『朝日新聞』の従軍慰安婦報道訂正記事? いいえ違います。これがさらなる恥の上塗りでしかないことは、このメディアの以前からの体質からして「想定内」でした。では、4―6月期の実質GDPが年率換算で6.8%減だったこと? いいえ違います。それと大いに関わりがありますが、この数字自体に対しては、消費増税に一貫して反対してきた筆者らの立場からは、「それ見たことか」といいたい気分です。この反動減(たんなる反動減と捉えることそのものに疑問がありますが)は、1997年橋本内閣の増税時よりもさらに大きく、明らかに安倍内閣の失政を表しています。これも昨年10月の増税決定時から「想定内」でした。
驚いたのは、こうした明白な失政の印があるにもかかわらず、政府がその現実を認めようとせず、8月13日の記者会見で甘利経済再生担当大臣が「景気は緩やかな回復基調が続いている」と相変わらずの事実隠蔽の発言をしたことです。大臣はまた、V字回復が必ずなされるなどと、何の根拠もない超楽観的な見通しを平然と発表しています。こういうのを「大本営発表」といいます。この大本営発表は、年末に予定されたさらなる増税決定の方針を正当化するための布石にほかなりません。日本は緊急経済策を打たないかぎり、確実にデフレとの闘いに敗北し続けるでしょう。政府はどうやら、日本国民の経済的な「一億玉砕」を望んでいるようです。
少し数字で復習しておきましょう。GDPは政府支出、民間投資、個人消費支出、純輸出などによって構成されていますが、日本のGDPは6割を個人消費支出が占めています。その消費支出がなんと前期比で5%も落ち込んだのです。また住宅投資も10%以上、耐久消費財も18.9%、設備投資も2.5%の落ち込みです。企業には在庫が山積みですから、これを次の四半期にさばかなくてはなりません。すると投資も生産も停滞し給与や雇用も悪化するでしょう。市場には供給過剰がさらに進み、家計が苦しくなった消費者は古い商品のダンピングに飛びつくことになるでしょう。平均実質賃金は3%以上下がっていますし、家計貯蓄率も減りつづけています。
これらをもっと実感していただくために、2つの例を挙げておきます。1つは不動産が売れないことです。筆者の知人は数カ月前に売りに出したマンションにさっぱり客がつかないとこぼしていました。じっさい、国土交通省の統計によると、2014年1~6月(上期)の新設住宅着工戸数は、前年同期比3.4%減の43万5777戸で、4年ぶりのマイナスです。ちなみにこれは着工戸数なので、消費の冷え込みを加味すれば、実際の売れ行きはもっと落ちるでしょう。
もう1つは、比較的裕福なある街のデパ地下で、連日夕方の5時になると売れ残り商品の半額セールが行なわれ、それに客が殺到して長蛇の列ができるそうです。これって、昔の大安売りのときのつかみ取りの光景にどこか似ていませんか。
少しさかのぼると、政府は7月の月例経済報告で、景気の基調判断を「緩やかな回復基調が続いている」から、さらに景気が回復しつつあることを強調する表現に上方修正する方針を固めました。また日銀の黒田総裁は、7月15日の金融政策決定会合後の記者会見で、「デフレ下のような安売りで需要を開拓する企業行動は減っていく」と強気の発言をしています。これらがまったく誤った判断であったことは、もはや火を見るよりも明らかでしょう。問題は政府や日銀が、デフレ回復などしていないどころか、さらに景気が悪化しつつある事実を率直に認めようとしないことです。ダルマ蔵相・高橋是清がよみがえったら、あっと驚くのではないでしょうか。
先の衆院選で安倍自民党は、デフレ脱却を第一の公約として掲げて大勝しました。その看板政策がアベノミクス3本の矢だったわけですが、第一の矢(大胆な金融緩和)によって一見目覚ましい成果を見せはしたものの、第二の矢(機動的な財政出動)と第三の矢(規制緩和による成長戦略)とは、その成果を見せないままに早くも折れようとしています(もっとも第三の矢については初めから賛成できかねますが)。
アベノミクスは、第一と第二とがパッケージとして機能してこそ、景気刺激の力を発揮します。ところが財務省発の財政健全化というデマゴギーと、財政政策担当者やその周りに群がる経済学者・エコノミストたちの公共事業アレルギーとが立ち塞がることで、このパッケージの実現もまた瀕死の状態にあります。今年度の補正予算は税収減を理由に、前年度よりも確実に減らされるか編成されないでしょう。事実、甘利大臣は、先の記者会見で、補正予算の編成の必要があるかと問われて、ノーテンキにも「その必要性を感じているわけではない」と答えています。これでは何をかいわんやです。デフレ脱却のための政府の手持ちの駒はこれでほぼ尽きました。
政権が自らの維持延命を図るために事実を隠蔽して都合のよい解釈によって意地を張り続けることはよくあることです。しかしそれは結局国民の支持を失い、自分の首を絞めることにつながります。もし今年末に増税が決定されれば安倍総理は確実にレイムダックと化するでしょう。代わる有力な政権が期待できない状態ですから、倒閣を喜ぶわけにもいきません。安倍政権は、ずるずると負け戦を続けて国民に多大な犠牲を強いたあのときの教訓を活かし、ただちに大本営発表をやめて「新ニューディール政策(とくに大規模公共投資や賃金雇用対策)」を打つべきです。
■小浜逸郎(こはま・いつお)批評家、国士舘大学客員教授
1947年、横浜市生まれ。横浜国立大学工学部卒業。2001年より連続講座「人間学アカデミー」を主宰。家族論、教育論、思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に、『日本の七大思想家』(幻冬舎新書)、『なぜ人を殺してはいけないのか』(PHP文庫)など多数。
■『Voice』2014年10月号
<総力特集>朝日の慰安婦報道を叱る
今月号の総力特集は、『朝日新聞』の8月5日と6日の慰安婦問題の検証記事について、弊誌としても検証し、日韓関係について考えてみた。池田信夫氏は自身がNHK勤務時にこの問題を取材した経験から、詳細に経緯をまとめている。「身売りを強制連行と書いたのは捏造か、控えめに表現してもねじ曲げであり、過失ではありえない」と結論付けている。また、水間政憲氏は1982年の吉田清治氏の「奴隷狩り」記事を裏付ける内容だった、1984年11月2日の『朝日新聞』の記事を紹介。でっち上げで世界を騙した吉田氏もひどいが、裏付けもせず記事を垂れ流した記者の責任も今後問われるべきだろう。
今月号はほかに特集が2本。特集Ⅰはバブル崩壊も囁かれる中国問題である。現在、ベストセラーに名を連ねる『中国の大問題』の著者であり、前駐中国大使の丹羽宇一郎氏に話をうかがった。特集Ⅱでは新しく誕生した「安倍改造内閣への提言」として、主に経済政策の方向性について考えた。また、巻頭では、東京電力会長に福島復興と経営の立て直しをテーマにインタビューした。ぜひ、ご一読を。
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