【アストラハニ(ロシア南部)=石川陽平】旧ソ連南部とイランに接するカスピ海の領有権問題が約20年に及ぶ意見対立の末、初めて解決に向け動き出した。ロシアなど沿岸5カ国が29日の首脳会議で、沿岸25カイリ(約46.3キロ)に国家主権と漁業権を行使する水域を設けるとの政治声明を採択した。ウクライナ危機を巡って欧米と対立を深めるロシアは、カスピ海沿岸諸国と関係を改善し、国際的な孤立を回避する狙いがある。
ロシア南部アストラハニで開いた首脳会議には、ロシアとイラン、カザフスタンなど沿岸5カ国の大統領が出席した。第1回首脳会談の開催は2002年で、今回が4回目。日本の国土ほど面積があり、石油や天然ガスの埋蔵や、チョウザメなど希少生物が多いカスピ海を巡り、境界線画定や船舶の航行、漁業問題などを話し合ってきた。
今回の首脳会議では、沿岸地域の境界線やカスピ海地域での協力に関する合意事項を盛り込んだ政治声明を採択。焦点の領有権問題では、各国の沿岸25カイリに帯状の水域を設け、このうち15カイリを「国家主権」の及ぶ範囲とし、これに10カイリを加えて「排他的漁業権」を持つと定めた。残る中央部分の水域は引き続き共同管理とする。
政治声明の採択で、沿岸水域に実質的な境界線を引くことで初めて合意した。ただ、領有権問題のうち、石油や天然ガスの開発に直結する海底や地下資源の分割については「広く認められた原則や国際法の規範に基づき分割すること」を提案するなど曖昧な表現にとどめ、結論は出さなかった。
カスピ海の分割では、2国間の中間線を境界としたい旧ソ連4カ国と、均等分割を主張するイランとの鋭い対立が続いてきた。すべての国が合意しやすい海上と海中の領有権問題の解決をまず優先し、海底の分割問題は16年にもカザフで開く次回首脳会議へ先送りしたとみられる。主催国ロシアのプーチン大統領は首脳会議の最後で「すべての問題が解決されたとはいえない」と述べた。
5カ国は今回の政治声明を土台にカスピ海の法的地位を定める国際条約の締結を目指す。プーチン大統領は「近い将来、調印に達する」と楽観的な見通しを示した。ウシャコフ大統領府補佐官は、次の首脳会議で国際条約が署名される可能性に言及した。
政治声明ではまた、沿岸国以外の外国の軍隊がカスピ海に入ることに反対することで一致した。沿岸国間の信頼関係を深め、紛争を防ぐ狙いという。沿岸5カ国は首脳会議に合わせ、チョウザメなど生物資源の保護や、緊急事態への対策での協力などを定めた3つの協定も結んだ。
ロシアなど旧ソ連の沿岸4カ国は90年代からカスピ海での資源開発を活発にしてきた。特に、ロシア、アゼルバイジャン、カザフの3カ国は03年までに、2国間の中間線を境界として海底を分割することで合意。トルクメニスタンも中間線での分割を支持しつつあった。今後は、均等分割を求めてきたイランが応じるかどうかが焦点になる。
カスピ海の水域には、石油だけで埋蔵量が200億トン前後(ガスコンデンセート含む)と推定され、欧米ロが化石燃料の新たな供給源として熱い視線を注ぐ。領有権問題を解決して国際条約を結べば、資源開発への投資資金が流入。境界地域の鉱床の開発や欧州への輸送用パイプラインの建設が促進されるとの期待がある。
ロシアには外交の軸を東のアジアとともに、南方にも移す思惑がある。水上や水中の共同管理を主張しているロシアが、25カイリの主権・漁業権設定で一部譲歩した背景にも、欧米以外の国々に接近する目的がありそうだ。
プーチン、ロシア