挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
最果てのラブソング 作者:涼暮月かれん

その愛は世界を狂わせる

屈辱と生け贄の巫女舞

まったく書く予定のなかったシナリオです。
書いている途中で、limaゆなさんの『ハルルのからふるな旅』と出会い、そのなかのあるシナリオにインスパイアされて書いてしまいました。
一枚目の挿絵は私自身によるもの、そして二枚目の素敵な巫女舞イラストは、まさにlimaゆなさんの手によるものです!
 休日がないと、一週間っていう概念がなくなって季節を忘れそうになるけど、いつもの皐月どおり、南風がこの胸を熱帯の匂いで満たしてくると、ああ立夏を過ぎたんだなって実感できる。
 神社の朝は早いから、れんかより早く出かける私。
「れんか、行ってくるね」
「気をつけて……」
「そっちこそ」
 なんて、ここのところ毎日してるやりとりと共に部屋を出ると──
 ドアの前の足元に、日に日にその量を増していくタバコの吸殻。でもそれももう慣れたこと。
 だって、ただただこういうミニマムな嫌がらせが繰り返されるばっかりで、なにか致命的な行為をしてくるわけじゃないんだもの。
 今のところ嫌がらせの質が生ぬるいのは、織牙が()()をしていないからだと思う。
 織牙はきっと例の殺人を起こす前、立穴の息がかかった人間に、
[わたしがいない間、佐山橙花と水月れんかに適当に嫌がらせをしておいて]
 そう頼んだに違いない。

 けど、織牙が釈放されて、私があの殺された山田さんを誘惑してたっていうデマを流されれば、もうどうなるかわからない。
 彼女がでっち上げた嘘八百は誰もが信じるだろうし、立穴はいくらでも権力やお金を利用して一人娘を助けるだろうし。
 もう、魔界の門が開かれるのは時間の問題だって、私もれんかも覚悟していた。

          *

 通い慣れた鳥居をくぐると、神社はいつも通りの賑わい。
 これももう完全に自分のものになりきっている巫女装束に身を包むと、大賑わいする祠へと移動。
 こうなるともう、神社なのかアイドルのサイン会場なのかわからなくなってくるけど、立派な神社だからそこそこ儲けることができてありがたいと思っている。
 それに、変装して別人としてこの場所で働いてると、忌まわしい出来事の数々が他人事みたいに思えてきて元気になれるしね。

 一人、また一人。
 流れ作業で絵馬やお守りを〈お渡し〉していくけど、日に日にどんどん賑わっていく私の祠では、こんなやりとりも起こるように──

「巫女さんっ、これ、オレからのほんのキモチですっ」
 顔を真っ赤にして封筒を差し出してくるホッソリした男性。
 そのなかには万札が数枚……
「お、お金っ!? こんなにっ!?」
 ま、まあ、一応受け取っておいて、後で神主さんに、神社のものにするか私のものにするかを聞いてみようっと。

「ここにサインお願いいたします」
 当たり前のことみたいになにも書かれてない絵馬を差し出してくる目つきの悪いおじさん。
「あ、はい。かしこまりました……」
 本当にサイン会場になってしまった。

「あの、巫女さんならお払いできますよね? 最近運気が悪くって……」
 生活に疲れた感じのおばさんが、消極的に訊いてくる。
 ちょっと自信がないけど、適当な念仏を唱えながらそれらしく大麻(おおぬさ)を振ればいいよね。
螺微祖(らびそ)絵羽総(えばそう)逸迄出喪(いつまででも)螺武勇(らぶゆう)~! 砂鬼(すなおに)成鯛(なりたい)~!」
 バサッ、バサッ、バサッ!
「────あ、ありがとうございます! なんだか体か軽くなった~!」
「瞳に輝きが戻りましたね! とってもお綺麗ですよ、お客様」
 まるでインチキ宗教の教祖にでもなったみたい。

