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最果てのラブソング 作者:涼暮月かれん

被害者と加害者、貧困者と富裕者、少女と少女……最も危険な恋の始まり

日常、そして出逢い

少女による一人称進行の透明感を損ねないため、「のだ」「だ」「である」「だろう」といった語尾を控えています。
「お姉ちゃん……ねえお姉ちゃんったら、祈ってたってそれはもう、咲かない」
 かたまりだした〈私〉の猫背にかすめてくる、黒い妹のボソボソした声。
 でも私はじっと手を組んで、目の前に広がるサボテンの群れをまじまじと見つめていた。
「今年で最後なんだから、きっと咲く。さぁ咲いて……咲いてぇ。──ほらっ、お願いしておいたから、春になったらきっと咲くよ!」
 ひと思いに立ち上がって振り向くと、ふわり、とセーラー服の襞スカートから真冬の空気が入り込むけど……
 そんなのよりずっと冷やかな視線が、こっちを見つめてるじゃないの。
「お姉ちゃんって…………バカ?」
「うっ、出たよ、冷酷ルル」
 八つ年下の黒い妹・ルル。小学四年生。
「早く行くよ、遅刻する」
 ルルはフリルだらけの真っ黒なワンピースをなびかせてそっぽを向く。
 こんなふうにぼそっぼそっと話すし、衣服はいつも真っ黒だし、そのくせ肌は異様に青白いものだから、ついたあだ名が〈ネクロマンサー〉。
 前の学校では、イジメに遭ってしまっていて……。
 ──暗い方角にマインドが行ってしまう前に、私は鞄を手にとって、無数のサボテンで埋め尽くされた窓辺を後にする。
 ほんの数歩だけ歩いただけで、もう玄関。
 そしてガタンゴトンと、朝の通勤電車が通ると揺れる床。
 私たち姉妹がたった二人で、このガタガタの木造アパートに住むようになってから……もう二年半以上が経つ。

