2014年09月28日

本意ではないけれど

「サブアカウントを使い、選手を批判した」という批判と非難に対して、
本来これは望んでいないのですが、説明しないことにはもうどうしようもないかなぁと思い、今回それについて説明してみます。

「サブアカウントを使い、選手を批判した」、このこと自体は事実です。

今まで直接説明はしていなかった理由
1.それについて語るつもりがそもそもない(なかった)
2.説明することが難しい

1.だが説明してみる理由
・「知っているんだぞ」「握っているんだぞ」と匂わせ、ちらちらと見せ、「知っているが今は明かさないでやっているんだ」と伝えてくる人がいて
・当てこすりにうんざりし
・こちらから説明すればしたで恐らく「白状」と言うだろうと予測しつつ
・それでもうんざりする気持ちのほうが強い
それと、
・批判応援どちらの立場かは関係なく、知りたいと思っている人もいるだろう

ということで、説明してみます。

2.難しいの内訳は
・適切な言葉で説明できるのか
・意図したとおりに筋道を理解をしてもらえるのか
(同意の意味でなく、曲解なしに主張の筋道を理解されるのか)
・対象人物に言及せずに説明できるのか
 するとなると対象人物への批判が混じることは避けられない
・繰り返し批判することは意図していない

別にした理由
・発言したい内容が楽しいものではない
 TLにそれを流そうとは思わない
 食卓で社会問題について主張されたくないのと同じ
 ⇒場を分けることが適切と判断した

サブの存在を表向き公表しなかった理由
・サブの存在と内容をわざわざ告知する理由がない
・限定された場と状況を作らなければ、発言できない状況
(それもサブでの内容の一部)
・批判行為そのものが胸を張るようなものでないことは最初からわかっている
 だから場を限定したい

自分を使い分けることは不誠実か
・同じ人に別人として接したことはない※
・メインですでに交流のある人がフォローしてきた・話しかけてきた場合、
 必ずDMで自分はメインの何某で、これは何某のサブである、と伝えてきた
・メインでサブと別の立場をとったこともない 言及しないようにしてきた

※サブで当方を批判した人がサブ削除後にメインをフォローしてきた例はある。削除後でありメインでサブにかかる内容には言及しないので、とくに伝える必要はないと思っている。

過去の発言を削除した理由
・内容が間違っていたとは思わない
・だがいつまでも批判を続けようとも思わない、残すという意味でも
・これ以上は発言しない、すでにした発言を主張として続けようとも思わない
・その意味で「葬った」 感覚としては絶版、店頭や図書館から撤去

過去のログを復元して提示している人に対して
・葬っても葬ったものが地中にあることはわかっている
 だが墓場から掘り返して並べて見せる行為は醜悪だと思う
・葬ったことと著作権放棄は同じではない、著作権の点から見ても侵害行為

こちらが陰謀脳だという非難に対して
1.黒猫ブログの件
・4年前、バンクーバーの後しばらくしてから黒猫ブログに出会い、しばらく読んでいた。公正なのか?という疑問はそこで公正でないのだ、に変わった。だがブログが次第に「隣国批判」「報道記事の転載」で埋め尽くされるようになり、ブログに対して疑問と嫌悪感を持つようになって、読むのをやめた。その後、ルールや採点の仕組みを知る中で、知らないことから来る不信感は払しょくされていった。

・黒猫ブログを信じるなんて、については、指摘しておきたいことがある。
「今と4年前のブログを同一視で批判するのは適正でない」。
4年前に正しかったのかと言えばそうではないが、今のほうが先鋭化している。どんどんおかしくなっていくのを感じたから離れた。そこを度外視して過去に読んでいたことを非難している。

2.スポンサーの影響の件
・発言はスポンサーについて誰かがこちらへ投げかけてきたことへの返答としてだったと思う(状況はよく覚えていない)。「スポンサーの影響がゼロではないと思う。なるべく陰謀論的に考えることはしないようにと思うが」と一度発言したことに対し「スポンサー加点で高得点をもらったと考えている、それが陰謀脳だ」という批判がある。

中身を理解しないまま断定しているとしか思えない。
自分はハロー効果としてゼロではないと思った。もちろんそれは審判が持ってはいけないことだし審判が簡単に影響されることはないと思う。
だがゼロか、0.1%でもあるか、と言うなら、0.1%くらいはあってもおかしくないと思う。それは「圧力」や「操作」としての影響ではない

「これほどのスポンサーを擁する選手=実力と人気を兼ね備えたすごい選手」の印象だ。一般的に、すでに評価されている選手にはそういう実力があるとして見るだろう。逆に、まったく初めて見る選手には、同じ能力があったとしても同じ点数は出ないだろう。評価が定まらない段階であまり高くは出せないという心理的なものはあると思う。そうでなければ「一つ一つの試合で認められていって・・・」という考え方は出てこない。

そういう意味として書いた。しかもそれは強く主張したかったことでもない。
それでもこれを陰謀脳だと主張するなら見解の相違としか言えない。

※もう少し続きます。箇条書きはここまでなので、以下、文体が変わります。

競技や選手へ向ける気持ちとして、どの選手もその競技に打ち込み、特に国際試合に出場するレベルに達している選手たちについて、十分に尊敬に値すると思っています。そのことはこのブログでも記事として書いています。
関連記事:ままならないこと
http://vamosjavi.seesaa.net/article/404715971.html

一方で、この気持ちもあります。
共感する言葉を、あるブログからお借りします。
原則としてアスリートは競技以外のことはどうでもいい、私生活がDQNであろうが、舌禍を起こそうが、いいものを見せてくれればそれでいい、とも思っています。しかし、どうしても受け付けないのが
「他者、他競技、先達やファンへの感謝や尊敬が感じ取れない選手」
「その地位に見合うべき義務や責任を果たさない選手」
です。

全文同意です。
そしてもう一点受容できないのが「正直さと誠実さに欠ける選手」です。

自分が「その選手に対してそう思った内容」については、
先に書いたように「再度の批判を意図しない」ため、書きません。
判断材料のほとんどは、本人が語る放送や動画でした。

その選手が誰なのかについては、予測はつくでしょう。
少なくともブログで名前を出している選手は該当しません。
「え、●●さんを批判するの!」と思う方も当然いらっしゃるでしょう。
それはその方の見方としてあるわけで、そういう方々を説得しようとは思っていません。サブアカウントの時点から、誰かを説得する意図はゼロでした。
そういう意味でも、批判=アンチ という非難を自分は否定しています。

●●選手を批判したこと、アカウントの使い方、その他で、共感できない、支持できない、という方はいるでしょうし、今回のこの説明でそれがはっきりした、と思う方もいるでしょう。それはもう仕方ないと思っています。

※共感しない、支持しないことと、卑劣な誹謗は別問題であり、自分が抗議するのは後者に対してです。それは今後も同じです。

こちらからの説明は以上です。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。

※この記事のコメントは非公開も可能なように承認制にします。
 公開・非公開の希望を明記願います。

posted by もっち at 00:00 | Comment(1) | 呟きまたは主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>いわれよう
いやいやいやいやいやいや、いわれようはこんなものじゃないですよ。
記事のトーンの100倍を想像して頂ければだいたい近いかと。

後ほど、非公開でお返事します。
Posted by もっち at 2014年09月28日 20:57
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