少女時代・ジェシカ脱退から見るK-POP――韓国芸能界を生きる韓国系アメリカ人

松谷創一郎 | ライター、リサーチャー

少女時代・ジェシカの脱退を伝える「朝鮮日報オンライン」

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少女時代ツートップのひとり

今朝、K-POPガールズグループの少女時代に関して、ファンをひどくザワザワさせるニュースが飛び込んできました。メンバーのひとりであるジェシカの脱退が発表されたのです。

30日午後、少女時代の所属事務所であるSMエンターテインメントは報道資料を通じて「今年の春ジェシカが、本人の個人的な事情で、あと一枚のアルバムの活動を最後にグループの活動を中断することを知らせてきた」と明らかにした。

続いて「ジェシカの突然の話にも、当社と少女時代のメンバーたちは、少女時代のために良い方向で活動できるよう努力を続け、悩んできた」とし「しかし最近、少女時代の活動の優先順位及び利害関係が衝突する部分に対する正確な調整が不足している状況で、ジェシカがファッション関連事業を始めることになり、継続的な議論にもかかわらず、到底グループを維持することができない状況に至るようになった」と説明した。

出典:「少女時代 ジェシカの脱退説にSMが公式発表『8人体制で活動する』(全文)」『Kstyle』:2014年09月30日13時59分付

このニュースは、現在アジア大会がおこなわれている韓国でも大きく報道されているようです。

日本を含むアジア圏でいまだに絶大な人気を誇る少女時代ですが、ジェシカはテヨンとともに当初からメインヴォーカルを務めてきました。日本のガールズグループと異なり、K-POPはメンバーが歌唱担当、ダンス担当、ラップ担当と、なだらかに分業しているケースがほとんどですが(ただし、E-girlsなどとは違って全員歌は歌います)、ジェシカはシングル曲の半分でセンターにいる存在でした。

たとえばそれは、2011年末に欧米デビュー曲としてリリースされた"The Boys"のミュージックビデオを観てもわかります。テディ・ライリーを作曲に迎えたこの曲は、ジェシカがセンターで歌うところから始まります。ジェシカは、少女時代の屋台骨のひとりだったのです。

“2007年組”の3グループのゆくえ

少女時代が韓国でデビューしたのは、2007年8月のこと。デビュー時からヒットしましたが、本格的にブレイクしたのは2009年1月に「Gee」を発表してからです。韓国の音楽番組で9週連続トップを飾り、アジア各国でも大人気となりました。そして翌2010年8月には日本デビューも飾り、順調に大ヒット飛ばしました。ファーストアルバム『GIRLS' GENERATION』は100万枚を超えるほどでした。

さて、こうした少女時代を考えるときに振り返っておきたいのは、2007年にデビューした他の2組のK-POPガールズグループです。それがワンダーガールズとKARAです。

まず、この年の2月にデビューしたのがワンダーガールズでした。当初はメンバー脱退などもありましたが、9月に発表した「Tell me」で大ブレイクを果たします。これは、親しみやすい振り付けやフックソングと呼ばれる耳に残りやすい曲調もあって、現在まで愛されています。さらに80年代のファッションスタイルをリバイバルしたこともあり、現在にも続く韓国におけるレトロブーム(復古調)の端緒となった曲とも言えるでしょう。

そしてワンダーガールズがデビューした翌3月にデビューしたのがKARAでした。しかし、KARAは伸び悩みます。初期メンバーは、ギュリ、スンヨン、ソンヒ、ニコルの4人で、その後の日本でおなじみになる5人体制ではありませんでした。その後ソンヒが脱退し、ハラとジヨンを加えた5人になるのは、翌2008年8月のことでした。さらにブレイクするのは、2009年7月に「ミスター」を発表するまで1年かかりました。

ワンダーガールズ、KARA、そして少女時代――この3つは“2007年組”と呼べるような同期のガールズグループであり、同時に2000年代後半から前半にかけてアジア全域を席巻するK-POPを牽引した存在でもありました。しかし、この3組は昨年頃からそれぞれ状況を変えつつありました。

まずワンダーガールズは、2013年にメンバーのソネが結婚・出産し、カナダに移住。昨年にはソヒが脱退し、現在は活動停止中という状況です。KARAも今年に入ってニコルとジヨンが相次いで契約満了をもって脱退し、最近、新メンバーのヨンジを加えた4人体制で活動を再開したばかりです。一方少女時代は、デビューから一度もメンバー交代することなくここまで続いてきました。今回の突然のジェシカの脱退は、順調に活動も続けていたなかで突然発表されたのです。

結局のところ、“2007年組”の3グループが相次いで姿を変えることになりました。KARAや少女時代は活動を続けていますが、ファンに与える衝撃は少なくないように思えます。

ここであるエピソードを紹介します――。

少女時代のスヨンは、まだ10代前半だった2000年代前半にアイドルデュオ・route0(ルート・ヨン)として日本で活動していました。日本の芸能界にも明るく日本語も達者なスヨンですが、しばしば少女時代の未来について語るときにSMAPの存在を口にします。曰く、「日本ではSMAPが40代でも一線で活動しているように、私たちも韓国でそういう存在になりたい」と。しかし、9人全員でそれを続ける彼女の希望は、かないませんでした。

韓国芸能界を生きる韓国系アメリカ人

“2007年組”は、今年がデビュー8年目となります。メンバーも年長世代は20代中盤となり、今後の人生設計を考える年頃になりつつあります。韓国の芸能ニュースサイト『Dispatch』によると、ジェシカは恋人でもあるアメリカ人男性とファッションブランドを立ち上げ、彼女がデザインしたサングラスも発売されました。自身もデザイナーとして、留学志望であると指摘されています(「『タイラー・ウォンがいる』……ジェシカvs少女時代8人、紛争の核心?」)。

