Profile
中村 龍太 Nakamura Ryuta
株式会社ダンクソフト、サイボウズ株式会社の両社の社員
役職はどちらデジタルビジネスプロデューサー、自宅で農業に従事。
1964年生まれ、広島県出身。1986年日本電気株式会社に入社後、1997年にマイクロソフト株式会社(現・日本マイクロソフト株式会社)に転職。マーケティング、営業、マネージャー職など経験を積みながら、2009年マイクロソフトのクラウドコンピューティング事業のスタートに伴い、Office365のクラウドサービス事業の立ち上げに従事。その後、そのスキル、ノウハウなどを生かし2013年10月、株式会社ダンクソフトとサイボウズ株式会社に入社。現在、両社のメリットを生かし、ダンクソフトなどによるサイボウズのkintoneのソリューションおよび事例開発、更にはその伝道師として活躍中。ITの仕事のかたわら家族で米を中心とした農業を行っている。
私達が就職や転職をする際、何社かの会社が候補に挙がったとしても、最終的にはひとつの会社に入社をするのが一般的だろう。しかし、今回インタビューした中村龍太(ナカムラ リュウタ)さんは、昨年10月に同時に2つの会社に転職をした。株式会社ダンクソフトとサイボウズ株式会社、両社の社員として働いて1年になる龍太さんに、そのような働き方を選んだ理由や、日々のワークスタイルについて伺った。
キャリアコンサルタントからの宿題がきっかけに
龍太さんが転職の可能性を考え始めたのは、前職のマイクロソフトにおけるキャリア面談がきっかけだったという。
マイクロソフトではマネージャークラスになると、希望者には外部のキャリアコンサルタントが付いて、一緒にキャリアプランを立ててくれる制度がある
「僕も2007年頃から、同じキャリアコンサルタントの方にずっと見てもらっていました。
去年の春頃にも、1年の振り返りと今後のキャリアプランについての面談がありまして、そのとき僕は、自分としてはある程度やりきっていた状態だったので、『(将来の展望は)イマイチなんですよね…』なんて話をしたんです。
ただ、ひとつだけ5年後にも関わっていたいと思う仕事があって、それはマイクロソフトのパートナーである中小のIT企業との仕事でした。将来的には、そういう会社に経営的な視点で携わって、会社を成長させるようなことをしたいと思っていたんです。
それをコンサルの方に伝えたら、『いやいや、龍太さん、ひとつじゃないでしょ』と言われました。『ちゃんとブレストして、自分のやりたいことを書き出してください』という宿題をもらったんです」
宿題をもらって考えた結果、3ヶ月後に再度面談をした時には、龍太さんの「やりたいこと」には、「中小IT企業の経営支援」の他に以下のような内容が加わっていた。
- エンドユーザーに対するIT支援
- 大学や専門学校に所属して、経営に関する研究
- 地方の地域活性化のプロデュース
- 中等初等教育のITリテラシー教育
- 自宅が農業をやっているので農業とITを掛けあわせた何か
「その時点でマイクロソフトを辞めることは考えていなかったので、5年後くらいにこういうことに携われていたらいいなぁという感じで、じゃあそのために会社ではどんなキャリアを積むの?ということを考えたんです。
この中には、すでにやっていることもあれば、これから手がけてみたいということもありまして、経験していなかったのが、地方で仕事するということでした。それで覚悟を決めて、『家族を置いて単身赴任して地方に行きたいんです』と上司に言ったんですが、たまたまそういうポジションがなかったんですよね。
そんな話をキャリアコンサルタントの方にしたところ、『こういった希望を実現するためには複数の会社でキャリアを積むという方法もある』と言われたんです」
そのときは「あぁ、そんな働き方もあるんだ」という感想をもった龍太さんだが、すぐに具体的な動きにはつながらなかったそうだ。