          *

「ねえ織牙(おりが)、咲かないサボテンって、いらない?」
「うーんっ、〈わたし〉はサボテンの質によるかしら?」
「そう……」
 友だちの立穴(たちあな)織牙といっしょにのぼる長い階段。
 両脇には垣根とかブロック塀、それから道のほうにはみ出した庭木が、まだ新しい年の朝陽に照らされて明るく、でもちょっぴりやるせなさそうに光っている。
 ルルの小学校は私たちの高校と真逆の方角にあるから、すごく心配だけど彼女とは家の前で別れて、通学路の途中からこの織牙と合流するのが、私の朝の日常。
橙花(とうか)、もしかして、生活に困って、サボテン屋さんでも始める気?」
「…………」
 佐山(さやま)橙花、佐山ルル、それが私たち姉妹の名前で──
 あるいは、日本人らしい苗字に日本人離れした名前を持つことも、ルルがイジメられた原因になったのかも……なんて、ときどき思うことがある。
 それをいうなら、タチアナ・オリガなんていう『ポーリュシカ・ポーレ』が聴こえてきそうな名前の織牙もそうなんだろうけど、この子はまあ、
「ほらまたボーッとしてる! そういう気の緩みがね、痴漢どもを呼び寄せるから気をつけなさいって言ってるのよ!」
 なんて言いながら私の頭をバシンとしてくるような子だから、これはイジメっ子も逃げていくというもの。
「ご、ごめん」
「ごめんじゃないでしょ!? これからは気をつけます、でしょ!? バカッ!」
挿絵(By みてみん)
 織牙は両耳の上でそれぞれきっちり結んだ、いわゆるツインテールの長髪を鞭みたいに振って、フンとそっぽを向く。
 その利発でほがらかな美顔が、こういう性格をその上なく魅力的なものにしていると思う。
 私は素直に言われたとおりにすることに。
「これからは、気をつけます……」
 織牙はため息と一緒にそっと、首を元に戻してくる。
「あーあーもう。そんなことだから心配なのよわたしは。──素直すぎ。あんたプレーンヨーグルトみたいな女なんだから、気をつけないと」
「プレーンヨーグルト……」
 その例えには、なんとなく心当たりがあった。
 思えば私服は白が多いし、成績は中くらい、スポーツも可もなく不可もなく。
 髪型はセーラーカラーが半分隠れる程度のセミロングで、
〔それじゃとっかかりがなさすぎる……〕
 なんていうルルの提案で、器用な彼女に毎朝、両耳の上から後頭部までを、細い三つ編みのアーチで飾ってもらっている。
 私はこういう器用なことが全くダメで、食事もルルがこしらえたもののほうが美味しい。
 今日はそう……私が無駄な祈祷をしてたせいで、胸のスカーフを綺麗に結んでもらう時間もなかったけど。
 織牙は得意気に人差し指を立ててみせる。
「そう。あの砂糖の袋が入ってるやつよ。オレンジ味にもイチゴ味にもなれるし、もちろん砂糖だけでも美味しく頂ける。あと、料理にも使えるしね」
 気がつけば、私たちは階段を上りきって、長い路地を歩いていた。
「無個性……てこと?」
 この高い道、南側は家とか木々の隙間から海のきらめきが見えるし、北を見上げれば家々の向こうに山がそびえている。
 むせるような潮風と、なぜか淋しいかぐわしさの山風。それが交互に吹いてきたり、混じり合ったり。こんな環境に憧れて、ここへ越してくる人も少なくないらしい。
「ちがうわよ。どんな趣味の人からも好かれるってこと。わたしみたいな我の強い女と違ってね」
 かと思えば今度は、海の匂いを吸った垣根がいざなう下り坂。
 ちなみにここの分岐点で上り坂を選べば、この小さな町の中心にある神社に行ける。
 いつもガラス戸を開け放ってるような家がほとんどな、この小さな町……地域の結束みたいなのは、強いほうだと思う。
「そっか、……お化粧とか、しようかな? もっと、キャラづけしたりして」
 私の冗談めいた微笑みは、坂のアスファルトを削るように立ち止まった織牙の、
「やめてっ!」
 の一言で消え失せてしまう。
「織牙?」
 ただきょとんとする私と、うつむいたまま、声にならない声でささやく織牙。
「わたしはっ、そのままの橙花が、好きだから……」
「……そうなの? ありがとう」
 その言葉を素直に受け取って単純に喜ぶ私を、織牙は一瞬だけキッとにらみつけると、
「急ぐわよ!?」
 なんて、突然歩調を速めだした。

 上がったり下りたり。それを繰り返すのがこの町の特徴。
 しばらく無言で歩いてた私たちだけど、ふと、織牙が思い出したように訊いてきた。
「あ、サボテン」
「え?」
「さっき、わたしが話、脱線させちゃったじゃない?」
 私はすぅと息を吐くと、立ち止まりたいのをこらえながら話す。
「うち、狭い部屋にサボテンいっぱい置いてるんだけど──あれってね、ルルの誕生を祝って、サボテン好きだったお父さんが買ってきたのよ」
「それが、咲かないの?」
 とうとう、細い階段の前で立ち止まってしまう私。
「そうなの。咲かないの……ルルが三歳のときから、だんだん咲かなくなっていって」
 織牙も急かすことをやめて、私の顔をちょっとだけ心配そうに覗いてくる。
「ルルちゃんが三歳っていうことは、七年、くらい前? なにかあって、手入れをおこたって花が咲かなくなっちゃったとか?」
 明るいバランスを保つように気をつけてたマインドが、シーソーを倒すみたいにギィーって、暗いほうへ傾くのがわかった。
「お父さんが亡くなって、私とお母さんが上手くいかなくなったのよ。手入れはしてたつもりたけど、その年からハタリって、咲かなくなったの。生まれた頃からずっと、笑ってばっかりいたルルから笑顔が消えたのも、その頃だった……」
「そう……そしたらわたしは、いい気なものよね。今日なんて、学校終わったら両親の結婚記念日のパーティだなんて」
 織牙の自嘲気味な言葉にも、なぜか返す余裕のなくなっている私がいた。
「それでね、ルルがイジメに遭うようになった頃からはもう、全部、咲かなくなって……」
「ルルちゃんがイジメに遭うことを知らないまま逝ったお父さんって、幸せなのかしらね? でも、一番可愛い時期に死ななきゃならないのは、悔しかったかしら……」
 お父さんの話が出ると、この心はいつも、私にとって一番の深淵に落ちてしまうの。
「悔しいに決まってるでしょう……殺されたんだもん、お母さんに──」
「えっ!? ちょっと!?」
 戸惑う織牙のツインテールが頬をかすめると、私は我に返って細い階段をのぼりだす。
「ご、ごめん織牙! 疲れてるのかなぁ私」
「そりゃ疲れるわよ。毎日バイト漬けだもの。もっと実家を積極的に頼ればいいのに」
 石垣にはさまれた細い階段をのぼりながら、私は後ろを歩く織牙に語りかける。
「それでね、今年も咲かなかったらもう、処分しようって、ルルが。──葬ってあげたほうがサボテンたちのためだって」
 すると背中に鋭い声が突き刺さってきた。
「もったいない! ラーメン屋さんの看板が立てかけられてる路地をずっと行った所に、観葉植物屋さんがあるのよ。個人経営で、うるさくないと思うから、使わなくなった植物とかも引き取ってくれるってウワサよ」
「そうなの!? じゃあ、今度行ってみようっと」
 二年半が経過しても、この小さな町には私の知らない所がいっぱいあって……
 それはもう、私がバイトばっかりしてるせいと、この町の入り組んだ地形のせい、だと思う。

