宝良「うーん……うううーん……」
和助「さっきから何唸ってるんだ、宝良」
宝良「実は……ちょっと悩んでることがあって……」
倉間「悩み? 宝良が? 珍しいね」
白玖「確かに。 宝良でも悩むことがあるんだね」
宝良「ちょっ、ちょっと! 白玖さん酷いっすよ!」
和助「でも、お前がそんな神妙な顔してるなんて滅多にないだろ」
白玖「一体何に悩んでるわけ」
宝良「実は……さっき七緖と“もう年の瀬だな”って立ち話していて思い出したんですけど……」
宝良「それで俺、思い出したんです!」
辰義「思い出した?」
宝良「そう! 年の瀬ってことは、もうすぐ贈り物をし合う行事の日ってことだよな!?」
辰義「はぁ……? なんだそれ」
宝良「ほら、七緒が前に言ってた行事だよ。あいつが生まれ育った町じゃ、そういう祭り事があったって……」
白玖「ああ……そういえば、そんな話を聞いた気がするね」
和助「なんだったか。……えーと……く……くすり……?」
倉間「クリスマス、じゃない?」
和助「あー、それだ。確か、日頃の感謝を込めて贈り物をする行事だったな」
宝良「そうです!」
白玖「ふうん。それで宝良は、七緒に何か贈りたいけど何がいいのかって悩んでたってわけか」
宝良「そうなんですよ! あいつの欲しいものってなんだと思います?」
辰義「そんなの、甘味でもあげれば。 悩むまでもない」
宝良「またお前はそんな投げやりに! 今のオレの中じゃ、ものすげぇ重たい悩みだぞ!?」
辰義「……あんた、暇なの?」
宝良「なんだとーっ!?」
和助「うるせぇ! いちいち喧嘩すんなっ」
宝良「す、すみません……」
倉間「……それにしても宝良、クリスマスのことよく覚えてたね」
宝良「はい。 だって去年あいつに贈り物した時もすげー喜んでくれてて……」
和助「あ? なんだ、お前もあいつに何かあげたのか」
宝良「はい、本を……って! “も”ってことは、もしかして和助さんも!?」
和助「ああ。 ちなみに、白玖もやってたよな」
白玖「そうだったっけ? あんまり覚えてないけど」
辰義「……紅ですよね」
白玖「へえ、よく知ってるね? 辰」
辰義「……あいつにはまだ早い色だったんで……なんとなく記憶に残ってました」
白玖「それ、どういう意味?」
宝良「あ、あー! そういや、辰もあげてたよな!?」
辰義「!」
倉間「へぇ! それは意外だなぁ」
和助「確かにな。何やったんだ?」
辰義「別にたいしたものじゃないです」
白玖「いいから、教えなよ」
宝良「は、白玖さん目が怖いっす」
辰義「……手ぬぐいです」
倉間「手ぬぐい? あ、もしかして七緖ちゃんがよく使ってる花柄の?」
辰義「……」
宝良「へー! あれ、辰が買ってやったんだ……なんか本当に意外だな」
白玖「一体どんな顔して買ったのか、気になるね?」
倉間「本当だね。 選んでる姿がなかなか想像しにくいよ」
辰義「しなくていいです。 というか、倉間さんも何か買ってやったんじゃないんですか」
倉間「うん、勿論。 喜んでいる七緖ちゃんの顔、本当に可愛かったなぁ」
宝良「……やっぱり結局みんなあいつにあげてるんですね……」
宝良「うおー、ますます今年はなにあげればいいのかわからなくなってきたぁ!」
倉間「でもまぁ僕的には、忘れててくれた方が良かったんだけどな」
宝良「え?どうしてですか?」
倉間「だって、そうしたら皆に黙って僕だけが七緒ちゃんに贈り物できる絶好のチャンスだったのに」
宝良「た、箪笥……?」
倉間「しまってどうするの、チャ・ン・ス! 機会ってことだよ」
