その日は朝早くから、街全体が祝賀ムードに包まれた。家々の軒先には色とりどりのテープやバルーンが飾られ、表通りには横断幕やのぼりが掲げられた。

 5月29日、米東海岸マサチューセッツ州ボストン市郊外にあるハーバード大の卒業式があった。全米最古の大学が卒業生を送り出すのは、363回目だ。卒業式には、ビジネススクール卒業生のジョージ・W・ブッシュ元大統領も駆けつけた。

 黒いガウンをまとった卒業生たちは式後、「ハウス」と呼ばれる寮に戻った。大学周辺の12カ所にそれぞれ数百人ずつが暮らす。3食付きの寮費は、年約5万ドル(約550万円)の学費に含まれている。卒業証書は、寮長から卒業生に手渡される。

 寮のひとつ「アダムズハウス」は、フランクリン・ルーズベルト元大統領やキッシンジャー元国務長官も暮らした。1~5人用の部屋はベッドと勉強机があるだけ。クーラーはなく、シャワーも共同だ。今年の卒業生は167人。中庭での授与式で、名前を呼ばれた卒業生が1人ずつ寮長から卒業証書を受け取る。「チェン」「マー」「リー」など中国系の姓も混じる。

 その1人が、正方形の帽子の下から胸元までこぼれ落ちた黒髪をなびかせながら、壇上にのぼった。

 習明沢(シーミンツォー)さん。1992年に中国の習近平(シーチンピン)国家主席と国民的歌手の彭麗媛(ポンリーユワン)氏の間に生まれた一人娘だ。学内では偽名を使い、その境遇はほとんど知られていない。進路や学習の相談を受けていた大学関係者によると、心理学を学んだ明沢さんは、卒業後に帰国した。