女子バレー新戦術「Hybrid6」進化の鍵は?──眞鍋監督、木村沙織らに聞く
新戦術で臨んだ「ワールドグランプリ(WGP)」(28カ国参加)で大会初の銀メダルを獲得した日本女子バレー。今季最大の目標・世界選手権(9月23日〜・イタリア)で再び世界一にチャレンジする眞鍋JAPANの前に立ちはだかるのは、ロンドン五輪金、WGPでも勝てなかった世界女王ブラジル、世界2位のアメリカ、さらには……。「銀」から「金」へ、その差を埋めるためには「ハイブリッド6」の完成が不可欠。新戦術は世界バレーで進化できるか。そのために何に取り組んでいるのか。眞鍋監督、木村主将らに聞いた。
精度アップ、攻撃の分散化、バックアタック、「4つ」の世界一
WGPファイナル。ロシア、トルコ、中国、ベルギーに4連勝し、金メダルを賭け戦った最終のブラジル戦。女王に日本は「歯が立たなかった」(眞鍋監督)。終わってみればストレート負け。
──ブラジルと戦って、どう感じられましたか?
眞鍋監督 力負けでした。やはりブラジルは集中力がすごい。サーブがいいし、ミスも少ない。戦力も日本より上。ただ、ファイナリストとして世界一に挑戦できたということは大きかった。昨年のグラチャンに続いて今年も最終日に世界一になるチャンスがあった。いずれもブラジルに負けたが、経験できたというのは大きいです。
前回の世界バレー(2010年)で32年ぶりに銅を取ってから選手が自信を持ち、W杯で4位(2011年)、ロンドン五輪で銅メダル(2012年)、グラチャンで銅メダル(2013年)。主要な国際大会でベスト4に入り続けているということは力がついてきたのかなと。
厳しい道のりというのは重々分かっていますが、選手とスタッフが一致団結して結束力をもって世界一に挑戦し、世界バレーでいい結果を出すことができれば、2年後のリオ・オリンピック(の金メダル獲得)につながると思います。
精度を高める! 個々がレベルアップ
──新戦術「ハイブリッド6」を進化させるために、何が必要ですか?
眞鍋監督 新戦術がもう1ステージ上がるためには、すべてのプレーの精度を上げていかなければならないと思っています。そうしなければ、ブラジル、世界2位のアメリカ、さらにイタリア、中国、ロシア、韓国、セルビア、ドイツ……、世界3位の日本から13、14位くらいまでは紙一重という中で勝つのは難しい。
ブラジル戦で日本はブラジルよりもミスを多く出してしまった。それでは勝てない。再度世界一に挑戦するために、WGP後、もう一つハードルを上げています。ミスを少なくするために、練習からブラジルの高いブロックのようなプレッシャーを受けながら打つ。男性コーチがブラジル、アメリカ、ロシア以上のストレスを与える感じでブロックに跳び、そのブロックを前にミスなく確実に正確に打てるか、です。
「決め打ちするな」って言っていますね。空中で相手のブロックを見て、空いているスペースに打てと。それは僕が100回言ってもダメで、それぞれが技術を上げていかなければならない。選手一人ひとりで見え方が違うので、“手がはっきり見えるか?”“ぼやっと見えるのか?”など確認しながら。あるいは木村のようによく見えていても、パワー不足で空いたスペースを抜いても拾われてしまうこともある。最後は“個人技”。一人ひとりが精度を上げ、レベルアップしていかないと世界一にはなれません。
あの2枚サーブレシーブやリードブロックという新戦術を生み出しロス五輪で金メダルを取ったアメリカ男子のダグ・ビル監督も、何年も練習や試行錯誤を重ねてようやく完成した、と話していました。ハイブリッド6も同じです。
選手たちはどう感じ、何に取り組もうとしている?
