ウタカタ家

everything be pixelated

短編小説を書く企画に参加してみたよ

こういう企画があるとid:mah_1225氏に教えてもらったので。

テーマは「リンゴ」と言う事でこんな感じのものを書いてみた。

以下本文。 

さっちゃんと食堂

あーかーいーりんごーにー、くちびーるよーせーてー

「またいつものが始まったよ」 常連客達は、歌を口ずさむ店の主を呆れながら眺めていた。 この町にもう40年はあるかという食堂。そこの主の女性は、いつも新しい客が来ると「この食堂の成り立ち」の話をし始めるという。

「一人で常連客の相手ばかりしてて退屈なんだろう、新入りをからかって暇を潰しているのさ」と、常連客の一人は言った。 今日もまた、新しい客がフラリと店に立ち寄った事をキッカケに、主の「話」が始まった。

「あたしが小さいころは貧しくてねぇ、それはそれは食うものに困ったもんだよ。」 「新入り」と称された客は、注文を終えた途端に始まった主の話に戸惑いつつも、少し興味のある風に耳を傾け始めた。 カタカタ、と蓋をした鍋から音が鳴った。主は、話を中断して鍋の蓋を開けて中身をかき混ぜ始める。慌ただしさもみせず、かといってのんびりともしていない。長年培ったものなのだろうか、その立ち居振る舞いはまさに食堂の主にふさわしいと、その場に居た「新入り」の目に映った。 「あれはまだ学校に通う前だったかしら、母さんに頼まれてお使いに行ったのよ。」 幼い少女だった主は、お使いを終えた帰りに迷子になってしまった。見知らぬ神社の境内に一人、主は途方に暮れて、泣いていた。すると、不思議な歌声が聞こえてきた。

あかいリンゴにくちびる寄せて だまって見ている 青い空

良く主の母親が口ずさんでいた「リンゴの唄」だった。その歌声のする方へ、主は歩いていった。 常連客はこのくだりまで聞くと、「どうせラジオか何かで流れていたんじゃないのか」と混ぜっ返すが、「新入り」は真剣な眼差しで話を聞いていた。

そして、声のする方へと向かっていくと、なにやら不思議な町へと出てきた。町を歩く人の服装も、もっている道具も、町の景色も、皆見たことも無いようなものばかりだった。

「田舎しか知らない私にとっちゃ、本当に驚きでねぇ、夢でも見ているのかと思ったぐらいだよ」と、主は話を続けながら、「新入り」へスープの注いだ皿と、パンの入った編み籠を渡した。

「新入り」はじっとスープを見つめていたが、やがて慌ただしくすすり始めた。 「これこれ、あんまり焦るとやけどするわよ」 主がたしなめる声も聞かず、「新入り」はスープを飲み、パンを頬張っている。 「しかし、よく見てもやっぱり今時見ない格好だよな」と、常連客の一人が、「新入り」の姿を見て、言った。 「よほどの田舎から来たのかね」と、もう一人が返答した。 「ま、この町も充分田舎だけどな」という声に皆釣られて笑った。 「まぁまぁおよしなさいよ」、主は言った。 「それにしても、本当にどこから来たのか分からないのかい」主が質問をしても、「新入り」は首をかしげるばかりだった。

「ま、いいさ。話の続きだね。えっと、どこまで話したかしら」主はブツブツとつぶやきながら、話を思い出していた。

「そうね、町に出てきた所までだったわね」 主がその不思議な町に辿り着くと、目の前に食堂があった。何もかも目新しいはずのその町で唯一、奇妙な懐かしさを主は覚えた。 「お腹が空いてたので、えいやっとそこに入ったの。そこも常連さんで一杯だったけど、みんな優しくてね」主は話を続ける。 「そこはおばあさんが一人で切り盛りしててね、事情を話す前に黙って今みたいにパンとスープを出してくれたの、それが本当に美味しくって」 それをキッカケに美味しい食べ物を自分も人に出したいと主は思い、長じて後、働いて蓄えたお金でこの食堂を開き、今に至る。 「私の名前。幸子にふさわしい幸せを生む店にするのよって、あらあら」 「新入りさんはどうやら腹いっぱいでおねむのようだな」 「新入り」と呼ばれている少女は、満腹になったせいか、うとうととまどろんでいた。 主は「新入り」を起こし、声をかけた。 忘れそうになっていた買い物かごを手渡して。

気をつけて帰るのよ、さっちゃん。

そんな主の声を聞いてか聞かずか、「新入り」と呼ばれた少女は歌を口ずさみながら、帰っていった。

あーかーいーりんごーにー、くちびーるよーせーてー

あとがき

この小説は「リンゴの唄」にインスパイアされて書いたものです、よかったら一度お聞きになってみるのはいかがでしょうか。