 お払いを求めてくるお客さんは日に日に増えていって、そして、そろそろ南からの空気を当たり前のことのように感じるようになった頃──
 ついこの春まで同じ教室に通ってた、見慣れた女の子が、……なんと参拝客として現れた。
 気づかれるかと思ったけど、この変装はよっぽどの効力を持っているらしくて、彼女は怪しい顔一つしてこない。
「あたしもお払い、お願いできますか? 実はあたし、〈死神レズカップル〉の片方の元クラスメイトで、ずっと同じ空気を吸って過ごしてしまったんです。呪いがかかってたりしたら嫌だから払ってもらおうかなって」
 貴女が忌み嫌ってる〈死神レズカップル〉の片方は、今、貴女の目の前にいるのよ。
 っていうかそんなふうに私やれんかに人を呪う力があったら、私たちを村八分にする人たち全員をゾウリムシに変える呪いでもかけてるだろうし。
「わかりました……それはお困りでしょうね」
「ええ。まさに最近、彼女、自分が勝手に誘惑した男性を、友達に殺させたとか。その友達って人、呪われてたんですよきっと」
「え──!?」
 情報を流されてる!? 人を殺してこんなに早く釈放なんてありえないのに!
 まあ、自由の身にならなくたって、織牙はそのコネを使えば、仲間を動かして情報をバラ撒くことだって……。
 安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子復讐鬼ってところね。
「その友達っていうのが立穴の娘さんで。いくら強引に迫られたからって、立穴さんに殺させるなんて……レズならレズで、女ばっかり相手にしてればいいのに」
「そうですか……」
 そうですか。そういうことになってるわけね。
「……あ、ごめんなさい、こんな話聞かせて」
 私は半ば怒りを込めて、バサッと大麻を構えた。
「いえいえ。では始めますね。────上蚊ー羅(うえかーら)四出ー喪(よんでーも)ー! 舌蚊ー羅(したかーら)四出ー喪(よんでーも)ー! 予野奈ー蚊ー(よのなーかー)ぁ~場蚊奈ー野ー予(ばかなーのーよ)ぉ~! たぁぁぁーっ!」
 そしてガクッと床に倒れ込んでみせる。
「巫女、さん……?」
 ゆっくり起き上がりながら、穏やかに微笑みましょう。
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫です。力を込めすぎました。さあ、これでもう安心ですよ?」
「あ、ありがとうございます! なんだか、心も体も清められた気分です!」
「またのお越しを……」
 もう二度と来ないでね。
 けれども……恐れていたときは、とうとう来てしまった。

          *

 恐れていたXデーでありながらも、今日のところはなんとか無事に仕事を終えることができた。
「とうとう情報操作に出たみたいだねぇ、あの織牙って子は。お家の権力を使って、留置所にいながらにして人々を駒のように動かす、か……はぁ」
 神主さんがため息混じりに呟いてくる。
 私は恐る恐る訊いてみることにした。
「私、殺された男性を誘惑なんてしてません。ウェイトレスしてた私にセクハラしてきたのは、あの男のほうなんです……。織牙、私が店で困ってるの知ってて、彼を脅して店に来ないようにしてくれて……それがこんなことになるなんて……」
「へぇ、僕も金持ちが助けてくれたらなぁって思ってたけど、金持ちに助けられるとそういうデメリットが出てくるわけか。自分の問題は自分で解決したほうが、結局は無難ってことだな。一つ利口になったよ」
「信じて下さるんですか……!?」
 味方が増える……? そんな期待から目を微かに輝かせると、神主さんは穏やかに微笑んでくれた。
「もちろん、信じてるさ~。いつからの付き合いだと思ってるんだよ? お母さんと馴染めなくて寂しそうだったルルちゃんを、君はいつも励まして、慰めてた。母親代わりじゃないか。立派だなって、いつも感心してたんだよ」
 久しぶりに出会えた〈事情を知った上で助けてくれる人〉。
 私は嬉しくて、思わず緋袴を指でつまんでお辞儀する。お嬢さまがよく分厚いスカートをそうするように。
「ありがとうございます……! 私、頑張りますね」
 その瞬間、神主さんの瞳がちょっと青白く光ったような気がしたけど……気のせいよね。
「そ、そっか、それなら、さっそく舞いの練習をしてもらおうかな?」
「あ、色々勉強してきました」

 事務室じゃ狭いからっていうことで、がらんとした八畳程度の和室に移動すると、私はさっそく大麻を構えるけど、神主さんから「待って待って」と止めが入った。
「橙花ちゃん、やっぱり普段の君のほうが巫女服が似合うと思うんだ。ほら、いつか自由の身になれたときのためにも、メガネを取って、髪をほどいて練習してみようよ」
「──はい」
 髪をほどいて舞うのと、三つ編みのまま舞うのとでは違うの?
 まあ、専門的に考えればなにかが違うんだろうって、勝手に納得して髪をほどくと、畳三枚分くらいを隔てて座ってた神主さんが、私の前まで歩み寄ってきた。
「あ、あれ? なにか違くない?」
「え、あ、ああ、後ろの三つ編み飾りですか? ちょっと待ってて下さい」
 慣れない手つきで、耳の上から後頭部にかけて、髪を三つ編みにする私。
 ふと、髪をいじるそのポーズのせいで袖がめくれて、するりと露出する二の腕に、また神主さんの青白い視線が刺さってくる気がしたけど……
 それも気のせいだって自分に言い聞かせて、私はいつもの自分に戻った。
 思えば、変装しないで巫女の格好をするのは初めてのこと。
挿絵(By みてみん)
 なんだか解放感があって……、私は大麻を構えつつ、朗らかに神主さんを見つめる。
「神主さん、これでいいですかっ?」
「うん、とっても可愛いよ! じゃあいっそ、大麻じゃなくて笹の葉でいこうか? 本格的にさ。ちょっと待ってて」
「はい」