「コンサルタントの方は、複数の企業で働いている人の事例も知った上で、そういう働き方もあると教えてくれたのですが、『マイクロソフトの就業規則上は、複数の組織にまたがった就労はできないんですよね。残念ですね〜』と言っていました(笑)」
しかし、ほどなくして龍太さんに転機が訪れる。
ある時、マイクロソフトからサイボウズに転職した友人に会う機会があり、それぞれクラウドサービスに関わる仕事をしていたことから、サイボウズのクラウド型データベースである「kintone」の話題になった。その時、龍太さんが「kintone」の今後の展開についてあれこれ考えてアイデアを語ったところ、その友人から「ぜひ社長に会ってほしい」と言われたのだ。
「1週間ほど後にサイボウズの青野社長と居酒屋で会いまして、 『kintone』の将来について友人も交えて三人で盛り上がったんですよ。それで青野さんから、『こっちでやってみてよ』と誘われたんです」
サイボウズの社長に直々に誘われて興味はもったものの、龍太さんにとっては収入面が課題になった。
「青野さんに『ところで、龍太さんはマイクロソフトでいくらもらってるの?』と聞かれました。当時Office365という製品を売っていて、周りのみんなのサポートもあってわりと良い成績を収めていました。マイクロソフトの給料は歩合制なんで、結構もらってたんですよ。それを言ったら『僕よりもらってんじゃん』という話になって…(笑)」
その後正式にサイボウズからの採用のオファーを受けたところ、やはり収入が大きく減ってしまうことが分かった。大学生の子どもが2人いて一番お金がかかる時期である龍太さんには、厳しい条件だった。キャリア面談で『5年後には5つか6つのキャリアを積んでいたい』と言ったのも、5年後であれば子どもたちも卒業して、家族の心配をせずに新しい仕事を探せると思っていたからだったのだ。
龍太さんは悩みつつも、サイボウズでは社員の副業がOKだったり、独立の支援があったりと、働き方に関して面白い制度を運用していることを知る。そして、副業という手段を思いついたのだった。
「青野さんに『副業させてくれればいけるかもしれない。いい?』と聞いたら、『いいよいいよ』ということで、それから、副業でどれくらいもらえば、子どもの教育費なんかが出せるかということをシミュレーションしたんです。
もちろん切り詰めれば少なくてもいけるんですが、やはり家族には負担や心配をかけずに新しい仕事に移れるかというのが課題だったので…」
そうして必要な収入を計算した後、当時営業担当者として付き合いのあったダンクソフトの星野社長に、自分を雇ってくれないかと相談をしたのだそう。
「実はこんな話があって、これだけもらえればやっていけそうなんだけど、使ってくれる?と直球でいきました。そしたら『いいよいいよ』と。
その時点で僕がダンクソフトで何するかって、何もしゃべってなかったんですけどね(笑)」
その後龍太さんは、ダンクソフトで「kintone」とマイクロソフトの「Office365」をベースにしたエコ・ペーパーレスに関する商談の機会を創るというプランを提示し、ダンクソフトで働くことも正式に決定した。
サイボウズでは社長室に所属し、「3年後のサイボウズを作る」というミッションの元、やはり「kintone」の導入事例作りや顧客開拓を担当することになった。
つまり龍太さんは、ある製品のメーカーと販売代理店の両方に所属して働いているような立場なのだ。
2つの会社それぞれで関連のある仕事をするにあたり、互いの社長同士も話をしておいた方がよいだろうと考えた龍太さんは、入社前にサイボウズの青野社長とダンクソフトの星野社長と3人で会う機会を作り、仕事内容について合意を得たそうだ。
クラウドサービスが可能にする2社での勤務
同時に2つの会社に所属することになった龍太さんは、どういう働き方をしているのだろう?
