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卓上四季

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二つの祖国

94歳で亡くなった元女優の山口淑子さんには長く心のとげになっていた言葉があった。「あなたは中国人でしょう。どうして中国を侮辱する日本映画に出演したのですか」。戦時下の1943年。中国・上海での記者会見の一こまだ▼日本人であることを伏せ、中国人・李香蘭の名で活躍していた。だが、だましている後ろめたさに耐えられなくなった。出自を公にしたい▼そこへこの質問。頭が真っ白になり、とっさに「あのような映画に出たことをおわびします」と答え、日本人とは名乗れなかったと著書に記している(「戦争と平和と歌」東京新聞出版局)▼日本人離れした容貌と歌唱力、加えて中国での出生。中国人将軍の義理の娘となって中国名まで持っていた。日本の軍部にとって、日満親善や五族協和の「幻想」を演出するには山口さんは適役だったのだろう▼戦後、何度も北京時代の家を訪ねようとしたが、思いとどまった。「中国人から見れば“売国奴”。のこのこ入ったらどんな反応が飛び出すか」。出自のごまかしを中国要人に謝ったのは会見から49年も後の92年だった▼当時の中日友好協会の孫平化会長がこう励ました。「これからは本音で日中関係を語り、その懸け橋になってください」。あれから20年余り。両国の関係は、すっかり冷え込んでしまった。「本音」と「友好」について山口さんの思いを聞いてみたかった。2014・9・17

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