          *

 なんてことのない、ベージュ色の女子高。
 外観も廊下もシンプルでテカテカしてて、いかにも、ちょっと質のいい学校という雰囲気。
 まあ実質は、ちょっとどころか、相当評判のいい女子高なんだけれど……
 私は死に物狂いで勉強に打ち込んで、奨学金をもらえることになったから、こんな苦しい生活のなかでも通えているということ。

 朝は「おはよう」の大安売り。
 見慣れた顔に向かって、声帯を震わせてohayouの音を出す──
 誰もがやっている当たり前のことなんだろうけど、ときどき私は思うの……心の底から声が出てないって。
 そう。考えたらこの高校生活自体がもう、プレーンヨーグルトみたいに可もなく不可もなくで、べつにそれは悪いことではないけど、子供の頃に夢見てた女子高生活とはなんだか違いすぎて。
 まあ……、学校以外の環境が色々とアレだから、これでバランスをとってるんだとは、思うけどね。

 可もなく不可もなくの勉強は、奨学金のおかげでここに通えている私だから、そんなに苦にならない。
 ただ、放課後はバイト詰めだから帰宅部所属。まあ、それも高校生活の実感がわかない原因だと思う。

 水曜日の放課後はわりとのんびり。
 バイト先に定休日が多い水・木は、いつも寄り道してから帰るくらいだし、特に今日・水曜は、夜七時からの気取ったダイニングバーのバイトだけ。
 そんなわけだから、くつろいだ気持ちでゆっくり帰り支度をしていると……
 血相を変えた織牙が教室に戻ってきた。
「織牙? 帰ったんじゃなかったの? 今日パーティでしょ?」
「橙花! わたし向こうの学校にバッヂ落としてきちゃったみたいなのよ! ボランティアのバッヂ! あー! ピンがグラついてたから心配はしてたんだけど……うかつだったわぁ!」
 〈向こうの学校〉それは、県きってのお嬢さま学校のこと。
 ──織牙と私が所属してる、地域のイジメ撲滅ボランティア。それが昨日、わけあってそこに出向いたとか。まあ、私は暇がなかったから行けなかったけどね。
 なんでも、生徒からイジメ告発メールが届いたらしくって。血相を変えてあの学校へ向かう昨日の織牙の顔が、今でもまぶたに焼きついている。
 織牙も部活には所属していなくて、学校にいる時間以外はもっぱら、そのボランティアに自分の青春のすべてをかけているみたい。
 私はちょっとだけ微笑んでこくっとうなずく。
「じゃあ、私が行って、落し物とか調べてくる。幽霊会員なんだから、そのくらいは役に立たないとね」
 そう。バイトの忙しい私は完全に幽霊会員。
 ルルの無念を晴らすため! なんてカッコイイこと言って参加したのに、日々の生活を成り立たせようって思ったら、どうしても積極的に活動できなくって。

