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南條×猪子対談:「寛容な」都市が、未来へつながる「いま」を生み出す【Innovative City Forum】

「20年後のわたしたちはどのように生きるのか?」。そのような問いを掲げ、「都市とライフスタイルの未来を描く」べくオープンな議論を重ねる国際会議がある。その名もInnovative City Forum。昨年からスタートしたこの会議が、来る10 月8日から、虎ノ門ヒルズを舞台に開催される。内容の一端を垣間見るべく、モデレーターの南條史生(森美術館館長)と登壇者である猪子寿之(チームラボ代表)が顔を合わせたある日のミーティングに同席した。

 
 
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TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTOGRAPHS BY TADA

南條史生FUMIO NANJO
1949年東京都生まれ。森美術館館長。1972年慶應義塾大学経済学部、1976年文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。国際交流基金、森美術館副館長などを経て2006年11月より現職。1997年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナー、1998年台北ビエンナーレ コミッショナー、ターナー賞(英国)審査委員、2000年シドニー・ビエンナーレ国際選考委員、ハノーバー国際博覧会日本館展示専門家、2001年横浜トリエンナーレ2001アーティスティック・ディレクター、2002年サンパウロ・ビエンナーレ東京部門キュレーター、2005年ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞国別展示審査員、2006年及び2008年シンガポールビエンナーレ アーティスティック・ディレクター等を歴任。2007年、これまでの美術を通じた国際交流の功績に対し外務大臣表彰を受賞。近著に「アートを生きる」(角川書店、2012年)がある。

猪子寿之TOSHIYUKI INOKO
1977年徳島県生まれ。ウルトラテクノロジスト集団チームラボ代表。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時に、プログラマ・エンジニア(UIエンジニア、DBエンジニア、ネットワークエンジニア、ハードウェアエンジニア、コンピュータビジョンエンジニア、ソフトウェアアーキテクト)、数学者、建築家、CGアニメーター、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、絵師、編集者といったスペシャリストから構成される、チームラボを創業。大学では確率・統計モデルを、大学院では自然言語処理とアートを研究。今後の予定として、『国東半島芸術祭』(大分)にて、新作「花と人、コントロールできないけれども、共に生きる – Kunisaki Peninsula」を発表(10月4日~11月30日)、『Garden of Unearthly Delights: Works by Ikeda, Tenmyouya & teamLab』(アメリカ/ニューヨーク)で新作含む5作品を展示(10月10日~2015年1月11日)、『チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地』(東京)にて、デジタルアート作品と「チームラボ 学ぶ!未来の遊園地」を同時展示(11月29日~2015年3月1日)など。

南條 猪子くんはいつも忙しそうだけど、夏休みは取ったの?

猪子 正月から全然休んでいません。「休みがなくても平気だ」っていつも豪語しているのですが、さすがに、そろそろ休みたくなってきました(笑)。ぼくは徳島県の出身なので、毎年、お盆の時期には阿波踊りをしに帰省しているんです。以前はそれが休みだったのですが、4年前にぼくが参加していた「東大連(連=踊り子グループの単位)」がつぶれた後、いろいろな人にお願いされたこともあって、ぼくらが仲間とともに再建していったんです。それからは、「お盆の帰省」は完全な休みみたいなものではなくなってしまったんですよ。

南條 コーディネイトみたいなことをするわけ?

猪子 東京から、延べ1,000人くらいが来るんです。なので、バスをチャーターしたりホテルをおさえたりといったことを連がしているのですが、ぼくはまあもっとも阿波踊りらしく遊ぶ係をしています(笑)。

そもそも阿波踊りというのは、元々街が封鎖されて、みんなが自由に踊り歩くっていうお祭りだったのですが、近代化の中で観光名物という位置づけになり、桟敷席が設けられ、どんどん見世物化していったんです。その結果、これまで自由に踊り狂っていたという部分がだんだんと排除されていくことになりました。ぼくが子どもの頃はもっと自由でめちゃくちゃな部分が残っていたのですが、そういった阿波踊りの本質的な部分こそが、今後の社会で魅力になると思っているんです。

東京から来た人たちが、一升瓶飲んでベロベロになりながら踊り狂うわけだから、そもそも見世物にはならない、つまり20世紀的な鑑賞型コンテンツにはならないわけです。なので、20世紀に侵されている人々には、観光資源である阿波踊りをひどいものにしていると考える人々もいるわけです。それに対して、いろいろとプロパガンダや調整みたいなものも必要なんです(笑)。

南條 なんで、そこまでして頑張っているわけ?

猪子 伝統というか、近代化で消えかかっている風俗を守りたいという気持ちが強いんです。見るだけのコンテンツなんて、世界中に面白いものがたくさんあるけれど、街中が踊り狂っているなかに飛び込んでベロベロになりながら踊れる祭りなんて世界でも珍しいし、少なくとも東アジアにはほとんど残っていません。実際、参加してみるとすごく面白いので、みんなリピーターになるんですよ。

南條 今日は都市の未来を考えていく上で、テクノロジーやアートを含めたクリエイションを使って、どうイノヴェイションを起こしていけるか、ということを猪子くんに訊きたかったわけだけど、のっけから濃い話になってきたね(笑)。でも、猪子くんのところだけで毎年1000人もの人たちが東京から踊りに行くわけだから、徳島にとってさまざまなインパクトがあるはずなのに、それを観光の邪魔だと考えるのは、ちょっとナンセンスというか。例の、ナイトクラブ規制法案を思い出すね。

猪子 そうですね。都市がクリエイティヴな機能を備えていくためには、基本、都市は寛容であるべきだと思っています。寛容性がないと、新しい時代には追いつけませんから。ぼくはそれを、徳島でヒシヒシと感じました。

寛容性にデメリットがあるとすれば、それは、「いま」に最適化し過ぎてしまうという点です。都市というのは、長い歴史があったり場所の特異性があるわけで、それこそが魅力なわけですよね。「いま」ばかりに意識を向けるのではなく、歴史や場所性の中に眠る「その都市の本質」を顕在化して、未来につなげていくことがとても大切で、それには、アートがとても有効な手段のひとつになると思っています。

例えば2014年の2月から3月にかけて、佐賀県でチームラボ展をやりました。明治維新に際し重要な役割を果たした鍋島藩があった佐賀市、江戸中期から世界中に焼き物を輸出していた有田、宇宙科学館がある武雄、豊臣秀吉が一夜にして築き、その後人工的に壊された名護屋城跡といった、それぞれ特徴がある4箇所でやることを県から依頼されたのですが、それは、その場所を考えるきっかけとなる作品を置くことによって歴史をかえりみることになるし、そのように脳がいろんなこととつながることによって、街自体の楽しみ方も変わると思うです。

南條 確かに、古いものを古いものとして保存しているだけではダメだと思う。特に工芸に対しては国がお金をつぎ込んでいるけれど、そもそも需要がないから、いくら保護してもどんどん消えかかっている。テクニックが重要なのだとしたら、それを使っていまの時代になにをつくるか、といった方が重要なのは間違いないよね。

猪子 その通りです。伝統工芸は、過去の強みを生かした上で、いまに最適化することに最も力を入れるべきだと思います。

 
 
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