思い、当時の京都大学理学部に入りました。当時、理学部は自由の学風で、好きなことをやらせてくれるところと聞いていたので、その点も自分に合っているのではないかと思ったのも理由の一つです。
私は学生時代スキー部に所属していて、スキー部の合宿に行った時、理学部の先輩が双眼鏡でニホンザルを観察していました。そのときこういう学問があることに驚きました。それから人類学のゼミにも参加するようになり、人間は過去には人間ではなかったはずだ、だから人間性の由来を訪ねるためには、人間だけを追っかけていてはその由来はわからない。人間と違う動物のことを知りながら、人間の過去を探るという人類学の面白さに気付きました。
もともと私は小さい頃から探検家になりたくて、小学校の頃の夢は宇宙飛行士でした。宇宙へ飛び出していって、未知の生命体に遭遇したいという気持ちがありました。それが、大学における人類学との出会いを通じて、アフリカの熱帯のジャングルに行って、未知の生物に出会いたいという気持ちに変わったのかもしれません。
ニホンザルを見ているうちに、もっと人間である自分自身を映し出せる対象に興味が出てきました。そのようなときに動物園でゴリラを見たらすごく圧倒されました。その威厳にこれは人間を超える動物だと思いましたね。そして、やっぱり野生で彼らを見てみたいと思ったので「よしゴリラをやろう」と決めました。ゴリラと接して分かったことは、オスの体重は200キロ以上あって、腕も丸太のように太いし手もグローブみたいです。けれどそれを感じさせないぐらいソフトです。非常に包容力があるし、その力を行使しない、何かを抑える力を持っている。
他方、今の我々が住む社会は、こんなに大勢の人間が集まって静かに共存できるのも、「抑制力」だと思います。この抑制力を持ったからこそ、自分の欲望を抑制しながら他の人のやりたいことをやらせてあげるような、社会性に富んだ暮らしができるようになった。ゴリラは、人間にも増してその能力が高いと思っています。
私はフィールドワーカーだから、いろいろな場所に行って、動物と付き合うし、いろいろな民族の人たちと知り合うわけです。その時の心構えとして、上から目線ではなく、相手の立場に立って、その物事を、世界を眺めるということを意識してきました。
そうでないとお互いを理解し合えない。村の人たちと同じ生活をしながら、統率力のある人を見つけて、きちんと目で見てお願いをする。そうすると人々が胸を開いていろいろなことを話してくれる。それがフィールドワーカーとしてもヒントになるし、新しいことを思いつくきっかけになるわけです。
それが実はすごく大事であって、研究者として成熟するためには、常に現場感覚を持つこと。私の先生は研究室の中にあるのではなく森の中にいると思っています。
研究者は、通常英語の論文をたくさん書きます。これは必要だけれども、もっと日本の社会に向かって語りかけていくことをしないといけない。そうしないと、日本の社会にいる人たちには、研究者が何をしているか分からないわけです。それでは日本の国民から税金をもらってその援助を受けながら、仕事をしている責任を取れません。
我々の時代は、日本語でとにかく自分の一番新しいフィールド経験を書きまくりました。また、当時いろいろな日本語の科学雑誌があって、私たちの活動を伝えてくれました。それが今なくなってしまったことに非常に私は危機感を感じています。
学生たちに言うのですが、研究、特にフィールドワークというのは、個人のやる仕事だけど、みんなで考え、そしてそれを分かってもらうようなことをしないと、オタクの仕事になってしまう。研究者は限りなくオタク的な発想を持っているけど、オタクであり続けたら研究者にならないわけです。研究者として一人前になるためには、それを世間の人たちに分かってもらわなくてはいけない。それが今一番足りないところだと思います。
学生たちは4年間なり9年間なり、大学で勉強するという特権的立場にあるわけです。そこで何を考えてもいい、何を討論してもいい、そういう所が世間から少し離れた場所にあるということが重要だと考えます。今の世間というのは、現実の損得勘定が優先し、それに反すると遅れてしまったり損をしてしまったり、あるいは苛められたりしますが、そういうことは大学では起きないように守られているわけです。その自由な場での発想が次の社会を、世界をつくる。それが大学の存在価値だと私は思います。そしてその大学にいる我々はやっぱり未来志向でなければいけないと思っています。
また、大学はその国あるいは社会の大きな財産であり、そこで未来への無限の可能性を育むことができるわけです。大学が無くなってしまったら単視眼的な思想で全て動いてしまう恐れがあり、大学があるからちょっと待てよと言えるわけで、それは言うなれば社会の大きなクッションになっているのだと思っています。
社会の動きがすごく速くなっていて、すぐに成果を応用し、製品を開発し、世界戦略を展開しないと利益が出ない。その問題を解決するような有能な人材をどんどん社会に輩出するという要請が大学にかかっていることも確かです。また、大学も自分で資金を集めて研究をしていく時代です。
