北朝鮮が“自画自賛”の「人権報告書」を発表した狙いは?
9月13日、北朝鮮が自国の人権は「世界的に優れている」と自画自賛する報告書を発表しました。北朝鮮の劣悪な人権侵害の実態は、既に明らかにされており、世界的にもワーストランキングの部類に入るものです。しかし、報告書の内容は、読んでいるこちらが赤面したくなるような自画自賛ぶりです。
反論が予想されるにもかかわらず、報告書を出す、いや出さざるを得ない北朝鮮の狙いについて読み解いてみたいと思います。
北朝鮮による人権侵害の実態とかけ離れた報告書の内容
報告書は、「朝鮮人権研究会」という団体名義で出されていますが、民間団体が存在しない北朝鮮ですから国家機関と見るべきです。当然、自国の人権状況を擁護することは想定内ですが、内容を見ると「世界的にも優れている人権制度」と激賞しています。まずは、その報告書について抜粋して見てみましょう。
「人民大衆中心のわが国の社会主義制度の特性と人権保障政策、人民の人権享受実状を事実通りに反映した。(中略)世界的にも優れている人権保障制度と施策に対する自負心を持っており、人民大衆中心の社会主義制度を守り、いっそう強化発展させるためにたたかっている」
確かに、これらの内容が実生活で実現していれば、まさに北朝鮮が自慢してやまない「地上の楽園」ですが、その実態は報告書とはかけ離れたものになっています。
北朝鮮当局による代表的な人権侵害としては、家族連座制の「政治犯収容所」や体制批判に対する徹底した監視と過酷な弾圧があります。言論機関は、体制の見解を垂れ流しで自由な報道も出来ません。自由な選挙も信仰の自由も存在せず、普遍的な人権という視点からすると、ほぼ全領域で人権侵害が行われています。
筆者は6月に、中朝国境を訪れ数人の北朝鮮市民を取材しました。話のなかで、彼らは「中国に来るとあまりにも自由に話すことが出来るので最初は怖かった」と言いました。必ずしも中国が自由だとは言えませんが、北朝鮮の一般大衆が中国とは比べものにならない閉鎖社会に住んでいることをよく表した言葉だと思いました。
また、日本人拉致問題や韓国人拉致問題も北朝鮮による人権侵害と言えます。
報告書発表の裏にある二つの狙いは
このような北朝鮮の過酷な人権侵害に対しては、国際人権団体であるアムネスティやヒューマン・ライツ・ウォッチをはじめ、韓国や日本の人権団体が、実態を訴えてきました。長年の努力が実って、今年3月、「国連調査委員会(COI)」は、人権理事会に対して、北朝鮮における人権に関する最終報告書を提出しました。これによって北朝鮮の人権侵害は国連という大きなステージで議論されることになったのです。
今月16日から開催されている国連総会でも北朝鮮の人権侵害が議論される予定です。北朝鮮の人権報告書が13日に出されたのは、国連の場で議論されることに対する先制攻撃でもあり、牽制とも言えるでしょう。その裏には、人権侵害を非難されることによって、自国のイメージが悪くなることにナーバスになっていることが報告書の以下の部分から読み取れます。
「敵対勢力は、わが共和国にありもしない「人権問題」を執ように持ち出して共和国のイメージをダウンさせ(中略)わが共和国を謗り、謀略にかけて害するための敵対勢力の卑劣な人権謀略策動によって、国際社会に共和国に対するわい曲されたうわさと見解が流布している。」
また、北朝鮮からは多くの外交官やビジネスマンなどが海外で外貨稼ぎに従事しています。かつて南アフリカがアパルトヘイト政策によって国際経済活動から閉め出されたように、人権侵害による国家のイメージダウンは、当然外貨稼ぎに悪影響を及ぼします。
対外的な北朝鮮の悪いイメージが、北朝鮮国内へ波及することも考えられます。北朝鮮国内には脱北者や中国を行き来する商売人を通じて、様々な情報が流入しています。国際社会の北朝鮮に対する「悪い評価」が国内で広がれば、北朝鮮メディアがいくら「世界的な偉人である金正恩元帥様」と喧伝しても一般大衆には効果がなく統治するには誠に都合が悪いこととなります。
報告書の狙いとしては、対外的には「我が国の人権問題にとやかく言うな」という牽制、そして国内的には「海外の我が国の悪い噂に惑わされるな」という二つの目的があると言えます。逆に言えば、北朝鮮からすれば、人権侵害に対する非難はボディブローのように効いてきているようです。
報告書は逆効果?
今回の報告書を北朝鮮っぽく表現すると「人権問題で言いがかりをつけることこそ、厚顔無恥な白昼強盗さながらの図々しい詭弁であり、笑止千万な妄言である」といったところでしょうか。しかし、報告書が国際世論からまともに受け止められることはなく、「逆効果」になることも北朝鮮当局は知るべきです。
そもそも、基本的人権とは永久的な人類の課題です。どんな国家であれ、まずは自国の人権について真摯に検証する、すなわち「襟を正す」姿勢こそが出発点であり、「人権が保障されている」と自信満々に謳う「朝鮮人権研究会」の「報告書」こそが、北朝鮮で人権が軽視されている裏返しとも言えるでしょう。
(高英起/デイリーNK東京支局長)