2013年11月6日
取材・執筆・撮影:大貫璃未、金サンウ、冷澄
「報道の力で奪い返す」第13回早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞・連載「東京電力テレビ会議記録の公開キャンペーン報道」木村英昭記者に聞く
福島第一原発事故当時、東京電力社内では初期対応のテレビ会議が録画されていた。国民や世界を震撼させた事故を検証するのに不可欠な一次資料の公開を目指し、朝日新聞社の木村英昭記者と宮﨑知己さんは報道を続けた。結果的に映像の公開につながった一連の新聞報道(2012年6月28日から継続中)に、10月2日、第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞「公共奉仕部門」の奨励賞が贈られた。代表して木村さんにキャンペーン報道の動機や意義についてお話を伺った。
「公共化を目指したキャンペーン報道」
―受賞のお気持ちは。
私たちがやったことはスクープやルポではない、客観報道や調査報道というのもしっくりこないものでした。「公共化」という定義に当てはまるのではないかと思っています。今回は、取る資料の種類や在りかは大体分かっていました。それをどうやって報道の力で奪い返すかを重視した取材は、日本のジャーナリズムにおいて類型化しえない報道のスタイルです。それを賞に値する報道だったと社会的に定義付けて頂いたという意味で、賞は非常に意義あるものと受け止めています。
―「公共化」について詳しく説明していただけますか。
市民にとって必要なのに公にされない資料は報道の力で奪い返すことができます。すべて丸裸にする。市民の元に戻った今回の映像は知る権利を持った市民に自分たちの活動に資するものとして使われています。書籍に引用され、映像作品にもなりました。そういうことを考えると「公共化」という言葉が報道の一番の成果を表したものとされていいのではないかと思います。
―早稲田付近のカレー屋でこの企画を決めたそうですが、当時の思いを教えていただきたいです。
決めたのは国会事故調査委員会(以下「事故調」)の最終報告がまとまる時期でした。それについて見聞きしてかなり不満がありました。本来取材はどういう報告がまとまるのかということを事前に情報をとって特ダネで書くというのが基本のスタイルです。そして彼らの主張や調査の内容が本当に正しいかどうかを検証します。 最終報告書が出たら、朝日新聞を含めマスメディアはあたかも報告書を正しいかのように報道するでしょう。そうではなく、マスメディアもジャーナリズムの責任として一次資料の自己検証に取り組む必要があると私は思っています。一次資料というのは、当事者の証言やメモなどですが、今回一番生々しく検証できると私たちが認定したのが東電テレビ会議の映像記録です。事故調の報告書でも中心的な資料として活用されていましたが、事故調任せにせずジャーナリズムの責任で検証すべきです。 原発事故については事業者側からの長時間の記録は世界的にもないので、検証に値する資料だと思っています。以上のことからテレビ映像の公開を迫る報道をしていこうと決意しました。
ファクトで「出させる」-ジャーナリズムの使命
―しかし東電は「プライバシー」を理由に公開を拒んでいましたね。
東電は、映像は社内資料であり社員のプライバシーを守るために公開しないと言っていますね。しかしあれだけの事故を起こして、検証するための素材を当事者である我々市民に公開しなくていいのでしょうか。それこそ比較衡量ですよね。 ここは多分ジャーナリズムの力だと思います。いくら、市民の知る権利に応えろ、「出せ」と言ったとしても誰も出さないですよね。 ジャーナリズムはファクトですよ。ファクトは相手をねじ伏せ、反論を許しません。「出してもらう」ではなく「出させる」というのがジャーナリズムの立ち位置です。今回は、証拠保全申請と枝野経産大臣(当時)の発言の記事が引き金となり、読者の反応も盛り上がって出さざるを得なくなったのでしょうね。これはファクトをめぐる「喧嘩」なんです。喧嘩に勝たなければいけないんです。
木村さんらが取材した原発事故の記録。『東電テレビ会議 49時間の記録』にはテレビ会議のすべてが記録されている。
―もし記者たちが録画公開について迫らなかったら東電は記録を消したと思われますか。
事故対応に当たったある政府の高官が、自分が東京電力の人間だったら絶対に消す、公開されて被る不利益か公開しないで非難される不利益かの比較衡量だ、とおっしゃったことは事実です。
―情報が複雑かつ膨大な量ですが、映像を整理するときに苦労した点はありますか。
話し言葉を書き言葉に直す作業が非常に難しかったです。また、輻輳する音声の整理も大変でした。音声の輻輳は、マイクが周りの音を拾っているからです。見逃せない重要な会話も含まれていたので、このような音声も全部拾うことを目指しました。
―整理の過程で印象に残ったこと(もしくは場面)がありましたか。