木村 チームがどういう状況でもコンスタントにレベルの高いところで安定感のあるプレーを続けなければ。みんながつないでくれて最後に苦しいトス、二段トスが上がってくるときに、クロスに打つことが多かったんですが、リベロに取られてしまって、そこから展開されることが多かった。もっと工夫して、違うコースを抜いたり、ブロックをはじいたり、攻撃の幅を広げていきたいと考えています。
長岡 「打つことで貢献したい」と思っています。とにかく点数を取る。技術面もそうですが、確実なボールは確実に1点にする、当たり前のことを当たり前にやる、すべてそこからだと思うので。やらなきゃならないことはいっぱいありますが、一つずつクリアしていきたいと思っています。
宮下(遥) WGPはコンビに不安が残ったままやっていました。なんとなくで終わっていたところを細かく確認しています。精度を上げるため「今、自分の上げ方どうですか?」「今のこうしたほうがいいですか?」と自分から聞いたり、会話を多くして。あと、ラリー中にトスがネットに近くなる癖があるので、試合中も考えて、スパイカーに余裕があるときには、トスを呼ぶときに「離して!」と声を出してくださいとお願いしています。
攻撃をもっと分散! バックアタックを増やす
誰もがどこからでも攻撃できる、時には4、5人が助走に入り、シンクロ攻撃をしかける「ハイブリッド6」。相手ブロッカーを惑わすために必要なのが、セッターの中道瞳も一番の課題に上げる「攻撃の分散化」だ。WGPファイナルでのアタックの得点を見てみると、ロシア戦(長岡望悠13、木村13、新鍋理沙11、江畑幸子8)、トルコ戦(長岡11、石井14、木村11、大野果奈8)、中国戦(長岡16、石井10、木村11)、ベルギー戦(新鍋10、江畑9、長岡8)、ブラジル戦(石井10、木村7、新鍋5)。木村、江畑に集中したロンドン五輪と比べるとかなり分散されていた。しかし物足りないと感じたのが、バックアタックの本数だ。
──攻撃の配分についてはどうですか?
眞鍋監督 分散化はもっとやらないと。そのために「ハイブリッド6」ですから。1人のエースアタッカーに集中しないで全員が同じくらいの本数を打つ。日本には絶対的エースがいない。それは不利ですが、全員がまんべんなく打てるというプラスでもありますから。
また、ハイブリッドでは明日だれがスタメン? ってわからない。どこのポジションに入るかさえもわからないわけです。レギュラー、控えというのがない。出られるチャンスが多いので、先発以外の選手のモチベーションも高いんですね。
誰が入るかでチームのスタイルもがらっと変わる。迫田が入れば別のチームになるし、山口(舞)や大野が入れば従来のミドルブロッカー的な攻撃で速さが増す。面白いと思いますよ。
今までとまったく違うのはメンバーチェンジ。ピンチサーバーで入れた選手をそのまま使うことができるし、6人一気に全部交代っていうのもできたりします。今、いろいろとシミュレーションしています。調子のいい選手をどんどんハイブリッドしていこうと思っています。
山口 自分がコートに入ったときには点を取ることもそうですが、トランジション(切り返し)の速さで、速攻やサイドへの速い移動攻撃でブロックを分散させて、他の人が決めやすい状況を作りたいと思います。
──バックアタックが少なかったように見えました。もっと増えたらと思うのですが。
眞鍋監督 そうです! WGPでは少なかった。ですが、世界バレーには、迫田(さおり)というバックアタックのスペシャリストが戻ってきましたからね。迫田は世界でも他にいない、前から打つより後から打つほうが決まるアタッカーですから。迫田が入ることで、バックアタック(前衛でもバックアタックのような攻撃)の本数が増えると期待しています。相手は背の高いブロッカー陣が多いのでトスがネットに近いとブロックされやすい。バックアタックなど縦の攻撃は日本の大きな武器、もっと本数を多くして決定率・効果率も上げていきたいです。
その迫田らの思いは?