まず仕事をする場所については、毎週月曜日はダンクソフト、それ以外の日はサイボウズのオフィスに出勤することに決めている。しかし、ダンクソフトの仕事は月曜日しかしないというわけではなく、日々どちらの仕事もする。時期にもよるが、かけている時間はほぼ半々だそうだ。また、同じ製品についての仕事をしているので、どちらの仕事か明確に分けにくいこともあるという。同じお客さんに対しても、商談が進むうちに両方の会社の立場で関わることがあるそうだ。
「最初にアポを取るときはどちらの立場で行こうというのは決めていますが、話が進んだときに、もうひとつの会社の立場でお話することもあります。例えば、サイボウズのつながりで地方の役場をご訪問する時、最初はサイボウズの名刺を出すのですが、地域でのIT活用という話に興味を持たれている場合はダンクソフトの社員として、神山町での取り組みをご紹介したり、という感じです。
最初の頃は、交通費の精算をするときに『この仕事ってどっちだろう?』と迷った時もありましたが、『このお客さんに対しては、この目的で、アウトプットはこうだから』と整理して判断するようにしています」
龍太さんは、1台のパソコンでどちらの仕事もしている。仕事の資料などは、それぞれの会社で導入しているクラウドサーバー上に保管しているので、必要な資料はいつでも利用できるし、2社のものが混ざってしまうような混乱もない。また、両社ともマイクロソフトの「Lync」というWeb会議システムを導入しているので、居場所に関係なくそれぞれのチームとのコミュニケーションができているそうだ。
ただ、サイボウズでは「サイボウズ Garoon」、ダンクソフトでは「マイクロソフト Outlook」でスケジュール管理をしているため、それぞれに予定を入力しなければいけない。
「それだけはとても面倒。でもそれぞれの予定を(もう一つの会社のメンバーに)オープンにするわけには行かないので、そこは仕方ないものとしてやっている」とのことだ。
2つの会社の仕事を同時進行でこなす姿は、クラウドサービスの先進企業で働く社員ならでは。龍太さん自身、「1年前や2年前だったら、もっとやりにくかったと思う」と言う。技術の進歩が柔軟な働き方を可能にしているということを改めて感じさせられた。
「副業」ではなく、どちらもメインの「複業」
龍太さんの場合、契約上はサイボウズでは正社員として雇用されていて、ダンクソフトからは個人で業務委託を受けている。社会保険料の支払い等を考慮して便宜的にそういう形をとっているが、意識の上ではどちらも正社員のつもりで働いているし、ダンクソフトも、龍太さんを正社員として扱っているという。
「どちらかが『副業』ではなく、『複業』と言いたいんです。どちらの会社もメインと考えているので」と龍太さん。全く別のことをする副業ではなく、2つの会社で関連のある仕事に取り組むことで、相乗効果や新しい価値を生み出すということに、やりがいを感じているようだ。
また、通常より少ないコストで、新しい価値を生み出してくれる人材を雇用できるのは、双方の会社にとってもメリットだろう。
「複業」できる条件は?
