どこかに中年童貞はいませんか?
中年童貞は取材対象を見つけることが難しい。
私は風俗嬢やAV女優、アウトローなどの取材が多いライターだが、中年童貞を見つけて取材許可をもらう困難さは、それらの職業の人たちの比でなかった。
婚姻率、性体験の調査などを眺めても三十歳以上の童貞男性は膨大な数が存在するはずだが、本人たちはその事実をひた隠している。そして、なによりも大きな壁になるのは総じて自意識が高いことである。童貞の疑いのある中年男性を見つけて「もし、童貞だったらお願いしたい」という趣旨を遠まわしに頼むと良くて無視、多くは「ふざけるな、失礼だ」などとキレられたりする。
キレる理由は、絶対に自分自身を客観視しないことにある。社会や人間関係に背を向けて孤立しながら孤独に自意識を培養し、だんだんと自分の評価と、自分に対する社会の評価が著しくズレてくる。
童貞の疑いの中年男性を見つけて、取材を試みようとする過程の雑談でも自分を少しでもよく見せようと嘘をつく。自分自身を客観視して社会とのズレを矯正までいかなくとも、自覚することは必須だと思うが、中年童貞や中年童貞の疑いのある人物たちは現実を避けて、逃げて、過剰な自意識に逃避する。
幻冬舎編集部に「中年童貞をどんどん進めましょう」と言われても、取材対象がいない。私は某エロ漫画誌編集部、介護業界、風俗業界、AV業界、学生時代の知人友人などに「どこかに中年童貞はいないか?」と伝えて探していた。
しばらくして友人から「ネトウヨ(ネット右翼)の中年童貞がいる」と連絡があった。
ネトウヨの中年童貞はSNSを使って反韓活動をしているようで、教えてもらったアカウントを眺めてみると過激な言葉が連なっていた。
“人類の想像を絶する邪悪さ。ヘイトこそがゴキブリチョンの本能。”
“いやいや、今やブサヨゴキブリメンヘルども主張は、「クマラスワミ報告はそもそもどこをどう読んだって吉田証言なんか採用してないニダ!ネトウヨは息を吐くように嘘をついているニダ!」にシフトしているわけで。人格障害者の邪悪さ、卑劣さを舐めてはいけない。”
“「南京大虐殺や従軍慰安婦は数の問題ではないニダ!」とか喚いているブサヨゴキブリメンヘルどもが、「子供が被害に遭う事件数は統計的に減っているニダ!」「未成年による凶悪事件は統計的に減っているニダ!」とほざいていても、邪悪な人格障害者のいつものありふれた症状なんで驚きませんよ。”
“ちゃんと批判の声が出るだけ、同じ凶暴でも支那土人は一応人類だけあってゴキブリチョンとは違うね。人類ならざるゴキブリチョンなら、国を揚げて反日発言を英雄視したでしょ。”
名前は仮名で宮田氏としようか。宮田氏はSNSに本名で登録して、辛辣な言葉を毎日つぶやいていた。
“オラは今まで、たとえ友情を壊そうが自分の勤める会社をつぶそうが、支持してきた政治家や言論人に疎まれようが、相手がどんな団体・個人でも、権力の私物化と二枚舌だけは許してこない人生を四十四年間送ってきたんで、それを今更変えるつもりはないです。”
と書いている。かなり腹をくくってネット右翼活動をしているようだった。
愛知県在住、仕事で頻繁に東京に来るらしい。上京日に取材をさせてもらうことになった。仕事といっても安価なショップでiPhoneを入手してすぐに違約金を払って解約、それを秋葉原の日本で最も高く買ってくれる店に売るということを繰り返している。それだけで年収百五十万円程度に達し、生活ができるという。
「ひきこもりで本を読んでいるだけなので、その金額稼げれば十分ですよ」
スキンヘッドに汚れたTシャツ姿、過激なつぶやきから想像していた通りの男性だった。年齢は四十四歳、見た目は年齢よりも若い。
愛知県内のアパートは家賃四万円、最低限の収入を確保するために動くのは月五日程度。読書家であり、空いている時間は一日中本を読んでいるか、ネットに向かって反韓、反中のつぶやきをしている。
最終学歴は名古屋大学大学院の修士課程で、意識的に半分無職という生活を送っていた。
「働くのが嫌ではないけど、必要以上に稼ごうとか、いい生活したいとか全然ない。最低限の衣食住できて、読書できればいいってずっと続けちゃっている。月五日働いてお金貯まったら家賃を払って、残り二十五日は読書するみたいな生活。読書が最優先って生活したら結果的にそうなった。
僕らの世代はフリーターとか自由にやろうってことが流行った時代で、子供の頃から大学卒業して就職、結婚して家庭を築くみたいなことはできない人間だって自覚があったので、不満も不安もまったくないですね。働かないで生きているんだから、恵まれているくらいに思っていますよ」
名古屋大学院卒業後、一度だけ就職した。やりたい仕事もなく、アルバイト先から誘われた警備会社にそのまま正社員として就職した。正規雇用された警備会社で大きなトラブルを起こしている。
「コンピューターに詳しいってことで、正社員になって。すぐに経営陣とトラブルを起こした。僕のせいで会社潰したんです。警備業界はコンプライアンスなんて誰も守っていないブラックな業界で、本来警備業法で決まっている様々なことがある。会社に入ったばかりでなにもわからないで、あれとこれがあれがコンプライアンス違反って経営陣に噛みついた。今思えば若気の至りだけど、当時は心から許せなくて警察と税務署に内部告発して新聞沙汰になって倒産しちゃった。警備会社は炙れ者とかドロップアウトした人たちのセーフティネットとして機能している業界で、社会に本音と建前があるっていうことを当時はわからなかった。自己満足な正義感だけで暴走して、本当にたくさんの人に迷惑をかけた。その会社を倒産させちゃってからは、今のような半ニート生活です。もう一六年も経っている」
宮田氏はスキンヘッドで性欲が強そうな風貌である。とても童貞にはみえなかった。
「童貞ですか?」と確かめると、彼は大きく頷いた。中年童貞であることはオープンにして、女性と接触ができなかった理由も自覚している。そのせいか、それが大きな悩みといったわけではないようだった。
中年童貞はオタク系の男性が象徴しているが、正義感が強くて真面目な男性が多い。それに加えてコミュニケーション能力が低いので融通が利かない。
不正や特権、既得権などに敏感で、人間関係が希薄なので時間があり、居場所がネットにある人が多い。韓国人や中国人がおかしいとチャットで議論をしているうちにレイシストになってしまう。
「ネトウヨには中年童貞がメチャメチャ多いですよ」という状況のようだ。
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