迫田 WGPは(肩の故障でメンバー入りせず)外で見ていて、早くみんなの輪に入りたいなと。焦っていました。「ハイブリッド6」では誰が入ってもまわるので、他の人にはない“武器”をしっかりアピールして頑張っていきたいです。自分はやっぱりバックアタックで点を取っていきたい。課題だった真ん中でブロックを跳んだ後の切り返しでも、多くトスを呼んで、とにかく点を取りにいきたい。
木村 「ハイブリッド6」という戦術をもっと大きくしていくために、自分としてもバックアタックが少なかったかなという印象があるので、世界バレーでは迫田も戻ってきていますし、もう少し前後の関係の攻撃の幅を広げられたらと思います。
石井(優希) オポ(ジット)に入ることが多いので、打数を増やして苦しい場面で決められるようにしたい。難しいボールを失点にするのはなくて、相手が崩れるコースを狙うのも大事だと思うし、一本一本ちゃんと考えて打っていきたいと思っています。
バックアタックはもっと打ちたい。バックアタックを打つときに相手のブロックが見えないことが多かったんですけど、WGPが終わってから、助走を今までより少し後ろからにしてスピードを速くしたら、前に流れて(ブロードジャンプのように)打つ位置も前になり、打つコースがエンドラインギリギリぐらいだけでなく、少し長短もつくようになって。助走を変えたらブロックも見えてきた。前はぜんぜん見えないか、見えてもぼやっとって感じだったんですけど、今は、少しずつ、“あ、間ちゃんあいた”とか。見えたから終わりではなく決めないといけないですが、まずは見えないと話にならないということで強化して、大事なところで決められるようにしたいです。
新戦術の成否のカギ、「4つ」を世界一に
日本は世界一になるために、「4つ」の技術で世界一になることを目指している。その4つとは(1)サーブ(2)サーブレシーブ(3)ディグ(スパイクレシーブ)(4)失点の少なさ、である。それらは「ハイブリッド6」を支える重要な部分。WGPではどうだったか。
数字で見ると、木村はサーブ部門で世界1位、新鍋は57.89%という返球率でベストレシーバー、ディグでも佐野が1位と個人で見ると好成績を挙げていた。新鍋、木村らは丁寧なトスやつなぎの部分でもチームに貢献していた。
眞鍋監督 4つを世界一にしようとやってきているが、前回の世界バレー、W杯、ロンドン五輪、グラチャンと一つだけしか世界一になれなかった。しかしWGPで日本独自のデータの中では、4つのうち2つが世界一になった。それで銅から銀メダルへと。もう2つを世界一にできれば、金メダルに近づく。新戦術には正確なサーブレシーブ、ディフェンス力が欠かせません。世界バレーには佐野(優子)が帯同していませんが、新鍋や佐藤、筒井ら若手がいるので、心配はしていません。
それからサーブ! 相手より平均身長が低い(平均身長で10cm違えば、腕の長さがあるので20cm差にも感じる)日本にとっては相手にAパス(セッターにきっちり返るサーブレシーブ)を入れさせないことが大切。ブロックの面からもサーブは大事。全員が相手を崩せるサーブを打てるように練習しています。相手が嫌がるジャンプ・フローターでネットすれすれで前に落としたり、回転のないサーブを。
選手らの思いは?
新鍋 ポイントゲッターに比べて攻撃が多いわけじゃないので、まずはしっかり守備の方(パスヒッターとしての役割)をがんばりたいと思います。攻撃面では3枚のときが多く、1対1になることが多いので、きっちり決めきりたい。
石井 ブラジルとは、スパイクやブロックだけでなくディフェンスの差もありました。日本はサーブとミスの少なさで1位になれなかった。ブラジルはCパスになってからの攻撃は決定率が低いけど、それ以外は揃っていて欠点が少ない。勝つためには、もっと4つを強化していかなければと思います。
迫田 WGPでは日本はサーブで攻めることができていた。改めてサーブが大事だと感じました。自分もさらに練習しなければと思います。
2010年の世界バレーで32年ぶりに銅メダルを獲得してから自信を取り戻し、ロンドン五輪で28年ぶりに銅メダルを獲得した日本女子バレー。「世界バレーからオリンピックへとつながっていると思うので、いい結果を出したい。WGPの銀メダルは満足していないので、一番上のメダルを目指して頑張りたい」と江畑。五輪で金メダルを取るために、挑戦は続く。