指原莉乃といえばAKB48グループの人気アイドルだ。ヘタレキャラが話題を呼び、バラエティ番組で大活躍。2013年、AKB総選挙で1位に輝き、世を驚かせた。現在は、HKT48に所属、劇場支配人も務めている。
そんな“さっしー”が本を出した。『逆転力~ピンチを待て~』と題する生き方本で、すでに売れに売れまくってベストセラーに。冒頭<負けました。2位でした>と始まる。2014年のAKB総選挙で渡辺麻友(まゆゆ)に敗れ、2連覇ならずの悔しさ。選挙前に<「打倒・指原」という声も耳に入ってきました。「王道の麻友VS邪道の指原」この対決の構図は、選挙演説のVTRで私自身がアピールしたことでもあります。(略)それが私の役割だと思ったんです。(略)48グループのためにも、私が憎まれ役を引き受ける>とか……おいおい、ちょっと待ってくれ、さっしー! この構図をもっともアオりまくったのは、そう、アイドル評論家の中森明夫だったじゃないか!?
AKB48総選挙の公式ガイドブックで私は事前予想インタビューを受けた。インタビュアーがまとめた文章のタイトルを見てびっくり。<アイドルブームの命運は“指原退治”がカギを握る>……こりゃ大変だ!? 人気アイドルを「退治」だなんて。指原莉乃は今や圧倒的強者だ。このまま彼女の王座が続けば、総選挙は面白くない。そんな私の発言をどぎつく強調して編集者はまとめたんだろう。直すこともできたが……今回は指原莉乃を「悪魔」とまで非難した小林よしのり先生が予測記事を欠席、それでこちらに敵役が振られたというわけ…ま、しゃーないな、と私は「退治」発言をそのままにした。
ガイドブックが発売されると、さあ大変、指原莉乃の熱心なファンらが怒り心頭、わっとネット上で襲いかかってきた。ことに選挙発表直前の深夜、指原自身がツイッターで<なんで、よく知らない評論家に「退治」なんて言われなきゃいけないんだろう。こんなにがんばってるのに……>とヤケにダウナー調のつぶやきを発すると、膨大にRT(リツイート)された。朝、起きて、ツイッター・アカウントを確認した私は、仰天。<死ね!><退治とは何だ!?><許せん!><さっしーをイジメるな!!>等、スズメバチの大群の如き非難リプが殺到、大炎上! ことに<ブタ野郎!><ブタ野郎!><ブタ野郎!>……と果てしなく罵る<ブタ野郎>攻撃。その日から、しばらく私は吉野家のブタ丼もノドを通らなくなった……。
が、まさか本当に総選挙の結果、指原が「退治」されることになろうとは……。
さて、そんな“さっしーの天敵”である私の『逆転力』の感想を述べてみたい。たしかにいい本だ。売れるのもよくわかる。テンポがよくて、読みやすくて、わかりやすい。具体例がある。説得的だ。ピンチを待って、チャンスに変える――逆転の力。全国のヘタレ女子に勇気を与える一冊だろう。しかし……。
いや、違う。違うよ。こりゃダメだろう、さっしー! 何、いい本、書いてんだよ。<あいさつは超重要です><人と話をする時は、目を見てしゃべる><自分を幸せにしてあげられるのは、自分だと思う>……はあ? そんなの天下の指原莉乃が言うことか? 自己啓発系のベンチャーおばちゃんに任せときゃいい。指原はもっとすごいんだ。とんでもないんだ。AKBはおろかアイドルの世界を引っくり返しちゃうほどのパワーを持っている。そのすごさ、恐ろしさが、この本からはまったく伝わってこないよ。<たとえ炎上したとしても、コントロールできる自信はあります。なぜかというと子供の時から、2ちゃんねるばっかり見てたから、火加減がうまいんです>てのには笑ったが。
指原莉乃よ、『逆転力』はいい本だ。けど今度は、いい本にとどまらない、すごい本、とんでもない本を出してくれ。君にはそれができるはずだ。指原の持っている恐ろしい力が全開になったその時、私は大声で叫ぶだろう。<ヤバい。指原莉乃を退治せよ!!>と。
待ってるぜ、さっしー! byブタ野郎
著者プロフィール
作家、アイドル評論家
中森明夫
1980年代からライター、エディター、コラムニスト等、多方面で活躍。著書に『アイドルにっぽん』、コラム集『女の読み方』、小説に『東京トンガリキッズ』、『オシャレ泥棒』、共著に『AKB48白熱論争』等がある。
公式サイト/Twitter@a_i_jp
指原の乱 vol.1