第10回 英語らしい英語を書くコツ
私が日本人の英文を添削するときには,明らかな間違いだけでなく,英語として不自然な英文も直すようにしている。そのような英語らしくない英文は,ほとんどの場合,日本語の言い回しや文法の影響を受けて書かれている。今回は日本人が書く英文にしばしば見受けられる「日本語くさい英語」について考えてみよう。
主題と主語
次の文はその例である。
- As for gases, their volume changes depending on the temperature.
- 気体は温度によって体積が変化する。
どこに日本語の影響があるかというと,文頭の「As for〜」である。文法上は間違いではないが,この表現の使用される頻度はネイティブが書いた英文よりも日本人が書いた英文,または和文の英訳文のほうがはるかに高い。これは,日本語と英語の間に根本的な違いがあるからである。
ここで言う日本語と英語の違いとは,何がセンテンスの中心的な役割をはたすかの違いである。英語のセンテンスにおいては主語が中心的な要素であり,動詞が単数形になるか複数形になるかを決めるなど動詞とのつながりが強い。一方,日本語のセンテンスでは「主題」という要素が中心になる。主題はふつう「〜は」という形で文中に登場し,「この文で何について話しているか」を表す。もちろん日本語の文にも主語はあるが,動詞との結びつきは英語の場合ほど強くない。
日本語には「〜は」という形で主題から始まる文が多いので,日本語で考えながら英文を書くと「As for 〜」,「With regard to 〜」,「In the case of 〜」など主題を表す表現を多用しがちである。これらの表現は「正しい英語」ではあるが,使いすぎると「英語らしくない英文」になってしまう。
主題表現の多い直訳調の英語を避けるには,文を主語から始めれば良い。例えば,「気体は温度によって体積が変化する」を英訳するならば,「The volume of gases changes depending on the temperature.」とすれば自然な英語になる。
日本語での主題表現には「〜については」や「〜に関しては」などもある。次の例では,それらの表現を含めた日本語文を,直訳調の英語と,英語らしい英語に翻訳してみた。
- 星間物質については,未知の部分が多い。
- 日本語のような英文:With regard to interstellar matter, there are many unknown aspects.
- 英語らしい英文:Interstellar matter has many unknown aspects.
- または,Much is unknown about interstellar matter.
- 動物の胚性幹細胞に関しては10数年前から研究が進められている。
- 日本語のような英文:Concerning animal embryonic stem cells, research has been conducted for more than a decade.
- 英語らしい英文:Research on animal embryonic stem cells has been conducted for more than a decade.
- または,Animal embryonic stem cells have been studied for more than a decade.
日本語の主題を無理に英訳すると,主題の言葉が不要に繰り返されることがある。例えば,「As for gases, their volume changes depending on the temperature.」では,「gases」と「their」が同じこと(「気体」)を指している。下手な英訳文には,「With regard to interstellar matter, interstellar matter has many unknown aspects.」のような無駄な反復さえ見かけることがある。このような冗長な文は極力避けたい。
主題と主語
日本語と英語は,文の中心的な意味がどのような言葉で表されるか,という点でも違いがある。たいていの場合,日本語では名詞に,英語では動詞に意味が集中している。この違いを次の用例で比べてみよう。
- 放射された電子のエネルギースペクトルの観測をした。
- A: We did an observation of the energy spectra of the emitted electrons.
- B: We observed the energy spectra of the emitted electrons.
ここでは,二通りの英訳を付けてみた。訳Aでは,下線の「観測」(名詞)と「した」(動詞)を「did」(動詞)と「an observation」(名詞)として,品詞を変えないで日本語を英語にしている(品詞の順だけが逆になっている)。一方,訳Bでは,「観測をした」というフレーズが動詞だけ(observed)になっている。
次の例では,「測定」という名詞を訳Aでは名詞(measurement),訳Bでは動詞(to measure)として英訳した。
- この装置は加熱温度の測定を可能にする。
- A: This device enables the measurement of the heating temperature.
- B: This device enables us to measure the heating temperature.
もう一つ例を見てみよう。
- この発見の実用化の研究を行っている。
- A: We are conducting research on the application of this discovery.
- B: We are studying how to apply this discovery.
この訳Aでは,「研究を行っている」を「are conducting research」で,日本語と同じく名詞と動詞として英訳した。訳Bでは,同じフレーズを動詞だけ(「are studying」)にした。名詞の「実用化」も名詞「the application」(訳A)と動詞「to apply」(訳B)にした。
この3つの例では,どの英訳も英語としては正しく,訳Aのような文も訳Bのような文も,ネイティブが書いた英文中に見かけることがある。しかし,訳Aのような文は日本語からの英訳,または日本人が書いた英文中にとくに多く出現し,また一方で訳Bのような文は「良く書けている」とされる英文によく見られる。
名詞を用いた表現が日本語的で,動詞を用いた表現が英語らしい英語となるのはなぜだろうか。
日本語では「する」,「なる」,「ある」のような,単体ではあまり意味を持たない動詞がよく使われるため,重要な意味を名詞で表すことが多い。それに対して,英語では意味に富んでいる動詞が多数存在するため,動詞に重要な意味を持たせることができる。
さらに英語の感覚では,名詞は変化のない,意味の固定された概念を指す。動詞はダイナミックで,変化していることを表す。そのため,「make preparations」よりも「prepare」,「reach a conclusion」よりも「conclude」,「carry out a revision」よりも「revise」を使った方が,生き生きとした,英語らしい英語になるのである。
読者からリクエストがあったので,次回は論文や発表で使う英語から少し離れて,英語における敬語表現について検討したい。