主に教員養成・採用・報奨システムの観点から日本の教員政策について考察した「教育政策のかなめ教員政策を考える」でも言及したように、教員政策は幅が広く、その他にも様々な要素が含まれる。
今回は先ごろ経済協力開発機構(OECD)より公表された国際教員指導環境調査(TALIS)の結果を用いて、主に教員マネージメントに焦点を当てて日本の教員政策を考察する。
TALISは中学校教員の勤務環境と学校の学習環境に焦点を当て、国際的な指標と政策分析を提示することを目標とした調査である。OECDによって34の国と地域で実施された[*1]。この調査については、データの解釈にいくつか注意する必要がある。
[*1] 字数の関係でサンプリングの枠組みや、選定された政策分析のテーマなどはOECDのサイトを参照されたい。
第一に、TALISは学習成果とリンクした制度設計ではない。ゆえに、教員マネージメントが学習成果に与える影響を間接的に考察することになる。第二に、TALISのデータは教員と校長の主観的な意見を調査しているため、客観的なデータとはズレが生じている可能性がある。
第三に調査対象は中学校の教員であり、その結果は高校や小学校の教員マネージメントには当てはめられない。特に日本の中学校教員は部活動の負担が大きいものの、小学校・高校についてはそれ程でもないため、TALISの結果から他の教育段階の教員マネージメントに対する政策的示唆を導くと誤った政策となる可能性が高い。
そして最後に、レポートの参考文献を参照すると分かるように、TALISの分析枠組みは国際比較を謳いつつも英語圏の教員政策に準拠しており、指標や分析に国際比較として妥当性を欠いていると考えられる部分も見られる。これらの点に注意して本稿で提示するデータをご覧いただきたい。
以下では、1章でTALISの結果から、日本の特徴を活かした教員マネージメントについて考察する。続いて2章で、主要メディアが主に日本の教員の多忙化に焦点を当てた報道をする一方で、OECDによる日本に対するカントリーノートでは、教員に対するフィードバックが取り上げられたことから、この両者に着目した考察を行う。それを受けて3章では、教育分野の外側にいると見えづらい日本の教員がフィードバックを受ける具体的なツールを紹介する。そして最後に4章で、日本の教員マネージメントの在り方についてまとめの議論を行う。なおTALISでは教授法、ICT教育、教員構成、教員の自己効力感・仕事への満足感などについても分析されているが、字数の都合で割愛し、本稿では教員マネージメントに焦点を当てて論を進める。
1. 日本の特徴を活かした教員マネージメントとは?
日本は、自国の教育マネージメントシステムの特徴を活かしきれているとはいえない。そこで本章では、日本の教育システムが、他国に比べて分権的なものか、集権的なものかを、教員人事の側面と、校長の役割が「教育者としての校長」と「マネージャーとしての校長」のどちらに重点を置かれているかという側面からみていく。
1.1. 日本の教員養成と教員配置
教員採用・配置の方法は分権型と集権型の大きく二つのタイプに分けることができる。
前者の例としてアメリカを挙げられる。州によって異なる部分もあるが、アメリカでは各学校が教員採用権を持つ。このシステムの下では、もちろん教育困難校に率先して行く優秀な教員もいるが、一般的には空席公募に対して教職経験が浅い・実績が低いといった教員からの応募しか集まらないことが多く、教育環境の良い学校に応募しても他の候補者に勝てないような、採用に関して交渉力が弱い教員ほど教育困難校に集まってしまう傾向がある[*2]。このような短所を持つ一方で、権限がより現場に近い所にあるため、リソースが効率的に活用できるという長所も持つ。
[*2] アメリカの場合は、教育財政もかなり分権化されており、住民の社会経済状況が悪い地域ほど教育予算を集めづらいという特徴もあり、教育行政・財政の両面から、優秀な教員が教育環境の良い学校に集まりやすいシステムである。
集権型の代表例は日本で実施されている広域教員人事である。教員は地方または中央レベルで採用され、そこから各学校に配置される。このシステムの下では、権限が現場から遠いため、どうしてもリソースを効率的に活用しきれない部分が出てくる[*3]。しかし、このシステムは長所も持つ。それは、教員自身が次のポスト獲得のために時間や労力を費やす必要がないため、仕事に集中したり、職能成長のために時間を割く余裕が生まれる。また教育行政からしても教員養成を計画的に実施できるし、教育の公正性を、教員配置を通じて狙うことが出来る。
[*3] あまり先進国には当てはまらないが、文脈を途上国に持っていった場合、システムを活用しきるためにはそれなりのキャパシティが省・委員会がないといけないし、腐敗が横行している場合、教員配置公表の1週間前ぐらいから省・委員会に陳情の長蛇の列が出来て業務に支障をきたすという、また別の短所が露わになるのもこのシステムの特徴である。
しかし、日本は広域教員人事の長所を活かしきれているとは言い難い現状がある。ここでは、教育困難校[*4]に勤務する若手教員の割合をみてみよう。これは教育の公正性と教員養成の計画性を完璧に捉える指標ではない。しかし前回、教員の職能成長は最初の数年間に集中していることを紹介したように、公正性の観点から見ても成長途上である若手の教員は教育困難校に配置されるべきではなく、また若手の教員は研修を行う余裕のある学校に配置されるべきである。そこから、広域教員人事の長所を活かしきれているのかをみることができるだろう。さて、日本の若手の教員はどのような学校に配置されているのであろうか?
[*4] TALISでは、言語的マイノリティ・特別な配慮が必要性な生徒・社会経済的に不利な背景を持つ生徒の割合についてそれぞれデータを出しているが、ここでは3番目、社会経済的に不利な背景を持つ生徒が30%以上いる学校に焦点を当てる。
図1は、教育困難校に占める、経験が5年以下の教員の割合を示している。先ほども言及したように、アメリカのような分権型の教員配置を実施している国ほど高い数値が記録されがちな指標であるが、集権型を取っているにもかかわらず日本は参加国の平均値よりも高く、日本は教員の広域人事が活かしきれていないことを示唆している。
図2は公的な教職導入研修を受けた新人教員の割合を示している。日本には公的な初任者研修があるので、正式採用された教員の参加率は群を抜いて高い。研修の内容そのものではなくそこで構築されるネットワークこそが重要という意見もあるが、いずれにせよこの正規採用の教員に対する導入プログラムの存在が日本の教育の質を支える一要因となっていると考えられる。
その一方で、近年日本ではその割合が高まっている非常勤講師に関していえば、日本よりも研修参加率が高い国がいくつか見られる。このことは後々教員の質、ひいては教育の質に負のインパクトを及ぼす可能性が高い。なぜなら、日本は戦前の師範学校制への反省から中学・高校の教員養成について開放制の原則を採っており、教員養成段階だけで一人前の教員を育てる教育システムではない。図3が示すように、日本の教員達は教員養成段階での準備教育のみでは十分ではないと感じている。非常勤講師制度自体が褒められたものではないが、もし現在の方向性を維持するのであれば、少なくとも全ての非常勤講師に導入プログラムの研修を受けさせる必要がある。
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