 笹を取って戻ってきた神主さん。私がそれを受け取ると、神主さんは楽しみそうに座り直す。
 私は体勢を整えたあと、両手でそれぞれ笹の葉のてっぺんと枝を持って斜めにして、静かに瞑想。
 この心に、笙の閃光を縫った篳篥の遠吠えを、天と地上の狭間を舞う龍笛のさえずりを、高らかに響かせながら。
 精神を整えたら、笹を横真っすぐに持った両腕を垂直に前へ出して、おじぎをするように膝を曲げる。
「…………?」
 なぜか、私を見つめる神主さんが、全身から灰色の波動を放ってる気がした。
 その瞳は、神様に捧げる舞を吟味するのとはちょっと違う気がしたけど……まあ気にしないで続けましょう。
 左足を前へ出して前かがみになったら、緩やかにまた姿勢を正す。
挿絵(By みてみん)
 次に横を向いて、前へ踏み出しながら両手を広げる。そして一歩進むと同時に笹を横真っすぐに持って、向きを変えつつお辞儀するように前かがみになる。と、それを繰り返して、円を描くように一周。
 スムーズに進んでいたはずなのに、最後にお辞儀する動きをしたとき……、畳になにか、丸い染みができた。
 涙……?
 え、私、泣いてる?
 構わずに続けたかったけど……
 しなやかに向きを変えながら両手を広げたり、笹を持った両手を上げて膝を曲げる瞬間にも、白衣の胸に、緋袴の膝の辺りに、ぽたぽたと涙の粒がこぼれ落ちるの。
 神主さんの眼光がいよいよ異常な波動を帯びてくる。
 私はきっと……辱しめを受けてる気持ちになってるんだと思う。
 巫女舞は本来、神様に捧げるためのもの。
 それが、この密室のなか、神主さんの色欲を満たすためのセクシーダンスになり下がっていて……。
 でも、両手を緩やかに回しながら、ひざまずいたり前へ踏み出したりする段階になればもう一息。
 笹を横真っすぐのポーズで、体を前に倒したり膝を曲げたりして、最後は本当にお辞儀して終わり。

 たった一人だけの手による、がらんどうな拍手。
「いやぁ、きっ、綺麗だったよ、と、橙花、ちゃん」
 神主さんはもう理性が効かないのか、昂奮に声を震わせている。
 私の全身は、アレルギーを発症したようにチクチク疼いていた。
「こ、光栄です……。こんなふうに、本番も舞えばいいんですね」
 せめて今からでも〈練習〉っていう名目にしたいっていう、そんなダメ押し。
 でもそんなものは、いよいよ荒くなっていく神主さんの鼻息で吹き飛ばされてしまう。
「これは誰にも見せないっ。神様にも見せない。僕だけの巫女舞だ」
 ならもう……
「この巫女服、買っても、いいですか?」

          *

 その()──
「橙花っ、どうしたのそんな格好で」
「神主さんに買っていいですかって訊いたら、あげるよって」
 れんかより一足早く寝室で待っていた私は、巫女服で彼女を迎えていた。
 突然な私の巫女姿に、れんかはすぐ頬を赤く染めてしまう。
 それは、れんかが巫女としての私を見るのが初めてだから。普通の恋人同士なら、れんかが私の職場へ遊びに来る……なんていう幸せなシチュエーションもあったんだろうけど。
「なっ、なにをしているのよ」
「どうしても一つになれないなら、生け贄になりたいなって──形だけでもね」
「生け贄って……」
 戸惑うふうを装いつつも、れんかは自分の太ももを擦り合わせて……神主さんの数倍は烈しく昂奮してるのがわかる。

 私はれんかをベッドに座らせると、さっきコスプレショップで買った、透明な生地に鶴があしらわれた千早を羽織った。
 神主さんに捧げさせられたのよりずっと、ホンモノに近づきたい──そんな気持ちから買ったもの。
 そして、また私は笹を斜めに持って、そっと目を閉じる……それはもう、さっきよりずっと敬虔な、もう、自分の肉体も精神も、すべてを貴女様にお捧げしますという心で。
 この心に、笙の閃光を縫った篳篥の遠吠えを、天と地上の狭間を舞う龍笛のさえずりを、もっともっと高らかに響かせながら。
 左足を前へ出して前かがみになったら、れんかのためだけに捧げる巫女舞の始まり。
 両手を広げる動作は、まるで孔雀が翼を開くように袖をひらめかせて。
 前へ踏み出す動作も、張り付けにされる場へと一歩近づくような自己犠牲の心で。
 放心したように私を見つめるれんかの姿が、余計に私の舞を艶めかしくしていくの。
 しなやかに向きを変えながら両手を広げたり、大麻を持った両手を上げて膝を曲げる瞬間、また千早に涙がこぼれ落ちていくけど、それはさっきの涙とは似て非なるもの……
 こうして舞っていると本当に、生け贄として、れんかという神様と同化できるような気がしてきて……。
 やがて、笹を真っすぐに持ってお辞儀すると、れんかがもう耐え切れない様子で飛びついてきた。
「お望みどおり、魂の隋まで喰い尽してやるわっ」
「私のすべてを……貴女に……」
 いつになく烈しい愛撫に、巫女装束を揺らしながら悶える私。
 けれども悲しいかな……そこから始まるのは、いつもと変わらない愛の行為でしかなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