宝良「へぇえ……」
倉間「っていうかそれはどうでもいいんだけど……」
倉間「……はぁ、これじゃ抜け駆けできそうにないね」
白玖「倉間……あんたって本当抜け目ないね」
倉間「ふふふ、ありがとう白玖さん。 でも、それほどでもないよ」
和助「いや今の全然褒められてねぇぞ、倉間」
倉間「んー、でもどうやら僕は宝良の七緒ちゃんに対する好意を甘く見てたみたいだね」
宝良「へっ……!? い、いやあの別にっ!」
宝良「お、俺はあいつが好きだからとか、そういうんじゃなくてですね!!」
倉間「あれ、そうなんだ? 好きじゃないんだ?」
宝良「いや 好きです! って……うわあああ!! だからそうじゃなくて!!」
辰義「うるさい」
和助「んじゃ、どういうつもりで贈り物がしたいんだ?」
宝良「オレはただ……七緒は日頃から頑張ってるし、労いのつもりで……」
白玖「日頃から頑張ってるっていうのなら、俺も頑張ってるんだけど?」
宝良「へっ……!?」
和助「俺もだな」
宝良「えっ」
倉間「僕も、こう見えて色々と頑張ってるよ。色々と」
宝良「い、いや……あの……」
辰義「俺も」
宝良「それは嘘だ!!」
辰義「なんで」
宝良「なんでじゃねえ! サボりまくってる奴が何言ってんだ!」
辰義「……っち」
宝良「舌打ちすんなっ!」
宝良「っつーか、なんでオレがみんなに贈り物しなきゃなんないんすか!」
和助「お前が素直に、七緒が好きだから贈り物がしたいって言わないからだろ?」
宝良「えっ!?」
倉間「まぁ言ったら言ったで、ここにいる全員を敵に回すわけだけど」
宝良「……う……」
倉間「とりあえず宝良弄りはこの辺にして……実は僕も悩んでたんだよね」
宝良「え、そうだったんですか!」
倉間「うん。 と言っても、何を贈ったらいいかわからないから悩んでるわけじゃないよ?」
倉間「寧ろ、贈りたいものがありすぎて決めかねているんだ」
宝良「は、はあ……」
宝良「わ、和助さんは七緒に何かあげますか?」
和助「俺か? あー……そうだな。今すぐにぱっとは思いつかねぇな」
宝良「えっ、意外ですね。 和助さん、そういうのは慣れてそうですけど」
白玖「そう簡単に釣った魚に餌をやらないってこと?」
和助「別にそういうわけじゃねぇが……形に残る物をやると、後で色々面倒だろ」
辰義「面倒……?」
宝良「でも、七緒はそういう心配はないと思いますけど……」
和助「まぁ、そうだな。あいつに物を贈ること自体は一向に構わねぇよ」
和助「町中で適当に目に付いたもんを贈るか、なんなら一晩中一緒に居てやるとかもいいな」
倉間「あははは、面白い冗談だなぁ和助さん。それ、得するの和助さんだけだね」
辰義「目が据わってますよ、倉間さん」
宝良「つーか、和助さんの意見も全然参考にならなかったんですけど……」
白玖「聞いた相手が間違いだったね」
宝良「そうだ!白玖さんも何か意見くださいよ」
白玖「そう言ってもね……七緒は面方だし、大抵のものは大尽から貰っているんじゃないの」
宝良「うぐっ……そんなこと言われたら、ますますどうしたらいいかわからないじゃないですか……」
辰義「だったら贈り物なんてしなきゃいいんじゃないの」
和助「辰は七緒に何もやらないつもりなのか?」
辰義「あげません。贈り物とか行事とか、興味ないんで」
宝良「お前は日頃からなんだかんだ理由つけて、あいつに団子とか饅頭とか買ってやってるからだろ!」
倉間「へえ……日頃から? 興味ないふりして抜け駆けなんて、ずるいなぁ辰義くん?」
辰義「別に抜け駆けとかそんなつもりは……」