 ともあれ、私はそそくさとお嬢様校目指して歩き出す。
 自分が見ることのできなかった、女子高生活らしい女子高生活の断片を見てみたい……そんな気持ちに駆られて。

          *

 私の家と学校があった、路地や階段が複雑に入り乱れる区域は、いわゆる『旧市街地』なんて呼ばれている場所。
 古都。そんなふうに呼べる歴史がある上に、なにかの基準法の影響とかで、新しい建物の建築が禁じられてるんだとか。
 だから、全体的に昭和のまま時間が止まってる印象があるし、場所によっては江戸時代からそのままなところもあったりする。

 それで今、私が歩いている長い長い橋。これを渡った先にあるのが、『新市街地』。
 海を埋め立てて造られた、いわゆる新興住宅地が広がっていて、実は、私も元々はそちら側の出身だったりする。
 ──まあ母親と色々あって、ルルと二人、地価の低い旧市街地に越してきたわけだけど。

 それにしても本当に大きな橋。
 幅としては、銀座の大通りくらい(車は通れない橋だけど)、長さとしては、学校の正門から裏門までの距離くらいかしら?
 橋の表面をチャコールに染めている石畳を鳴らしだすと、午後の暖色にきらめく海が視界に広がる。小さな島々の合間を、船や水鳥が縫うように通り抜けていく、そんな景色が。
 今日は時間が早いせいか人通りが少なくって、たぶんもう、数十秒前に私を抜いて行った足早なおばさんが橋を渡りきるころ。
 今、橋の上には私ひとりきり。
 そのとき……
 私の進行方向めがけて、橋の灯かりたちが燈っていった。
 それも、灯かりの流れは私の実家がある方角じゃなく、目的地の女子高に続く道へと……。
 冬の時期はこの時間になるともう点灯するわけだから、べつに不思議なことでもなんでもないのに。
 それはまるで妖精たちが、
〔さぁ、こっちへお行きなさい〕
 私をそんなふうに導いているみたいで……。
 でも私は気づかなかった……
 橋の片側の灯かりをつけて行ったのは、確かに女神様に仕える妖精だったけど、もう片側の妖精が、──死神の忠実なしもべだったことに。

          *

 必要以上に環境の良すぎる、白と灰色の住宅地を抜けてたどり着いたのは、
「なんでお城なのよ……」
 思わずそんな独り言をささやいてしまう、ヨーロッパのお城そのものな白い校舎。
 よく深夜に総合テレビをつけると流れてるような建物で、屋根の藍色がさり気なく、フェミニンな威厳を放っていた。
 黒いアラベスクの校門をくぐると、ちらり、ほらりと、下校する生徒とか、部活をする場所へ移動する生徒の姿。
 まず思ったのが、ボレロにワンピースっていう制服が、すごく可愛くておしゃれだなってこと。
 これが定番の〈ボレロにジャンパースカート〉だったら、硬い古めかしさのほうが先行しているはず。それを、裾にラインの入ったボックスプリーツのワンピースにするだけで、こんなに洗練されるなんて。
 こういうお嬢様校の場合、一流のデザイナーさんが制服を手がけることが多いらしいけど……こういうの、ラインもない芋セーラーを着た私には本当に羨ましい。

 でも……もしかしたらこのなかの誰かが、そもそも私がここにこうして来ている原因になった子──つまり、ボランティアにSOSのメールを送った子なんじゃないかしら?
 そう考えると、ただ胸が締めつけられて……
 ただでさえ上手に結べなかったスカーフを、私はぎゅうっと握り締めていたの。

