2014年10月号

「場」の共創にビジネスチャンス 2020年の都市デザイン

移住希望者を逆指名 IT企業が殺到する「創造的過疎地」

大南伸也(グリーンバレー理事長)

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過疎で苦しんでいた徳島県中山間部の神山町は、全国屈指のICTインフラを武器に、企業のサテライトオフィス誘致に次々と成功。若者世代の移住も増え、今では移住希望者を逆指名するほどだ。

Sansanの徳島県神山町オフィスの社員たち

短パンにTシャツ姿、ハンモックに寝そべってパソコンに向かう青年。一見すると、夏休み中の大学生のようにも見えるが、れっきとした仕事中だ。豊かな自然の中でも、インターネットを使ったビデオ会議で取引先との商談や社内会議をこなし、都心のオフィスにいるのと同じように仕事ができる「サテライトオフィス」。そんな新しい働き方を求めて、今徳島県の中山間地域に多くの企業が注目している。高齢化が進む過疎地に、ICTで新たな未来が切り開かれようとしている。

全国屈指のCATV網がカギにわずか2年で18社を誘致

徳島県は人口減が急速に進み、65歳以上の人口が30%を越える「限界集落」の割合は35.5%と、全国平均の15.5%を大きく越える。過疎化によって中山間地域では空き家や遊休施設の増加も深刻化。「増え続ける空き家を有効活用する方法はないか」―。そこで持ち上がったのが、企業のサテライトオフィス誘致だった。

県では地デジ移行に対応するため、全県にCATV網を整備。普及率は全国1位の88.9%(全国平均は51.8%)で、これを利用するとブロードバンド環境は東京の約10倍の速度での使用が可能となった。

2011年度からモデル事業としてサテライトオフィスの受け入れを開始。徳島県東京事務所の新居徹也氏は「企業側にも東日本大震災を契機に、これまでの働き方を見直したり、本社一極集中からリスク分散を図りたいという思いがあったようです」と話す。モデル事業の反応は良く、12年3月に本プロジェクトを開始。それからわずか2年で、4市町に18社がサテライトオフィスを設置したのだ。スタート当初はIT関連企業が多かったが、今では映像制作、広告会社など業種も様々だという。

成功の立役者はNPO

成功の背景には、県の取り組み以前から移住支援を続けてきたNPOの活躍があった。徳島県神山町のNPO「グリーンバレー」は、町内の古民家を借り上げ、企業や移住希望者に紹介している。2008年以降130人が移住。今では視察や移住希望者が後を絶たず、順番待ちをしている人さえいる。

大南伸也 グリーンバレー理事長

NPO理事長の大南信也氏は、1999年に街づくりの一環として、空き家にアーティストを呼びこむ「アーティスト・イン・レジデンス」を実施。その後はアーティストに限らず、働く人を呼び込むことで地域を活性化させようという動きが生まれた。

ただ、当初からサテライトオフィス誘致を念頭に置いていたわけではない。商店街の改修を頼んだ建築家が、友人の寺田親弘氏(クラウド名刺管理サービス会社Sansan社長)に町での取り組みを話したところ、寺田氏は開放的な自然と、NPOの志に共感。すぐに第一号となるオフィスを構えた。それから、人が人を呼ぶ形で自然に増えていったのだ。「(オフィスが)自生した、という表現のほうが近いかもしれません」と大南氏は冗談交じりに例える。

パン屋、ビストロ、建築家―。今では企業だけでなく、多くの人が惹かれ、移り住む神山町。その変化を昔からの住民たちはどう受け止めているのか。大南氏は「最初は『えっ』という反応もありましたが、その後町に変化が生まれてきたら、住民は単純に嬉しい。マイナスの反応はほとんどないです。また、グリーンバレーのスタッフも元々は神山町出身。地域の人脈をつかんでいることも大きいです」と語る。

現在は移住希望者が多すぎて、町に必要な人を逆指名している状態だ。

将来を見据え若者も誘致
「田舎の力」を見つめなおす

大南氏が、サテライトオフィスの誘致と「車の両輪」として呼び込みに力を入れるのは、若い親子。「将来の街づくりを考えたら、年少人口を獲得していくことが必要。次々とサテライトオフィスを誘致したら、見た目は派手だけど、将来的な人口の確保は難しくなります。必ず、両輪で回さないと転倒する。両輪で回せば、将来的にはサテライトオフィスで誘致した企業で、若い人が働くこともできるようになります」

企業を誘致するだけでなく、町の将来を担う若者も定住させる。長期的な視点で将来を見据えている。

こうした発想から生まれたのが、企業や個人が共同で活用できるスペース「神山バレーサテライトオフィスコンプレックス」だ。限りある古民家を有効活用することで、若い親子の居住地を確保するという発想から、2012年に誕生した。施設は起業を考えている人などが自由につかえ、20-30歳代の若者の姿も目立つ。

起業を考える多くの若者が集う神山バレーサテライトオフィス

なぜ、企業が今、神山町に惹きつけられるのか。大南氏は、その魅力を「人との会いやすさ」だと語る。「東京ではなかなか会えないような最前線で働く人が、神山町では隣でコーヒーを飲んでいたりします。過疎は『マイナス』ですが、その中にプラス要素もある。人が少ないから人に会いやすい。これが田舎の力。ものの見方次第なんです」

サテライトオフィスを設置した企業が徐々に業務を拡大し、地元雇用につながるケースも増えてきた。これまで40人以上が採用されたという。

また、県やグリーンバレーの仲介で、進出企業が地元小中学校への出前授業を実施。都心に行かずとも最先端の働きができると知った子どもたちが、故郷に自信を持つきっかけになったという。こうした取り組みは、地元で働きたいという人の増加にも繋がるだろう。サテライトオフィス誘致の取り組みは、地域を確実に強くしている。

ビストロ「カフェオニヴァ」(左)と窯焼きパンが名物の「薪パン」(右)。多くの人が町に惹かれ移り住む

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