13日の18時55分頃にたまたま録音された、元東京電力前代表取締役会長勝俣恒久さんが電話で応答しているシーンが印象に残っています。輻輳する音声を整理していて気づきました。勝俣前会長は「国民を騒がせる」という表現を使っています(注1)。この言葉遣いは、市民の知る権利を踏みにじっているように聞こえます。しかし、この発言には市民やジャーナリズム側にも責任があると思います。果たして市民は自分たちの知る権利を不断に高めるための努力してきたのか。ジャーナリズムは知る権利の奉仕者として知る権利を保障するための報道を続けてきたのか。勝俣前会長の発言を批判するだけではなく、そこから読み取れる反省点を省みることも必要だと思います。
(注1)本店勝俣会長 《電話》・・・1 の3はベントをね、開けれそうなのよ。・・・水素の問題?・・・それは、まぁ確率的には非常に少ないと思うよ。・・・そんな話をしてね、国民を、あのー、まぁ騒がせるのがいいのかどうか難しい首相判断だけど。逆に言うとこっちに、次の社長記者会見でそれを聞かれたら、それは否定するよ。おそらくあり得ないと。うん。いや、だから結局、だってね、ベントを開いちゃうから恐らく消えてくれるかと思うよ。うんまぁあり得るけれど、結構逃がせばなんとかなるかな。(『福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録』,p.141)
―受賞作品の中で、東電本社と現場のコミュニケーションがうまくいかない状況があったと指摘しています。東電の組織体制や指示の仕方は、事故対応の遅れとどんな関連があると思われますか。
13日と14日の記録を見ると、一日中やり取りしても物資が届かなかったり、給水する消防車は下請け企業に任せるばかりでした。また、現場から撤退する話も出ていました。東電の組織体制が脆いもので、自力で原発事故を収束させる術を持っていなかったことは明らかです。
誰も原発事故の責任が問われない異常さ
―事故から2年半以上経ちましたが誰にも責任が追求されていません。報道者としてどう思いますか。
異常ですよね。原発事故は日本のジャーナリズムにとって2度目の敗北だと思います。一つは、戦争を止められなかった、アジアに侵略したということです。ジャーナリズムはここで一度敗北しています。今回は、結果として原子力発電所の事故を招いてしまったという意味で2度目の敗北です。原発事故は戦争と同じではないでしょうか。戦争の責任はだれも取っていませんよね。一億総懺悔という言葉がありました。国民みんなが悪いんだ、みなさん手を繋いで一緒に責任取りましょう、という。今回も誰も刑事責任を問われていません。これを許してしまっているのが僕たちですよね。ジャーナリズムはそれを許していいのでしょうか。
―緊急時に誰が責任を持って対処するか定めた法はあるはずですが。
「原子力災害対策特別措置法」で菅直人首相(当時)を本部長とする事故時の対応システムはできていました。しかし映像からは、国家の力を借りても事業者である東電が対処できなかったことが分かっています。事業者が止めるのなら責任をもって止められるのか、またそうでなければどのような対応があり得るのかという根源的な問いかけが、テレビ会議のやりとりから出てきていると思います。それはやはり事故調の報告書では分かりません。
―重要な場面の音声がまだ公開されていません。引き続き公開すべき内容として何が挙げられますか。
東京電力は「音声の録音ボタンを押していなかった、あれは全部だ」と言っています。
ピー音やぼかしなど加工部分が多くあるので無くすこと。また、全部見られるのは報道機関だけなので一般市民も全部見られるようにしてほしいです。現状では公開とは言えません。それもあり、公開されているすべてを『福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録』という本にまとめました。今も汚染水問題など事故は収束していません。1カ月分しか公開されていないので全部公開しないとだめですよね。
【取材・執筆・撮影 : 大貫璃未、金サンウ、冷澄】
取材を終えて
東京電力本社の定例記者会見で木村さんをお見かけしたことがあった。東電の担当者は「検討させてください」という回答ばかり。木村さんの質問から怒りが感じ取れたことを今でも覚えている。ジャーナリストとしての使命感が生んだ怒りと粘り強さが、原発事故の検証において重要な一次資料を「出させる」ことに成功した。その姿勢は原発問題が解決するまでマスメディア全体が持つべきものなのかもしれない。(冷澄)
http://www.waseda.jp/jp/global/guide/award/index.html
- 『福島原発事故 東電テレビ会議49時間の記録』紹介ページ(岩波書店)
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/qsearch
※この記事は、2013年度J-School秋学期授業「ニューズルームB」(担当教員・瀬川至朗)を中心に作成しました。
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