大人になった今でも考えることがある。
みんなだって、稀にだがよく考えると思う。
十代の時は、そういう超能力に目覚めないかと真剣に悩んでいた。
ムカつくほどのイケメンを見つけたら、乗り移って好きなことしたいなとか。
よりイケメンなやつの体に、どんどん乗り移っていけたら楽だろうなとか考えていた。
他人の記憶も引き継いだまま、ずんずん好きなように乗り移っていく。
金持ちと入れ替わったらしこたま遊んで、財産が尽きたらバイバイすればいい。
強くなりたかったらセガールに乗り移ればいいし、飽きたらジャッキーになればいい。
久野美咲になったら、ラジオの人生相談コーナーで年齢詐称して愉しめばいい。
他人の知識やスキルも引き継いでるわけだから、どんどんパワーアップしていく。
あもりにも自由すぎるでしょう?
気に入らなかったアイツに乗り移って、人生を破滅させることもできる。
イケメンで、モテまくって、成績も良くて、インターハイにも行ったアイツ。
その先輩とは「体の相性が悪かった」とか言ってすぐに別れたヤリチン野郎。
直後に、隣のクラスの美人(大好きだった)と付き合い始めた脳チン野郎。
あの美人ふたりとヤリまくりなのかと思うと腸が千切れそうだった。
せめてアイツに乗り移って、美人と好きなようにヤリまくりたかった。
そうしてヤリまくって楽しみまくった後に元の体に戻ろうと思っていた。
ただそれだけでいい。
人間関係を引っ掻き回してアイツの人生を終わりにしてやればいいと考えていた。
まあ、だいたいの女がアイツに対して好き好きオーラを出してたから簡単だったろう。
モテない女ほど興味ないふりしてアイツに興味津々だった。
同じようにモテない人間からすれば、そういうのはバレバレだった。
そんなやつらにも一人残らず声をかければいい。
「○○って結構やさしいよね。俺そういうの弱いんだよ」
「○○って色白いよね。すごいキレイ」
「○○って今度ヒマ?遊び行かない?」
そうすれば自然と、ツラしか見てないバカな女どもは寄ってくる。
地獄の釜の蓋が開いているとも知らずに、楽々ついてくる。
最初は鞘当て程度のものだったのが、徐々に激しさを増していく。
少しずつ激しさを増していったそれは、クラスの男子も巻き込んでいく。
やがてクラス中の問題になったそれは、クラス外にまで波及していく。
クラスの壁を越えたそれは、学年の壁を越え、教師と生徒の壁を越える。
騒乱が騒乱をよび、学校関係者の家族や、近隣住民も暴徒と化していく。
その争いが自治体ひとつを巻き込み、メディアの目に止まった時、勢いは止まらなくなる。
いつしか”奪うもの”と”奪われるもの”に分かれた彼らは、終わりなき狂騒に明け暮れていた。
「裏切り者を探せ!」
「野郎ぶっ殺してやらぁ!」
「やつらだ!追い込め!死んでも逃すな!」
ゲバ棒や狩猟用ライフルを持った赤いヘルメットの連中に、怯える日々が続いていた。
家を追われ、全てを失くし、シケモクのように横たわる死体が路上に溢れかえっていた。
どこの公園にも巨大な穴が掘られ、そこに死体が放り込まれていった。
申し訳程度に火葬されたそれらは、熱によって全身の筋肉が収縮し、胎児のように丸まっていた。
あの平和だった日々が、平和だった日本が、この世の地獄と化していた。
嘘のような本当の光景。
一体どうしてこうなったのか。
しかし、その問いに明確な答えを持つ者が一人だけいる。
ジョン・ポール。
彼は全てを知っている。
彼が見つけた”虐殺の文法”こそが、この状況を生み出したのだ。
いや、それすらも元凶とは言いがたい。
根本的な原因はそこではない。
”虐殺器官”。
特定の刺激によって活性化し、善良な市民を人殺しへと変えてしまう”モジュール”。
人類が進化の過程で獲得したとされるそれは、未だに人類の脳内に宿っている。
つまるところ、”虐殺の文法”とは”虐殺器官”のスイッチを入れるためのものなのだ。
なんとも馬鹿げた話だ。
三文小説の設定ならまだしも、そんなものが現実に存在するなどと誰が認められるだろう。
なんのことはない。
”虐殺の文法”だのといった大げさな名前で呼んではいるが、実際は単純だ。
ただのイケメンの甘言だ。
いいや違う。
そのような事例にも、”虐殺の文法”を適用することができてしまうというだけだ。
その文法を当てはめられた言葉は、どんなものでも否応なしに虐殺のスイッチへと変わってしまう。
それだけの汎用性を持ち合わせた文法だったということだ。
これでは誰にも気付かれずに虐殺を促すことができてしまうではないか。
甘い言葉で、この世を終わりへと導くことができてしまうではないか。
一人のイケメンによって世界が終わってしまう未来も、あり得るということではないか。
だから、どうか世の女性たちは、イケメンの甘言には乗らないでほしい。
その言葉に乗ったが最後、あなたはきっと普通の人間ではいられなくなる。
そして、あなたの大切にしているものを、あなた自身の手で奪うことになってしまう。
どうか、この事を忘れないでほしい。