ただ、大学は利益を追求するための所ではないということは、きちんと自覚しておかなくてはいけないと考えています。そこの切り分けと組み合わせというのは、今後の大学のあり方にとって非常に重要だと思います。教学と、運営、特に経営の部分はある程度分けながら、あまり混同せずにやっていくべきだと思います。
大学でやるべきことは、世の中のためになる方向性をきちんと見据えながら、新しいことを研究としてやっていくことです。その一つが基礎研究だと私は思います。
京都大学は「自学自習」をモットーにしています。
自学自習とは、教員と一緒になって新しいことを学び、おもしろいことを発想し、次の時代の世界をきちんと構想し、世の中を変えることができるような新しい考えを提案していくということだと思います。そのために、教員は教える立場というよりも協力する立場だと思います。教員から学ぶことは知識ではない、発想であり、考えであり、あるいは実践なんだと思います。そこが高等学校までの教育と根本的に違う。
そういう意味で、学生にとって大学は社会に通じる窓であり、その窓を開けるのは学生自身による力によるものですが、社会を知り世界を知っている教員がその窓を開けて導く義務があると思います。
教員は学生に新しい発想を抱かせて自分を乗り越えてもらわなくてはいけない。教員というのは学生の目標となることはあっても、ゴールではないんです。教員を乗り越えなければ、それは教育として成立しないというのが大学ではないかなと、思っています。
舞台を作るのは教員です。でも舞台の上で踊るのは学生だと思っています。そしてその舞台が何のためにあるかと言ったら、学生を育てるためです。そういう意味で京都大学にとって学生は主役と私は言いたい。
だから、京都大学の学生として一体どういうことがしたいのか、どういうことをすれば面白い大学になると思うのか。あるいは自分たちが社会、そして世界に出て行く時に京都大学はどんな大学であってほしいのか、ということをもっとリクエストしてほしい。我々ももちろん考えますが、学生側の発想がやっぱり活かされるべきだと思います。もちろん学生側の意見や希望を聞くだけではなく、学生の意見がどういうふうにくみ上げられ、どういう結果になったのかということを、学生のみなさんに伝えて納得してもらう仕組みも重要だと思っています。
それは、発想力です。常に他の人と違うことを発想しようとしている。つまり真似をしない。無謀だと思っていても挑戦するチャレンジ精神です。
一方で、自分を出すプレゼンテーションの力、交渉力、そういうものが京都大学生は弱いと思います。だから、学生を国際社会に出す時に、その力を付けないといけないと思います。今は英語を話せることが重要視されていますが、実際に現場に立つことをもっと奨励するべきだろうと思います。
ただ、我々が問題にするのは何人学生を海外に送り出して何人留学生が来たといったような数値目標ではなくて中身です。どういう学生たちがやって来て、日本の学生たちとどう交流したのか、日本の学生たちが向こうに行ってどういう交流をし、その結果としてどういう新しい動きが出て来たのかということが重要なわけで、何かで示さないといけない。
そういう将来像をきちんと描きたいと思います。それは、我々が仕掛けるだけでは駄目です。学生側も大学に参加しているという意識を持ってほしいと思います。
私が憧れてきた京都大学は、とにかく「おもろい」大学でした。まさに自学自習。湯川さんに憧れて入ってきたのに、全然違う方向に行ってしまった。でも京都大学がそういう可能性を認めてくれた。
私は教授になってから、学生たちにそれを認めています、途中で変更してもいいよと。そういう「おもろい」大学というのをつくりたい。私が考えている「おもろい」大学とは、学生がいきいきとしている大学、教員がいきいきとしている大学です。
ただ、最近の京都大学はだんだんおもしろくなくなってきているような声も聞きます。なんとなくやることが狭められて、楽しいことが少なくなっている。だから、これからは、「おもろい」ことをどんどん仕掛けていけるような余裕を持った大学にしたい。
たしかに、これからますます厳しい財政事情の中でやっていかなければなりません。しかしもっと知恵を集めて、単視眼的な発想ではなく、将来を見据えた解決策を講じていこうを考えていますし、京都大学ならきっとそれができると信じています。
全学の代表者が執行部を作り、全部局の意見を反映させながら大学運営をしていくという体制をつくりたいと思います。ただ、現在の総長の任期である6年間ずっと同じ執行部・体制でやっていくというのは長すぎると思います。ヨーロッパやアメリカの大学では、学長のもと、経営もしっかりとわかっている人がいて、経営と教学をきちんと分けてやっているという所もありますが、まだ京都大学ではそこまで至っていないので、いろいろな試行錯誤をしていかなければならない。だから、途中でうまくいかないこともある。この方向は間違っていますとなったら、その時にはその体制を一度たたんで、トップも替わって、という審査をしたほうがいいのではないかと思っています。そういう意味で、中間評価も必要かもしれません。