 それにしても。この壮麗な雰囲気!
〔友達の落とし物を回収に来ました~〕
 なんて入っていくのは気が引けて……
 私は校舎の脇、無数に並ぶ水道で喉をうるおすことにした。
 この自然な感じはきっと、井戸水ね。
 実家にいた頃は浄水器の水、それ以外では水道水しか飲んでなかった私には、消去法でそれが井戸水だって理解することができた。
 校舎に入るのが億くうで、水の勢いを上げて思いっきり顔に吹きかけると、透明な冷たさが体中の強張りを追い払ってくれる。
 ところが顔をハンカチで拭く間もなく──
 フシュルルル……
 冷たい風が意地悪く、濡れた顔めがけて吹いてきた。
「冷たっ!」
 寒い校舎の影から離れて、緑の草が生い茂る温かい日なたに逃げよう、と、ふっと後ろを振り向くと……
 ……こっちへ歩いてくる一人の生徒の姿。
 水の冷たさ、とか、そのまま風に吹かれた寒さ、とか、そんなのはもう、どうでもいいの。
 今の私を凍りつかせるのは、ただでさえ寒い日本の冬を、はるかなロシアの氷点下に変えてしまうような悪寒!
 その原因はたった一つ──歩いてくる少女の異様な雰囲気。ただそれだけ。
 左側に、学校の敷地を縁取る林と、そこから派生してる草地。右側に、校舎の高い壁。──そんな砂利の道での出来事。
 私と少女を覆う闇は単なる校舎の影なのに、それもまるで彼女が生み出しているよう。
 初体面なのにじっと見つめてたら失礼よね……そう思って目をそらすけど、この体は金縛りにあったみたいに動かないまま。
 足早な彼女が近づくにつれて、魔女の釜戸から立ちのぼる蒸気みたいな、異様な匂いがこの鼻に届いてくる。
 しゃれた制服を他の誰よりもモノにしていて、スカートが短いことも、他の生徒の棒みたいな足じゃそんなに気にとまらないけど、絶妙なラインを描く彼女の太ももとあわせると、なんだか妙に艶めかしい。
 そして……とうとう私の前に立つと、彼女は突然こっちのほうへ手を伸ばしてくるではないの!?
「え、なっ」
 まさに大魔女ような威容、目の前にするともう、なんですか、の声も出ない。
 彼女はただ、
「みっともない」
 それだけ告げると、乱れたスカーフをたった数秒でものの見事に直して、そのまま私を通り過ぎていった。
 意外な好意に気を良くした私は、腕を組んで歩くその気高い背中に、思い切って声をかける。
「どうもありがとう。器用なのね、尊敬しちゃう! 貴女、お名前は?」
「…………!」
 彼女はびくっと戦慄したかと思うと突然、長い黒髪を振り乱しながら駆け戻ってきて、バチッ、手の甲でなぎ払うように私の頬を打ってきた!
「痛いっ! な、なにするのっ!?」
「────」
 少女はただでさえ大きなナイフ形の瞳を必要以上に見開いて、孔明の罠でも喰らったように私の顔を漠然と見つめている。
「な、なんなの?」
「…………」
 結局、少女がそれ以上の言葉を発することはなくって……
 その白いひたいに斜めのカーヴを飾る前髪を、すっと手で直すと、そのまま不機嫌そうに目を細めて方向転換。
 あとはもう、砂利の道を鋭い音で鳴らしながら立ち去って行くだけだった。
「なんなのよ……なんなのよあの子」
 靴底で砂利を踏みにじりながら、ひとり膨れ面で立ち尽くす私。
 突然出てきて、突然〔みっともない〕なんてバカにしてきて、突然引っぱたいてきて、突然消えて、もうわけがわからない!
 こういう学校の女の子は、私たち一般市民の人智を超えた得体の知れない存在なんだ、これからはたやすく気を許さないようにしよう……なんて心に決めている私だった。
 でも……
「あ、バッヂ……はぁ」
 元の憂鬱な使命を思い出す私の元にさり気なく残ったのは、普段とは比べ物にならないくらい綺麗に結ばれたスカーフ。
 そっと指でなぞると、まだあの変人お嬢さまの不気味な温もりが残ってる……そんな気がした。
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