新しい働き方のインタビューをするときはいつも、その働き方が「他の人にもオススメか」、「他の人にもできそうか」ということをお聞きする。龍太さんにも同様の質問をしたところ、「複業」という働き方をもっと多くの人ができるようになれば良いという思いはあるものの、まだどういう条件が揃えば「複業」ができるのか、ということは分からないということだった。
お話を伺う限り、龍太さんがこのような働き方ができたのは、以下のような点がポイントになっているように思う。
- 過去のキャリア(経験と知識)
- 職業上のモラル
- 新しい働き方を受け入れる組織
- 自律的なキャリアプラン
1.過去のキャリア(知識と経験)
会社に入社するときに、専属の社員ではなく他の会社でも働くということを認めてもらおうと思ったら、2つの会社双方がそれによるメリットを感じられる必要があるだろう。
龍太さんの場合、前職でクラウドサービス事業を立ち上げた経験は、現在のどちらの会社にとっても大いに役立つはずだ。
また、中小のパートナー企業と一緒にサービスを販売するというビジネスの経験が長かったからこそ、ソフトウェア開発会社と販売会社の両方の立場で仕事をするというスタイルを見つけられたのだろう。そしてそのスタイルだからこそ生み出せる新しい価値が、双方の会社にとってのメリットになる可能性が大きい。
2.職業上のモラル
龍太さんの存在により、サイボウズの製品をダンクソフトが導入するというパートナーシップを組みやすいというメリットがある一方で、その関係が固定的になってしまうのは良いことではない。
サイボウズのお客さんには、必ずしもダンクソフトだけではなく、そのニーズに合わせた最適なパートナーを紹介することを、龍太さんは意識している。
この他に営業秘密の漏えいなどのリスクもあるので、会社としては十分に信頼できる人でないとこのような働き方をさせるのは難しいだろう。営業という職種の経験が長い龍太さんの、モラルやバランス感覚があればこそだと感じた。
3.新しい働き方を受け入れる組織
サイボウズの他にもう一社で働こうと考えたとき、龍太さんはダンクソフト以外の会社は考えられなかったという。それは、ダンクソフトが新しい働き方を志向し、実践しているという点で他にはない会社だからだ。(参考:田舎暮らしに海外放浪…。会社員でも自由なワークスタイルを選択できる理由)
また、サイボウズにしても「副業OK」と謳っていたとはいえ、そこで想定していたのはネットのアフィリエイトで収入を得るとか、個人の名前で本を執筆するといった勤務時間外の個人的な活動で、龍太さんのようにサイボウズのビジネスに直接関わる仕事を、別の会社で同時並行でやるようなケースは考えていなかっただろう。それでも龍太さんに社員として働いていもらうひとつの方法として受け入れたのは、様々な働き方を認める会社の文化によるところが大きそうだ。
新しいスタイルへのチャレンジを積極的に推進する組織の存在は、現時点では珍しい「複業」を可能にする、とても大きなファクターだと思う。
4自律的なキャリアプランニング
2つの会社に所属しているということは、ボスが2人いるということである。それぞれが龍太さんに期待することは、必ずしも両社に相乗効果のある仕事ばかりではないだろうし、すべてをやるには時間が足りないなど、難しい局面も出てくるだろう。
ひとつの会社の中でも、マトリクス組織であったり、所属部署の他にプロジェクトにも参加していたりすると上司が複数ということはあり得る。しかしその様なケースで問題が生じたら、上司同士が協議したり、人事部が調停したりして解決をはかってもらえる余地がある。
別々の会社のこととなるとそうは行かないので、問題があれば自分自身が調整し、解決を図らなければいけない。
「サイボウズでは、社員として『やるべきこと』『できること』という2点に、個人のモチベーションの源泉である『やりたいこと』が重なれば最高だと考え、そのことを『ハッピーセット』と言っています。僕はこの『ハッピーセット』という言葉が好きなんですが、やりたいことと会社が求めることの重なってない部分にこそ(それぞれの枠をさらに広げる)可能性があるんです。
自分のやりたいことをやりながら、会社から与えられたことの意味付けをどうするか、ということを考えるようにしています」
もともと、自身の考えるキャリアプランを実現する手段として今のスタイルに辿り着いた龍太さんだけあって、このような言葉からも、自分のキャリアは自分で組み立てるという意識が明確に感じられる。自律的にキャリアプランを立てて実行していけるかどうかは、「複業」成功の重要なポイントになるだろう。
このように考えると、「複業」を実現するのは簡単ではない。特に最後のポイントである「自律的なキャリアプランニング」ができるかどうかという点は、ある程度ベテランになり、管理職レベルの職位にないと難しいかもしれない。
それでも、条件が揃えば様々な可能性のある働き方である。
今すぐには難しいという場合でも、知識や経験を積みつつ、2つの会社で働くならどんな会社でどのようなポジションがあり得るか、独自の領域の組み合わせをあれこれ模索してみる。そのようにして、いつかは「複業」ができる状態を目指してみるのもよいのではないだろうか。
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取材・文・撮影/やつづか えり
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