ここで押さえておきたいのは、ジェシカの出自です。そもそも彼女は、韓国系アメリカ人の親のもとで、アメリカ・サンフランシスコで生まれ育ちました。来韓中だった11歳のときにスカウトされて韓国に渡り、少女時代事務所に所属して、レッスンを続けてきました。もうひとりのメンバーであるティファニーもロサンゼルス出身ですが、ふたりは韓国のインターナショナルスクールに通ったそうです。国籍もアメリカだと言われており、もちろんネイティブな英語話者です。

以前、少女時代のメンバーがともに暮らす合宿所で、ジェシカの部屋の本棚が映されたことがありました。そこには並んでいた洋書とは、まだ映画化される前のセシリア・アハーン『P.S.アイラヴユー』エリザベス・ギルバート『食べて、祈って、恋をして』などでした。要は、アメリカの若い女の子が読むような恋愛小説が並んでいたのです。韓国語を話して韓国で活動していても、中身はアメリカの女の子に近しいパーソナリティなのかもしれません。

外国人を多く迎える韓国の芸能界では、こうした外国人メンバーと所属事務所との衝突や脱退が目立ちます。記憶に新しいのは、やはりKARAのニコルでしょう。事務所に対する訴訟から和解を経て、結局契約満了でKARAから脱退しました。彼女もロサンゼルスで生まれ育ち、デビューのために韓国に渡った存在です。当初は韓国語もおぼつかなく、現在は再デビューのためにロスでトレーニングをしているようです。

他にも2PMを解雇されたアメリカ人のパク・ジェボムや、Supre Juniorを脱退した中国人のハンギョンの例もあります。もちろん東方神起を脱退したJYJが韓国人であるように、必ずしも外国人だから事務所と衝突するということではありません。しかし、韓国はいまだに儒教の影響が強く、休戦中とは言え戦時下にあるがゆえにナショナリズムが共通意識となっている独特な社会でもあります。さらに韓国芸能界とは、若手はかなりハードなスケジュールに置かれるそうです(逆に日本に滞在中のほうが休めるのだとか)。そうした社会をそもそも生きてこなかった外国人が、(たとえ韓国系であっても)衝突するのはそんなに不思議なことではないのかもしれません。むかしの日本のプロ野球では、助っ人として来日したメジャーリーガーが日本に馴染めずすぐに帰っていくようなことが目立ちました。そんなことを連想してしまいます。

ジェシカも、彼女の個人活動と少女時代の活動との折り合いがなかなかつかない結果として、脱退という選択になった模様です。ふだんのジェシカは、バラエティ番組ではクールな表情を見せて「氷姫」と呼ばれたり、デビュー直前には他のメンバーを強く叱ったもののそれが勘違いで泣いたりと、感情の起伏の激しさがかいま見えることがありました。要は、ちゃんと自己主張をしっかりするタイプなのです。韓国の芸能マスコミは恋人の実業家の男性に注目しているようですが、こうした彼女のスタンスが事務所や他のメンバーと衝突したのかなとも思います。

今回の唯一の救いは、彼女は決して所属事務所のSMエンタテインメントを解雇されたわけではないということです。同社は「今後、8人体制の少女時代とジェシカの個人活動への変わらぬ支援とマネジメントをしていく予定だ」と公式発表しており、ジェシカのソロ活動が続く可能性はあります。これは衝突を避けた末の、現状でのソフトランディングなのでしょう。

世代交代に向かうK-POPガールズグループ

ジェシカ脱退の一件は、少女時代にとっては大きな痛手ではあります。これまでの彼女のヴォーカルパートをどのようにカバーしていくのか、そして、彼女の妹で同じ事務所に所属するf(x)のクリスタルの去就も気になるところです。

しかし、芸能界は人気商売ですから、頂点にいてもいつかは必ず落ちる日がきます。少女時代もこれまで7年間トップであり続けました。一度もメンバー交代なくこれほどの長期に渡ってトップに君臨し続けたのは、K-POPガールズグループでは最長と言える期間です。スパイス・ガールズでも、実質的な活動期間は7年ほどです。ですから、もう十分に続いてきたと見る向きもあるでしょう。

K-POPガールズグループを振り返ると、90年代後半デビューのS.E.S.やピンクル(Fin.K.L.)、2000年代前半デビューのSugarなどは、日本のアイドルの影響を強く受けていました。ただし、現在はその文脈を保持しつつも、音楽的にはEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)を積極的に取り入れることによって、欧米のガールズグループに近しい傾向が強まってきています。具体的には、現在ならUKのリトル・ミックスあたりを志向しているように見えます。もちろん日本アイドルの要素を持つグループもおり、またドメスティックなレトロブームの影響もあるので、オレンジ・キャラメルやクレヨンポップのように独自の発展を続けてもいます。

なんにせよ、今回の少女時代・ジェシカの脱退によってよりハッキリしたのは、K-POPガールズグループの世代交代が生じているということです。昨年頃から、トップの位置を狙う存在として相対的に浮上してきたのが、miss A、Girl's Day、SISTAR、A pinkあたりです。少女時代の事務所であるSMエンタテインメントも、今年Red Velvetという新しいガールズグループをデビューさせました。K-POPの潮流は、大幅にそちらに移っていくと予想されるのです。

松谷創一郎

ライター、リサーチャー

1974年生まれ、広島市出身。商業誌から社会学論文、企業PR誌まで幅広く執筆。国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、カルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』、共著に『どこか〈問題化〉される若者たち』、『文化社会学の視座:のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化』等。近著に『DQN社会(仮題)』。

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