和助「ちょっと待て。お前がそれを言うか? 倉間も、普段から何かしら理由をつけては帯紐だの手鞠だの、七緒にやってるだろう」
辰義「それに、白玖さんだって大尽から貰った物をよく七緒にあげてますよね?」
白玖「あんた、本当によく知ってるね」
辰義「……」
宝良「あれ、ちょっと待てよ!?」
宝良「えっ、それじゃあ辰も白玖さんも倉間さんも、七緒に普段から色々贈ってるってことなんじゃ……!」
和助「……ま、そうなるな」
宝良「オレ以外全員抜け駆けで七緒に贈り物してるとか、どういうことですか! おかしいっすよ!!」
辰義「あんたが単に出遅れてるってだけの話だろ」
和助「言えてるな」
白玖「一理あるね」
倉間「同感」
宝良「そんなの、納得いかねぇー!! こうなったらオレ、誰にもに負けない贈り物を用意して……っ」
七緒「あ! 皆さん、こちらにいらっしゃったんですね」
宝良「ひっ! 七緖……!?」
七緖「……? どうしたの?」
燈太「もー何の話? 大きな声が玄関まで聞こえたよ。ね、七緒?」
七緒「うん。 ……何か大事な話し合いですか?」
宝良「あーいや……違う違う。 ただの世間話!」
七緒「そうなの……?」
白玖「雑談が盛り上がっただけ」
辰義「とた、髪に雪がついてる。 こっちにおいで。そのままじゃ風邪を引く」
燈太「大丈夫だよ、これくらい!」
和助「なんだお前ら。 外にいたのか?」
燈太「うん! 今からみんなで庭に出ようよ! いい木に目星はつけておいたんだ!」
宝良「え?」
辰義「庭? ……木?」
燈太「そう! あのね、七緒がくりすますつりーを作ろうって!」
白玖「つり……? なんだそれ?」
七緒「私の住んでいたところでは、今の時季は木に飾り付けをしてたんです」
七緒「それを、みんなでやったら楽しいんじゃないかって思って。どうでしょう?」
和助「木を飾り付ける? ……なんでだ?」
宝良「葉を剪定して、形を整えたりすることか?」
辰義「それならいつもやってるだろ」
七緒「あ、ううん。 そうじゃなくて……」
七緖「例えばこういう折り紙の飾りを垂らしたり、くっつけたりするんです」
和助「これを木に飾るのか? くりすますってやつには、折り紙が関係してるのか……?」
七緒「いえ、違うんですけど……ええっと……」
倉間「ふふ。どちらかと言えば、七夕飾りみたいだね」
七緒「う……やっぱり、そう思いますか?」
倉間「でも、いいんじゃない? 江戸風クリスマスツリーだと思えばさ」
七緒「……! はい、そういうのをやってみたいって思ったんです!」
燈太「木を折り紙でかざるなんて、おもしろいよね? みんな、早くやろうよ!」
燈太「僕と七緖は、先に行ってるね! 七緖、行こう!」
七緖「うん」
辰義「とた、待て。 羽織をもう一枚着るんだ」
宝良「あ! おい、辰!」
宝良「……行っちまった」
倉間「うーん、どうやらな七緖ちゃんにあげるクリスマスの贈り物に関しては保留になりそうだね」
和助「だな。 とりあえず、皆で飾り付けとやらをやるか」
宝良「そうっすね!」
白玖「雪が降ってるんだ。 外に長居はしたくないから、さっさとやるよ」
倉間「了解」
ひとまず話を中断させ、庭に出た面々は嬉しそうな七緒の顔をみて一層飾り付けに精を出し、
その作業は長時間に及んだ。
やがて、夜見世に訪れた大尽が感心して目を見張るような出来映えのツリーが
万珠屋の庭に何本も立ち並ぶこととなったのだが――
翌日、ツリー作りをした全員が風邪を引き発熱。
しばらく見世内にはくしゃみと咳が飛び交った。
了